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(10)

 その時突然ポンポンと耳慣れない高く澄んだ音が響いた。


 「通信です」P.Pが言った。


「恐らく検体2号への通信だと思いますよ。回線を開きます」


P.Pはきっと顔を上げて虚空を見つめた。(モノクルを見ているんだろうけど。)


「接続しました。お名前とご用件をどうぞ」


「…………ユージーンという者です。そこにハロウ・ストームはいますか」


「います。ハロウ・ストームとの通信をご希望ですか?」

「ええ。お願いします」


「どうぞ」


 突然水を向けられてハロウは明らかに面食らったようだった。


「どうぞ? どうすればいいんですか?」

「そのままそこでしゃべってください。私の耳に入った音声がそのままあちらの方に伝わります」

「あなたが受話器ということですか?」

「そうです。どうぞ」


「何をごちゃごちゃ言っているのよ、早く出てきなさいよハロウ・ストーム」


 ストライクはその声でその電話の向こうの女のことを思い出した。ルーの家にいたときに電話をかけてきてハロウに死ねばよかったのにって言った女だ。


 すごい。そんなにハロウがキライなら電話なんて掛けてこなければいいのに。


 音は先ほどのポンポンという音がそうであったように、どこからともなく聞こえてきた。きっとこの研究所のどこにいたって聞こえてくるんだろう。ひどい話だ。ここではひみつの電話もできそうにない。


 ハロウはひとつため息をついて口をひらいた。


「久しぶりだね、ユージーン」

「久しぶりじゃないわよ、あなたやっぱり箱を盗んだでしょう? どうやったのか知らないけどあなたなんでしょう? どうしてそんなことをするの? これ以上うちの家族を傷つけてどうしようって言うのよ? あの箱があなたあての箱だっていう証拠でもあるの? あなたにはあの箱が開けられた?」

「…………まだ開けられていませんよ」

「そうでしょうね? あなたはあの子のことなんてなんとも思っていなかったんですものね? あの子は本当にあなたのことが好きだったわよ? それなのにあなた妹が危篤のときに他の女の家に行っていたのよ? わかってるの? それはあなたが選んだことなのよ? わかってるの? いまさらあの子のことを理解してたふりするんじゃないわよ。あなたになんて絶対にその箱は開けられないから!」


 ガランガランとものすごい音がしてストライクは耳を塞いだ。

 チップがうるさそうに耳を伏せて眉間にシワをよせた。


 まるでかみなりが落ちてきたみたいだった。


 暫く広い研究所にその音がこだまして、P.Pはこめかみの両側を指でさすった。


「回線切断。相手が接続を切ったようです」


 ハロウがもう一度ためいきをついた。


「それにしてもどうやってここのことがわかったんだろう」

「Dr.A.Aでしょう。あなたの『スキャンダル』に関してかなり広範囲にアクセスしていましたから。次のP.Pたちが育つまでDr.A.Aは退屈しているのです」


 ハロウは「それであなたは平気なんですか」と言った。

 でもストライクは「人の気持ちを考えている場合か」と思った。


「今のが『スキャンダル』の骨子ですか」


 P.Pはとても単刀直入に聞いてきた。Dr.A.Aの息子だからなのか単にハロウの気持ちを慮る気がないだけなのかわからなかった。


 でもハロウは意外と気丈だった。


 ストライクがここ2週間近くハロウと一緒に過ごして発見したのは、ハロウはちょっと(かなり)ズレてる部分があるにせようるさいことは言わないし、とても辛抱強いタイプの人間であるということだった。金持ちの息子なんてみんなすぐに我侭を言って泣き出すものだと思っていた。


「そうですね。『スキャンダル』の骨子です。むしろ今ので全部です。骨子どころの話ではありません」

「でも色々な想像の余地が残されていますよね? 今のお話だけでは。そうではないですか?」

「そうでしょうか」


 ハロウは検査室のすみに置かれていたトランクから例のパンドラ・ボックスを魔法のように取り出してデスクにことんと置いた。


「僕は僕を慕ってくれていた少女が死のふちにあるのをわかっていて他の女の家に行ったのです。それだけです。どこに想像の余地があるんでしょうか?」


 P.Pは恐れを知らぬ瞳でまっすぐにハロウを見つめた。


「例えば」


「現代がいかに情報を制限されているとしても、公式な記録から一度取り上げられた事件をすっかり消してしまうのは一般的ではありません。あなたの父親がそれを行ったのには何か理由があるはずですね」

「では想像してください」


 ハロウが箱に視線を落として言った。


「どうぞ想像してみてください。あなたたちが思うほど複雑なことでも面白いことでもありません」


 ハロウの手がそっとパンドラ・ボックスのスイッチを押すと、箱からはいつものように「パスワードをどうぞ」という女の声が聞こえた。


 その女の子の箱か。あの子ども部屋はハロウを好きだった女の子の部屋だったのか。


 でもストライクは想像するのはやめようと思った。今のところは。


 勝手に想像すればするほど、ハロウが傷つくような気がしたからだ。







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