283 幼女が最後に残すもの
なんで?
なんで指輪にヒビが入っちゃってるの!?
私が動揺していると、サガーチャちゃんが顔を青くさせながら呟く。
「ジャスミンくんすまない……。君は私の想像の遥か上だったみたいだ……」
「え? どう言う事って、わーっ! サガーチャちゃんごめんね! 大丈夫!?」
サガーチャちゃんを見て私は驚く。
何故なら、私がサガーチャちゃんを連れ回して、今までベルゼビュートさんから逃げていた事を忘れていたからだ。
サガーチャちゃんは私に振り回されて、体調不良へと陥っていた。
「あはははは……。大丈……っうぷ。吐きそうだ」
ひぃっ!
本当にごめんなさいー!
「それよりジャスミンくんすまない。君の使う魔法は、私の想像を超えていたよ。だから、指輪が既に限界を迎えているんだ」
「ご主人は気がついてないみたいッスけど、さっきから規格外の魔法のオンパレードッスよ」
「え? そうなの?」
「よく考えるです。ベルゼビュートの攻撃は皆が必死で防いでも、一撃が重くて重症を負ってるです。そんな中で、ジャスの魔法だけが確実に防いでいて、ジャスは今も無傷です」
私が訊ねると、ラテちゃんが答えて、それを聞いていたたっくんが私に視線を向けて話す。
「そうだな。今のベルゼビュートの魔法も、俺とスミレさんの二人で全力をだして何とか凌いだけど、あんなの一人じゃ絶対に無理だ」
「幼女先輩のパンツを見て回復しなければ、即死だったなのです」
スミレちゃんは、ちょっと黙ってて?
「主様とベルゼビュートの距離が縮まらない魔法も、もの凄く魔力の消費が激しいんだぞ」
「がお」
プリュちゃんが私の顔を、心配そうに眉根を下げて見ながら話すと、ラヴちゃんも眉根を下げて頷いた。
そっかぁ。
ベルゼビュートさんの使う魔法の魔力の大きさに合わせて使ってただけなんだけど、そんなに凄かったんだねぇ。
でも、だからって手加減したら怪我しちゃうし……。
私がどうしたものかと困っていると、ベルゼビュートさんがニヤリと笑みを浮かべる。
「成程。貴様は今、魔法が使えないと報告を受けていて妙だとは思っていたが、その指輪に秘密があったと言う事か」
ベルゼビュートさんが鋭く眼を光らせる。
そして……。
「なっ……!?」
「ぐあ……!」
一瞬の出来事だった。
ベルゼビュートさんは眼を光らせたと思うと、いつの間にか私達に近づいていて、たっくんもスミレちゃんも流れるように殴り飛ばされてしまった。
そして、ベルゼビュートさんは私の目の前でしゃがんで、目で見える程の魔力を覆った拳を構えた。
私は咄嗟に、私とベルゼビュートさんの間に重力の壁と氷の壁を魔法で生み出して防御する。
そして、ベルゼビュートさんが低い体勢から、私に向かって拳を振り上げた。
「うっく……っ!」
私はなんとか魔法でベルゼビュートさんの拳を防ぐも、その反動で、勢いよく真上に吹っ飛ぶ。
浮遊の魔法を使わないと、天井に当たっちゃう!
そう考えた私は魔法を使おうとしたのだけど、最悪な事態が起こってしまった。
嘘っ!?
指輪が!
左手薬指にはめていた指輪が、ベルゼビュートさんの攻撃を防いだ時の魔法で、粉々に砕けてしまったのだ。
砕けてしまった指輪に気を取られてしまった私が、勢いよく天井にぶつかる直前に、トンちゃんとプリュちゃんが魔法を発動する。
「エアクッションッス!」
「フォームカーテンだぞ!」
トンちゃんとプリュちゃんが呪文を唱えると、魔力を帯びた柔らかな空気が私を包み込み、魔力を帯びた大量の泡がカーテンのように現れて、吹き飛ぶ私の勢いを殺した。
そして、勢いの止まった私は、ラテちゃんの重力の魔法で、そのまま宙に浮かぶ。
「皆、ありが――」
私はトンちゃん達にお礼を言おうとして気がついた。
ベルゼビュートさんが私に向かって手をかざしていて、私とベルゼビュートさんの間には、もの凄い量の魔法陣が浮かび上がっていたのだ。
そして、私がそれに気がついた瞬間に、ベルゼビュートさんの魔法が放たれる。
ベルゼビュートさんの放った魔法は、もの凄い威力の風の魔法で、壁に穴を空けた時の魔法よりも強力なものだと私は直ぐに気がついた。
ダメ!
あんなの受けちゃったら、絶対無事じゃすまない!
でも、指輪が無くなっちゃったから、魔法が……っ。
「ウインドシールドッス!」
「グラビティウォールです!」
「ウォーターシールドだぞ!」
「フレイムチールド!」
トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんの4人が私の前に出て、同時に呪文を唱えてベルゼビュートさんの魔法を防ごうとした。
だけど、ベルゼビュートさんの放った魔法の威力は強大で、4人の魔法がかき消される。
もう、考えてる場合じゃ無い!
このままだと、ベルゼビュートさんの魔法が皆に当たっちゃう!
私は風と土と水と火の加護を魔力に変換して、それを両手に集中する。
その瞬間、私は急激な息苦しさと心臓への激痛に襲われた。
「うっ……く…………」
私は襲いくる苦しみを受けても止まらない。
ベルゼビュートさんが放った魔法を風で横に流して威力を軽減して、氷の壁で私達を覆って、更にその氷の壁の外側を重力の壁で覆う。
そして、威力を抑えられなかった分は、爆風で押し返す。
私は皆を護る為に、全力で魔法を使い続ける。
だけど、ベルゼビュートさんの魔法の勢いは全く止まる事を知らない。
そん……な…………止まらな……い!?
私は辛うじてベルゼビュートさんの魔法を防ぎ続けてはいたけれど、ベルゼビュートさんの魔法は全く止まる気配が無かった。
そして私は魔法の勢いに押され続け、まるで天井を掘り進むようにどんどん上へと上昇して行く。
ベルゼビュートさんの魔法を防ぎながら、私の意識は段々と朦朧としていき、息をするのも困難になっていく。
そんな私の様子に気がついたのか、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんが私の胸に飛び込んで、目を潤ませながら私を呼ぶ。
「ご主人」
「ジャス」
「主様」
「ジャチュ」
「大……丈夫…………みん……な、私が……」
私が皆に心配させまいと声を振り絞って出した時、ベルゼビュートさんの魔法によって天井を掘り進むように上昇して行った私は、ついに地上まで押し出されてしまった。
地上に出ると、ベルゼビュートさんの魔法がようやく消えて、私は空中で魔法を解除する。
あれ……?
あは……は…………。
視界も……見えな……く、なってきちゃ……た。
そ……れに、何も聞……こ……えな……い?
「ご主人! しっかりするッス!」
「ジャスのバカ! 何やってるです!」
「主様! 主様!」
「ジャチュ! やだ! やだ!」
「ほう。まだ息があるか。だが、どうやら虫の息の様だな」
もう、私には何が起きているのか分からない。
何故なら、目の前が見えなくて、耳も聞こえなくなっていたからだ。
私に分かるのは、殆ど息が出来ない位に苦しくなった現状と、心臓を襲う締めつけるような痛みと、体中を襲う激痛と肌に伝わる感触だけだ。
「マモンが世話になったからな。せめて苦しまぬ様に、殺してやろう」
「やめるッス! ご主人に近づくな!」
「お前なんか、ラテがやっつけてやるです!」
「主様を護るんだぞ!」
「ジャチュ、まもる!」
「愚かな精霊共だ。貴様等の存在が、その娘をそうさせたのだろう? ならば、最後は苦しませぬ選択をするべきだ」
私はトンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんの事を考えて、どうか皆が無事でありますようにと願う。
今の私は何も見えなくて、何も聞こえなくて、周りで何が起きているのかも分からなくて、もう体の力も入らない。
だから、私にはそれだけしか出来なかった。
するとその時、私にも一つだけ何が起こったのか分かる事が起きた。
それは、とても嬉しくて、心が温かくなる出来事だった。
私は思わず、かすれた声で名前を呼ぶ。
「リ……リィ…………?」
私を強く、そして優しく抱き寄せる感触。
いつも私を困らせて、私が何度やめてと言っても聞いてくれない。
直ぐに殺すだとか怖い事を言って、いつも私の頭を悩ませる。
だけど、本当は優しくて、心がポカポカと温かくて私に元気をわけてくれる。
私はそんなリリィが大好きで、一緒にいると幸せになれる。
だから、私には分かる。
目が見えなくたって、耳が聞こえなくても、リリィの事なら分かっちゃうのだ。
だってリリィは、私の大切な人だから。
私は嬉しくて最後に何かを伝えたくて、消えていく意識の中で、最後の力を振り絞って力いっぱい声を出す。
「リリィ、大……好き…………」




