第44話 英雄が海から来る
イニーとの戦闘が終わってから3日後。
街は少しずつ大きくなっている。
少し前に残りの堕天使達も合流したので建築範囲を広げた。
それで近所の森をかなり削って木造建築を増やしている。
堕天使は仕事が速いので、明日には一応国として名乗る準備が整うだろう。
問題はイニーの扱いだ。
めんどうを見るのはヴォルカナになったが、教育係はビスカになってしまった。
マキナとケイトが面倒事を押しつけてきたのだ。
イニーがビスカに懐いてるなら教育はあなたがやるべきだって言いやがった。
でも、イニーを理解して抑えられるのはビスカだけだから仕方ない。
でもさぁ。イニーのせいで仕事にならいのはダメでしょ。
どこに行っても大体ついてくるから危ないところには行けない。
鍛冶屋の所とか行って、もしイニーが剣とかに興味を持って触れたら、一瞬で砕け散るだろう。
どんなにいい物を作っても最強の遺伝子の前では無力だ。
そんな可能性があるから今は仕事を幹部達に任せている。
ちなみにヴォルカナは幹部として教官の役職を与えている。
彼女に魔王を目指すなら軍と暗部は持っておけと言われてしまった。
だから、ヴォルカナに任せて軍を育成している。暗部の方は忍者や暗殺者だから誰に任せるか悩んでいる。
さて、今はイニーツィオに戦闘訓練をお願いして実践訓練中だ。
今のビスカは魔王と比べると少し弱い。
だから、街から少し離れた海の近くでやりあっている。
「ビスカ!それじゃだめ!パパにもまおうにもかてない!」
「だよね…」
今イニーは空中から星形の魔力弾を撃っている。
それを避けながら遠距離攻撃する訓練をしているのだが、星魔法という最上位魔法を避けながらなんて無理ゲーだ。
瞬天で避けても予測されて攻撃を当てられる。
エンチャントで防御しながら無理やり攻撃に転じたら、星形の魔力弾を爆発させる超新星で押し返される。
これを本番で使わなかったのは舐めプか?
まぁ、それ以外でも勝てないんだけど。
今はとりあえず新しく得たスキルを試そう。
この再現付与は今まで自分で考えてやっていたものを一瞬で行えるスキルだ。
聖力付与との併用で強力な武器を再現することも出来る。
まずは弓矢から!
魔力で再現した弓矢を避けながら構える。
「これでも喰らっておけ!」
構えた弓からエンチャントを重ねた矢を放つ。
その速度は音速に達している。
でも、瞬天並の速度を持つイニーにはサッと避けられてしまった。
「あっ」
と言う間にビスカは大ピンチになった。
イニーが避けるのと同時にビスカの進行方向に500発分の超新星を発動したのだ。
うーん。これは避けられない!
ドカーンと爆発してビスカは進行方向の逆方向に吹っ飛ばされた。
ポーンと飛んでいる途中でイニーにキャッチしてもらった。
「ビスカ、あれじゃだめだよ!」
「分かってるよ。遅い攻撃が当たると思ってない。試してたんだよ」
「そうなの?なら、またやる?」
「今日はもうやめとく。なんかやばい気配を感じるし」
イニーに下ろしてもらうと、ビスカは海の方に移動した。
置いて行ったはずのイニーも超反応というスキルで追いついて来た。
やっぱり異次元なのに手加減されてたのだろうか。
2人で海岸に到着すると大きな船が見えた。
それは今にも沈みそうな様子だ。
ほったらかしにしたらビーチにする予定の砂浜が汚れる。
仕方なく船を助けることにした。
「イニーは待ってて!あんたが行ったら怖がらせちゃうから!」
「わかった!なにかあったらよんでよ!みなごろしにするから!」
それが出来ちゃうから怖い。
魔王だって逃げ出す怪物に勝てる奴なんて居ないだろ。
いや、勇者ならいけるか。
そんなことを考えながら船の方に飛んだ。
瞬天でシュンッと一瞬で移動することで船に侵入してしまう。
乗り込むと人間達が武器を持ってビスカを取り囲んできた。
こっちは助けたいだけなのに。
「どこから来やがった!」
「何者だ!」
「堕天使だと!なんでこんなところに!」
「いいからやっちまおうぜ!」
「追い出せ!追い出せ!」
そう言う男達はいい装備を身につけている。
少しボロいが、それだけ戦ってきたように見える。
かなりの実力者なのだ。
なんでそう思ったのかって?
全員から感じる魔力が晩年のクロムくらいあるからだ。
そいつらよりも目立つ男がいる。
装備も綺麗で傷が一つもないイケメンだ。
その男が仲間達を無理やり下がらせてビスカに近づく。
「なっ!英雄様の出る幕じゃないっすよ!ここは俺らに任せてください!」
「いや、どいとけ。実力差も分からねえ奴らが相手できる奴じゃねえよ」
そう言うと男は仲間を押し倒して退けた。
それから男はカツカツと足音をさせてビスカに近づく
そして、目の前に立った。
男は立派な剣を持っているが、ビスカに敵わないと考えて抜かずに対話を望んだ。
「俺の仲間達が嫌な思いさせたな。俺が謝るから話をしてくれないか?」
「そんな雑魚どもの戯言なんて聞いてないよ。この船を沈めようと思えばできるからね」
「ふっ。だろうな。俺の見立てが合ってればお前はAランク+だな」
ビスカはその分け方を聞いたことがない。
だから、眉を寄せて首を傾けた。
その行為だけで男は察してくれた。
「S以外は2つで分けてるんだ。+と−でな。つまり、お前は魔王に近いなって言いたんだ」
それはわかりやすいな。
でも、自分では判断できない。
そういえば情報石って便利なのがあったな。
それを袋に手を突っ込んで久しぶりに取り出した。
それを握ることで自分だけ情報を確認できる。それをつい最近知った。
そうして情報を見ると、本当にビスカはAランク+になっていた。
それとおまけを確認した上で男に言う。
「あんたの言う通りだ。私はAランク+だよ。そして、称号に【魔王の卵】と【神の加護】を持つ者」
「ほぅ!」
男は驚いて思わず声が出てしまった。
他の連中はそんな化け物が今目の前にいることを知って怯え始めた。
ただ、100人いる中の20人は全くの無反応だ。
それどころかビスカを襲う気でいる。
それに気づいたビスカはやられる前に恩を売ることにした。
「そんな強者が助けてやるよ!」
そう叫んでからビスカは船に触れてエンチャントした。
それによってしばらくは沈まなくなった。
それどころか何をしても傷つかない。無敵の船になった。
その素晴らしい早業に気づけた男は息を呑んだ。
そして、仲間達に指示する。
「お前ら!上陸の準備だ!そんでもって宝とか素材とか持って来い!この船を助けてくれたこいつに恩を返せ!急げ!」
その指示に戸惑いながら仲間達はどこかに走り出した。
その様子を見届けた英雄さんはこちらに顔を向けるとすぐに頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。もう帰らないと思ってたところなんだ」
「それに気づいたから助けに来た。そんでさっきたくさんのエンチャントをした。効果は1ヶ月維持できる。だから、私の街に寄ってく?」
「是非とも寄らせていただこう。出来れば船を完全に治したい。放っておいても沈まないなら大工を呼びたいところだ」
「それならテクノロジアから連れてきた大工が居るよ。技術は普通だけど船くらいなんかなると思う」
「そりゃありがたい。こうなると恩は返しきれないな」
「別にいいよ。私は恩を返してもらってない魔王もいるからね。どっかの国の英雄様はくらい返してもらわなくても平気だよ」
それでも返したいという顔で彼は手を差し出した。
感謝の気持ちを込めて握手したいらしい。
それで約束まで行く気か?
まぁ、別にいいけどさ。
ビスカはバシッと力強く彼の手を握った。
「俺は北の【漁師国ガンベレット】の英雄マクロー・ソモンだ!」
「私はすぐそこの【人魔共生国家シエル】になる予定の街で、魔王になる予定のシエラ・ビスカって言うの」
予定ばっかじゃん。
って突っ込まれそうだけど、彼は抑えて話を続けてくれた。
「ビスカ、俺は自由にしてるが一応王様だ。お前の街を後押しして国にしてやる。それで恩返しだ」
「はっ?」
急に何言ってんの?こいつ。
でも、ビスカの周りにはおかしいのしか集まってない。
だから、こいつが英雄王でもまったくおかしくない。
そう考えてビスカは相手を王と認めた。
「あははは。そっか。なら、もっと詳しく話そうか。私はまだ未熟だから色々教えてよ」
「構わねえよ!そのためにも上陸だ!俺だけでも船を動かしてやるよ!」
そう言うと彼は舵をとりに行った。
ビスカはサポートのために魔法で風を発生させた。
その力で船を岸に寄せる。
てか、砂浜に乗り上げた。




