246 百合は凄く揺れやすい
ネコネコ編集部出張所の建物内のとある一室、通称仕事部屋と呼ばれる部屋で、ゴブリン達の悲鳴が響き渡る。
そしてその中心にいる人物の雄叫びが、ゴブリン達を追い詰めていた。
「何やってるなの!? そんなんじゃ、いつまでたっても終わらないなのよ!」
中心にいる人物スミレは、眉根を上げながら顔色の悪いゴブリン達に鞭を討つ。
ゴブリン達は悲鳴を上げながら、必死に何かを書いていた。
「アンタが何やってんのよ?」
私は呆れながら、スミレに話しかけた。
「あれ? リリィなのよ。私は今締め切り前で大変だって言うから、ブラック企業の様にゴブリン達を倒れるまで酷使している所なのよ。それよりリリィこそ、こんな所に何しに来たなのよ?」
「ブラック企業? まあいいわ。私が来た理由なんて、アンタの罪を軽くさせてあげる為に来たに決まってるでしょ」
「罪なの?」
建物から出て来たオークから話を聞いた私達は、スミレが何故か漫画を書くオークの手伝いをさせられている事を聞いた。
それで私はルピナスちゃんを外で待たせて、何故だか急にやつれたオークに、スミレがいる仕事部屋に連れて来てもらったのだ。
ルピナスちゃんを外で待たせた理由は、何かあった時の為だ。
獣人であるルピナスちゃんは耳もよくて、建物内の声も大声で話せば聞こえるらしく、建物に近づいた時にはスミレの声がたまに聞こえていたそうだ。
だから、もし何かあった場合は直ぐにそこから逃げてもらって、ビリアとサガーチャに伝えてもらおうと考えたのだ。
ルピナスちゃんは快く引き受けてくれて、今は雪だるまを作りながら待ってくれている。
「とぼけても無駄ッスよ。幼女を誘拐した罪は重いッス」
「そうよスミレ。私も友人として、アンタの肩を持ってあげるんだから、早く罪を償いなさい」
「そんな事してないなのよ?」
「リリさんもドゥーウィンも何言ってるんだぞ? スミレさんは変態だけど、それは免罪なんだぞ」
プリュ。
まだ勘違いしているのね。
残念だけど、スミレは黒よ。
仕方がないわね。
ここは私がプリュに……。
プリュの勘違いを正そうと思ったその時、オークが話に加わる。
「り、リリィさん。そちらの水の精霊のお嬢さんから聞いたんですけど、神の無実の罪を晴らしに来たのでは?」
「無実の罪? スミレは犯罪者よ」
「酷いなのよ。何もやってないなのよ! 幼女のパンツを覗いただけなのよ!」
スミレがそう叫ぶと、オークが冷や汗をかきながらプリュに視線を向けて呟く。
「オラが言うのも何ですが、立派に犯罪なのでは?」
「でしょう?」
「全くッス。早く誘拐した女の子とご主人を返……ご主人? あーッス!」
ドゥーウィンが私の目の前に飛んで来る。
「ハニー! 違うッスよ! おっぱい女は犯人じゃないッス!」
「何を言ってるのよ? じゃあ、誰が犯人だって言うのよ?」
「ドリアード様ッスよ! 確かにおっぱい女は犯罪者ッスけど、こんなヘタレに誘拐なんて出来ないッス! そもそも、最初からご主人がドリアード様に誘拐されたって話だったッスよ!」
私はドゥーウィンの言葉で思い出す。
「そうだったわ。危うくスミレの蛮行のせいで、忘れてしまう所だったわ!」
「良かったんだぞ。やっと思い出してくれたんだぞ」
「私の心はズタズタなのよ」
「がお」
肩を落として落ち込むスミレの頭にラヴが乗って、スミレの頭を撫で始める。
すると、スミレは大粒の涙を流しながら、ラヴに感謝を述べていた。
「スミレ、悪かったわね。私とした事が、敵の罠にハマってしまっていたようだわ」
「そうッスね。仲間を疑わせるなんて、なんて卑劣な奴等ッスか」
「オラが言うのも何だけど、敵とかじゃなくて、勝手に勘違いをしただけなのでは?」
「それで? 結局アンタの罪状はどうなったのよ?」
私が訊ねると、スミレは鼻をすすりながら答える。
「まだ犯人って事になってて、編集長のマモンちゃんが来るまで、ここでアシスタントしてろって言われたなのよ」
「あの? オラの意見は無視ですか?」
「オークから聞いた通りね。気になるのは、そうね……。スミレのこれとマモンに何の関係があるのかしら?」
「マモンちゃんはエルフの里で、今はマンゴスチンちゃん一家の次に権力があるらしいなの。それで、マンゴスチンちゃんが今は留守だから、マモンちゃんが私を裁くらしいなの」
「エルフの里の権力図が見えてこないッス」
何故か落ち込んでいるオークに、私は視線を移す。
「アンタ、マモンの事は一言も話さなかったわよね?」
「ええ、まあ」
「その編集長のマモンって子は、ベルゼビュートの飼い猫なんだけど、知らなかったわけ?」
「勿論知ってます。ケット=シーのマモン様ですよね? オラが漫画を書き始めてから、お世話になってる編集長ですから、その辺の情報は勿論ありますよ。でも、それだけですよ。マモン様は、いなくなってしまったアスモデ様の代わりですから。それより、そんな偉い立場と言うのは知りませんでした」
オークの言ったその言葉で、私は理解した。
「アンタが役に立たないという事がわかったわ」
「え?」
私はスミレに視線を戻す。
「スミレ。今は外でルピナスちゃんを待たせてるの。一度ルピナスちゃんを宿屋に連れて行くから、それまで一人で頑張りなさい」
「ルピナスちゃん? リリィ、ルピナスちゃんも来てるなの?」
「そうだけど……まさか!?」
私はスミレの言った言葉を、直ぐに理解して走り出す。
スミレは匂いで人がいるかどうかを判断できる変態だ。
そのスミレがルピナスちゃんが来ていた事に気がつかなかったという事は、ルピナスちゃんの身に何かが起こったという事だ。
私は一人にさせるべきでは無かったと後悔し、そして急いで外に出る。
「ルピナスちゃん!?」
私は建物の外で、雪だるまと睨めっこをしていたルピナスちゃんの姿を見て安堵する。
「あ、リリィお姉ちゃん。スミレお姉ちゃん大丈夫だった?」
「無事……だったのね。良かった」
「ん? どうしたの?」
安堵した私の反応を見て、ルピナスちゃんが首を傾げる。
「いいえ。何でも無いのよ」
私はそう返事を返しながらも、この事について疑問を浮かべた。
スミレが冗談を言ったとは思えない。
でも、確かにあの態度は、ルピナスちゃんが外にいるとわからなかったと見て間違いないわ。
なら、何故わからなかったのかしら?
……そう言えば、似たような事が以前にもあったわね。
確かあの時は……。
「やっと追いついたッス」
「リリさん、何かあったのか?」
「がお」
「リリィさん、急にどうしたんですか?」
建物の中から、ドゥーウィン達が私を追いかけてやって来た。
「皆、ごめ――」
私がドゥーウィン達に振り向いて、急に飛び出した事を謝罪しようとしたその時、オークが私の背後に視線を向けて手を上げた。
「あ、ベルフェゴールさん。こんな所にどうしたんですか?」
ベルフェゴール?
確か、マンゴスチンの家の料理人で、ベルゼビュートの仲間だったわよね?
私はオークの視線の先に振り向く。
「オークですか。マモンが飼っている鳥に、餌を与えに来たのでございま――」
振り向いた私とベルフェゴールの目が合い、ベルフェゴールが言葉を詰まらせる。
そして、私は思わず声を上げて驚いた。
「……ニスロク? アンタがベルフェゴールだったの!?」




