第12話
「只今戻りました~」
屋敷の大きさに慣れない輪廻が遠慮がちに声を掛けて屋敷の扉を開けると、チャベス他2名の使用人が出迎えた。
「お帰りなさいませ旦那様。 ッ! そのお怪我はどうされたのですか?!」
輪廻の顔を見ると、一旦は胸を撫で下ろしたチャベスであったが、輪廻の服が焼けているのを見付けると血相を変えて近寄って来る。
「あぁ、怪我は無いよ。大丈夫だ」
「いけません! 万が一があっては私は先代様に顔向けできません」
輪廻はチャベスを押し留める様に声を掛けるが、彼はそのまま近付き、輪廻の体に異常がない事を確認すると、安堵の声を漏らした。
「良かった。 怪我はされていないようですね。本当に無事で良かった」
チャベスの対応にグレイが大切にされている事を実感した輪廻の胸がチクリと痛んだ。
この老執事の本当の主人はグレイであって、憑依している輪廻ではないことを知ったからだ。
なんだか騙しているようで申し訳なくなるが、試練を終えなければこの身体から出られない事もわかっている。
理屈は理解できるが、どうにも心が落ち着かないのだ。
「チャベス、申し訳ないんだが、またすぐに出かけるから着替えを用意して貰えないかな?」
「おっと、これは大変失礼を致しました。 では、旦那様の私室の方へご案内します。
リズ、エリザベス様に旦那様が戻られた事を伝えてください」
チャベスは俺を案内すると同時に部下のリズに俺の帰還をエリーに伝える様、言付ける。
俺は案内されるままにチャベスの後に付いて行くと、人気が無くなった辺りでチャベスが口を開いた。
「坊ちゃま。 記憶を失って大変だとは思いますが、あまり無茶を為されないでください。昨夜はお戻りになられなかったので、エリザベス様もレティシア様も大変心配しておられましたぞ」
チャベスの口調が親しみのあるものに変わり少し驚いたが、この忠言に輪廻は素直に謝る。
「すみません。一応夜中には街まで戻っていたんですが、街の門が閉まっていたので朝まで待っていたんですよ」
「なんと?! その門番は首にせねばなりませんな。 領主を閉め出すとはけしからん!」
語気を荒げて急に怒り出すチャベスに輪廻が一瞬ポカンとした表情になった後、慌てて思い止まらせる。
「?! いや、そんなことはしなくていいから! 俺が勝手に開くまで待ってただけだから!」
「そうでございますか? ではそのように」
どこか残念そうに答えるチャベスに俺は先程聞き捨てならない事について確認する。
「 それより領主って何?! 俺この街の領主なの?!」
「グレイ様はこの街だけでなくこの辺り一帯を治める領主でございます」
何を当たり前のことを・・・そう言いたげな視線を向けつつチャベスが答えると、今まで沈黙を保っていたチャックまでもが驚きの声を上げる。
「いや、記憶ないから! 今の俺には初耳だからね?」
「そうでございました。大変失礼いたしました」
そう言ってチャベスは恭しく頭を下げる。
「それと、坊ちゃま。 人前では我々下々の者に敬語を使わないで頂きたい。 他の者に示しがつきません」
「すみません。 どうにも慣れなくて・・・」
現代日本で生きていた輪廻にとって年上の人物を呼び捨てにするのは少々ハードルが高い。
「慣れない?」
「あー、いや、そのぉ、記憶を無くしている所為か、どうにも常識がズレている事があるそうで、ロイにも日常的な常識がズレていると言われました」
「ふむ、わかりました。 それでは中で着替えましょう」
丁度目的の部屋に到着したようで、チャベスは本来の目的に意識を切り替える。
そして輪廻が着替え終わるかどうかと言ったところで扉がノックされると、チャベスが誰何の声を上げる。
「何方でしょうか?」
「リズです。エリザベス様をお連れしました」
その返答にチャベスは俺の方を向くので、俺は頷きを返した。
「どうぞお入りください」
チャベスの返答を聞くや否や、扉が轟音と共に押し開けられ、弾丸の如く飛び込んできた銀色の閃光に輪廻は吹き飛ばされ、壁にぶち当たると頽れる様に倒れた。
・・・
しばしその場にいた全員が呆然となっていたが、チャベスが真っ先に我に返り輪廻を助け起こしにかかる。
それに気付き、チャックも慌てて声を掛ける。と言うか、チャックもいたようだ。
「坊ちゃまぁぁぁ!」
「リンネェェェェ!」
そう言いながら二人は輪廻を激しく揺さぶる。
そんな傍らで一人の少女がスッキリした顔をして満足げに胸を張った。
「フン! 私達に心配かけるからこうなるのよ!」
そんなセリフを吐いた少女の後ろからか細い声で白目のエリーが呟く。
「レティシア・・・恐ろしい子!」
まぁ、そんな事がありつつ、取り敢えずグレイの無事を伝え、家人を安心させると輪廻はチャベスを伴い一路ペインの店を目指すのであった。
「はぁ、俺、絶対あの銀髪娘に殺される・・・」
「旦那様、そんな事はありません。あれはレティシア様の愛情表現だと思います」
「あの強烈な一撃が愛情表現ならあいつと結婚するやつはオーガ並の頑丈さが必要になるんじゃないか?」
今だ痛む胸を抑えながらもチャベスを伴い街中を歩くこと暫し、目的のペインの鍛冶屋へ到着した。
「旦那様、こちらでございます」
「あぁ、ありがとうチャベス。用事が済んだらすぐ戻るから先に帰って昼寝の準備でもしてて貰えるかな?」
そう軽く告げると、チャベスは困ったような顔をするが、すかさず輪廻が口を開く。
「昨日その前とほとんど寝てないんだ。それにレティシアにやられたところが痛むんだよ」
そう言って胸を抑えるとチャベスも反論するのを諦めたのだろう。
「わかりました。先に用意を整えておきます」
そう言って踵を返すと、屋敷に戻って行った。
「ふぅ、これで一息つけるかな。チャベスさんには申し訳ないけど、貴族らしい振る舞って性に合わないんだよね」
肩を回してコリをほぐす仕草をする輪廻にチャックが同意する。
「確かに貴族の振る舞いと言うのは肩肘張っているようで面倒ではあるな」
「お、チャックさ、チャックもわかる?」
「あぁ、私も大戦中は貴族と付きあう機会が何度もあってな、直接戦場に出るのは嫌がるくせに自尊心だけは高い。それに言葉使いにも気を使わなければならなくて、本当に面倒だったよ」
チャックも何かを思い出すようにウンザリとした表情で答える。
「ま、まぁ、目的地にも着いたんだし、早速入ろう。 ドラゴンネックタートルの甲羅でどんな武器が作れるかも楽しみだ」
そう言って笑顔を浮かべて店の扉を開けると、中に入って行った。
店の扉を開けると、薄暗い店内には幾つかの武器が並べられていた。
「おぉ!」
感嘆の声を漏らすと輪廻は並べられた武器を興味深く眺める。
そこには中二心を擽る武器が並んでいる。 輪廻も男の子の例に洩れず武器にはとても興味があるようだ。
ナイフから大剣に斧、長剣類に小剣類、それに槍等の長物が所狭しと並べられているのを順々に見て行くが、輪廻が気になった物は無かったようだ。
「うーん。やっぱり刀は無いか・・・ 異世界だもんな」
その言葉にチャックが反応する。
「刀とはなんだね?」
「うん? あぁ、刀って言うのはね。俺の国特有の武器でね、刃がとても美しいんだ。分類でいうと剣になるんだけど、製法が特殊だから同じようなものは出来ないんじゃないかな?」
「ふむ、リンネは刀の製法に詳しいのか?」
チャックは争いとは縁のない世界にいた輪廻の意外な一面を見せられ少し驚いた。
「いや、全然。 精々、心鉄と皮鉄の事とか、折り返し鍛錬とか焼き入れをする位しかわからないよ」
「・・・随分詳しいように聞こえるが?」
ジト目で見てくるチャックに観念したように輪廻が答える。
「実は子供の頃、刀造りのテレビを見てて、それが格好良く見えたんだ。だから少しだけ覚えてたんだ」
「少し?」
「少しだよ。全行程を思い出すなんてできないよ」
「ふむ、ならばこの店の主に覚えているだけでいいから製法を伝えて作って貰ったらどうだ? 同じものは無理でも似た様なものならできるかも知れんぞ?」
「どうやって説明するんです? 今思い付いたと言っても説得力無いよ?」
「ふむ、そうだな・・・」
そう言ってチャックは考え込んでしまった。
そうして一通り店の展示品を物色していても店に誰も来ないので、不用心な店だな。と思いつつ店の人を呼ぼうと店の奥に向かって声を掛ける。
「すいませーん。誰かいませんかぁ?」
そうして声を掛けるが、誰も出てこない。
仕方ないのでさらに大きな声で数回呼ぶと、30台半ば位の女性が出てきた。
少し膨よかな感じで、何と言うか肝っ玉母ちゃんと言った貫禄が滲み出ている。
「いらっしゃい! って、グレイ坊ちゃんじゃないか! 今日はどのような用件でしょう?」
「いや、坊ちゃん止めて。普通に何か恥ずかしいから・・・
それより、ロイはいる?ドラゴンネックタートルを先に持ち込んで解体をお願いしていると思うんだけど?」
「えぇ、ロイ先生なら旦那と一緒に裏でドラゴンネックタートルの解体してますよ。案内しましょうか?」
「お願いします」
そう言って店の奥に行こうとするが、チャックが付いて来ないので小声でチャックに声を掛ける。
「ちょっと、チャック。移動するよ?」
「うん?あぁ、すまん」
そう言って店の奥へと進み、店の裏に回る。
そうして輪廻はドラゴンネックタートルの解体現場を目撃したのだった。




