282 幼女も惹かれる魔族の野望
掛け声を合わせたトンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんの4人は、ベルゼビュートさんに向けて魔法を唱え始めた。
私も再びスミレちゃん達の方に視線を向ける。
す、凄い。
いつの間にか戦いは激しくなっていて、私は戦いを目で追った。
スミレちゃんとたっくんが炎の魔法を使い、プルソンさんはベルゼビュートさんに肉弾戦を挑み、サガーチャちゃんが離れた場所で戦う4人を囲むように何かを床に書いていた。
サガーチャちゃんは何をしてるんだろう?
私が首を傾げると、丁度その時、私の背後から魔法が放たれる。
「ストームカッターッス!」
「ストーンニードルです!」
「アシッドウォーターだぞ!」
「フレイム、がお!」
鋭利な刃のように切れ味の良い魔力を帯びた暴風と、鉄をも貫く魔力を帯びた鋭い石の針と、触れた物を溶かす魔力を帯びた酸性の水と、あらゆる物を焼き尽くす魔力を帯びた炎が、ベルゼビュートさんに目掛けて勢いよく突き進む。
だけど、トンちゃん達が放った魔法は、ベルゼビュートさんにダメージを与える事は無かった。
「ご馳走だな」
ベルゼビュートさんは呟くと、トンちゃん達が放った魔法に左手をかざして、暴食の能力で食べてしまったのだ。
そして、それだけでは終わらない。
ベルゼビュートさんはトンちゃん達の魔法を食べた直後に、鋭く眼を光らせて、プルソンさんのお腹に向かって拳を振るう。
その拳は、私の目でも分かるくらいの質量の魔力を帯びていた。
「……がっ」
プルソンさんはベルゼビュートさんの拳を受けて、勢いよく吹っ飛んで数十メートル先の壁に激突する。
そして、プルソンさんは床に横たわって動かなくなってしまった。
私は考えるより先にプルソンさんの許まで走り出そうとして、それをたっくんに止められた。
「落ち着け。俺達魔族は、致命傷を受けると体にヒビが入る。プルソンは気絶しただけだ」
「……うん」
たっくんの言う通りプルソンさんからヒビは出ていなかったけど、それでも私が心配そうに倒れたプルソンさんを見ると、たっくんが私を撫でる。
「心配なのはわかる。だけど、今はベルゼビュートから目を離さないでくれ。油断すると、本当に殺される」
「うん。わかった」
私は頷いて、ベルゼビュートさんに視線を向けた。
するとその時、サガーチャちゃんが突然大声で魔法を唱える。
「アースリベリオン!」
サガーチャちゃんが魔法を唱えると、さっきまでサガーチャちゃんが書いていた何かが光り出した。
サガーチャちゃんが書いていたのって、魔法陣だったんだ!
私は光り出した魔法陣を見て、それに気付き驚いた。
ベルゼビュートさんを囲う魔法陣が画かれている床が、音を上げて崩れ出したのだ……いいや。
崩れたわけでは無かった。
床が音を立てて飛び出して、それがベルゼビュートさんを襲った。
だけど、ベルゼビュートさんには効かなかった。
ベルゼビュートさんは、それすらも食べてしまったからだ。
「困ったな。忌々しい能力だね」
サガーチャちゃんが悪態つきながら後ろに下がる。
だけど、ベルゼビュートさんはサガーチャちゃんを逃さなかった。
そして私も、もう見ているだけでもいられない。
ベルゼビュートさんがサガーチャちゃんに一瞬で接近する。
私は重力の魔法を使って、サガーチャちゃんを私の所に勢いよく引き寄せる。
「動いたか」
ベルゼビュートさんが呟いて、私を鋭く睨みつける。
正直かなり怖いその睨みを向けられて、私は怯みそうになりながらも、グッと堪えた。
そして、ベルゼビュートさんが私に向かって走り出す。
私は次の魔法を直ぐに使用する。
私とベルゼビュートさんの距離感を、魔法で磁力の応用!
私が魔法を使用すると、その瞬間から、私とベルゼビュートさんは一定の距離を保ったまま近づく事が出来なくなった。
「面倒な事を」
私が使用した魔法に、ベルゼビュートさんが呟く。
私の魔法は磁石をヒントに出した魔法で、エス極同士やエヌ極同士だと近づけなくなるアレだ。
欠点があるとすれば、私も近づけないという事と、何もせずにいると壁に追い込まれて激突してしまうので、私も動いて方向を変える必要がある事だ。
思っていた以上に、これって結構大変かも。
ベルゼビュートさんの足が速すぎて、気を抜いたら壁に激突しちゃいそうだよ。
でも、これで時間は稼げる。
後はベルゼビュートさんを説得するだけ!
私はベルゼビュートさんの説得を諦めたわけではなかった。
何故なら、猫ちゃん達を大切にする人だからだ。
そんな優しい人なのだから、きっと話し合えば分かり合えると信じているのだ。
トンちゃんに言ったら、甘いとか言われちゃうかもしれないけれど、それでも自分のやり方を曲げるつもりはない。
「ベルゼビュートさん! 猫ちゃん以外のペットを飼う事を禁止にする為に、悪い事を繰り返すのはもう辞めようよ。なんのペットを飼うかは、他の誰かが決める事じゃないと思うの。ベルゼビュートさんだって、ワンちゃんを飼えって言われたら嫌でしょう?」
私は言いながら、改めて考えるとおバカだなぁとも思ったけれど、顔に出るとやばいので無心になる。
「愚問だな。我の目的は既にそれを超えている」
「超えている?」
「左様だ。我は世界の全てを猫で埋め尽くし、他の生物を根絶やしにする事だ。我はこの手で、世界の全てを猫に捧げ、猫で埋め尽くされ溢れる世界を作るのだ。その為の資金も既に集まった」
猫ちゃんだけの世界……。
ごくりと私は唾を飲み込んだ。
ど、どうしよう?
手段はともかく、猫ちゃんで世界が埋め尽くされるとか、凄く見てみたいんだけど?
と言うか、なんでお金が必要なのか不思議だったけど、猫ちゃん達の為に必要だったんだね。
そう言う事なら、私も猫ちゃん達の為に……って、いやいやいや。
冷静になれ私!
根絶やしとか言っちゃってるんだよ?
私が説得されそうになってどうするの!?
そして、私は落ち着きを取り戻して納得する。
猫ちゃんに変えた人達は、本当にどうでも良いのだと。
他の生物を根絶やしにすると言うのは、多分そう言う事なんだと理解する。
「一つ忠告しておく」
「え?」
ベルゼビュートさんが立ち止まり、魔法の効果で、それに合わせて私も止まる。
「貴様は我を説得するつもりの様だが、無駄な事だ。そして肝に銘じておけ。我は貴様を殺した後に、あのリリィとか言う小娘だけでなく、貴様に関わった全ての者を殺すつもりだ」
「私に関わった? なんで? そんな事する必要なんて――」
「ある」
私の言葉を遮るように、ベルゼビュートさんが口を挿む。
「貴様を親しく思う者は、貴様を殺せば我の障害に必ずなる。ならば、先に殺しておく必要があるのは当然だろう?」
「そんな事絶対にさせないよ!」
「ならば本気を出すのだな」
ベルゼビュートさんが鋭く眼を光らせて、両手を私に向かってかざす。
そして、その瞬間にベルゼビュートさんの前に黄色の魔法陣が浮かび上がり、魔法陣から大きな電撃が飛び出した。
雷系の魔法!?
私は咄嗟に土の魔法を使って、床を盛り上げて電撃を防ぐ。
「やはりな」
ベルゼビュートさんはそう呟くと、続けて緑色の魔法陣を浮かび上がらせて、そこからもの凄く切れ味の良い風を私に向かって放った。
私は再び魔法で防御しようとしたけれど、たっくんとスミレちゃんが私の目の前に来てくれて、ベルゼビュートさんの魔法を2人で防いでくれた。
そして、たっくんとスミレちゃんが息を切らせながら口を開く。
「くっ……。やっと追いついた。今まで怠けていたせいで、ブランクがやばいな」
「私も動きが速い幼女先輩のパンツを見るのに必死で、大変だったなのですよ。でも、もう大丈夫なのです。幼女先輩のパンツを見て回復したなのです」
スミレちゃんは何を言っているの?
って言うか、2人とも凄い汗だよ?
大丈夫かな?
凄く汗をかいて息の上がった2人を見て私が心配していると、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんの4人が、それぞれ定位置に戻って来た。
「ご主人、指輪の方は大丈夫ッスか?」
「ジャス、あまり無理をしたらダメですよ」
「主様はアタシがお守りするんだぞ」
「ジャチュ、まもる……ケプ」
皆……お口のまわりに、パンケーキがついてるよ。
私は微笑みながら、念の為に左手の薬指にはめている指輪を見た。
そして、私に衝撃の事態がつきつけられる。
あれ?
なんで!?
ヒビが入ってるーっ!?




