悲劇が書きたい女 エピローグ
夢のような一年が終わり、二人は三年生になり、そして卒業式を迎えた。
「レ○プされた後みたいだ」
飾りボタンをくださいもとい無理やり奪うぞ、ころしてでもうばいとる。な、なにをするきさまらー!
……と醜く争う後輩同級生からなんとか抜け出した和代はズッタボロの制服を見ながらそういった。
「くすくす。御姉さまはもてもてですね」「……卒業してもその口調だったら殴る」
和代の上に学校指定の白いセーターをかけ(和代のセーターは奪われた)潤子は微笑んだ。
出迎えの車が級友達を待っている。もっとも、二人は歩いて帰るのだが。
「……あれ? 」何故か出迎えの車が二台校門から遠く離れた場所にあった。
……級友たちの車ほど豪華ではないが。
潤子は戸惑った。こんなサプライズを用意できるほど今の二人にはお小遣いがない。
「よっ! 」そういって和代は「出迎えの車」の人たちに手を振る。
「お嬢さんはこちらに」優しそうなおじいさんが潤子を一台の車に導く。
戸惑う潤子は導かれるままに其の車に乗った。
和代はそんな潤子を優しい目で見ている。
不意に潤子の記憶に和代と初めて会った時が蘇った。
和代は鬼より恐ろしく、そして激しく。それでいて穏やかで優しい目をしていた。
『阿修羅』。かつての和代の渾名。正義の怒りに燃えて闘う仏の渾名を持つ乙女。
阿修羅を思わせる美しい乙女は慈愛の瞳で潤子を見た。
彼女は潤子にゆっくりと投げキスをして、もう一台の車に乗った。
「……やだっ!!!!!! カズちゃん!!!! 」
潤子は全てを理解した。「おろしてっ!!!!! 」
しかし、和代を乗せた車は潤子の車とは別の方向に走り去っていく。
「ずっと一緒って言ってくれたじゃないっ!!!!!!
誰も私たちを知らない国に行こうっていったじゃないっ!
二人で幸せになるっていってくれたじゃないっ!!!!!!!! カズちゃん! いかないでっ! 」
暴れる潤子を抑える女性に「カズちゃんはなにも悪いことしてないっ!! 」と叫ぶ潤子。
「……高峰和代には誘拐、暴行。その他数々の容疑がかかっています」
「誘拐じゃないっ!!!!!! カズちゃんは悪いことする子じゃないっ!! 」
……潤子は和代がいままで世話になった人たち(主に理事長だが)の迷惑にならないように全ての罪をかぶったことを知った。
大泣きする潤子を久しぶりに会った両親が慰めようとしたが、無駄だった。
下町の皆から手紙が来た。看板娘二人を心配しているらしい。
和代がいい子だといってくれる暖かい手紙に潤子は涙を流した。
理事長がやってきた。和代の弁護をしてくれるという。
そんなことしたら自分の立場が危うくなるし和代の想いが無駄になるといったが、彼は聞かない。
その後ろには久しぶりに会う店長と吹雪。かつての仲間の三春がいた。
「ミハルちゃん? なんで? 」「……今は俺の妻だ」「……」
頬を染める三春と一緒になって照れる店長。「あの。どうして」
店長と理事長は苦笑した。「俺たちは学生時代からの悪友だからな」
潤子は和代に会うことも手紙を出す事も禁止されていたが、三春がニッコリと笑って言った。
「『アレ』が読めないから寂しいってさ。カズちゃん」「……まさか」
「『アレ』しかないでしょ」「『虹の都』? 」そういうと店長が笑った。
「……お前って小説書けたんだな。俺でさえ久々に笑ったよ」「……」
吹雪と三春が笑う。「プリントアウトして届けてあげようか? 」
潤子は一生懸命書いた。吹雪と三春。
かつてのもう一人の仲間の美鈴から和代の近況が伝わってきた。
「凄く笑ってた」「潤子の書く話は最高だって」「続きはまだかって」
潤子は更に書いた。
『虹の都』は定番の歴史小説になっていた。
『落ち込んだとき見てしまった。何故か微笑みが止まらない』と誰かが感想欄に書いた。
ふと、潤子はどうでもいいことに気がついた。
「そういえば、最近手首切ってないや」そういってから、最新話をアップした。
明日には吹雪か美鈴が届けてくれる約束になっている。
いや、今日は……私が届けに行く。
なんとか許可を得た潤子は。
プリントアウトした原稿を手に。
……やっと会える親友のもとに駆けて行く。
『虹の都』。
人は皆コンステンティノープルに集う。
全ての道はローマに続く。
~ 悲劇が書きたい女 おしまい ~




