219 幼女は博士の過去を知る
ドワーフの鉱山街を出て6日目。
今は丁度夕方くらいだろうか?
詳しい時間帯は時計が無いからわからない。
と言うのも、これには理由がある。
今は精霊の森に入っていて、延々と降り続ける雪と分厚い雪雲のせいで時間帯が分かり辛いのだ。
朝だろうが昼間だろうが夕方だろうが、本当に暗いのである。
ブーゲンビリアお姉さんの説明してくれた通り、雪は止む事なく振り続けて、気温も凄く下がっていた。
私は少しでも加護の力を弱めて長生き出来るようにと、プリュちゃんが私に流れる加護の力を出来るだけ遮ってくれているおかげで、そのデメリットとして少しだけ肌寒さを感じていた。
そんな事もあり、不本意だけど乳ベルトを着けていたりする。
と言っても、ちゃんとその上からお洋服を着ているわけなのだけど。
リリィ達が着ているお洋服は、雪国の人が外を歩く時に着るのと同じようなお洋服だった。
ごわごわしていてオシャレも何もない感じの、体のラインが全く見えないお洋服だ。
トンちゃんは何故かジャージで、ラテちゃんは何故かぐるぐるとお布団を巻いて簀巻きになっている。
ラヴちゃんはいつも通りの怪獣の着ぐるみパジャマで、寒くないのか聞いてみたら、魔法で周囲を温かくしているから平気だと答えていた。
私はその手があったのかと、魔法を使おうとしたら、トンちゃんに怒られてしまった。
6日目の今日は、精霊の森の中を馬車で走り続けるだけの日となった。
唯一馬車を止めたのは、お昼と夜のご飯の時間だけだ。
流石に盗賊達も出なかったので、本当に何事も無く、平和な一日だった。
そしてこの日は、ニスロクさんが一晩中精霊の森の中を馬車で移動し続けてくれて、私達は馬車の中で一夜を過ごす。
エルフの里に到着する予定の7日目の朝。
私は目を覚まして、ぐーっと背筋など伸ばす。
他の皆は……まだ眠ってるみたい。
私は馬車の外を眺める。
相変わらず凄い雪が積もってるなぁ。
でも、振ってる雪の量は、そこまでじゃないかも。
それにしても……。
私は襟元をくいっと引っ張って、身に着けている乳ベルトを見た。
これ、本当に温かいんだよね。
着けてる所を中心に、凄いポカポカする。
上からお洋服着てれば恥ずかしくないし、結構良いかも。
私はまた馬車の外を見て、ボーっと考え事を始める。
神隠しと枕元にワンちゃんのうんちかぁ。
神隠しは、多分エルフの長の息子が関わってるよね。
枕もとのワンちゃんのうんちは、もしかしたらベルゼビュート絡みかな?
ラークが騒いでた時も、ベルゼビュートがいたんだよね。
もしかして、ベルゼビュートの能力なのかな?
私がボーっとしながら考え事をしていると、不意に声をかけられる。
「ジャスミンくん……。ジャスミン、先に起きていたのね。それにしても冷えるわね。私もそれなりに寒さの対策をしたつもりだったけど、思ったより寒いわ」
私は声のした方に振り向くと、サガーチャちゃんは苦笑しながら私を見つめていた。
あれ?
口調が……。
そう言えば、サガーチャちゃんの研究室でも、同じような事があったよね?
と、私が驚いていると、サガーチャちゃんは察したかのように微笑んだ。
「いつも皆の前では、口調を変えているの。だから、本当の私を知っているのは、ジャスミンくらいよ」
「そうなの? ……えっと、なんでか聞いても良い?」
私がそう訊ねるとサガーチャちゃんは苦笑してから、私から視線を逸らして、馬車の外を見つめた。
「私はジャスミンが知っている通り、ドワーフの第一王女で次期女王でしょ? 子供の頃は私にとって、それが凄く重荷だったの。周りからの期待も凄くて、重圧で押し潰されそうだった。こう見えても、昔は凄く泣き虫だったのよ。だから、いつも泣いていたわ」
サガーチャちゃんは懐かしむように話すと、私と目を合わせて苦笑する。
「それである日、私は全部が嫌になって逃げだしたの。そして、親方……お爺様の所で暫らくの間暮らす事になったの。お爺様はその頃にはお城を出て、隠居生活をしていたから、おかげで私もお城の外での生活をおくる事が出来た。私はその時、初めて自由を手に入れた気持ちになったのを覚えているわ」
サガーチャちゃんは何かを思い出したかのように、クスッと微笑む。
「まあ、それから親方に色々と鍛えられてね。気がついたら根性を鍛えられるのと一緒に、こんな喋り方をするようになってしまったわけだよ。困ったものだね」
サガーチャちゃんは口調を戻して失笑するので、私もサガーチャちゃんにつられて微笑んだ。
「そうだったんだね。聞かせてくれてありがとー」
「ああ」
私とサガーチャちゃんがお互いに微笑み合う。
それから少し経って、リリィ達が目を覚まし始めた。
「ジャスミン、おはよう」
「おはよー。リリィ」
リリィや他の皆にもおはようの挨拶をしていると、馬車が目的地に到着したのか、速度を落としながらゆっくりと止まった。
「着きましたよ。ここがエルフの里でございます。さあ、足元にお気を付け下さい」
ニスロクさんが客室のドアを開いて、私達に声をかけた。
それから、滑らないように馬車を降りるのを手伝ってくれた。
「わぁ。綺麗」
私は馬車を降りて、目の前に広がる雪に覆われた幻想的なエルフの里を見て、思わず感嘆と声が漏れた。
精霊の森に囲まれたエルフの里は、前世で遊んだロールプレイングゲームの大きな木を彷彿とさせる大木がそびえていた。
その大木を取り囲むように湖があって、湖の上では蛍が飛んでいるかのように、赤や緑、それに黄色や青などの様々な光が湖を照らしていた。
ちなみに、エルフ達が住むお家は湖から少し離れた場所にあるようで、まばらに建てられていた。
ここがエルフの里なんだ。
よーし!
なんだかやる気が出て来たよ!




