281 幼女は精霊さんを見守るお姉さん
私が慌てていると、お話は終わりだと言わんばかりに、ベルゼビュートさんが私に向かって走り出す。
「ジャスミン下がれ!」
たっくんが私の前に出て、目の前に赤色の魔法陣を浮かび上がらせる。
「捕らえろ! フレイムケージ!」
たっくんが呪文を唱えると、魔法陣の中から炎が出現して、ベルゼビュートさんを炎が取り囲む。
そして、炎に取り囲まれたベルゼビュートさんに、スミレちゃんが接近する。
「ベルゼビュート様、恨みを晴らさせてもらうなのよ!」
スミレちゃんが拳に炎を纏って、ベルゼビュートさんに殴りかかる。
ベルゼビュートさんはたっくんの放った魔法を破壊し、そして、スミレちゃんを一瞥して拳を受け止めた。
「恨み? 裏切りは不満の表れと言う事か。愚かな」
ベルゼビュートさんが受け止めたスミレちゃんの拳を掴んだまま話すと、スミレちゃんは掴まれた拳を離そうともがきながら言い返す。
「違うなのよ! エルフの里で起きてる犬の糞事件の事なのよ! 私が犯人扱いされて、大変な目に合ったなのよ!」
御神木でお話を聞いたけど、確かにいい迷惑だよね。
「あれか。ベルフェゴールの能力の一つ、ペットの散歩中に糞を回収しない飼い主の枕元に、その回収しなかった糞を睡眠中に転送する能力だったな」
え? 何それ?
怖い。
そんな能力だったの?
「中々優秀な能力でな。時間を超えて転送出来る優れものだ。飼い主として当然の事をしないエルフ共には、丁度良い能力だとは思わんか?」
どうしよう?
私なんだか、その件に関してはベルゼビュートさんの味方になりたくなってきたよ?
だって、ワンちゃんのうんちを、ちゃんと回収しない飼い主が悪いんだもん。
でも、なんだか納得だなぁ。
だからラークの枕元にあったんだね。
うんうん。
ベルゼビュートさん、それにベルフェゴールさんグッジョブだよ。
「それなら、口で言えば良いだけなのよ! 持って帰れって言えば良いだけなの!」
スミレちゃんがなんとかベルゼビュートさんから離れて、ベルゼビュートさんを睨みつける。
「ゴミの様な連中だ。言っても意味が無い。ケット=シー共の衛生上、糞が野放しになっているのはよく無い。ならば、ゴミ共に身を持って教えてやる必要があると判断したまでだ。だが、それでもゴミ共は回収をしなかった。だから我はフルーレティに命じて雪を降らさせ、散歩を出来なくしてやったのだ」
そんな理由!?
あっれー?
って言うか、なんだか聞いてたお話と違うよ?
そんな理由で雪を降らしてたんだね……。
こう言っちゃなんだけど、ベルゼビュートさんって結構おバカなんだね。
「どれだけ綺麗ごとを言っても、それで関係ない私を巻き込んだ事には変わらないなのよ! そのせいで、幼女の誘拐犯にまで、されそうになったなのよ!」
トンちゃん達から聞いたけど、それは仕方がないんじゃないかなぁ。
「知らんな」
ベルゼビュートさんがつまらなそうに答えて動き出す。
ベルゼビュートさんはスミレちゃんの背後に一瞬で回り込み、そして鋭く眼を光らせてニヤリと笑う。
そして、ベルゼビュートさんとスミレちゃんの間に、幾つもの緑色の魔法陣が、重なるように浮かび上がる。
「バティン!」
ベルゼビュートさんが緑の魔法陣から何かの魔法を放った瞬間に、プルソンさんがスミレちゃんの名前を呼びながら、スミレちゃんを掴んで横に跳んで二人は地面に転がる。
そしてその瞬間、スミレちゃんが立っていた数十メートル先の方から、もの凄く大きな轟音が響き渡った。
私は驚いて音の鳴った方を見て、衝撃的なものを見てしまった。
ひぃー!
う、嘘でしょう?
壁に穴が……ドリルであけられたみたいに、壁に大きな穴があいちゃったよ!?
「バティン、怪我は無い?」
「おかげで大丈夫なのよ」
スミレちゃんとプルソンさんは起き上がり、ベルゼビュートさんに向き合って構える。
「運の良い奴だ。プルソンに感謝するんだな」
ごくりと私は唾を飲み込み睨み合う3人に注目すると、その時、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ジャス! 大変です!」
ラテちゃん?
ラテちゃんに呼ばれて、私はラテちゃんの声がした方に視線を移す。
すると、ラテちゃんはいつの間にか、この部屋に一つだけあった机の上に立っていた。
ラテちゃんは私が視線を向けて振り向くと、もの凄く真剣な面持ちで大声を上げる。
「ここに食べかけ中のパンケーキがあるです! このパンケーキは、ジャスの特性パンケーキの素を使って作られたパンケーキです!」
……うん?
「それは本当ッスか!?」
トンちゃんが驚愕し、ラテちゃんのいる机へと向かう。
そして、トンちゃんに続いて、プリュちゃんとラヴちゃんも机に向かって行った。
「間違いないッス! これは、ご主人のパンケーキの素を使ったパンケーキッスよ!」
「捨てられた筈じゃなかったのか? なんで主様のパンケーキの素が使われているんだぞ!?」
「がお」
ラヴちゃんがまだ手を付けられていないパンケーキを千切って、パクリと一口食べる。
「ニチュ、がお!」
「ニチュ? じゃあ、このパンケーキはニスロクさん、ベルフェゴールが作ったパンケーキなんだぞ!?」
「がお」
ラヴちゃんが真剣な面持ちで、こくりと頷く。
すると、トンちゃんが悔しそうな表情を浮かべて、歯を食いしばった。
「そう言う事ッスか」
プリュちゃんも凄く落ち込んだ表情を見せて、ラテちゃんが肩を震わせながら、おめ目に涙を溜めて怒鳴る。
「許せないです! ラテ達に嘘をついて、自分だけジャスのパンケーキを食べるなんて、絶対に許せないです!」
「がお」
怒るラテちゃんの肩に、ラヴちゃんがそっと手を乗せて首を横に振る。
「ニチュのパンケーキ、ジャチュよりおいちくない」
ラヴちゃんがそう言うと、ラテちゃんがとても悲しい顔をして俯く。
そして、恐る恐るといった感じで、パンケーキを千切って一口食べた。
パンケーキをごっくんしたラテちゃんの頬に、一粒の涙が流れる。
「ラーヴには悪いけど、やっぱりラテは、ラテは許せないです」
ラテちゃんがラヴちゃんと真剣な面持ちで目を合わす。
そして、ラテちゃんは涙を拭って声を上げる。
「これはパンケーキへの冒涜です! ジャスのパンケーキを、こんな味にしてしまった事を、ラテは許せないです!」
「ラテ、ボクも同じ気持ちッスよ。こんな事、絶対にやってはいけない事ッス」
「ドゥーウィンとラテの言う通りだぞ。ラーヴは良いのか? 主様のパンケーキは、汚されてしまったんだぞ?」
「がお!?」
ラテちゃんの言葉に、トンちゃんとプリュちゃんが涙ながらに訴える。
すると、ラヴちゃんは驚き、そして肩をプルプルと震えさせた。
ラヴちゃんはおめ目に涙を溜めながら、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんの顔を順番に見て、そしてお口をへの字にして大きな声を出す。
「だめ!」
ラヴちゃんのおめ目に強い意志を感じさせるような、大きな炎が宿る。
そして、4人は顔を見合わせると、こくりと頷き合い、円陣を組んで大きく声を上げる。
「「「「パンケーキー!」」」」
私はトンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんの4人の姿を、とても可愛いなぁと思いながら、微笑んで見守りました。




