第6話
残っていたモンスターに背後から貫かれたリアナ。
彼女の身体が前に倒れていく。
だが、とっさに右足を踏み出し身体を支えた。
「ぐっ......」
踏ん張った衝撃の痛みで声が漏れる。
モンスターの爪はリアナの腹部を貫通しており、もはや満身創痍。
それでもリアナの目は光を失っていなかった。
「これしきのことで......」
リアナは自分に爪を突き刺すモンスターの腕を掴む。
そして力の限り、引っ張り引き抜いた。
地面に転がるモンスター。
よろめきながらも再び強化魔法を纏ったリアナによってとどめを刺された。
「これが......ノーヴァス家の令嬢たる......わたくしの――」
リアナの言葉はそこで途切れ、倒れこんだ。
「おねえちゃん!」
叫んだアイリがリアナに駆け寄り、ヨウとトウヤもそれに続く。
「おい! ねえちゃん! しっかりしろよ!」
「......しっかりして! ぼくらのために......そんなの......」
意識がはっきりしないリアナにヨウとトウヤが必死に呼びかける。
アイリはその隣で泣きじゃくっている。
「くっそ! なにもできねえのかよ!」
涙をこらえながら憤るヨウ。
そのとき、リアナの目が薄っすらと開いた。
「――皆......無事なのですか――」
「おねえちゃん! そうだよ! わたしたちぶじだから.....!」
「ねえちゃんのおかげだ! だからしっかりしてくれよ......」
「おねがいだから......しっかりしてよ......」
リアナの絶え絶えな声に子供たちが答える。
だがリアナからは何も返ってこなかった。
「......そうだ、ちをとめないと」
リアナの腹部から衣服を通して未だに血がにじみ出ている。
それに気づいたトウヤが傷口を押さえる。
「これでなんとかなるのか?」
「......わかんないよ」
「わかんないってなんだよ!」
「ちょっとヨウ! トウヤにおこったってしかたないでしょ!」
アイリがヨウをたしなめ、沈黙が流れる。
アイリはただリアナの手を握った。
その手は冷たくなりつつあった。
――いやだ。
――おねえちゃんがしぬなんて。
――せっかくおはなししてくれるようになったのに。
――あそんでくれるようになったのに。
――もっともっといっしょにいたい。
――だから。
――おねえちゃんをなおして。
アイリは祈り続けた。
大好きなリアナのことを。
自分たちを助けてくれたリアナのことを。
そしてその祈りは――――届いた。
「なんだよ......これ......」
声を漏らしたのはヨウだった。
リアナの傷口を押さえていたトウヤも目を見開いている。
なんの奇跡か。
リアナは温かな光に包まれていた。
冷たくなりかけの手を握っていたアイリは手に温かさを感じ、目を開く。
目の前には光をリアナへと流し込んでいる自分の手。
ハッとしてリアナの傷口を見ると、みるみるうちに塞がっていくのが分かった。
一体何が起こったのか。
ここにいる誰もが状況を理解できていなかった。
ここで状況を整理しておこう。
この奇跡のような現象。
起こしたのはアイリである。
実のところ、彼女にはリアナほどではないものの魔法の素養があった。
貴族であれば出生時に測定され、その素養が明らかになるがアイリは平民。
測定の機会などなかったし、素養が刺激される状況もなく、ただ埋もれていたのである。
そして、今回の”リアナを治してほしい”という強い祈りはアイリの魔法を目覚めさせた。
属性は状況が示す通り”回復”。
故にリアナの傷が治っていくという現象が起きた。
とまあ簡単に言えばこんなところ。
だが実際はもう少しだけ事情が混んでいる。
それは消費魔力の問題。
回復魔法は基本的に消費魔力が多く、重症度に応じてさらに跳ね上がる。
先程のリアナは出血多量でほぼ瀕死の状態だった。
そんな怪我を治そうとすれば相応の魔力が必要になる。
とても素人の8歳の少女が賄いきれる量ではない。
ならばどうしたのか。
その答えはアイリの周囲にあった。
リアナから流れた大量の血。
極めて高い魔法素養を持つリアナの血はそれなりの魔力が含まれている。
アイリは無意識のうちに周囲に溜まっている血液から魔力を吸い上げ、そのまま回復魔法のコストへと回していたのである。
まさに偶然に次ぐ偶然。
文字通りの奇跡を起こし、リアナは死の淵から何とか持ちこたえることができた。
アイリの回復魔法で傷は完全に癒えた。
そのタイミングでアイリがリアナに覆い被さる形で倒れこむ。
「「アイリ!」」
慌てふためく2人。
そのとき、リアナがアイリと入れ替わるように目を覚ました。
「......ヨウ? トウヤ?」
リアナの視界にはヨウとトウヤ。
とりあえず起き上がろうとしてアイリが覆い被さっていることに気づいた。
「アイリは? 一体どうしたのです?」
「いや、わかんねえ......。ねえちゃんの傷を治したと思ったら急に倒れて......」
「この子が、わたくしの......? ということは魔力切れ......?」
リアナがぶつぶつと呟く。
そして、アイリをそっと横に避けて立ち上がった。
「おそらくアイリは疲れて眠ってしまったのでしょう。心配はないですわ」
リアナの見立てを聞いて、ヨウとトウヤの顔に安堵の色が見える。
「幸い、アイリのおかげで何とか動けます。アイリはわたくしが抱きかかえていきますので帰りましょうか」
地面に横になっているアイリを抱え、リアナたちは帰途へとついた。
町に戻ると、北門には数人の大人の姿があった。
子供たちの両親とイトリである。
ヨウとトウヤは自分の親の姿を見つけると一目散に飛んで行った。
両親に迎えられて、安堵したのか思い切り泣きじゃくっている。
その一方でリアナは眠っているアイリを母親に引き渡した。
リアナが町を飛び出す前のことはイトリが説明していたようで、子供たちの両親は泣いて感謝の言葉をリアナに浴びせている。
リアナの方も森での大方の事情を説明した。
あらかた情報が共有されたところで今日のところは解散ということになり。
事情の聞き取り等は後日行うことになった。
そして事件から5日が過ぎた。
教会にはイトリとリアナ、子供たち3人が机を挟んで座っていた。
「さあ、どうしてあんな危険なところにいったのか、聞かせてもらいますわよ」
リアナが静かに告げる。
教会の空気は重い。
いつもはしゃいでいる子供たちも今回ばかりはおとなしかった。
「それは――」
「――わたしがいきたいっていったの!」
トウヤの言葉を遮り、アイリが叫ぶ。
「アイリ......でも僕が余計なことを言わなければ」
「いや、俺だって何も考えずに後押ししたしよ......」
それぞれが口々に喋り出す。
それらの情報をまとめるとこうだ。
何やらアイリはどうしても欲しいものがあったらしい。
それは店で買えるものではなく諦めていたところ、このあたりの森で手に入るということをトウヤが聞いた。
森と聞いて思いついたのは常闇の森。
危険だというのは分かっていたが、すぐもどってくれば大丈夫だと思って行ったとのこと。
「それで何がそんなに欲しかったのです?」
リアナが尋ねる。
「それは......これ」
アイリが後ろに回していた手をリアナの前に差し出す。
「え......これは......リアの花......?」
「これをどうしてもおねえちゃんにあげたくて」
「わたくしに......?」
「うん!だっておねえちゃん、今日誕生日でしょ?」
「今日......あ、そういえば......」
リアナの誕生日。
本人さえ忘れていたその日はまさしく今日であった。
リアナはいつの日か子供たちに誕生日を聞かれていた。
それはすべて今日の日のため。
――まったくこの子たちは。
リアナは子供たちに呆れながらもそっとリアの花を受け取った。
「ありがとう......ございます」
いつしかリアナの目には涙が溜まっている。
「ふふっ。渡せてよかったな! アイリ!」
「ほんとによかったね。アイリ」
「うん! ほらみんなで言うよ、せーの!」
「「「お誕生日おめでとう!」」」
その日。
子供たちの事情を聞くはずだった集まりはリアナの誕生日会へと変わった。
それはリアナにとって忘れがたい思い出となったのであった。




