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206 幼女は外堀を埋めるのが上手い

「ウチ、ジャスに酷い事言うたし、心配もかけてホンマにごめんな」


「気にしないで。ニクスちゃんが無事でいてくれたなら、私はそれだけで嬉しいから」


「ジャス……。ありがとうな!」


「うん」


 ニクスちゃんが私にギュッと抱き付いてお礼を言ってくれたので、私もそれに応えてギュッと抱きしめた。

 それから体を離すと、ニクスちゃんが少し恥ずかしそうに、私から視線を逸らす。


「それでな。仲直りついでに聞いてもええかな?」


「え? なあに?」


「ジャス、ズボンのチャック開いてるけど、わざとやないよね?」


「……え?」


 私は視線を下に向ける。

 そして、ズボンのチャックが開いている事に気がついた。


 ……だ、大丈夫だもん。

 ズボンの下はスカートだもん!


 実は、いつも魔族と関わるとろくな事がおきないので、念には念をと、ズボンの下にスカートも穿いておいたのだ。

 私が大きめのスーツを着ていたのは、この為だったのである。

 だけど私は思い出す。

 今思えば、リリィはジャグリングボールにされてしまった時に、妙な事を言っていたのだ。


 この姿だと、常にジャスミンのパンツが丸見えだけど――


 と。


 見えてないよね?

 パンツ見えてなかったよね?

 うぅ……。

 ただでさえチャックが開いてた事が恥ずかしいのに、そんな事、今更恥ずかしくて聞けないよ。


 私が涙目でチャックを上げていると、オライさんとマラクスさんがボロボロの姿で、私にすがりついてきた。


「姉御、助けて下さい! うさ耳ガールがめちゃくちゃ強いんだ!」


 え? 何?

 あ、姉御!?


「どうかお救い下さい! このままだと殺されてしまいます!」


 そんな大袈裟な。


「「その二人に止めをさすので、危ないから離れて下さい!」」


 フウさんとランさんが私に縋りつく情けない2人に向かって飛んで来る。

 私は、情けなく私に縋る2人を見てから、フウさんとランさんに視線を向けた。


「フウさん、ランさん、話を聞いて!?」


 私がそう大声で言うと、フウさんとランさんは首を傾げて急ブレーキ。

 2人は私の目の前で止まって、剣を構えながら、私と私の背後に隠れたオライさんとマラクスさんの顔を交互に見た。


「この2人は私のお友達で、立場上サルガタナスの命令を聞いてるだけなの。だから殺さないで?」


 私の言葉に、オライさんとマラクスさんが無言で勢いよく何度も頷く。

 フウさんとランさんは疑うように顔を顰めて、私達の顔を何度も見てから、構えていた剣を納めた。


「「敵の魔族とも仲良しになるなんて、アマンダさんが言っていた通りの子ですね」」


 フウさんとランさんから戦意が消えると、オライさんとマラクスさんがホッとした顔をして、私の背後から前に出た。


「サルガタナス様の命令とは言え、酷い目に合いましたよ」


「俺、これからは足を洗って、真面目な魔族生活送ろうかな。まずは手始めに、ジャスミン人形を完成させるんだ」


 やめて?


 私がマラクスさんの言葉を聞いて冷や汗を流していると、私の腕に掴まっているプリュちゃんが質問する。


「真面目な魔族って、スミレさんみたいな魔族になるのか?」


「それも良いかもしれませんね」


「俺は師匠の教えを胸に抱き、ジャスミン人形を完成させた後も、ずっと作り続けるぜ」


 本当にやめて?


 サルガタナスが私達の様子に気が付いて、顔を真っ赤にさせてオライさん達を睨む。


「お前達、裏切ったな!?」


 瞬間、無数の魔法陣が私達を囲むように空中に浮かび上がる。


「ジャスミン!」


 リリィが私の名を呼んだと同時のタイミングで、無数の魔法陣からウニのような形をした鉄の塊が飛び出した。

 そして、それは針まき散らしながら、勢いよく私達に向かって飛んで来る。


 このままじゃ皆が巻き込まれちゃう!

 でも、そんな事させない!

 かまくらをイメージした氷の壁で!


 私は咄嗟にアブソーバーキューブキャンセラーを使ってから、私達を襲う鉄の塊を魔法で防ぐ。

 すると今度は、私の作り出したかまくらの壁にぶつかった鉄の塊が弾け飛んで、かまくらの壁を破壊してしまった。


 かまくらの壁が破壊されると、リリィが私の肩に戻って来た。


「ジャスミン、大変よ!」


「な、なんやの!? ボールが喋ったで!?」


 リリィが喋ると、ニクスちゃんが驚いてリリィに視線を向ける。

 続いて、フウさんとランさん、それにブーゲンビリアお姉さん達もリリィに注目した。


「「おお。その声はリリィちゃんですかな? スミレさんと違ってお話が出来るんですね?」」


「嘘!? このボールがリリィちゃん!?」


「流石師匠だぜ。サルガタナス様の能力を受けても、その威厳を感じさせる佇まい。姉御の女じゃなかったら、惚れている所だぜ!」


「この方、本当に元々人間なのですか?」


 皆が驚いている中、リリィは気にせず私に話し出す。


「勘違い王とエロピエロの能力を浴びる事で、二度も丸くなったせいなのか、私にも空気中に漂う魔力が見えるようになったみたいなの」


 うん?

 えーと、丸くなったのは関係ないんじゃ?

 って、それよりも。


「じゃあ、私達の魔力とかも視認出来ちゃってるの?」


「もちろんよ。それでわかったのだけど、この場所はエロピエロの仕掛けた罠に囲まれているわ」


「そうなの?」


「エロピエロは能力で罠を透明にして見えない様にして、魔力を流して罠を作動させているみたいね」


 そっかぁ。

 アブソーバーキューブキャンセラーを使えなくなっちゃったから、このまま戦うのは不利な気がする。

 何か良い方法はないかな?


「「場所を変えましょう。はい掴まってね~」」


 フウさんとランさんが私を囲って、腕を絡ませてきた。


「え?」


 私が腕を絡ませられて驚いていると、2人はそのまま空を飛び、私は地面から切り離された。


「「さあ。行っちゃおうぜジャスミンちゃん。最高のステージへ!」」


 え? 何?

 最高のステージって何処!?


「ジャスミンちゃん!」

「ジャス!」


 フウさんとランさんに捕まえられて空を飛ぶ私を見て、ブーゲンビリアお姉さんとニクスちゃんが声を重ねて私を呼ぶ。


「逃がしゃしないよ。いい加減鬱陶しいんだ。今度こそ始末してやる!」


 サルガタナスが私達を追う為に、宙に浮かぶ。

 それを見たフウさんとランさんが不敵な笑みを浮かべて、私を連れて勢いよく飛翔した。

 そして私は気が付いた。


 こっちは、魔科学研究地区だ。

 最高のステージって、魔科学研究地区の事?

 どんどん入口から遠ざかっちゃうよ……って、速っ!

 フウさんとランさんの飛行速度もの凄く速いよ!?


 私はあっという間に魔科学研究地区へと降りたって、サルガタナスを迎える。


「「決着をつけようぜエロピエロ。ここがお前の墓場だぜ」」


 フウさんとランさんがサルガタナスに向かって左右対称にポーズを決める。


「たしかに、ここにはオイラの仕掛けた罠は無い。それにこの魔科学研究地区では、研究の邪魔になるからアブソーバーキューブを使用出来ない様になっているからね。ここに来た事は正解だと褒めてあげるよ」


 なるほどだよ。

 あの時、オライさんが鍛冶工房に来た時に、アブソーバーキューブを使わなかった理由がわかったよ。

 じゃあ、フウさんとランさんがここに私を連れて来たのも、それが理由なのかな?


 私はチラリとフウさんとランさんを見ると、2人は左右対称にポーズを取って、ドヤ顔をした。


「「潜入捜査中に、色々と聞き出してやったんですよ」」


「へ~。そうなのね」


「おぉ」


 と、リリィは感心して、私は小さく拍手をした。

 すると、私達をを見たサルガタナスが、愉快そうに笑いだす。


「詰めが甘いね。ここに罠が無いのは、オイラ達魔族のテリトリーだからだよ!」


 魔族のテリトリー?


「主様、ちょっとやばいかもしれないんだぞ」


「え? どうして?」


「アマンダさんと調べてわかった事だけど、ここの魔科学研究地区は魔族がいっぱいいるんだぞ」


「そ、そうなの?」


 私がプリュちゃんの言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ瞬間だった。

 まるでゾンビ映画やゲームのように、何処からともなくゾンビの魔族達が姿を現す。


「で、出たんだぞー!」


「「ここに来たのは正解どころか、大失敗だったみたいですね」」


 サルガタナスが不敵に笑う。


「さあ、ゾンビの諸君。楽しいショーの始まりだよ! 奴等を血祭りにしてやるんだ!」


 サルガタナスが声を上げ、そして、ゾンビ達が私達に向かって走り出す。

 そして……。


「うぉおおっ! お騒がせしましたー!」


「純白の天使だ逃げろー!」


 ……私ってそんなに怖いの?

 ちょっとショックかも。


「アンタ達、久しぶりね。無人島以来じゃない。元気してた?」


「やべー。俺やべーよ! 少女の皮を被った魔王の声が聞こえたぞ!」


「俺もだ! 何処だ!? 何処にいやがる!?」


「馬っ鹿。おっ前捜すな! 逃げるんだよぉおーっ!」


「助けてくれー!」


 私達に向かって走り出したと思われたゾンビ達は、私達の横を全速力で駆け抜けて、それはもう恐怖で怯えながら通り過ぎて逃げて行く。


 ……あぁ。うん。

 なんか凄い怖がられてるね私達。

 本当にちょっとショックだなぁ。

 って言うか、プリュちゃんは無人島でゾンビとは関わってなかったんだっけ?

 あの時は火山の噴火とかもあったし、それどころじゃなかったもんね。


「何よアイツ等。人が話しかけてあげてるのに、失礼な奴等ね」


 リリィ、恐怖を植えつけた少女の皮を被った魔王本人が、それを言っても……。


 ゾンビ達が逃げて行くと、プリュちゃんとフウさんとランさんがゾンビ達の後姿を呆気にとられながら見つめる。

 そして、サルガタナスも例外ではない。

 サルガタナスは大口を開けて、夢でも見ているのかと言いたげな顔をして、逃げて行ったゾンビ達を見て固まってしまった。


 えーと……うん。

 どんまいサルガタナス。

 人選ミスっちゃったね!

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