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獣王の息子  作者: 日向夏
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幕間、野良犬と美青年


 犬は見ていた。

 白い家が燃えているのを見ていた。


 塀と庭木に囲まれたその家に、どこからともなく人間たちが集まってくる。


 それを見ていた。


 煙に混じって血の臭いがするのを皆わかっているだろうか。

 髪が焦げる臭いも混じっている。


 でも、不思議なほど肉の焼ける臭いは薄かった。


 犬は待っていた。

 そこから出てくるものを待っていた。


 この家には隠し通路がある。家の中にある到底一般家庭にあるはずないものはここから運んできた。


 犬は知っている。


 それが何に使われ、どういう結果を起こすのか。


 それを確かめるのも犬の仕事だった。何か起こったとき、それがどうなるのか見届けるのも犬に与えられた仕事だった。


 集まってきた人ごみにも、消化活動をする消防士たちにも気づかれず、それはやってきた。


 端正な顔立ちをした青年だった。長い前髪をかき上げながら近づいてくる。年のころは二十歳くらいだろうか。

 

 犬は首を傾げたくなった。ここに来るはずの者はそんな特徴はないはずだ。


 なにかあったらここから出てくるであろう者は、二人。どちらも十代半ばに見える人型の生き物だ。


 しかし、犬の嗅覚は知っている。


 この男から血と肉の臭いがする。そしてかすかにラベンダーの香りがするシャンプーの匂い。


 いつもドッグフードをくれる少女はいない。生臭い内臓の臭いを消しながら、図書館の裏にいた少女はいない。


 青年は犬を見ると笑う。

 微笑といってもいい、知性が感じられるちょっと皮肉が混じった笑い。


 端正な顔立ちだ。その異様な格好を見なければ、異性を引き付けてやまない容姿である。


 痩せ型の体躯には、申し訳程度に衣服がはりついているにすぎない。それも、半分以上焼け焦げ、その残りを腰に巻きつけているような粗末すぎるものだ。そんな野生児と変わらぬ格好で、文化的な顔をしているものだから異様としか言いようがない。


「名前はなんていうんだっけ? 僕は知らなくてさ」


 その言葉ははっきりしていた。犬の嗅覚を信じるなら、この男は双子の兄のほうだ。知性の欠片もない、ただ食らうことにしか興味がない少年だ。確かに正気だったころの面影は少し残っている。


犬は、妹はどうしたと目を細める。


「ごめん、なにが言いたいのかわからないけど。妹ならここだよ」


 青年は、自分の腹をおさえる。

 

 そういうことか。


 犬は理解した。


 少年に知性が芽生えた、いや知性を取り戻した理由を。

 その肉体が成長した理由を。


 妹から祝福を貰ったのだろう。

 実験の成功者として、不死者になった妹から祝福を貰うことで、失敗作の食人鬼は不死者の力を手に入れる。


 その餓えを妹の祝福で上書きし、失敗作から成功例に変わったのだ。


 これは面白い事例だと言われるだろう。


 モルモットを見るようなあの男の顔を思い出す。


 犬は草むらに顔を突っ込む。そこにはボストンバッグがあり、現金と衣服が入っている。


「気が利くなあ」


 青年は口笛でも吹きそうな口調で言った。

 

 妹を代償にして手に入れた祝福、それに対して罪悪感は見られない。


 青年は衣服を着替えた。ぼろぼろの服は犬が地面に穴を掘り、そこに埋めた。


「君も大変だねえ。そんな姿になって」


 にっと笑う青年に対し、犬は唸りたくなった。いや、唸るのではない。


『黙れ』


 犬の声帯から人語が漏れた。


「へえ、最初から喋ってよ」


 青年はボストンバッグを持つと、がさがさと草むらの奥にある獣道に入っていった。


『知るか』


 犬、いや人狼のヴォルフは舌うちしたくなる気持ちを必死におさえながら青年の後ろについていった。

 胸糞が悪くてしかたない。でもそうするのが仕事だから仕方ない。


 あー、早く家でごろごろテレビ見ながらピザでも食いてえ。


 それができるのは、まだしばらく先で、今日のディナーも乾いたドッグフードだろう。


 人狼というが、完全な狼になるには体力を要する。満月の晩に狼に変身するというが、それもあながち嘘じゃない。一番感情が獣に近くなる満月の夜は狼への変化に抵抗はない。また、一度その姿になると、そう何度も簡単に入れ替わるものではない。狼になって戻る力を使うだけで、再び変化するには、ひと月は要する。


 ゆえにこのまま仕事を続けるしかない。


 顔にメスを入れたくがないためにそれをやるヴォルフだったが。


 毎日、用務員に去勢手術のために追い回されるのなら、まだそのほうがましだったかもしれない。


 大事なものちょん切られるくらいなら、いっそ整形のほうがましだろうな、と現在の状況にため息をつきながら、青年の後ろについていった。


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