164 幼女は自称天才博士と出会う
兵隊さんに連れられて、研究室と呼ばれているお城から少しだけ離れた場所にある建物の中に入ると、私はとても不思議な気持ちになった。
そこは、魔法を研究していると一目でわかる書物や、薬品が並ぶ大きな研究室。
大きな試験管や液体の入ったフラスコが並び、魔法陣が画かれた布や古びた紙が、壁や床など所々に散乱している。
だけど、そんなファンタジーな物だけでは無かった。
エスエフ映画に出て来そうな、機械や科学的な装置。
天井はパイプでびっしりで、壁もよく見ると赤いランプの様な物が付いていた。
なんだか、色々混ぜすぎちゃって変な感じがする。
パッと見はファンタジーなのに、よく見るとエスエフな空間なんだもん。
こういうのって、サイエンスファンタジーって言うのかな?
私が不思議なその研究室内をボーっと考えながら見ていると、兵隊さんが外に出て扉を閉めた。
「え? 私取り残されちゃったの? まさかの放置?」
私が扉に振り向いて、閉まった扉を見つめて独り言を呟くと、突然笑い声が聞こえてくる。
「あははははっ。あー可笑しい。君、面白いね」
私は声に驚いて、声の聞こえた方に振り向く。
すると、そこには私より少し年下な見た目をした白衣の少女が、ニマァッと笑みを浮かべて立っていた。
少女の髪の毛は、全く手入れをしてないのがわかる程にボサボサで、着ている白衣もよく見ると大きくてブカブカだった。
そんなボサボサ頭で白衣を着た少女は、両手を広げて私を見つめる。
「ようこそ新たな犠牲者さん。私の事は博士と呼んでくれたまえ」
「はか……せ?」
な、何言ってるんだろう? この子。
多分、6歳か7歳くらいの子だよね?
って言うか、髪の毛ボサボサだけど、すっごい可愛いなぁ。
なんて名前なんだろう?
「百面相」
「え?」
「あはははは。君は本当に面白いよ。私は君の事、好きだなぁ」
「え、ええぇぇ……」
私が博士と名乗った少女に若干引いていると、少女はとても楽しそうに話を続ける。
「っと、いけないね。君の百面相を見ているのも十分に楽しいけれど、それじゃ話が続かない。そろそろ、実のある話をしようじゃないか」
少女は近くにあった椅子に腰かける。
そして、もう一つあった椅子に手差しして、私にニコッと微笑む。
「どうぞどうぞ」
「う、うん」
私は手差しされた椅子に緊張しながら腰かけて、ごくりと唾を飲み込んで少女と目を合わす。
「まずは君の名前を教えてくれるかい?」
「え? えっと、ジャスミンだよ」
「へえ。ジャスミンって言うのか。ジャスミンくん、良い名前だね」
「は、はあ」
ど、どうしよう?
なんだか、思ってた展開と違う展開になってってるよ?
私てっきり研究室で知らないお爺さんに、あんな事やこんな事みたいな、いかがわしい展開になると思ってたもん。
それが蓋を開けたら、こんなに可愛い子が現れるなんて……。
などと、私が考えていると、少女はニマァッと笑みを浮かべる。
「そうだね。君は本当に私好みで面白いよ。特別サービスだ。私も名前を名乗ろうじゃないか」
少女はそう言うと、椅子の上に立ち上がり、両手を広げて私を見下げる。
「私は魔科学の研究をしている天才さ。名前はサガーチャ。皆には博士と呼んでもらっているんだ。よろしくね、ジャスミンくん」
サガーチャちゃんは自己紹介を終えると、楽しそうにニマァッと笑みを浮かべた。
「う、うん。サガーチャちゃん」
私がサガーチャちゃんの名前を呼ぶと、サガーチャちゃんは目をパチクリさせて数秒固まる。
そして、可笑しそうにお腹を抱えて笑い出す。
「あははははっ。ちゃん、か。そうだねそうだよそりゃそうだ」
え? 何が?
私、変な事言った?
私がサガーチャちゃんの様子に困惑していると、サガーチャちゃんがイスに座って私を見た。
「いやあ、すまないね。そうだなぁ。ジャスミンくん、君から見た私は、いくつに見える?」
「え? 6歳か7歳だけど……?」
私がそう答えると、サガーチャちゃんは再びお腹を抱えて笑い出した。
その様子に、私は訳が分からず首を傾げると、サガーチャちゃんがニマァッと笑みを浮かべる。
「私はこう見えても十六でね。ジャスミンくん、君よりお姉さんなのさ」
「ええぇぇーっ!?」
私はサガーチャさんの年齢を聞いて、驚いて立ち上がる。
サガーチャさんは驚く私を見て、またお腹を抱えて笑い出す。
そして、私が落ち着きを取り戻して椅子に座ると、サガーチャさんが話し出す。
「ジャスミンくんはここの兵達を見て来ただろう?」
「うん」
「なら、思い出してみると良い、彼等の身長は他種族と比べてどうだった?」
「え? 他種族と比べて?」
うーん……。
と、私は頭を悩ませる。
思い出せるのは大きな王様くらいで、兵隊さん達の身長なんて思い出せない。
だってそうでしょう?
あの時は本当に焦っていて、相手の身長なんて気にする余裕は無かったのだ。
ただ、一つだけ覚えている事があるとすれば……。
「兵隊さんは皆、王様の半分も身長が無かった気がする」
私がそう答えると、サガーチャさんが私を撫でる。
「よくできました。私達ドワーフは、他種族と比べて身長がみーんな低い。あの人、王様だけが特別なのさ」
サガーチャさんはそう言うと、私から手を離してニマァッと笑みを浮かべる。
「さて、そんな私達はもう一つ、君達他種族に劣っているものがある。それが何かわかるかい?」
「え?」
サガーチャさんがまた椅子の上に立ち上がる。
そして、人差し指を立てて私を見下げて微笑む。
「それは魔力さ」
「魔力?」
私がそう聞き返すと、サガーチャさんがこくりと頷き言葉を続ける。
「私達ドワーフは魔力を持たない種族。だから君達他種族に、遠い過去に虐げられた」
そんな事で虐げられるなんて、酷いよ。
私が悲しむと、サガーチャさんは座ってニマァッと笑みを浮かべる。
「と言うのは冗談で」
え?
冗談なの?
「私達の先祖は愚かな事に、被害妄想を全開にして、鉱山に引きこもってしまったんだ。可笑しいだろ?」
サガーチャさんはそう言うと、本当に可笑しそうに、お腹を抱えて笑い出す。
そして、笑い終わると、私に目を合わせて言葉を続ける。
「さて、そんな馬鹿な先祖のドワーフは、魔力の代わりに魔科学を研究しだしたんだ。魔科学とは、魔法を別の視点から発展させた素晴らしいもの」
サガーチャさんがそのまま立ち上がって、スタスタと歩き出す。
「例えばこれを見てほしい」
そう言ってサガーチャさんは立ち止まり、四角い石を持ち上げた。
「あ。それ」
私が驚いて四角い石を見ると、サガーチャさんはニマァッと笑みを浮かべる。
「これはアブソーバーキューブ。魔法と言うよりは、魔力を吸収する装置さ。見た目が石なのは、魔石を媒介として作り出したからさ」
「魔石を?」
魔石、それはこの世界にある魔力を秘めた宝石のような石の事だ。
大きな魔石は、かなり高級な物なので一般には出回らない。
だけど、小さな魔石は出回っていて、人が暮らすうえでは欠かせない物である。
例えば夜の暗い時間に電気をつけて明かりを灯す、その電気の役目をしているのが、この魔石なのだ。
「そう、魔石さ。他にも色々な物を開発し研究しているのだけど、それは今は置いておこうか」
サガーチャさんが再び椅子に座って、私と目を合わす。
「お腹が空いただろう? まずは食事をしようじゃないか」
「ふぇ? あ、うん」
と、私が思いもよらない言葉に間の抜けた返事で返してしまうと、サガーチャさんはニマァッと満足そうに笑みを浮かべて喜んだ。
い、良いのかな?
私こんな事してて……。
リリィ達は今、どうなってるんだろう?




