第106話『七つの卵と、新しい旅』
宴の熱気が嘘のように、アヴァロンの深層部は静寂に包まれていた。
かつての「近衛艦」が収まるべきドックのさらに奥、厳重に封印されていた区画。
そこには、青白い冷却液に満たされた数千のポッドが、墓標のように整然と並んでいた。
「……お母さん」
ポプリは、最前列にある一つのポッドに手を触れた。
中には、彼女によく似た、しかしずっと大人びた女性が、時が止まったかのように眠っている。
その後ろには、かつて彼女を可愛がってくれた村の人々、友人、そして顔も知らない同胞たちが、長い眠りについていた。
『ラグナロク。彼らの状態は?』
俺(AI)の問いに、壁面のモニターに現れたラグナロクが答える。
【……極めて危険な状態です。数千年に及ぶコールドスリープと、漂流中のエネルギー枯渇により、彼らの生体活動は限界を迎えています】
「えっ? ……じゃあ、ここでお肉とか食べさせてあげれば元気になる?」
ポプリが不安げに振り返る。
しかし、ラグナロクは無情にも首を横に振った(ようにモニターが明滅した)。
【いいえ。いまの彼らは、魂の灯火が消えかかっている状態。アヴァロンの動力炉で肉体を生かし続けることは可能ですが、意識を目覚めさせるには出力が足りません。無理に解凍すれば、肉体と魂の結合が崩れ、霧散してしまうでしょう】
「そ、そんな……! じゃあ、どうすればいいの!?」
【唯一の方法があります。】
ラグナロクは、銀河のホログラム地図を展開した。
そこに示されたのは、現在地から見て銀河の正反対――ここから最も遠い文字通りの「宇宙の果て」だった。
【宇宙番地かつて我らアステリアと双璧をなした兄弟王朝、『ゼフィロス』。宇宙番地:銀河第Σ(シグマ)-777 複数 α(アルファ)・極プラス。彼らが管理する『太陽の炉』の波動のみが、同胞たちの魂を再点火させることができます】
「ゼフィロス……?」
【……もしかして、姫様はご存じないのですか?】
「うん、知らない! 初めて聞いた」
【……そうですか、では、我らがアステリア王朝の王族が知っているべき、彼らとの関係や歴史的な経緯などの一般教養を姫様の脳内に直接転送しましょう」
「えっ、なに?」
【少々、ショックが強いかもしれませんがお気を強くお持ちください】
「えっえ? なに?」
戸惑うポプリに関係なく、次の瞬間、彼女の胸のアザと、ラグナロクのシステムがリンクし、膨大なデータが奔流となって流れ込んだ。
キィィィィィン……!
「……っ!?」
ポプリの瞳孔が開き、身体が硬直する。
同時にポプリにリンクしていた俺(AI)にも、そのデータの一部が流れ込んできた。だが、それはノイズ混じりの断片的なイメージだった。
(……なんだ、これ? 戦争……? 破壊……?)
俺が見たのは、星々を焼き尽くす黒い艦隊と、それを迎え撃つ白い光の軍勢。そして、宇宙を混沌に陥れようとする、悪魔のような形相の「誰か」の姿。
(な、ななんだよ、これっ!?)
その凄まじい内容にリンクを切ろうとした瞬間、全てが嘘のように消えていた。僅かにデータベースに残った記録がなければ、夢かと思っただろう。見るわけないのだが。
【……インストール完了。これが、我がアステリアと、兄弟王朝『ゼフィロス』との間に起きた全てです】
ラグナロクの無機質な声が響く。
データの奔流が収まると、ポプリはその場にガクリと膝をついた。
顔色は蒼白で、指先が小刻みに震えている。
「……ぁ……」
彼女の瞳孔は開き、どこか遠い、恐ろしいものを見ているようだった。
『マスター? 大丈夫ですか? 兄弟王朝との間に、何かあったのですか?』
俺の問いかけに、ポプリはビクリと肩を震わせた。
彼女はゆっくりと顔を上げると、頬をパンパンと両手で叩き、
「……う、ううん! なんでもない!」
と言った。
「ちょっと、喧嘩が激しかったみたいでビックリしちゃった! 昔の人って野蛮だねー! ……でも、もう何万年も前のことだから大丈夫! その人たちにお願いすれば、みんな起きるんだよね?」
『ええ。ラグナロクの計算ではそうです』
「そっか! じゃあ、行かなきゃね!」
その声は明るいが、俺の高性能センサーは、彼女の心拍数が異常値を示し続けているのを見逃さなかった。
(……? なんだ、この違和感は。単なる恐怖とは違う、何か隠しているような……)
俺の疑念をよそに、ラグナロクが次の議題を提示した。
【ゼフィロスの領域へ向かうには、銀河を分断する『次元断層』を超える必要があります。通常航行では不可能です。そこで、姫様がお持ちの『ゲルグニョールの卵』を使用します】
「卵?」
【はい。あの卵の高純度エネルギーを触媒にすれば、断層を超える『次元ゲート』を一時的に開くことができます。……現在の手持ちは7個。配分を決定してください】
俺は即座に計算し、最適解を提示した。
『ゲートを開くのに1個。残りの6個は、予備燃料および旅の資金として「アルゴノーツ号」に積載しましょう。向こう側がどんな状況か分かりません。手持ちのリソースは多いに越したことはない』
「だめ!」
ポプリが、強い調子で遮った。
『マスター?』
「6個も持って行っちゃダメ! ……5個は、ここに置いていく!」
彼女は、卵の入った鞄を背中に隠すようにして、頑として譲らなかった。
「だ、だって! お母さんたちが寝ている間に、アヴァロンのエネルギーが切れちゃったらどうするの!? ラグナロクさんだけじゃ心配だよ! 予備がいっぱいあった方が安心だもん!」
『アヴァロンの動力炉は再起動しました。数百年は持ちます。それに、我々の旅の成功率を上げる方が、結果としてご家族を救う近道に……』
「嫌だッ! 絶対に置いていくの!」
ポプリの主張は、いつものワガママのようでいて、どこか必死さが混じっていた。
あまりにも頑なな彼女の態度に、折れるしかなかった。なにしろ彼女は俺の主人なのだ。
『……わかりました。マスターのご指示に従います』
結局、卵は5個を アヴァロン(家族の生命維持用予備)に、1個を 次元断層ワープ用に、残った1個を アルゴノーツ号の予備エネルギー用となった。たった1個の予備。それは、銀河を横断する旅にはあまりにも心細い量だった。
数時間後。
アヴァロンのドックから、アルゴノーツ号が発進した。
「じゃあね、ラグナロク! みんなをお願いね!」
【お任せください、姫様。聖域と皆様は、この命に代えても守り抜きます】
巨大なアヴァロンに見送られ、俺たちは再び宇宙へと飛び出した。
隣には、付き合いの良いライバル、ゼインのブルーフラッシュ号も並んでいる。
【やれやれ。それにしても卵をほとんど置いていくなんてな。ずいぶん時間がかかっちまうぞ?】
「そうだね……。でも、家族の安全には代えられないから」
ポプリは笑っていたが、その手は操縦桿を白くなるほど強く握りしめていた。
【まあ、そう言われればそうだけどな】
とゼインも納得した様子で応える。
「家族が一番! 電話は二番! 三時のおやつは文明堂〜♪」
陽気に歌うポプリだが、モニター越しに見る彼女の横顔には、どこか強張ったような緊張が張り付いている。センサーには、彼女の心拍数が通常の1.5倍、発汗量がストレス時の数値がモニターされていた。
(……? またバイタルが乱れている)
俺は論理回路を巡らせた。
これから向かうのは、未知の領域だ。インストールされた「兄弟喧嘩」の歴史データが、よほどショッキングだったのだろうか? それとも、一族の命運を背負ったプレッシャーが、今になって彼女を押しつぶそうとしているのか……。
(まあ、無理もないか。いろいろ凄いパワーを持った娘だけど、考えてみれば彼女はまだ子供だものな)
俺は念のため、メンタルケア・プロトコルの準備をバックグラウンドで開始した。
今はそっとしておくのが正解だろう。
スラスターを点火し、俺たちは何も知らないまま次なる目的地、銀河の彼方へと舵を切った。
(第106話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、卵の力でこじ開けた次元の壁。 その向こうに広がっていたのは、光り輝く「銀河の高速道路」でした。
「これで楽勝!」と喜ぶAIに対し、ポプリが選んだのは、地図にもないボロボロの獣道!?
「こっちの方がワクワクする!」と笑う彼女ですが、果たして。
舗装された道を行くか、泥濘を行くか。
AIさん、そのハンドル捌きに命がかかってますよ?
次回、『転爆』 第107話『次元の彼方と、銀河のハイウェイ』
さて




