28.仮面舞踏会
「なんつうか、こういうのをお仕着せって言うのか?」
渡されたタキシードに、黒くて顔上部を隠しつつも鼻先が少し尖るように作られた変な仮面。
鳥っぽいと言えば、そう言えなくもないが、そこまで嘴を完全に再現しているわけでもなく変な感じだ。
「いや、馬子にも衣装だろうな。これから行く場所は上流階級の社交場だが、服装を整えるだけでもそれっぽく見えるぞ。くっくっく」
「何笑ってんだ珍しい。よく考えろよ?俺がそんな上流階級と関わってぼろ出さないと思うか?絶対思わないだろ?」
「まあな。でも問題ない。なんで仮面をしてると思ってんだ?」
「仮面舞踏会だからだろ?」
「その通りだが、大概顔を隠す連中ってのはどこかに後ろ暗い所があると相場が決まってんだよ。表沙汰にしたくない取引に、表の顔だけじゃ決めきれない面倒な案件、世の中社交場で決まることなんて結構ざらにある」
「真っ当に書類の上で物事を決めちゃいけないのかね」
「他人にはそういう風に見せかけなきゃならんだろうな。何にでも建前ってのはあるもんだ。公然と重大事はダンス中に決まるなんて言う奴がいたら、そりゃ落ち目だ。自分が他人からどう見られるか判断できなくなってる証拠だし、それは年寄りに限らず、誰にでもありうる事さ。人間割と簡単に勘違いしちまうもんだからな」
「つまり、上流階級つっても下種同然もいるから俺でもばれないってか?杜撰な計画だな」
「違う違う。そんな厄介な取引の場に護衛や何かを連れてかない奴はいないだろ?って話だ」
「なるほどな。つまり俺は誰かの護衛として潜入するのか、最初からそう言えよ。ただ俺は装備が無きゃ大して戦えないぞ?」
「ニューターなんだから、何度でも死ねるだろ?肉壁として雇われてると思えばいい」
「はっ!外道の考えそうな事だ。まあいい、それで俺は誰を守ればいいんだ?」
「レディ」
「何を始めるんだ?」
「違う。通称レディ【王国】海運業の裏の顔役だ」
「ふぅん……随分悪そうだな。悪い奴らってのは何でか港にある倉庫が大好きだ」
「くっくっく!確かに言われてみれば、お前を派遣する裏取引の現場は港の倉庫が多いかもな。本当は今回の取引、レディを黒幕だと思ってたんだが……」
「黒幕の護衛って……、どうやって俺を?」
「向こうからさ。こっちが疑ってるのを嗅ぎつけたんだろ?邪神教団と関係がないのを証明する為にお前を仮面舞踏会に入りこめるように手配してくれるんだと。こうあからさまに協力されると余計に疑いたくなるのが俺の性だが」
「今回は信じて俺に入りこめってか?」
「虎穴にいらずんば虎児を得ず。すまんが場合によっては後ろから刺されるかもしれん」
「肉壁になった挙句、後ろから刺されるね~。コイツは傑作だな劣悪な環境をどこまで極めればそんな事が起きるんだか」
「やめるなら今の内だがどうする?今回は俺もどう転ぶか想像出来ん」
「ふん!ニューターは死んでも何度でも復活するからな。いいぜ。ただ仮面舞踏会で気に入らない事があったら、暴れてもいいよな?」
「よく考えてみろ。お前を送り込む時に暴れずに情報だけ集めてくれなんて、そんな制限掛けた事があったか?」
「そうだな。そりゃそうだ。ちっとナーバスになってたかもしれん。あんたと俺のつながりは……」
「外道が二度と道を踏み外せなくなるまで、痛めつける事を肯定する。装備はこちらの手の者が秘密裏に運び込む。肉壁は建前、お前は生きて合流地点で装備を整え気に入らない奴を心いくまで痛めつけろ」
蠍に暗い笑みが浮かび、それを見る自分もきっと仮面の下で同じ顔をしているのだろうと、不思議な共感が体を黒く満たしていく。
見た目もメンタルも整った所で、夜の【闘都】に蠍と連れ立って歩く。
何故か蠍も怪しげな白面を被っているが、別に道行く人は気にしないようだ。
まあ、そりゃこの都では今仮面武闘会が開かれているんだし、仮面の一つでグダグダ言うのは野暮ってものか。
辿り着いた先は明らかに高級住宅街の一軒の白い御屋敷、鉄柵には丁寧に剪定されたと見られる赤い薔薇が月夜に不吉を予感させる。
特に何を断るでもなく勝手に邸宅の庭に入りこむと、テラスに用意されたテーブルも椅子も真っ白。
木製か陶器製かも分らないほどにツルッとした質感のテーブルの天板には、月夜の暗い蒼が写り込み、庭木の影がサワサワと揺れてなでている。
夜の庭を眺めている内に、屋敷から足音も無く現れたのは、夜にもかかわらずはっきり赤いと分るドレスを着た美女、年齢は全く予想がつかない。
まるで月の光を独占するような存在感に、いつの間にか庭木も揺れるのをやめたようだ。
「レディ、今回はご協力感謝する。コイツが我等の代表としてうかがわせて貰う」
特に名乗りもせず用件から入る蠍に、特に不快感を表すわけでもなく嫣然と笑う美女。
「いいわ、これで某国の諜報機関に痛くもない腹を探られなくなるなら安いものよ。それに趣味もいい。流石一国を取り仕切る機関の長といった所かしら」
蠍が機関の長?いつも自分で動いて、俺のような部外者の相手をしてるコイツが?この女騙されてるのか?
「随分と買っていただけるのはありがたいが、事前に説明した通り……」
「分ってるわ。私がどれだけの【闘士】達を見てきたと思っているのかしら?中には特定の武器や装備でしか力を発揮できない者もいるし、それを理由に価値を低く見ることはないわ。私の愛する宝石達もそう、皆それぞれに特徴がアレども、皆美しく価値がある」
それだけ言うと、あっさりと玄関前に止めてあった、白薔薇の紋章が浮き彫りになっている馬車に乗り込むレディ。
チラッと蠍を見ると、行け!と顎をしゃくるので、自分も馬車に乗り込みレディの対面に腰掛ける。
一応護衛の筈なのだが、これでいいのかちょっと不安もあるが怒られない内は別に構わないだろう。
ゆっくりと動き出し、石畳と車輪がぶつかり合う音が聞こえてくるが、尻が痛くならないのはよっぽどいいクッションを使っているのか?
「ふふ、そう硬くなる事はないわ。私はあなたを会場に送り込む事で、あの機関から信用され、あなたは世に混沌を呼ぶ者を痛めつける。それだけでしょ?」
「あんたに嘘を言ってもばれそうなんで、正直な所を言わせて貰おう。まずあんたに後ろから刺されるかもしれないと言われてる」
「あらあら……ふふ」
「もう一つ、あんたは俺を刺すどころか、消し炭にするくらい他愛も無い事だろ?さっきからずっと冷や汗が止まらない」
「そう……そこまで分るの?思った以上だわ。そうね……あなたはあの男の機関の者だと思ったから、ちょっと警戒していたのは確かよ。でもね安心して頂戴。邪神教団は私にとっても敵よ。敵の敵は味方って事で今回は手を組みましょう?」
「分った。じゃあここからは他愛の無い世間話だ。なんでさっき俺の事を趣味がいいと?」
少し唇に指を当てる仕草が、色っぽさを演出するが、逆にそれはストレスを緩和する行動だとも言われている。
しかしこの場合は当てはまらない、相手の方が圧倒的実力者なのだから。つまりこれはあざとさの演出?
「私はね闘技が好きなの。あなたと戦闘員Aの戦い見させてもらったわ。あなた全力を出していなかったようだけど、それでもいい戦いだった。機会があるなら全力を見てみたいと思ってる」
「闘技ってのはそんなに面白いもんかね?」
「それは、もう!何しろ命ある限り戦い続けるじゃない!神の思し召しのおかげで完全に死ぬ事はないとは言え、それでも死ぬと言うのは快感ではありえない。それでも何度死んでも戦い続ける!美しいわ!」
「ふん、命は一個だから大事に扱えってのが、我が家の教育なんだがな」
「あら、随分とまともな家庭に育ったのね。じゃあ、あなたとはちょっと違う文化を教えてあげる。『歩けなくなった者は砂に返せ』そう教えられる家庭もあるのよ」
その後は不思議と不快でも、息が詰まるでもない。夜という静かな空間と車輪と石畳が奏でる体に響く様な低音が支配する時間が過ぎる。
その低音がゆっくりと間隔を伸ばし、完全に止まった。
開けられた馬車の扉からレディが降り立ち、その後ろに自分が続き、気配を消して極限まで置物に徹しながら周囲に目を配る。
開け放たれた両開きの扉、奥の人々から期待が入り混じるかのようなわずかな興奮に、警戒心が高まるのを抑えきれない。
さり気なく自分を手で制したレディのハンドサインで、気がつかれない様に最低限の動きで深呼吸。
何かで濁ったような混沌の空気で肺を満たすことで、この場の空気に馴染む。
外とはうって変わって、無駄に明るいホールには仮面を付けた人々がひしめき合って、その体から放たれる無駄に強い香水が不快感を増す。
その点、あの馬車の中でも優しい石鹸を思わせる薔薇の香りしかさせていなかったレディはセンスがいいのだろうか?
「レディ、お久しぶりです」
妙に硬い話方をするのは、身長こそ自分と同じか少し低いくらいで、非常に細身の男性。
しかし、声を聴いた瞬間背筋がすっと伸びたのは勘違いではないだろう。何をどうとは説明しがたいが、確実なのはこいつ尋常じゃなく強い。
見る人が見れば、こいつの体は鋼線を縒り合わせたように絞り込まれ、俺の様な紛い物がちょっとやそっと突いた所で、跳ね返すだろうということが用意に想像できてしまう。
「あら、ムロマチ殿!久しく顔を合わせてなかったから嬉しいわ」
まるで本当に嬉しいかのような表情の裏に寒気のする殺気を感じ、場合によってはこの鋼のような男と戦わねばならないのかと、覚悟を決める。
「うむ、お互いに海に利を求める者どおし、海賊には困っているだろう?」
「相変わらず直接的なのね。でもそれがムロマチ殿のいい所、それでどうしたいのかしら?」
「丁度、そちらの代表とこちらの代表がAブロックで当るだろう?」
「あら~?あの剣士はあなたの子飼いなのかしら?」
「いや、ただ師は私に仕える者だ。ならば……」
「ふふ……面白い話ね……。いいわ別室で話を詰めましょう」
何がなんだか分らないが、多分この鋼のような男は【森国】の要人で、レディは【王国】の海運の裏の顔だ。
ざっくりとした世界地図で見る限り【森国】と【王国】は海で接していている。
つまり、その境界でのいざこざを代表で決めようと……Aブロックと言う事は、十中八九決闘王を決める今の闘技大会だの事だろう。
さて自分の身の振り方はどうするかと、思案していると、
「(私は交渉があるから、あなたは自由にお調べなさい)」
そう言われてしまっては仕方がない。
レディと別れて、会場内をうろつきながら集まるヒトの話にさり気なく耳を傾けつつ移動。
しかしこれと言って目ぼしい情報は無い。大体が金の話しをして、婉曲にマウントを取ろうという意図しか見えない。
気がつくと入り口近くまで流され、近くにいた係りの者と思える若い黒服の男が声をあげた。
「マダム・アリン様ご到着なされました」
一斉に会場の者達の視線が入り口に集まり、ゆっくりと開く扉に釘付けになる。
現れたのは褐色の肌を白いドレスで包み、白い仮面で顔も全く見えず、髪までケープのような物で包み隠す女性。
分るのはドレスの体のラインから想像できる細身でスタイルのいい女性と言う事だけ。
何故褐色か分かるかと言うと、レース編みの手袋の下に褐色の肌が見えるからと言うそれだけの理由だ。
会場中の人が一斉に近寄りたいのをそのオーラが圧し留める。
だが、自分にはよく馴染む気配に、その目をじっと見つめてしまう。
「酷い目ね。いったい何を恨み、何に復讐をしようというのかしら?でも嫌いじゃない。もし私の力が必要なら訪ねてきたらいいわ」
さらっと、入り口近くにいた自分にそれだけを告げ、そのまま会場奥に進むマダム・アリンは次から次に話しかけられ、正に社交界の花だ。
壁の花に成りすまし、人の話に聞き耳を立てる自分とは大違い。
「(おい、いつまで待たせるつもりだ)」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえると思ったら、スタッフに紛れた蠍の部下の女。
さり気なく、周りに気取られないように女のあとをついていくと、衣装室か?ちょっとした小部屋に連れ込まれた。
「まだ情報は集まっていない。本当に取引はあるのか?」
「さあね?私はあんたに装備を渡すように言われてるだけ、それにあっちの監視もあるし、取り合えず装備はこの部屋に置くからあとはご自由に」
そう言って、部屋を出て行く女と取り残される自分。
さて、どうしたものかと思った所で、
「きゃーーーーーーーーーー」
会場から悲鳴が聞こえる。
次週予告
【闘都】の社交界は仮面で正体を隠す魑魅魍魎の巣
入り込んだのも束の間フロアから悲鳴が上がる
邪神教団の陰謀に翻弄され『混乱』するブラックフェニックス




