238 幼女がドン引く仲良し親子
4階にある調理実習室に近づく頃、私の横を歩くマルメロちゃんが周囲に聞こえないような小さな声で、私に話しかけてきた。
「さっきは、その……本当にごめんなさい」
「え? なんのこと?」
私は突然謝られて意味がわからずマルメロちゃんを見て聞き返すと、マルメロちゃんは眉根を下げて俯きながら答える。
「わたしの為に怒ってくれていたのに、酷い事を言いました」
酷い事?
えーっと……言ってたっけ?
私は思い当たるふしが無く困惑する。
すると、マルメロちゃんは目にいっぱい涙を溜めながら、私と目を合わせた。
「このご恩は一生忘れません。ジャスちゃんが望むなら、私……何でもします」
「な、なんでもはしなくて良いかなぁ。あはは……」
私は若干困惑しながら苦笑する。
するとその時、私達が向かっていた調理実習室が見えてきて、そこから何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「ソイさん! いい加減にして下さい! 僕はこれから皆さんの授業をしなければならないんです!」
「良いじゃねーかよ~。どうせ俺のママのサポートするだけだろ?」
「ソイちゃん。後でオぺ子を連れて行くから、部屋に戻ってくれないかい?」
「ママは黙ってろ! 煩いんだよ! 俺のルピナスを勝手に連れ出しやがって!」
「あ、あれは、ソイちゃんがあの小娘の作るご飯が美味しくないって言ったから、私はソイちゃんの事を思って……」
「余計なお世話なんだよ! ああ、傷ついた俺の心を癒してくれるのは、オぺ子だけだよ」
「いい加減にして下さい! だいたい僕は男ですよ。前にも言いましたよね!?」
「君みたいな可愛い子は男も女も関係ないよ。俺の愛人にしてあげるさ」
……何事?
って言うかだよ。
オぺ子ちゃん、無事そうで何よりだよ。
ある意味無事じゃないかもだけど……。
私はそんな事を考えながら、調理実習室のドアを開けて、私達が来た事に気が付いていない3人を見た。
港町トライアングルでアモーレちゃんに絡んでいた気持ちの悪い大男が、涎を垂らしながらオぺ子ちゃんに抱き付こうとしていて、オぺ子ちゃんがそれを必死に抵抗している。
そしてそれを、マンゴスチンさんが困り果てた様子で、オロオロと見ている。
久々に見たオぺ子ちゃんは割烹着の姿をしていて、明るい紫色の髪の毛は前髪が七三分けではなく、おでこの上で髪の毛を束ねるポンパになっていた。
正直とっても可愛い。
やっぱりオぺ子ちゃんは可愛いなと感じつつも、私は思う。
本当になんだこれ?
と。
私が立ち止まって呆れながら3人の様子を見ていると、オぺ子ちゃんと私の目が合った。
私は目が合うと苦笑しながら手を小さく振る。
すると、オぺ子ちゃんは目を見開いて驚いてから、もの凄く嬉しそうな表情を浮かべて私に向かって走って来た。
「ジャスミン! 良かった。やっと会えた」
「うん。オぺ子ちゃん久しぶりだね」
私とオぺ子ちゃんが微笑み合うと、それを見た大男改めマンゴスチンさんの息子のソイが、顔を顰めて私を見る。
そして、ソイは私の顔を見て驚いて、私に指をさして大声を上げる。
「貴様! あの時の糞生意気なクソガキじゃねーか!」
「あの時の? まさか、ソイちゃんが言っていた、トライアングルでソイちゃんに暴力を振るった小娘ってのは、あの小娘なのかい?」
「そうだぜママ! 絶対に許さねー!」
う……覚えてたかぁ。
まあそうだよね。
でも、あの時悪かったのは、アモーレちゃんに絡んでたソイの方だもん。
私は反省なんてしないよ。
って言うか、さっきから気になってたんだけど、マザコンなのかな?
私もママの事をママって呼ぶけど、男の人でしかも大の大人がママって、結構聞いてるときついなぁ。
人様の家庭の事を、とやかく言うのは筋違いだし、何か言おうとは思わないけど……。
「前世でおっさんだった事はわかってんだよ! ぶりっ子しやがって気持ちの悪い野郎だぜ! 俺は貴様を幼女だなんて思わねーからな!」
「え?」
な、なんで私の前世の事を知ってるの?
私が驚いて固まると、ソイが私を見下すように嘲笑う。
「俺も貴様と同じ転生者だ。そして、能力の一つが、ターゲットのステータス把握だ。これだけ言えば、転生者の貴様にもわかるだろ? 俺は全ての人間の前世を含めたデータすらも、その人物を見れば一目でわかるのさ!」
な、何それ?
何気に結構凄くない?
「だから俺には、お前の中身がおっさんだとわかるんだ! とんだ偽物幼女だぜ!」
偽物幼女と言われましても……。
って、そんな事よりだよ。
つまり、ソイの能力はステータス把握と記録地点へのワープかぁ。
凄くまともで便利な能力だなぁ。
「ふん。どうりで生意気なわけだよ。ドリアード様に頼んで、この小娘を即刻追い出して貰おうかね」
「ママ、そいつは駄目だ。この偽物幼女には、ここの恐ろしさを教えてやらないといけないんだ。俺の嫁になる事が、どれ程大変な事なのか教えてやらないとな!」
え?
やだ。
なるつもりないよ?
「ソイちゃんがそう言うなら、そうしようかねー」
「おい。偽物幼女、お前にママをこえられるかな?」
「本気になった私を倒せると思ったら、大間違いだよ。ソイちゃんの前で、如何にお前さんが愚かなのか証明してあげるよ。私の可愛い可愛いソイちゃんの前でね」
ひぇっ。
どうしよう?
失礼だけれど、この親子気持ち悪い。
鳥肌立っちゃったよ。
あれだ。
生理的に無理なのかも。
って言うか、この流れって、何か勝負する感じだよね?
やだなぁ。
関わりたくないよぉ……。
私がマンゴスチンさんとソイを見て、ドン引きしながら肩を落とす。
すると、オぺ子ちゃんがため息を吐き出して、眉根を下げて私を見た。
「ごめんね。でも、多分ジャスミンなら大丈夫だよ」
「え? どういう事?」
私はオぺ子ちゃんに確認したのだけど、それから数時間後に確認するまでもなく、私は身をもってその意味を知った。




