266 幼女と捕らわれの小鳥さん
ネコネコ編集部出張所の建物の前に到着するのと同時に、建物の中から「ぎゃーっ!」と、突然悲鳴が聞こえてきた。
私はリリィを顔を見合わせて頷き合うと、急いで建物の中に入って行く。
建物の中に入ると、私はあまりにも酷い惨状に一歩後ずさる。
「何……これ?」
私はそう呟いて唾を飲み込む。
そこに、私の後にマルメロちゃんが続けて建物に入って来て、その惨状を見て口を手で押さえて驚く。
そしてマルメロちゃんと一緒に入って来たマモンちゃんは、惨状を見て目を点にして固まってしまった。
そんな中、一人呆れた顔したリリィが呟く。
「エルフの男とゴブリンが泡吹いて倒れているわね」
そう。
ネコネコ編集部出張所の建物の中に入ると、エントランスホールでエルフの男性とゴブリン達が倒れていたのだ。
だけど、それだけでは無い。
エルフの女性達もいて、何かの本を読みながら、凄く怪しい目つきになっていた。
「何があったんスかね?」
「倒れているのは、皆男の人だぞ」
「がお」
「ジャス、一応警戒しておくです」
「う、うん」
私が返事をしたタイミングで、出入口付近にいたエルフの女性の一人が、微笑みながら私達に話しかける。
「いらっしゃい。オーク先生でしたら、仕事部屋にいらっしゃるわよ」
仕事部屋?
「ちょっとおまえ、何でこいつ等は泡吹いて倒れてるのよ?」
「これはマモン様。お帰りなさいませ。実は、先程マンゴスチン様がいらっしゃいまして、我々にこちらを渡されていったんです」
マモンちゃんが訊ねると、エルフの女性が本をマモンちゃんに渡した。
マモンちゃんはそれを受け取り、パラパラとページを捲る。
「何これ?」
「素晴らしいですよね。殿方と殿方の禁断の愛」
……うん。
私がこの時に心の中で頷いたのは、もちろん男同士の禁断の愛にでは無い。
私が頷いたのは、この場の状況を理解したからである。
なるほどわかったよ。
要するに、ここに来たマンゴスチンさんがビーエル本を布教したから、本の中身を見た皆がこうなったんだね。
私も前世で男だったからわかるけど、男から見て、男同士の絡みがあるビーエル本とかは気持ち悪いと思ってたもんなぁ。
泡吹いて倒れるほどでは無かったけど……。
まあでも、女の子同士の絡みは意外と平気で大丈夫だったし、と言うか大好物だったから、そう言うもんだよねって感じ。
「こんなの繁殖出来ないじゃない? 生物として終わってるわ」
「マモン様には、まだ早かったようですね。大人になれば、きっとこれが素晴らしい物だとお気付きになれますよ」
「何よそれ? ちょっと棘がある言い方ね?」
「棘があるだなんて、そんなとんでもない」
マモンちゃんがエルフの女性を睨み、エルフの女性はニッコリと微笑みを崩さない。
すると、リリィがマモンちゃんに視線を向けて、呆れたように口を開く。
「アンタって本当に馬鹿ね。男は男同士でくっつくから、女は女同士でくっつけるんじゃない」
「その通りです。リリィちゃん、良い事言いました」
リリィのおバカな言葉にマルメロちゃんが同意し、マモンちゃんの脳裏に電流が走る。
「そ、そうだったのね!?」
おバカだなぁ……3人とも。
って言うか、マルメロちゃんもやっぱりそっちの人だったの?
それに、マモンちゃんも納得したっていう事は……うん。
そこから先は考えちゃいけない気がする。
って、こんなおバカな事を考えている場合じゃないよ!
「そんな事より、早くたっくんの所に行こうよ。マモンちゃん、たっくんの所に案内して?」
「仕方がないわね。ついて来なさい」
「うん!」
私は返事をしてマモンちゃんについて行く。
そして、とある部屋の扉の前まで来て立ち止まると、リリィが少し驚いた様子で口を開く。
「ここ、仮眠室じゃない」
「仮眠室?」
「そうよ。最初にこの建物に入った時にオークに聞いたんだけど、泊りがけで漫画を書いている時に、途中で倒れたゴブリン達を放り込む場所らしいわよ」
え?
何それ怖い。
「マモンちゃん、ここにフェニックスがいるんですか?」
「そうだ」
マモンちゃんはマルメロちゃんの質問に頷いて、扉を開ける。
私はごくりと唾を飲み込んで、扉を開けた先、仮眠室の中へマモンちゃんの後に続いて入る。
「たっくん? あれ? いないよ?」
仮眠室の中に入ったのは良いけれど、部屋の中には誰もいなかった。
いるのは、窓際にある鳥籠の中の色鮮やかで綺麗な小鳥さんだけで、人の気配は全く無い。
私が首を傾げて困惑していると、マモンちゃんが小鳥さんに近づいて、小鳥さんに話しかける。
「フェニックス、おまえにお客さんだ」
え?
マモンちゃんが鳥籠から小鳥さんを取り出した。
そして、マモンちゃんは小鳥さんを手の平の上に乗せて私に近づく。
「これがフェニックスだ」
そう言って、マモンちゃんは私の目の前まで来ると、私の目の高さに小鳥さんを持ち上げた。
私と小鳥さんは目が合い、そして、小鳥さんの口が開かれる。
「じゃ、ジャスミン。久しぶりだな」
「たっくん!? 本当にたっくんなの!?」
「あ、ああ。この姿で会うのは初めてだったな。驚かせてごめんな」
「う、うん」
私は返事をするも、あまりにも可愛らしい姿のたっくんに驚きすぎて、電池が切れたように固まってしまった。
「タイム。アンタの本当の姿って、こんなだったの?」
「そうだよ。ベルフェゴールの奴に怠惰の能力を使われて、魔族の姿の維持を出来なくさせられたんだ。おかげで、魔族になる前の姿になったんだよ」
「何喋ってるかわかんないッス。この小鳥、本当にフェニックスなんスか?」
「私も小鳥さんの言葉はわからないけど、でも可愛いんだぞ」
「がおー」
「タイム、その姿はケツァールです?」
「そうだよ。ラテールの力で俺を元の姿に戻せないか?」
「ラテには無理です」
「そんなの、自力で何とかしなさいよ? アンタ、仮にも魔族なんでしょう?」
「無茶言うなよ」
あ、そうだ。
と、正気に戻った私は、そこで思い出す。
実は、こんな事もあろうかと、持ち歩いている物があったのだ。
それは……。
「たっくん。これを使ってあげるよ! 特殊能力を一時的にだけど、無効化出来る装置なんだよ! これで元に戻してあげる!」
そう言って、私はドワーフの王様コラッジオさんから貰った虹色に輝く装置を取り出して、たっくんの目の前に掲げた。
「ご主人。ドヤ顔の所言うのも何ッスけど、さっき化け猫に襲われてハニーが暴走した時に、何でそれを使わなかったッスか? 使っていれば、ハニーも暴走しなかったかもしれないッスよ?」
あ……。
って、良いの!
結果オーライなんだもん。
使用後に一日位の時間が経たないと、また使えないんだもん!
あの時に使っちゃったら、今使えなかったでしょう!?
だから、良いの!
トンちゃんのつっこみに、私は恥ずかしさのあまり出る涙を堪えながら、心の中で言い訳をするのだった。




