39.不足
とある日とある酒場。
カウンターでクダを巻く者に話しかけ、優しく話を聞く者がいたとして、よくある事。
「お前さんの不満は分るさ。世の中、殆どの奴が欲しい物が手に入らず、四苦八苦して何とか手に入れようと手を伸ばしてるもんさ」
「そう!俺だってちょっといい生活がしたかっただけさ。それなのに全部失っちまったんだ」
「そうだろうともよ。結局世の中一部の連中があらゆる物を独占して、俺達は少ない物を分け合って生きるしかねぇんだ。それを持ってる奴はしたり顔で、俺達から更に奪っていくのに咎められず、逆に俺達はちょっとはみ出しただけで、居場所を失っちまう」
「そうなんだよ!分ってるなアンタ!俺は確かに他人の物を少しばかり奪っちまったかもしれない。それでも命を奪った訳じゃない。なのになんで俺は全てを奪われなきゃなんない!」
それはもう被害者にしか見えない態度でも、実際蓋を開ければ不当に他人から何かを奪い、その咎めを受けているだけなんて事もままある物だ。
しかし普通ならそんな物、呆れて説教するか、放置してどこかに行ってしまうのが当たり前。
ところが親身になって更に話しを聞いてくれようとする者がいたら、警戒しなければならないだろう。
何しろ、きっとその相手は他者から何かを奪うのが当り前なのだ。
だが、誰も話を聞いてくれ無い所に、親身になって話しを聞いてくれる者がいたら、つい調子に乗ってしまう事もしばしば。
ありがたいでもなんでもなく、不満の捌け口の様に余計な事まで喋ってしまう。
そもそもが、他者に感謝するなんて気持ちが無いのだから、もっともっとと、終いには他者から奪い取ってその咎めを受け、全てを失う事になる。
そして全てを失った絶望感、誰にも相手にされないという孤独感に漬け込む者が奪うのは、尊厳。
「なぁ、アンタこんな世の中にもう何も期待してないだろ?それならいっそその枠組みを外れて、力を手に入れないか?」
「力だ?そうだな俺にもう少し力が有ったら、あんな変な黒い奴に全部奪われ、踏みにじられる事なんか無かったのかもな。でもタダじゃないんだろ?アンタは俺から何を奪ってこうってんだ?」
「別に、俺は何も奪わないさ。それに俺達だって何も持ってない。だがアンタが望むなら、本当になけなしの力を分かち合わないか?って事さ。アンタから全てを奪った社会なんか捨てちまって、俺達と一緒に世の枠組みを作ってるお偉い奴ら諸共、全部壊し尽くしちまおう」
「はは、なんだそりゃ。面白そうな話だが、一体アンタは何者だ?俺は見ての通り、落ちぶれて安酒を飲む事しか出来ん、それこそタダのクズだぞ?」
「そう、己の事を悲観するなって、俺もかつては渇望する物が手に入らず、随分と周りに迷惑を掛けた。そうして、誰からも相手にされなくなったが、今はそれなりの立場だ。お前さんみたいな奴を放っておけないのさ」
「だ、だから!アンタは誰なんだよ」
そこに横から割り込んでくる黒い全身鎧の男。カウンターに手を着き落ちぶれた男と妖しげな誘いをかける男の間に割って入る。
「巷じゃ脳筋なんて呼ばれているな」
「よう、ブラックフェニックス。他人が楽しく酒を飲むのを邪魔するのが趣味かい?」
「俺の趣味は、宵闇に紛れて他者からあらゆる物を奪って平気な顔をしてる屑共を痛めつける事さ」
「つまり、そいつを痛めつけ足りなかったって事か?」
「それが無いとも言わないが、今日はアンタに用があるのさ。脳筋ベガ。これは悪口じゃなくて、称号なんだってな」
「そうだぜ。俺がずっと欲してた物、それは純然たるパワーだ。獣人に生まれたにも関わらず、手に入らなかった筋力。幼い頃から生まれついた自分の種族が、不満だった。だから抗う為に鍛えに鍛え、力になるものなら何でも集めた。欲しい物を手に入れる時、弾みで誰かを傷つけちまうなんてある事だろ?」
「随分とまともな事を言って、勧誘してるんだな。てっきりもっと逃げられないように追い込んで、無理やり改造するもんだと思ってたぜ」
「誰がそんな事をするか!俺達はそれを望んだものにしか改人にしたりしないし、無理な勧誘もしない。そもそも細々と助けあって生きてるだけだ」
「言ってる事がまるで善人のようだな。他者から奪うことでしか成り立たない連中がな」
「それはお前も同じだろ?他者から奪われ、だからまた別の誰かから奪い、そしてまた奪われる無限の地獄と分っていながら、復讐者として生きるお前を俺達はそう嫌ってない。もし改人になりたくないのなら、別に無理に改造する気もない。こちらに付かないか?今よりもっと自由にお前のその暗い欲望を満たせるぞ?」
「ふん、悪い気はしないが止めておく。それで簡単に依頼主を裏切ったとしてお前達だって、そんな蝙蝠の様な相手を信じられる訳ないだろ?」
「なんだ、黒い怪鳥が蝙蝠で何が悪い?大体にしてお前の依頼主の組織だって一枚岩じゃあるまい」
「……俺の依頼主の事知ってるのか?」
「どうだろうな?それで、一体俺に何の用があるってんだ。今の俺は酒を飲むくらいしかしてないし、いつもの俺は売られた喧嘩を買うくらいしか、受け付けてないぜ」
「じゃあ、幾らで買う?この前フロリベスにまんまとしてやられてな。そろそろ、俺も依頼とは別に私怨でお前らの嫌がる事をしてもいいかと、思ってるんだ」
「はは!アイツやらかしたか!レディに固執するのはいいが、お前みたいな面倒な奴巻き込むなんて、アホもいい所だな。招待するって聞いたんだが?」
「招待されたぜ、挙句にはめられて命からがら逃げたのさ。そして今回依頼主に頼まれたのが、改人をこれ以上増やさない様にお前の勧誘を邪魔して来いって物さ。だから今頃こいつみたいな、落伍者はあちこちで監視されてるぜ」
「なる程な。最近感じてた視線はそういう事か。まあ俺は元々裏社会じゃそれなりに名も通っちまってるし、見られる事にも慣れてる。なによりそろそろお前さんが俺の前に現れるかもとは思ってたぜ」
「じゃあ、いつでもやりあう準備は出来てたとでも言う気か?」
「その通りだ。闘技場を一つ借り切ってる。来いよ」
言うが早いか、飲んでた金を払いさっさと酒場から出る脳筋ベガ。
向った先は闘技場と思いきや、別の酒場?
しかしこちらの疑問なんぞお見通しとばかりに、
「祭り期間中でもなけりゃ、特別な試合でも組まれてない限り勝手に入って使える闘技場なんてもんはない」
と、偉そうにのたまう。
「そりゃそうだろうな。それで?何で別の酒場だ?仕切りなおしてお喋りでもするか、それとも飲み比べでもするのか?」
「ふん、まあついて来れば分る」
それだけ言って、酒場のカウンターで妖しげな聞いた事もない食事と酒を注文すると、奥の部屋に通された。
その部屋の扉を閉められ、自分とベガの二人になると、今度はその部屋にあった食器棚が動いて、更に奥へと向う通路が現れる。
そのまま何も言わず、通路を抜けると、そこには簡素な闘技場のリングが月に青く照らし出されていた。
「本当に闘技場を押さえてるんだな」
「おう、裏闘技場ってやつさ」
「お前みたいな怪しげな奴御用達って訳か」
「いや、それこそ俺なんか吹けば飛んじまう様なお偉いさん達が、話し合いで解決できない事を代表出し合って、解決すると言う名目の元、それぞれ手塩にかけて育てた代表を戦わせて楽しむのさ」
「えげつないな。世の中には不条理に痛めつけても、心の痛まない外道ばかりで楽しみが尽きないぜ」
「そうだな。さて喧嘩を買う代金だが、俺に勝てたらお前さんの依頼主の正体を教えてやろう。何となくは察してるんだろうが、詳しい事は分らないみたいじゃないか?」
「気前がいいんだな。それでお前が勝ったらどうするんだ?」
「俺はお前と戦えればそれでいい。そうすればこそ手に入るものがある」
そして、そこからはお互い無言でリング上に対峙する。
前回と違う所は、例の回復用のベルトを腰だけじゃなく、腕や脚にも巻いている事か。
「なんだ?無限の回復力に保険でも掛けたか?」
「その通り!風精と雷精は既に食らった。是非他も食らいたくてな!」
それならお望み通り、フェニックステイルに土精と火精を仕込む。
その間、ベガは前回のように腕や脚だけが伸びる事はなく、代わりに一回り大きくなった筋肉が首すら埋めるほどに盛り上がり、大岩を髣髴とさせる姿になっていた。
尾剣術 串
土精込みの地面攻撃地で大量の棘が生えてベガに襲い掛かるが、微動だにせずそれを受け止める。
何なら肉を削ぎ、骨を折り、内臓をうがつような勢いだが、強引に回復していく。
やはりベルトを破壊したい所だが、今回は複数持ちだ。
それならばと、火精の延焼で継続ダメージを与えるべく、不動で土精の攻撃を受けているベガに赤熱するフェニックステイルを叩き付けると、案の定激しく燃え上がる。
「グッガァァァァァ!!!」
叫び声を上げるベガだが、倒れるような様子も見えない。
ここは畳み掛けるべきかと、石精と重精をセットしつつフェニックステイルを叩きつける。
本来反する性質の石精と重精だが、石精の方は剣身自体が重くなり、打撃力と共にベガの動きを阻害しているように見える。
重精は重量は変わらないように感じるが、それでも当ったベガが吹き飛び、リング上を転がっていく。
「ふん、コイツは駄目だ。物理ダメージに転化されてやがる。もっとビシッとしたやつは無いのか?」
さっきは炎上して叫んでいたくせに、いつの間にかケロッとしていやがる。
しかし、あと使えるのは氷精と水精位だし、やむを得まい。
フェニックステイルにそれぞれセットして、低温で白い煙を発する氷精の剣と一見様子の変わらない水精の剣。
氷精の剣を叩きつければ、あっという間に切り口から凍りついていくのが、エフェクトで分る。
更に、水精の剣で斬れば、その切り口から不気味な煙を発して、肉を溶かしていくかの様な音を発する。
「グ、グググググググォォ……」
見る見る弱っていくベガに追撃を加えている内に、全身が凍りついて動かなくなった。
前にコイツの部下は全身に刺青を入れて、氷精を破ってたけど、随分とあっさり勝負がつくもんだ。
もう一度片方のフェニックステイルを石精に戻し、その剣の重量を叩きつける様にして、ベガを砕く。
「く!くくくくく!」
完全に砕けたと思ったが、生きていて、何故か笑っている。
「一方的に攻撃した筈なのに、随分と丈夫なんだな。やっぱりベルトを破壊しなきゃ駄目か?」
「いや、もう無駄だ。何で俺が一方的にお前に攻撃させていたと思う?お前の攻撃が精霊の力頼みなのが分っていたからさ」
「そんなのは、誰もが知ってる事だろ?特にお前の所属する邪神教団ならな。それで?ベルトを破壊するのが遅いってのはどういう事だ?」
「ふん!俺みたいな筋肉と物理に特化してる者を倒そうとする時、大抵の奴は術で攻撃してくるもんさ」
「そりゃセオリーだからな。誰もがそうするだろう。だからこそ俺がこうしてあんたの邪魔をする係を引き受けてる訳だからな」
「だから、俺はこの体を手に入れた。術耐性の取得!元々ひ弱な体だったが代わりに、術には適性があった。改人化した事で、無限に再生する体で受け止めて耐性を育てる。待ってたぜお前の様な常軌を逸した威力の精霊の力を使う相手を」
「……お前が俺と戦うメリットって、その耐性を手に入れて、究極体みたいな状態になるって事だったのか?」
「そうだぞ?何なら途中で気がつくんじゃないかと、冷や冷やしたが、どうやらお前は結構考え無しにありったけの戦力を突っ込むタイプらしいな。嫌いじゃない。脳筋の称号はやれんが、戦闘に余計な思考を持ち込まない辺り、やっぱり気が合うな」
そう言いながら、腕や脚に巻いたベルトは外していくベガ。
「なんだ?もう回復はいらないってか?」
「ああ、コイツにだってデメリットが無いわけじゃない。俺達に埋め込まれた核に大量の魔素を送り込む事で、強制的に肉体の欠損を埋めているだけだからな」
「それの何がデメリットなんだ?」
「さあ、何がだろうな?精霊の力を受けた礼はここまでだ」
そう言いながら何やらぶつぶつと何かを唱える度に、体が見る見るでかくなっていくベガ。
巨人と化して、殴りかかってきた所を風精のアタッチメントで脱出。
どうせ、勝っても蠍の正体を知れることだけだ。今回の依頼はこいつの勧誘を邪魔する事だけだし、ここで取るべき行動は一つ。
この前のフロリベスの時に学んだ。
敵はこちらをハメる罠を用意してるモノなんだから、踏み破れない時は逃げればいい。
次週予告
四天王ベガの強化に力を貸してしまったブラックフェニックス
しかしそれを悔いる時間も彼には与えられず『ヒーロー達』が再び闘技に勧誘してくる
当然ながら更なるパワーアップを目指すブラックフェニックスは断るが




