250 百合は光明で開花する
ジャスミンがいなくなり、スミレが捕まってから一日が経っていた。
犬の糞事件の犯人がベルフェゴールの可能性が高いと見た私達は、フルーレティが部屋を出た後に話し合い、サガーチャの提案でこの日は体を休ませる事になった。
サガーチャが私達に言った言葉は、こういったものだった。
「スミレくんの心配は、する必要が無さそうだったよ。犬の糞の件についても、犯人と思われるベルフェゴール本人がいないのなら、どうしようもないだろう? ここは一つ、私を信じて今日は体を休めて、明日に備えないかい? それに……」
この時サガーチャが口にした「それに……」に続く最後の言葉は、ベルフェゴールやキモ豚のソイの登場で全てが上手くいかない焦る私を、落ち着かせるには十分な言葉だった。
そうして迎えた今日、私達はお昼前に宿を出た。
だけど、一つ問題が起こってしまった。
昨晩は、夜遅くまでサガーチャの手伝いを皆でしていたのだけど、結局発明品は完成しなかったのだ。
そのせいで、今朝は私を含め全員が遅めに起きてしまい、行動するのが出遅れてしまった。
本当は眠いのを我慢して早めに起きるというのも考えたのだけど、ドワーフのコラッジオと戦った時に、私は睡魔のせいでジャスミンを危険な目に合わせてしまった経験があった。
その為、私は二度とあんな事を繰り返さない為にも、ここは睡眠をしっかりとるべきと判断したのだ。
それから、結局朝になっても発明品を完成させられなかったサガーチャと、サガーチャを手伝うと言いだしたオぺ子ちゃんが、二人で馬車小屋に残る事になった。
事件解決の為に御神木から出て来たオぺ子ちゃんだったけど、私達と昨日の内に話し合って、サガーチャの手伝いをした方が良いと判断しての事だった。
私もその判断は正しいと見て、オぺ子ちゃんにサガーチャの事を任せる事にした。
サガーチャの発明品が完成すれば、ジャスミンの負担が一つ減る。
絶対に完成させなさいよね。
私はビリアとルピナスちゃんを連れて、ネコネコ編集部出張所の建物を目指して歩き出す。
「本当ね。サガーチャ殿下の言っていた通りだわ」
「うん。サガーチャお姉ちゃん凄いね」
ネコネコ編集部出張所に向かって歩くなか、ビリアとルピナスちゃんに私も同意する。
「そうね。これが、サガーチャの言っていた何らかの方法で、存在を気付かされなかった猫達なのね」
「サガーチャ殿下の話では、昨日も意識すれば、この猫ちゃん達を認識出来ていたのよね?」
「そのようね」
不思議な事に昨日まで全く気がつかなかったのだけど、このエルフの里には、かなり多くの猫達が歩き回っていた。
昨日の時点でわかっていた事は、屋根の上にいるケット=シーが監視している事くらいで、里の中を歩き回る猫達には全く気がつかなかったのだ。
サガーチャの話では、恐らくエルフ達も気がついていないと予想していた。
「これもベルフェゴールの能力の力なのかしら?」
「どうッスかね~。怠惰の能力とは関係ない気がするッスけど、記憶力低下なんて出来ちゃうみたいッスからね~」
暫らく歩いてネコネコ編集部出張所の建物の前に到着すると、マモンが眉根を上げて独り言を呟きながら建物の中から現れる。
「あのバカ息子。何て事をしてくれたんだ。どうりで昨日から……。おかげで私がベルフェゴールのうすのろを……考えるだけで忌々しい。まずはプルソンを呼び出して」
そこまでマモンは呟くと、私達に気がついた。
マモンは私と目を合わせ睨んできたかと思うと、今度は私に向かって指をさして大声を上げる。
「リリィ=アイビー! また会ったわね! だけど今はおまえに構ってあげられるほど、私は暇じゃない! 運が良かったな!」
「はあ?」
「今度会ったら覚悟しろよー!」
マモンは叫ぶと、何処か彼方へと走って行ってしまった。
「何だったのよアイツ?」
「捨て台詞がかっこいいんだぞ」
「がお?」
「今のはケット=シーのリーダーのマモンッスよね? 確か、ハニー達は戦った事があるッスよね?」
「そうだぞ。結構強かったんだぞ」
「全然そうは見えないッスね」
「その話は後よ。今はスミレを迎えに行く事を優先するわ」
そう言って、私は建物内に入って、前日スミレがいた仕事部屋へと向かった。
マモンのあの様子だと、何処かに飛ばされたベルフェゴールを捜しに行ったのね。
フルーレティは慌てていたけど、慌てる必要が無かったってわけね。
私は部屋の前に辿り着き、勢いよく扉を開ける。
「あ。リリィに皆、遅かったなのね」
「は?」
私は目を疑う。
理由は、スミレが椅子に座りながら、呑気に紅茶を飲みながら私達を迎えたからだ。
更にスミレは、背後に黒い服を着たごついエルフの男二人を立たせていた。
部屋の中を見てみると、オークが机に突っ伏したまま寝息を立てていて、ゴブリン達が床で死んだ様に寝ている。
その様子にビリアが驚きながら部屋に入り、スミレに恐る恐るといった感じで訊ねる。
「す、スミレさん。その背後に礼儀正しく立っているお二人は?」
「この二人は私のボディーガードなのよ」
「ボディーガード? スミレお姉ちゃん、凄い人だったの?」
「凄い人だなんてとんでもないなのよ。ルピナスちゃんの可愛さの前には、私なんてゾウリムシも同然なのよ」
スミレが意味のわからない事を話すと、オークがむくりと顔を上げて、私に顔を向ける。
「これはこれはリリィさん。お早いご到着ですね。さっきまで原稿の締め切り間近で、修羅場だったんですよ」
「そんなのどうでもいいわよ。スミレに何があったのか説明しなさい」
「はい」
オークは頷くと、私に体を向けて正座をして話を続ける。
「実はリリィさんがいなくなってから、凄腕を披露する神の所業にエルフ達が驚いていたので、エルフ達に神の事を教えてあげたんですよ。そしたら、オラが神と崇めるお方がエルフの里で起こっている事件の犯人なわけが無いと、エルフ達が神の無実を認めたんです」
「ご主人がいたら、微笑みながら頭にハテナマーク浮かべる案件ッスね」
「そうなのか?」
「がお?」
「そして、神がエルフの前で披露してしまったんですよ。ジャスたんのイラストを」
オークが鼻息を大きく吐き出して、ニヤリと笑う。
スミレも目をつぶりながら、偉そうな顔して何度も頷く。
そのスミレの姿に、若干苛立ちを覚えながらも、私は静かに聞く。
「流石オラが崇拝する神の所業でした。今のオラでは到底到達出来ないであろう神の領域。エルフ達は神を崇め、そしてこうなりました」
「バカッスね」
「スミレさん、凄いんだぞ!」
「がお」
「だいたい事情は理解出来たわ。要するに、エルフが馬鹿って事ね。だけどスミレ、アンタそう言う事なら、さっさと帰って来なさいよ。今がどういう時だかわかってるでしょう?」
私はスミレを睨みながら訊ねると、スミレは顔を青ざめさせながら答える。
「情報収集していたなのよ。ちゃんと有力な情報も手に入れたから、睨まないでほしいなのよ」
「有力な情報ね……」
「そうなのよ。今から御神木に向かうなのよ」
「どういう事よ?」
「スミレさん、御神木へ行ってどうするの?」
私に続いてビリアが質問をすると、スミレはドヤ顔で答える。
「御神木には、御神木の中に自由に出入り出来る場所があるなのよ」
「本当なんでしょうね?」
「勿論なのよ」
スミレが自信あり気に答える。
私はその答えに喜び、スミレの手を握って感謝した。
「スミレ、ありがとう! やれば出来るじゃない!」




