後日談SS「どっちが好き?」
「えっ、紫苑、付き合うことになったのか!」
「おー」
夏休み。
俺は裕也たちと、屋内フットサル場にいた。
数か月前に出来たというその施設はフットサル場だけでなく、テニスコートやクライミングジムなども併設した複合的スポーツ施設で、割高ではあるものの空調は効いているしシャワーなどの設備も充実している。
約束していた通り、俺たちは夏休み中にフットサルしようぜとやって来た。
そして他チームとの試合を待つ合間、浅利さんと付き合い始めたことがバレたのである。
「へー、浅利さんとねー」
「紫苑、本当に好きだったんだ」
「なんだよ、悪いか」
驚いたような声にじとりと目をやると、裕也たちは顔を見合わせた。
「いや、よかったなと思って」
「そうそう、おめでとう。俺は嬉しいよ」
うんうんと訳知り顔で頷く裕也に、ぽんと肩を叩かれた。
本当は今日、裕也の彼女とその友人もフットサルを見に来る予定だったのだが、彼女らは彼女らで別のところに遊びに行ってしまったらしい。そのため、若干不貞腐れているのだ。
「でも浅利さんが紫苑のことを好きとはね」
「なー」
「え、なんでだよ」
ちゃんと好きって言われたのだから間違いない。俺の思い込みではないはずだ。
だが、裕也たちの頭の中の浅利さんはそうではないらしい。
「そもそも浅利さんってそういう恋愛事とかに興味あるんだってのがまずなんか意外」
「分かる。なにかに熱中するってことがあんまりなさそう」
「そんなことない」と否定したものの、俺も以前はそう思っていたのを思い出した。親しくなるまでは、遊びの少ない真面目な委員長だと思っていたのだから。
実際の彼女はというと、好きなものには一直線である。嫉妬するほど。
「でも、夏休み前から付き合ってたんだよな? 全然そんな風に見えなかった」
「な。呼び方も変わらんし」
「ほんとに付き合ってんの?」
「付き合ってます!」
よほど俺と浅利さんの組み合わせが意外らしい。
「ほんとに?」と疑いの目が向けられ、俺は「付き合ってるって!」と憤慨した。
♢
確かに、付き合い始めたもののすぐ夏休みになってしまったので、俺たちの交際はまだ浅い。
一日数回メッセージを送り合い、たまに一緒に勉強したり飯食べたりするだけ。
仕方ないじゃないか、受験生である。そう自分を納得させているものの、付き合い始めたばかりで裕也たちにああ言われると、ちょっと不安になってきた。
彼女の好きなもの。
ふわふわのシュシュ、固形物入りの飲料缶、書道、真柴センセ、ラーメン──
その中に、ちゃんと俺も入っているよな……??
そんなある日。
浅利さんがJR側に用事があってうちの近くに来るというので、ついでにちょっと会おうということになった。
というか、俺が強引に会いに行くことにした。
待ち合わせ場所に現れた浅利さんは、ポニーテールにシンプルなストライプシャツ、七分丈のパンツ。足元はビーサンである。
本当に用事を済ませるためだけに出てきたらしい。彼女はオフの時の格好がダサすぎる。
でもパンツの裾から伸びる細い足首も、つま先のピンクのネイルもすっごく可愛い。
じろじろ見ていたつもりはなかったが、俺の視線に気付いた浅利さんは恥ずかしそうに距離を取った。
「あんまり見ないでくれる」
「普段は俺のことすげえ見るくせに」
「だって今日は幸村くんと会う予定じゃなかったから……」
つまり、俺と会うと分かってるときには気合い入れた姿で来てくれるということだ。
ほら見ろ、俺はちゃんと好かれてる。裕也たちに教えてやりたい。俺は嬉しくて頬が緩んだ。
浅利さんは駅ビルで父親の誕生日ケーキを受け取っただけですぐ帰るというので、送ることにした。
もう少し一緒にいたいが、蒸し暑いので保冷剤が溶けてしまう。
日陰の道を選びながら歩いていると、散歩する真っ白なふわふわの小型犬とすれ違った。
毛皮暑そうだなと気の毒に思う俺とは対照的に、浅利さんは通り過ぎる小型犬に目を細めている。そして犬を見送ってから、俺を見上げた。
「今のポメラニアン、すごい可愛かったね」
「犬、好きなの?」
「うん。飼ってはないけど動物好き」
「さっきの犬と俺、どっちが好き?」
「は?」
俺の質問に、彼女は目を瞬いた。
「いいから答えて」
「えー……? ええと……、幸村くん」
ほっとして、続けて訊ねる。
「じゃあおしるこ缶と俺は?」
「え、えー? 幸村くんかなあ」
「真柴センセと俺は?」
「ははっ、幸村くん」
「ラーメンと俺は?」
「えーー……」
考え込む浅利さんをじりじりと見つめていると、彼女はしばらくして「……幸村くん」と言った。
「よしっ!!」
思わずガッツポーズをしてしまった俺に、浅利さんは完全に呆れたようで、けらけらと笑った。
そのままの流れで、さらりと追加質問。
「じゃあ志保って呼んでもいい?」
「え? なにがじゃあなのか分からないんだけど」
「だめ?」
「うーん、いいけど……」
「俺のことも」
「それはちょっと恥ずかしいから無理」
「なんでだよ」
俺だって名前で呼んでほしいけど、浅利さんは恥ずかしがってうつむいてしまったので、追撃するのは諦めた。
まあ、とりあえず志保って呼ぶ了承は得たので良しとしよう。
満足して息をつけば、浅利さんは明るい声で顔を上げた。
「そうだ、お盆明けにあるお祭り一緒に」
「行く」
「まだ言い切ってない」
食い気味にかぶせた言葉に、また呆れたような目を向けられた。本当にその目で見られてばかりだ。
でもいい。彼女から誘いを受けて断るはずがない。
「行く、絶対行く」
「浴衣着て行こうかな」
「うわ、やったあ」
浮かれた声を上げてしまった俺を見て、彼女はぷっと吹き出した。俺はばつが悪くなって口を噤んだ。
「幸村くんは意外と感情豊かな人だよね」
「誰のせいだと思ってんの」
俺だって今までこんなんじゃなかった。
もっと落ち着いていたし、気持ちをコントロール出来ていた。
それなのに、彼女と一緒にいると知らなかった自分の感情に気付いてばかり。
でもそれを嫌だとは思ってないし、これから一緒に過ごす日々を俺は嬉しく思っている。
「楽しみだなあ」
「そうだね」
そっと指先に触れれば、彼女は優しく手を握り返してくれた。
《 おしまい 》




