161 幼女は恋バナを聞きたくない
「驚きましたわ。あのラテールを動かす程の、美味しいパンケーキを作りますのね」
「そうッスよ。ご主人のパンケーキは世界一ッス」
「ラテもジャスのパンケーキの前では、重い腰を上げて動かざるをえないです」
「すっごく、すっごーく美味しいんだぞ」
「ジャチュ、パンケーキ、あまくておいちい」
「皆さんがそこまでおっしゃるなら、一度わたくしも食べてみたいですわ」
「じゃあ、後で作ってあげるね」
「本当ですの? 嬉しいですわー」
フェルちゃんが目を輝かせて、体をくねくねとさせて喜ぶ。
それを見て、私は可愛いなぁと思いながら微笑む。
私は今、ドワーフ族のお姫様であるアモーレちゃんと一緒に、馬車に乗って鉱山街へ向かっている。
あの時レストランを破壊してしまった私は、一連の出来事を見ていた他のお客さんに助けてもらった。
小さな女の子が男に襲われているのに、見ているだけで何もしなかった店員が、一番問題だと他のお客さんが騒ぎ出したのだ。
おかげで、私は女の子を救った勇敢な少女として事無きを得た。
と言うか、その後が一番大変だった。
私は噂の魔性の幼女だと言われて大騒ぎになり、レストランのオーナーが現れて、壊れた壁の所へ記念にとサインを求められた。
だけど、そんな恥ずかしい事が出来るわけもないので、私は逃げるようにしてレストランを出たのだ。
それから、アモーレちゃんが鉱山街に連れて行ってくれると言ってくれたので、アマンダさん達と合流して鉱山に向かう事になった。
そして、私はアモーレちゃんがこの港町に来た手段を見て驚いた。
何故なら、それはこの世界では移動手段として使われていない筈の、馬車だったからだ。
話によると、ドワーフ族は他種族との交流をしてこなかったから、私達と違って馬車を使うのが主流なようなのだ。
馬車に乗ると、私達は自己紹介を始めた。
お姫様の名前はアモーレちゃん。
まだ3歳で本当に幼い女の子だけど、凄くしっかりした子だ。
精霊さんの名前はフェールちゃんなので、私はフェルちゃんと呼ぶ事にした。
フェルちゃんは聞いていた通り、ドワーフの王様と契約をしている精霊さんだった。
こうして馬車の中で自己紹介を終えてから、トンちゃんが私の作るパンケーキの話題を出して、今に至るわけである。
パンケーキの話が終わると、アモーレちゃんが私を見て首を傾げる。
「ジャスたんもサーカスをみうの?」
「ううん。私は――」
私はイフリートから貰った鱗をアモーレちゃんに見せて、言葉を続ける。
「これを、腰かけポーチにしてもらう為に行くんだよ」
「こえなあに?」
「これはねぇ、イフリートさんの鱗だよ」
私が笑顔で答えると、アモーレちゃんがおめ目をキラキラさせて私を見た。
その様子を見たフウさんとランさんが、座りながらも左右対称に上半身を動かしてポーズをとると、アマンダさんを見ながら声を揃えて喋る。
「「いやはや可愛いですね~。流石はドワーフ族のお姫様。誰かさんも見習って頂きたいですね~」」
「余計なお世話です」
そう言ってアマンダさんがフウさんとランさんの2人を睨むと、2人とも顔を青くさせて外の景色を見ながら、声を揃えて「良い景色だね~」なんて呟いた。
私が2人の様子に苦笑していると、フェルちゃんが私の目の前に飛んでくる。
「イフリートの鱗なんて、よく手に入りましたわね」
「うん。貰ったんだよ」
「貰った……んですの?」
「主様は強いんだぞ」
「ご主人にかかればイフリートなんて、そこ等のチンピラと変わんないッス」
なんでそこでチンピラ?
と、私が首を傾げていると、アモーレちゃんが私の太ももをペチペチと叩いた。
「ジャスたんのポーチ、わたしがはかせに、たのんであげう」
「博士?」
「うん!」
博士って、もしかしてラテちゃんが言っていた科学を研究してる人なのかな?
よくわからないけど、ポーチは専門外な気がするけど……。
アモーレちゃんを見ると、おめ目をキラキラとさせて私を見ていて目が合う。
可愛すぎる!
よし! 頼もう!
博士に頼んじゃおう!
「お姫様、ありがとうだぞ」
「アモ、がおー」
「うん!」
な、何これ?
ここはもしかして天国?
私の目の前で、アモーレちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんが、3人で仲良く笑い合う。
私はその様子を微笑ましく温かい目で見守っていると、トンちゃんが私の肩に座って耳元で囁く。
「顔がキモイ事になってるッスよ。ご主人」
えっ!?
「いつもの事です」
いつも!?
2人の辛辣な言葉に私ががっくりと項垂れて凹んでいると、御者台にいるビフロンスが大声を上げる。
「スミレさん! 良かったらこっちに来ないか? 景色がとても綺麗だよ!」
「私はアモーレちゃん達と一緒にお話がしたいから、結構なのよ」
ビフロンスがフラれて肩を落とす。
その2人のやりとりを見て、フェルちゃんが目を輝かせて、スミレちゃんに近づいた。
「ビフロンスとスミレは、どう言った関係ですの? まさか、お付き合いなどしてるのではありませんの?」
「そんなんじゃないなのよ。ただの知り合いなのよ」
「そうですの? ビフロンスは性格が悪いどうしようもない屑だけど、自分より強い者には逆らわない良い奴ですわよ」
それって、良い奴って言わないんじゃないかな?
って言うか、それ褒めてないよ。
全部貶してるからね? フェルちゃん。
「ビフロンスには、スミレの様に綺麗な女性がお似合いだと思いますの。お勧めですわよ」
スミレちゃんが綺麗って言うのは同意だなぁ。
いつもポンコツだけど、美人さんでおっぱい大きくて魅力的だもんね。
それに、凄く可愛いんだもん。
だから私としては、ビフロンスとはくっついてほしくないなぁ。
などと私が懸念していると、スミレちゃんがフェルちゃんに微笑んで答える。
「私は幼女一筋なのよ」
う、うわぁ……。
スミレちゃん、そういうとこだよ?
「あ、あら。そうでしたの」
ほら。
フェルちゃんがちょっと引いちゃってるよ!
「フェール、恋バナがしたいなら、私が聞かせてあげるわ!」
と、リリィが立ち上がる。
「え? どんなお話かしら? 是非聞いてみたいですわ」
「だ、ダメ! それだけはダメだよ!」
絶対話し出したら止まらないやつだよ!
阻止しなきゃ悲惨な事になっちゃう!
私は幽霊船での事を思い出して、リリィの恋バナを必死に止めに入る。
「どうしたの? ジャスミン。心配しなくても、思い出は話さないわよ」
「じゃあ、そのお話って、話し出すとどのくらいの時間がかかるの?」
「そうねぇ……十時間?」
リリィが答えた瞬間、周囲がざわつく。
「ほらー!」
こうして、私は馬車に揺られながら、リリィの恋バナを必死に阻止するのでした。




