都市の裏側
騎士団内での騒動があったその夜、俺は外へ連れ出されることになった。
どうやら、エルミナが言っていた“知り合い”に、ついに今夜会えるらしい。
元からその予定だったが、運悪く移動中にグランツに声をかけられ、先ほどの事態に陥ったようだ。
今回の同行者も、ゼンベルとアイナの二人。
夜とはいえ、エルミナが外に出ると目立つため、この二人で行動する方が都合がいいと判断された。
ちなみに、今回はミスリルの籠ではなく、カイルが以前購入したような普通の籠に入れられている。
多少狭苦しいが、あの軟禁されたような空間に比べれば、全然良い。
......正直、ちょっとトラウマになりかけてたから助かる。
夜の城塞都市は、静かだった。
エルシアでは夜でも活気があって、人の流れが途切れなかったが、こちらでは大通りにちらほら人影が見える程度。
月明かりの下を、俺たちは人目を避けながら進んでいく。しばらく歩き、都市の外縁部──そのまた奥に位置する区域へと足を踏み入れた。
(……あれ?こんな場所、あったかな?)
俺の脳内地図に該当する場所が無く、そんな疑問を胸に抱えていると、アイナがぽつりと呟いた。
「……ほんとうに入るんですか?しかも、こんな夜に」
「エルミナ副団長の命令です。警戒は怠らないように」
ゼンベルが簡潔に答えると、砦入り口の衛兵らしき男に話しかけ、中へ入っていく。
籠の隙間から、ちらりと外を見やるが、人の姿が全く見えない。
建物も城塞都市内部とは思えないほど朽ちていて、まるで急に、ゴーストタウンに迷い込んだような印象だった。
「うへぇ……やっぱり気味が悪いですね。昼間に一度だけ来たことありますけど、ここに本当に人が住んでるんですか?」
「ええ。ここには、訳ありの住民たちが暮らしています。誰も見えないのは、彼らも関わりたくないだけでしょう。こちらとしては、都合がいいですが」
二人の会話を聞きながら、なんとなくこの区域の性質が見えてきた。どうやら、ざっくり言うと“スラム”のような場所らしい。
貴族社会の規律から外れた者、事情を抱えて都市内部に入れない者──そんな連中が流れ着く場所。
都市の汚点として排除したがる者も多いが、王族の一部の派閥や騎士団の意向によって、黙認され続けているとのことだ。
これは、俺が決めた身分階級に関する設定の延長なのか、それとも創造主が勝手に盛ったものか……。そんなことを考えているうちに、二人は急に足を止めた。
あたりを見回し、アイナに俺の入った籠を渡すゼンベル。そして、誰もいないはずの空間へ向けて、静かに声を発した。
「どなた様か存じ上げませんが、何か御用でしょうか。我々は、あなた方に危害を加えるつもりはありません」
……いや、正確には何者かが“いる”。建物の陰に隠れて、複数の気配がこちらを伺っていた。
「私たちは、ある人物に会うだけです。
それが済みましたら、速やかに去ります。どうか──」
ゼンベルの言葉が言い終わる前に、フードを被った人影たちが建物の陰から飛び出してきた。
「ゼンベル師匠!?」
アイナが思わず声を上げ、加勢しようと身を乗り出すが、手には俺の入った籠がある。
数人が一斉にゼンベルへと跳びかかり、得物を振りかざした次の瞬間──
爆発音と閃光が夜闇を裂いた。反射的に目を閉じたアイナが、次に目にした光景。
ゼンベルは一歩も動いていない。
だが、襲撃者たちはそれぞれの方向に吹き飛ばされ、うめき声をあげていた。
予想通りの展開に、アイナは小さくため息をつく。
「あーあ……ゼンベル師匠。やりすぎじゃないですか?まさか殺してないですよね?」
「ええ、もちろん殺してはないですよ。中途半端に手加減するより、このくらいしておいた方が、後に響きませんから」
何事もなかったかのように、ゼンベルはアイナから籠を受け取った。
──今、何をしたのか。俺から少しだけ解説しよう。
ゼンベルは魔法を使ったのだ。しかも、五方向に対して同時に。
使った魔法自体は決して高レベルではない。だが、その発動の速さ。威力の調整。そして同時制御。
さすが“魔法騎士筆頭”。
その域に達した者が見せる精密な技術だった。
「…...そちらの方は、こないのですか?」
再び、ゼンベルが声をかけると、建物の隙間から新たな人影が現れた。
俺は、その姿を目にして、思わず息を呑む。
整った顔立ち。長い耳。そして…...浅黒い肌。
それは、人間ではなかった。
目の前に現れたのは──エルフの近親種。
“ハーフエルフ”と呼ばれる存在だった。




