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第8話

呪いの影響が酷くなり、ほとんど寝たきりになったリアナ。


彼女は過去と事情をすべて話し、子供たちはそれを聞いた上で必死に看病に精を出した。

教会へと毎日のように通うようになり、話をしたり一緒に食事を摂ったりしてリアナの回復を祈り続けた。


だがその頑張りも虚しく、リアナの具合は一向に良くはならなかった。

それどころか、容態は悪化の一途をたどり、ついには喋ることもままならなくなっていった。


それでも子供たちは諦めなかった。

どれだけ具合が悪くなっても。

喋ることができなくなっても。

部屋に入って来た時、こちらを向いて見せる微かな微笑みだけで彼らが諦めない理由には十分だった。


いつか元気になってくれる。

その一心でリアナと向き合い続けた。





そんな日々はあっという間に過ぎていく。

やがて事態が好転せぬまま、呪いの期日の最終日を迎えた。


リアナは部屋のベッドに寝たままで子供たちとイトリに囲まれていた。


「なあ......おじさん。どうにもならねえのかよ......」


震え声でヨウがイトリにすがりつく。

既にヨウは泣いていた。


「......すみません。いろいろ手は尽くしてみたのですが私の力ではどうしようもできませんでした......」


イトリは力なく答えた。

子供たちが必死にリアナの看病をしている間、イトリは方々へ出かけていた。

何とかしてリアナの呪いを解けないかと奔走していたのである。

ここ数日も聖職者である自分の人脈を使い、解呪できる人物、魔道具、呪文などあらゆるものを探し回っていた。

だがそれもついにはかなわなかった。


呪いやその類のものを解除することは神父の仕事の1つでもある。

それ故に一層、自身の力不足が恨めしく感じていた。


「そんな......わたしいやだよ......おねえちゃんとおわかれするなんて」


アイリはリアナの手を強く握った。

リアナは少し悲しそうな顔をして、アイリの頭を撫でた。


リアナの容態が悪化し、事情を聞いてから看病をしていた子供たち。

その合間にアイリは常闇の森の一件で明らかになった自身の魔法資質を発展させるべく、勉強に精を出していた。

イトリや具合がいいときはリアナにも指導を受けた。

回復魔法が発展すれば、呪いが治せるかもしれない。

藁にも縋る思いで魔法の勉強に取り組んだ。


結局のところ、呪いを治すまでには至らなかった。

傷を治すという面においては十分な効果を発揮するが、呪いには影響を及ぼさなかった。

この短期間でかなりの成長を遂げたし、可能性はあった。

もしかしたらこの先、研鑽を続けていけば呪いを治しきることができるかもしれない。

しかし、リアナの期限に間に合わなかったという事実はアイリを深く落ち込ませた。


「ごめんなさい......わたし、まにあわなかった。おねえちゃんをたすけられなかった」


きっと今この瞬間、リアナはアイリを抱きしめてあげたいことだろう。

もはや起き上がるどころか、喋ることすらできない彼女にはそれが叶わない。

できるのはわずかに動く手をアイリの頭に乗せ、撫でることだけ。

自らの手が動かなくなるまでリアナはずっと傍らで泣くアイリを撫でていた。




それぞれがもはや避けられぬこととなった別れを惜しむ中、時刻は昼を回った。


皆が涙も出し尽くし、ただ重い空気が流れる。

そんな中、教会の入り口のドアが開く音が響いた。


イトリが教会を留守にするようになってからは常に入り口に不在の札が掛けられており、ドアを開ける者といえば子供たちぐらいであった。

なので当然今日も不在の札が掛かっているはずなのだが、それでも誰かがドアを開けた。


よほどの用事なのか、それとも札に気付かなかっただけか。

イトリは不思議に思いながらも子供たちにリアナを任せ、応対に向かった。


ドアの傍に立っていたのは、フードを深々と被った人物だった。

背はそれなりに高く、体つきもしっかりしているのでおそらくは男だろうが、顔が見えない。


「あの、何か御用でしょうか? あいにく今取り込み中でして......」


「......リアナ・ノーヴァスはいるか?」


イトリはその男の言葉に驚きを隠せなかった。


リアナ・ノーヴァス。

すなわちリアナのフルネームである。


リアナのフルネームを知る者はこの町では少ない。

イトリとヨウ、トウヤ、アイリの3人だけだ。

ということはこのフードの男は貴族としてのリアナを知る者、つまり王国の者ということになる。


王国にとってリアナは王族に弓を引いた罪人。

少なくとも良い来訪者とは言えないだろう。

イトリは自然と身構えてしまっていた。


「そんなに身構えることはない。危害は加えない。

それで奴はいるのだろう? 通してもらうぞ」


「いえ、彼女は今――」


イトリの言葉も聞かずにフードの男は教会の奥へと進んでいく。

そしてリアナの部屋へと入っていった。


「な、なんなんだよ、お前」


突然、入ってきたフードの男に食って掛かるヨウ。

それを気にも留めず、フードの男はリアナの前に立つ。


「......いいざまだな、リアナ。散々好き勝手やったお前の末路にはぴったりだ」


そう嘲り、リアナの顔を見る。

このとき、リアナはフードの男と目が合った。


「......!!」


リアナの顔が驚きに染まる。


「そうか、声も出ないのか。もう間もなくお前は死ぬ。己の罪を振り返りながら死ぬといい」


フードの男はそのまま振り返り、立ち去ろうとする。

しかし、それは阻まれた。

入り口に立ちはだかったアイリによって。


「何の真似だ。そこを通してもらおうか」

「あの、おねえちゃんの知り合いなんですか」

「お前には関係ないだろう」

「こたえてくれるまでどきません」

「ちっ。そうだ、知り合いといえば知り合いだ。不本意だがな」


素っ気なく答え、部屋を出ようとするが、なおもアイリが立ちはだかる。


「いい加減にしろ。質問には答えただろう」

「おねえちゃんの呪いをどうにかする方法は知りませんか」

「それこそお前に関係ないことだ。それに知ってどうする?」

「おねえちゃんをたすけます。あんなにもくるしそうにしてる」


アイリがフードの男からリアナに視線を移す。

フードの男もそれにつられてリアナを見た。


「分からないな。あの女は悪女だ。紛れもない毒婦だ。こうなることは当然だ」

「たしかにそうなのかもしれないけど......でもわたしたちにとってはいいおねえちゃんだった。

だから......しんでほしくないの」

「はっ! 冗談はよせ。あいつがいいお姉ちゃんだと? 笑わせるな。

いいか。あいつはとんでもない我儘女だった。自己中心的な最悪女だったんだ!」


フードの男の語調が強くなる。


「おい、そこまでにしとけよ」

「......それ以上はゆるさない」


ヨウとトウヤがフードの男に詰め寄った。


「そんなことを言うためにいらしたのでしたら、もうお引き取りください」


部屋の入口にはイトリが立っていた。

普段の穏やかな表情が消え、珍しく憤りの感情を露わにしている。


「なんなんだ、お前たちは。お前たちにとってリアナはそこまで庇う価値のある者なのか?」

「そうです」


イトリの即答に子供たちが頷きで続く。


「どうしてだ。誰よりも嫌われていたあいつがどんな死にざまを見せるのかと来てみれば、自分を慕う者に囲まれているだと......? そんなバカなことがあるか」


「我々は過去のリアナさんを知りません。彼女から聞きはしましたが、実際見たわけではないので何とも言えない。それでも1つ確実に言えることがあります」


「何だ」


「それは彼女が我々にとってかけがえのない人だということです」


イトリは自信を持って言い切った。

リアナの暗い過去を聞こうとも、今の彼女を信じると決めた。

そういう心からの言葉だった。


フードの男は黙り込む。

そして少しの間を空けてから問うた。


「......一度だけ聞く。リアナ・ノーヴァスをお前たちは救いたいと思うか?」


その問いに4人は全員頷きで返す。


「そうか」


それだけ言って、部屋を出ていく。

ただ、イトリとすれ違うときに何か珠のようなものを握らせた。




フードの男は教会を出て、天を仰ぐ。

教会の傍には従者が控えていた。


「アグノス殿下。もうよろしいので?」

「ああ。もう終わりを見届けた。俺の知ってるリアナ・ノーヴァスは死んでいたよ」

「左様ですか。ではお戻りになられますか?」

「そうしよう。あ、それと」

「何でございましょう」

「即位したから殿下じゃなくて陛下だ」

「それは失礼いたしました」


フードの男、もといアグノス・ウィル・フォルスは町を後にする。


最後の最後に良い縁に恵まれたものだな――


その言葉だけを残して。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語に引き込まれました。 [一言] 結末が気になります~!
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