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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第三部 戦が結ぶ合縁奇縁 1章「たった一つのスマートな迷宮攻略」
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#98 道中一会 II


 (けもの)──異世界では魔物以外に動物も、独特の姿へと遂げているケースがある。

 それは自然淘汰と進化の末であるのか、魔力の作用であるのか……。


 目の前の濃い灰色の"熊"一匹を例にとっても、それは地球のそれを遙かに凌駕している。

 毛並みは大層強靭そうで、筋肉も肥大して見て取れる。関節の形も(いびつ)で、牙も大きく鋭い。


 変わらないのは……腹の底から響かせるようなその唸り声。

 前世の記憶からくる、本能的な恐怖が背筋を走った。


(オープンワールドRPGなんかでも──)


 魔物・怪物の(たぐい)より、不意に遭遇する単なる熊の声のほうがビビったりしたものだ。


「まっ実際的な相手にはならないが……」


 彼我の戦力差を一目で()(はか)る。

 大きさでは遙かに(まさ)っていても、所詮はただの獣の域を出ない。


 質量差を考えれば、オークなどよりは強かろうものの。

 トロルのような化物に比べれば、いくらでも御し得る獲物である。



「所詮この世は弱肉強食──悔しいだろうが仕方ないんだ」


 直接的に魔術をぶち当てるまでもなかった。

 ただ鍛え上げた拳足をもって、打ち抜き、打ち払い、打ち砕く。

 巨大灰色熊を一方的に屠り去る連撃。


 その血肉は今日の栄養とさせてもらう──


 絶命し崩れ落ちた熊を背にして、俺は周辺一帯にこれ以上敵性生物がいないことを把握する。


 周囲を見れば──血溜まりの上で、うずくまるように息絶えている白髪交じりの男性。

 衝撃痕と共に、木にもたれかかって動かぬ女性の死体。

 そして陰に隠れていた……上半身がごっそりなくなっている肉片。


 残っていたのは流血と共に膝をつき、大きく呼吸を繰り返している男だけ。



「大丈夫ですか?」


 ズタボロの男に近付いた俺は、意識と安否とを確認する。


「うっく……助けてもらってすまねえな、もののついでだが……あんた回復魔術は使えるか?」

「いや他人に対しては──魔術なしの応急処置が精々です」


 自己治癒能力を高める魔術は最低限修得しているものの、他人を治すような真似はできない。


「ちっ、じゃあおれもダメか──」


 男は朦朧(もうろう)とした意識のまま、死した仲間の(ほう)へと順繰りに顔を向けていった。

 後悔と惜別(せきべつ)の色を宿しながらも、非常に落ち着いた様子で死を受け入れようとする男。


 そんな彼の心情を踏みにじるように、俺は一言告げる。


「まぁもうちょっと耐えられるなら、助かりますよ多分」





 ──世界を放浪するように旅をするのは、簡単なことではない。


 地形は険しく、舗装されてる道ばかりでなし。むしろ獣道の(ほう)が圧倒的に多い。

 自然は平然と猛威を振るい、環境はいつだって敵のようなものと思わねばならない。

 野生動物や野盗などだけでなく、凶悪な魔物との遭遇も低い確率ではない。


 一般的には野外キャンプ可能な道具一式を、馬車などに積載しておく。

 生活していく上で必要な"携帯型魔術具"も、各種取り揃えておくのも基本である。

 さらには護衛をつけて、全員分の飲み水や食料を確保し、道中の計画も立てて(しか)るべきだ。


 しかしながら異世界の──強力な魔術士にとっては、必ずしも当てはまらない。


 生半可な騎乗動物よりも素早く、道なき道も強引に走破する。

 迷っても高き場所に陣取って位置を把握し、危険な魔物の索敵も(おこな)える。


 自然は脅威ではあるが魔術によってある程度は切り抜けられるし、フットワークも軽い。


 着火や飲み水程度であれば、火属や水属によらない汎用的な魔術によって生み出せる。

 そうした日常的な"汎属(はんぞく)魔術"は、魔術士であれば大概の者が最低限扱える。

 生活に根付いたものを想像(イメージ)するのは、魔術を最初に覚える際の初歩として珍しくない。


 食料も現地調達で済むし、なんなら一日の内に集落から集落まで移動したっていい。

 実際に持ち歩く荷物も──精々が金銭と、ハルミアの医療道具が少しあるという程度であった。


 それゆえに鍛錬ついでに、身一つで賞金首を狩りながら目的地へ向かう。

 道中のトラブルも割かし率先して関わりながら──



「なにからなにまですまねえな……」


 助けられた男"ヘッセン"はそう深く頭を下げた。

 命を助けられ、治療してもらい、逃げた馬まで見つけてきてくれた若人達。


「いえいえ、お気になさらず」


 ハルミアはそう温和な表情を浮かべて言った。

 彼女にとっては"こうしたこと"が第一義な為に、心の底から出た言葉。


 世界を回って様々な怪我や病気を見ること、治療すること。

 悪漢や賞金首を相手に、色々と試すのも含めて……。

 自身の可能・不可能を都度確認しながら、地力を上げていく段階。


「ところでヘッセンさん、仲間の亡骸はこの場に埋めるだけでよろしかったんですか?」


 故郷の土に埋葬してやりたい、というのは誰もが思うことだったろう。

 しかし男はハルミアの心遣いを否定する。 


「ああ構わないさ……こういう稼業じゃ別に珍しいことじゃあない。運ぶほどの余裕もないしな。

 それにしっかり(とむら)ってやれるだけ、まだマシってもんだ。タグプレートごと喰われることもある」



 焚き火で焼かれた熊肉を頬張りながら、キャシーはあけすけ尋ねる。


「なんでこんな無謀なことしたんだ?」

「えっ、キャシーがそれ言っちゃうんだ?」


 その隣でスープをすすりながら、フラウが思わず突っ込む。


「最近のアタシはそこまで無茶しねえよ。で、どうなんだよ?」

「見た感じ、あんたらは"挑戦組"だろう?」

「あぁ──俺たちは一応、"制覇"まで視野に入れている」


 男の問いに対して率直に答える。


「はははっ言うねえ。まっおれらは敗残者さ、上層(・・)でもそこそこ稼げると聞いたんだが甘かった」

「それがどうして、こんな離れたところで?」


「ここら一帯は言うなれば"宝庫"なんだ。最初(ハナ)っから攻略じゃなくこっち目的の狩猟者も少なくない。

 攻略失敗しちまった代わりとして、せめて何かしら成果を挙げようと……またも甘く見ちまった結果さ」


 男は煮込まれている野菜を食べながら自嘲した。



「皇国からわざわざ渡ってきたってのに……、悪いが治療費どころかこの食事代も払えやしねえ」

「別にお代は結構ですよ。これも"フリーマギエンス"の導きです」


 ハルミアはにっこりと笑いながらそう答えた。

 彼の他にも今まで助けた者に対して、共通して述べる口上。


「フリーマギエンス……?」

「俺たち同志集団の信条です。未知を欲し進化を求む──全てのものを自身への(かて)としようというね」


 情けは人の為ならず──巡り廻って自分へと還ってくると信じたい。

 "文明回華"という超事業は、世界規模で文化を循環させることにある。


 撒いた種がどこかで芽吹いてくれれば……それでいいのだ。

 それぞれ複雑に絡み合い、互いに影響し合って、人類全てが前へ進むことに意義がある。



「そりゃあご立派な心意気なことで」

「恩を売るのもその一環。何か報いたいと思ったら、"シップスクラーク商会"へどうぞ」


 行き過ぎた善意は、時に不信感をもたらす。

 ハルミアには悪いが、彼女の笑顔も見る者によってはその裏や含みを感じることだろう。

 

 だからこの程度が具合が良い。フリーマギエンスとシップスクラーク商会。

 どちらもやんわりと流布させながら、繋がりの輪を構築していく。


「なんだあんたら雇われか?」

「厳密には違いますが、認識としてはそれでいいです」

「そうか……まあなんでもいいか、おれみたいなのにはありがたい。覚えとくよ」



 ゆったりと会話と食事を終えて、諸々の片付けが済んでから早々に別れを告げる。

 余った肉に毛皮や骨類は重く加工も時間が掛かるので、必要分だけ分配して残りは埋める。

 

「それじゃ、俺たちは日が暮れる前に着きたいんで……一人でも問題ないですか?」

「あぁ馬も見つけてもらったし、街道まで出られれば危険も少ないからな」

「完治したわけではないですから、無理はしないでくださいね」


 男は馬へまたがり手を挙げると、4人の若者はあっという間に消え去った。


 馬を走らせながら思いを馳せる──


 己の足のみでここまで来た強者。

 空より飛来し巨熊を一蹴した魔術戦士。致命傷に思えた傷も治すほどの治癒魔術士。

 残る2人も相当な使い手のようだし、なにやら白昼夢でも見たような不思議な感覚も残る。


 所詮は一般冒険者の域を出ない己と違って……。


「あいつらならいいトコまで行けるだろうよ」

 



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