269 幼女は少年の心を忘れない
「そっかぁ。じゃあ、昔ドワーフの王子様と結婚しようとしたのって、マンゴスチンさんだったんだ」
マンゴスチンさんをドリちゃんが待つ御神木に運びながら、私はたっくんから過去のお話を聞いていた。
わたしは聞きながら、コラッジオさんから聞いた悲しい過去のお話を思い出していた。
「ああ。あの時、マンゴスチンは不老不死に失敗したんだ。それが原因で、不老となって今も生き続けている。あれから、外の世界に恐怖を抱いていてな。最近は死んだ王子の忘れ形見の、息子のソイのおかげで多少は出歩けるようになったみたいだけど、やっぱり怖いみたいだな」
そりゃそうだよね。
コラッジオさんから聞いたお話だと、命を狙われていたんだもん。
私だったら、家に引きこもっちゃうかも。
でも、驚いちゃった。
まさか、ドワーフの王子様との間に子供が出来て、その子供がソイさんだったなんて。
「マンゴスチン様にそんな事があっただなんて……どうりで見た目が幼いと思いました」
え? そこ?
マルメロちゃん的には、そこが気になっちゃった感じなの?
「でも納得ッスね。それでロリ婆はフェニックスを見て怒ったんスね」
「そういう事だな。と言っても、それだけでもないけどな」
「どういう事よ? まだ他にもあるの? まさかアンタ、マンゴスチンに手を出したんじゃないでしょうね!?」
「出すか! そんなわけないだろ!」
ご、ごめん。
私も一瞬、リリィの言葉で納得して、そうなのかもって思っちゃったよ。
だって、たっくんはロリコ……あれ?
結局オぺ子ちゃん相手だと、ロリコンなの? ショタコンなの?
うーん……これは難しい問題だよ。
「おいジャスミン。失礼な事を考えてないか?」
「え? ううん。ソンナ事ナイヨ?」
「で? 結局、他にどんな理由があんのよ?」
「あ、ああ。そうだな」
たっくんは頷いて、言葉を続ける。
「ソイが不老不死になれなかった事は、以前話しただろう?」
「そう言えば、そんな事言ってたね」
すっかり忘れてたよ。
って、あれ?
「そっか。ソイさんも不老なんだ」
「そういう事だ。俺も以前の事があったから断り切れなくてさ。結果ソイは不老不死になる事に失敗して、引きこもりだ」
言われてみると、そうなるよね。
だって、ドワーフの王子様との子供なんだもん。
不老でもないと、今生きてなんてないもんね。
たっくんはリリィに担がれているマンゴスチンさんに、一度視線を向ける。
「と言っても、俺がこの里を出てからソイの引きこもりは無くなったみたいだけど、随分荒れてるだろ? それでマンゴスチンは俺の事を、まだ許せないんだろうな」
「そうだよ! お前さんのせいで、ソイちゃんは私から心を閉ざしたんだ!」
いつの間にか目を覚ましたマンゴスチンさんが、怒声を上げてたっくんを睨みつける。
「でも、もう何もかも終わりにしてあげるよ。私はね。あれからずっと、ソイちゃんを育てながら、復讐の為に研究を続けてきたんだ」
「どういう事だ?」
「世界にビーエル漫画を布教させて、女から男を見る価値観を変化させて、結婚を出来なくさせる! そして、子孫が残せなくなり、やがて世界は滅ぶんだよ!」
え? バカなの?
嘘だよね?
そんな理由で書いていたの?
「もう私は止まらないよ。ビーエル漫画を書く事と同時進行で研究していた魔法薬も完成して、あの子に飲ませたからね」
研究していた魔法薬?
あれ?
ビーエル漫画の件がおバカすぎて、あまり危険性を感じないけど、なんだか嫌な予感がするよ?
「あの子? もしかして、チェスナトちゃんの事ですか?」
マルメロちゃんが真剣な面持ちでマンゴスチンさんに訊ねると、マンゴスチンさんは愉快そうに笑いながら答える。
「そうだよ。あの子、チェスナトは実に良い子でね。私の復讐の為に、魔法薬を飲んで最強の存在へと生まれ変わったんだよ。今のあの子なら、ドリアード様は勿論、ベルゼビュート如き敵じゃないよ」
「ベルゼビュート様が敵じゃない? 随分となめた口を聞いてくれるじゃない」
マモンちゃんがマンゴスチンさんを睨むと、マンゴスチンさんは気にする事なく愉快そうに笑い続ける。
「あの子に飲ませたのは、私が今まで長い年月をかけて研究していた特殊能力を、転生者じゃなくても身につける事が出来る薬なのさ。今のあの子は、あらゆる能力を持っている」
な、何それ?
私が思ってた以上に、結構やばい気がするんだけど?
「その力を使って、私の書いたビーエル漫画の布教を邪魔する奴を、全て殺すんだよ!」
力の使いどころそこ!?
「私の邪魔は、もう誰も出来やしないよ! 世界はビーエル漫画で埋め尽くされるのさ!」
え、ええぇぇ……。
別に良いよそれで。
見たくなければ、見なきゃいい話なんだもん。
どうぞご自由にって感じだよ。
……あれ? 雪?
私がおバカな計画にやる気をなくしていると、突然雪が降り始める。
そして、降り始めた雪は、驚くほど驚異的な速度で吹雪へと変わっていく。
「な、何なのよ!? フルーレティの能力はキモ豚の裏切りで解かれたんじゃないの!?」
「主様! 大丈夫か!?」
「う、うん」
でも、結構やばいよね?
視界の前がほとんど見えないもん。
私達が突然始まった吹雪に困惑していると、ただ一人、マモンちゃんだけが冷静に空を見上げながら呟いた。
「始まったようね」
「マモンちゃん?」
私がマモンちゃんを見て名前を呼ぶと、マモンちゃんが私に目を合わせて、悲しそうな目つきで口を開く。
「甘狸。おまえ達と一緒にいた時間も、案外悪くなかったわ。残り少ない人生、無駄にしない様にね」
マモンちゃんはそう言うと、もの凄い速度で吹雪の中を走って、何処かへ行ってしまった。
するとその時、リリィに担がれているマンゴスチンさんが叫ぶ。
「お前さん達、死ぬ覚悟は出来たかい!?」
「え?」
その時、私がマンゴスチンさんの言葉に反応するより先に、突然マルメロちゃんの頭上に何かが落ちて来て、マルメロちゃんはそれの直撃を受けてしまった。
「きゃーっ!」
マルメロちゃんは吹っ飛んで、数メートル先で倒れこむ。
「マルメロちゃん!」
私がマルメロちゃんに駆け寄ろうとすると、落ちてきた何かが、マルメロちゃんの頭をふみつけて、私に視線を向けてケラケラと笑う。
「パンツの女神様~。お元気でしたか~?」
「チェスナトちゃん……」
そう。
マルメロちゃんの頭上に落ちてきた何かとは、マンゴスチンさんの作り出した魔法薬を飲んだチェスナトちゃんだった。
チェスナトちゃんはケラケラと笑いながら、マルメロちゃんの頭から足をどけて、マルメロちゃんを私に向かって蹴り飛ばす。
私は蹴り飛ばされたマルメロちゃんを受け止めて、マルメロちゃんを呼ぶ。
「マルメロちゃん! マルメロちゃん!」
「……ジャス……ちゃん」
良かった。
気がついてくれた。
「おい。そこのブス。マンゴスチン様を離しな」
チェスナトちゃんがリリィを睨んでそう言うと、リリィがマンゴスチンさんを地面に雑に放り投げて、チェスナトちゃんを睨んだ。
「この吹雪、アンタの仕業? もし、そうなら、今すぐ止めてくれないかしら? 前が見辛くて鬱陶しいのよね」
「んなわけないでしょ? 馬鹿なんじゃないの?」
「そ。なら良いわ。今ならまだ見逃してあげるから、お家にでも帰りなさい?」
しっしっと、手でパタパタとリリィがやりながらそう言うと、チェスナトちゃんがもの凄い形相でリリィを睨みつける。
「はあ!? なめてんじゃねーぞブス!」
「ブスブスうっさいわね。ブスのアンタに言われたくないわよ」
「殺す!」
チェスナトちゃんがもの凄い速度で、リリィに近づいて殴りかかる。
リリィはそれを余裕でかわして――いや。
かわせない。
「なっ!?」
リリィはチェスナトちゃんの攻撃を受けて吹っ飛んで、地面に転がる。
嘘!?
あのリリィに攻撃をあてた!?
「油断したわ」
そう言って起き上がったリリィを見て、私はごくりと唾を飲み込んだ。
やばいどうしよう?
バトル漫画みたいな展開になってきて、ちょっとワクワクしてきたかも!




