227 幼女に馴れ馴れしく話しかけてはいけません
私は精霊の森の中に入って、改めて積る雪の深さに驚かされる。
道から外れると、そこは胸の位置まで雪が積もっていたのだ。
これ程積もった雪を見るのが初めてだった私は、最初の内はラヴちゃんと一緒にはしゃいでいたのだけど、段々と元気も無くなりトボトボと歩き出す。
ラヴちゃんも同じように、今はポーチから顔だけ出していた。
プリュちゃんが私の腕にしがみつきながら、心配そうに眉根を下げて私の顔を覗く。
「主様、大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
私は力無く答えて、笑顔を向ける。
すると、リリィが私の手を強く握った。
「後もう少しで、精霊の集落に着くと思うから頑張って」
「うん」
頷くとリリィは私の手を解き、雪をかき分けながら前を進みだす。
私もリリィの後に続いて、頑張って歩き続けた。
リリィは凄いなぁ。
私は歩くだけで、もうヘトヘトだよぉ。
それから少し進んで行くと、リリィは立ち止まって私に振り向いた。
「この先、変な魔力の壁があるわ。プリュ、ラヴ、何かわかる?」
変な魔力の壁?
「調べてみるんだぞ」
「がお」
プリュちゃんとラヴちゃんが前に出て、リリィが止まった先を調べ始める。
その間にリリィは両手に「はぁっ」と、息を吐き出して温めだしたので、私はそれを見てリリィの両手を私の両手で包み込んだ。
と言っても、私の両手は、リリィの両手を包み込めるほど大きくないのだけれど。
「こんなに手が冷たくなっているのに、頑張ってくれてありがとー」
私が笑顔を向けて感謝を述べると、リリィは私に優しく微笑む。
「ううん。良いのよ。これ位当然だわ」
私とリリィが微笑み合っていると、プリュちゃんとラヴちゃんが私の所まで戻って来た。
「ジャチュ、けっかいある」
「結界?」
「そうなんだぞ。この先に進んだら、結界にかかって何かが起きるんだぞ」
何かかぁ。
流石になんの結界かはわからないんだね。
精霊さんの集落はこの先だし、うーん……。
どうしよう?
私が頭を悩ましていると、プリュちゃんがリリィに話しかける。
「魔力が見られるなら、結界を叩いて壊せないか試してほしいんだぞ」
「やってみるわ」
リリィが結界の前に立ち、左手で何かに触れるように前に腕を伸ばす。
そして、リリィは右手で拳を作り、勢いよく何かを殴った。
その瞬間、もの凄い風がリリィを中心に吹き荒れる。
私達の周囲に積っていた雪が風に押されて勢いよく飛んで行き、まるで雪かきをした後のように、雪が押しやられていった。
そして、リリィの目の前にクモの巣のようなヒビが入り、それはパラパラと砕けて光の粒子となって消えていった。
「流石リリさんなんだぞ!」
「がおー」
どうやら、結界を破壊したらしい。
私はリリィに近づいて話しかける。
「リリィ凄いね」
「思ったより簡単だったわ」
「そうなんだ?」
と、私が喋ったのと同時だった。
突然、周囲にあった木の根っこが動き出し、それが私達を襲いだす。
「え? 何? って、きゃっ……」
驚くのも束の間、私はリリィにお姫様抱っこされる。
そして、リリィが私をお姫様抱っこしたまま結界のあった方へ走り出す。
「キラープラントではないみたいね」
「うん。結界を壊したから襲って来たのかな?」
プリュちゃんが私の腕にしがみつきながら、背後に向かって指をさす。
「違うんだぞ! 犯人はアイツだぞ!」
「え?」
プリュちゃんの指をさした方へ顔を向けて確認する。
指をさした方には、ドワーフの鉱山街でラテちゃん達に倒されて、目を回して倒れていたエルフがいた。
ブーゲンビリアお姉さんを奴隷にしてたエルフだ!
エルフは走っている私達を追いながら、何かの呪文を唱えた。
すると次の瞬間、私達の進む先の地面から、鋭利な刃のような形をした木の根が飛び出した。
「このっ!」
リリィが急ブレーキして、木の根を蹴り上げる。
その隙にエルフは私達の目の前に回り込む。
「ここに何の用だ? この先は立ち入り禁止だ」
「何の用だって良いでしょ? アンタには関係無いわよ」
リリィがエルフを睨んで話しながら、私を地面に下ろす。
「関係無くはないな。俺はこの先に人が入らない様に監視しているんだ。許可の無い者が勝手に入られては困る」
エルフが腰から短剣を取り出して構える。
「待って!? 私達はフルーレティさんに会いに来ただけなの」
私が慌てて話すと、エルフが顔を顰めて私を見た。
「フルーレティに? む? お前、何処かで見た覚えが……」
エルフはそう言うと、私の顔ををジッと見つめる。
そして、何かを思い出したように驚いたかと思うと、一歩後ずさった。
「その顔は、ドワーフ共にパンツを披露して場を鎮めた伝説の幼女! パンツの女神か!?」
あのう。
忘れたい過去を思い出させないでくれるかな?
「ならば、やはりここから先を、ただで通すわけにはいかんな!」
エルフが何かを取り出すかのように、懐に手を回す。
ラテちゃんが薬を飲んだら強くなったみたいな事を言っていたよね?
もしかしたら、その薬を取り出そうとしているのかも。
私はごくりと唾を飲み込む。
リリィなら大丈夫だと思うけど、万が一って事もあるよね?
トンちゃん達に駄目って言われてるけど、もしもの時は私も魔法で応戦しなきゃ。
「やるってんなら、相手になるわよ!」
エルフとリリィが構えて睨み合う。
そして、エルフは勢いよく私に接近し、懐から何かを取り出した。
「これにサイン書いて下さい!」
ええぇぇ……。
エルフが取り出したのはサイン色紙。
私は思わずこけそうになって、リリィに支えられる。
ただで通すわけにはって、そう言う事なの?
「いやぁ。俺の娘がパンツの女神の大ファンなんすよ~。任務に失敗して、こんな糞みたいな仕事させられて最悪な気分だったけど、超ラッキーですわ。おかげで、娘にパンツの女神のサインをプレゼント出来るっすわ」
う、うーん。
なんか馴れ馴れしい感じの人だなぁ。
サイン書くなんて一言も言ってないのに……。
エルフは笑いながら、私にサイン色紙を渡そうとしてくる。
すると、リリィが私の前に立ち、それを妨害した。
「今はプライベート中よ。サインがほしいなら、サイン会に来なさい」
そんなの無いよ?
「な、何だよ。お前はパンツの女神の金魚の糞で有名な、残念美少女だろ? お前に蹴られたい男が多くいるからって、調子に乗るなよ!?」
え? 何それ?
そんなエムッ気の高い変態達もいるの?
って言うか、リリィって残念美少女って言われてたんだね。
なんか言い得て妙だよ。
「私もそれなりに有名なのね。なら、今回は私のサインで我慢しなさい」
「残念美少女のサインか。娘は喜ばないだろうけど、確かに利用価値はあるな。よし。娘には会った事を内緒にすればいいんだ。それで許す」
あれぇ?
このエルフの人、この先に誰も入れちゃ駄目なんじゃないの?
え?
リリィからサイン貰ったら、凄く良い笑顔で手を振って行っちゃったよ?
良いの?
私達を止めなくて良いの?
と、私は思いながら、手を振って去って行くエルフの背中を見つめた。
「リリさん有名人なんだぞ」
「がおー」
「私も少しはジャスミンに近づけたかしら?」
凄く良い顔でリリィが意味のわからない事を呟いたので、私はとりあえず微笑んでおいた。




