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第5話

ある日の昼下がり。


誰もいない礼拝堂にリアナは1人座っていた。

いつもなら新聞や本を読みながら、ゆったりと時間を過ごしているが、その日はちょっと違った。

いやちょっとと言えば、語弊があるかもしれない。かなりだ。

何せおとなしく座っていると思えば、いきなり立ち上がってそこらをうろつき始めたり、視線をきょろきょろさせたりとなかなかにせわしない。

没落したとはいえ、王国一の貴族の令嬢として育てられたリアナは日常的な所作にもその高貴さが漂っている。

しかし今の彼女にはそんなものは微塵も感じない。

まるで落ち着きのない子供のようである。


というのもリアナは今日、子供たちに自身のことを包み隠さず話すつもりであった。

もう彼女がここに住み始めて、ひと月以上が過ぎた。

子供たちともかなり打ち解けてきたとも感じている。

だからこそこれ以上先延ばしにはできないと決心したのである。


「やはり落ち着きませんか」


気づくと後ろにイトリが立っていた。


「内容が内容ですから......」


「確かに衝撃的といえばそうかもしれません。でもきっとあの子たちなら受け入れてくれるはずです」


イトリは昨夜にリアナから全てを聞いている。

その上で彼はきっと受け入れてくれると言ったのだ。

何よりも信憑性の高い言葉といえるだろう。

その言葉でリアナには少し落ち着きが戻り始めていた。


「しかし、遅いですね。いつもならこの時間には既に来ているはずなのですが」


イトリの言う通り、時刻は既にいつも来ている時間を過ぎていた。

当初は少し遅れただけなのだろうと思っていた2人も刻々と時間が過ぎていくたびに焦りを募らせていく。


そして、空が赤みを帯び始めた頃。

リアナの隣に座っていたイトリが立ちあがった。


「さすがにこれは遅すぎます。何かあった可能性がある」


リアナも同じ考えに至り、2人で手分けし町の人々に子供たちを見てないか聞いて回る。


募っていく不安を押さえこみながら、必死で聞き込みをする。

いつしかリアナは汗だくになっていた。

いくら聞いても、「知らない」の連続。

それでも諦めるわけにはいかないと自分を奮い立たせていると、向かい側からイトリが凄い勢いで走ってきた。


「リアナさん!あの子たちを見たという方がいました!」

「それで何と仰っていたのですか?」

「それが......町の北の方から出ていくのを見たと」

「町を!? 北の方には何があるんですか?」

「北には通称、常闇の森と呼ばれる場所があります。凶悪なモンスターが多く生息し、何度も開拓に失敗してきた場所です」

「なんで、そんなところに......」

「ともかくあそこは危険な場所です。衛兵の詰所に捜索依頼を出してきます」

「そんな! それじゃあ間に合いませんわ! 場所を教えてくださいまし。わたくしが参ります」

「いくらなんでもそれは無茶です」

「いいから!!」


すごい剣幕で叫ぶリアナ。

勢いに押され、イトリはリアナを町の北門へ案内した。




「本当に気を付けてくださいね」

「ええ、必ず子供たちと共に帰るとお約束いたします」


そう告げてから、森の方へと体を向ける。

そして息を整え、全力で駆けた。




あっという間に森に入ったリアナはすぐに感知魔法を発動させる。


リアナは何も勝算なしで森に突っ込んだわけではない。

彼女の生家、ノーヴァス家は代々高い魔法素養を持つ家系である。

それはリアナも例外ではない。

学園入学前に基礎を完璧に習得し、入学後も独自の方向性で発展させてきた。

その独自の方向性とは主にアグノスへの執着とアリシアへの嫌がらせが大きく影響しており、感知魔法もこの時に習得したものである。


感知魔法は一度自分が見た魔力波長がテリトリーに入ったことを感じ取れるもの。

素養の高いリアナは極めて広いテリトリーを展開でき、すぐに子供たちの反応を見つけた。


反応の方向に進路を取り、無事を祈りながら走る。






やがて彼女の目に入ってきたのは、狼型のモンスターに囲まれている子供たちの姿だった。

じりじりと詰め寄るモンスター。

ヨウとトウヤはアイリを必死に守ろうとしているが、身体は恐怖で震えている。


「筋力、2段階強化――」


リアナの身体が強化魔法の光に包まれる。

そして少し身体を沈ませて溜め、強化された脚は強大な推進力を生む。

生み出された推進力はリアナを前に押し出す。


「ふっ!」


弾丸のように飛ぶリアナの飛び蹴りがモンスターの顔に炸裂する。


回転を伴って吹き飛ぶモンスター。

急に前に飛んできたリアナに唖然とする子供たち。


「大丈夫ですの、あなたたち!?」

「おねえちゃん......」


ヨウとトウヤの後ろにいたアイリが駆け寄る。

リアナはアイリを抱き寄せた。

アイリの顔には必死にこらえていたであろう涙が溢れてしまっていた。


「貴方たちもよく耐えましたね」


リアナは顔を上げ、ヨウとトウヤに声をかける。

2人はリアナの言葉に黙ってうなずいた。


「事情は後で聞きます。まずは帰りますわよ。みんな心配しているのですから」


そう言って立ち上がるリアナ。

しかし、周りには仲間がやられ、気が立っているモンスターが取り囲んでいる。


「やれやれ、ですわ。よくもまあいたいけな子供たち相手にぞろぞろと」


筋力強化、俊敏強化、身体硬化、属性付与:破砕――


数々の強化魔法がリアナを覆う。


「あなたたちは動かないこと! いいですわね!」


有無を言わさぬ口調で子供たちに指示を出し、リアナは前に出る。


「では、通してもらいますわよ」


大地を蹴るリアナ。

一瞬で一番近くにいたモンスターと距離が縮まり、彼女のブローが胴体に叩き込まれる。


Guoooo!?


唸り声を上げながら吹き飛んだモンスター。

その体は空中で砕け散った。


「さあ、次はどなたかしら?」


彼女の挑発に反応するかのように、一斉にモンスターが飛び掛かる。


そこからのリアナはまさに鬼神の如し。

四方八方から矢継ぎ早に襲ってくるモンスターの動きを完全に見切り、

その上で破砕属性を付与した一撃を叩き込んでいく。

彼女の一撃を食らったモンスターはことごとく破裂した。


周りには返り血の雨が降り注ぐも気にも留める様子はなく。

目にもとまらぬ速さで攻撃をかわし、カウンターを決める動作を繰り返していく。


「はあぁぁぁぁ!!」


最後の一匹を肉片に変え、魔法による強化が解かれる。

その途端、力が抜けて膝をついた。

複数の強化魔法の行使。

それを最大出力で継続して使用した。

その疲労は凄まじいものだった。


「これは......なかなか堪えますわね」


疲労に抗いながらも視線を子供たちの方へ向けた、そのとき。

リアナの視界に何かに怯える子供たちの顔が目に入った。

そしてその直後、身体に鈍い痛みが身体に走る。


「なっ――」


身体から力が抜け、意識がぐらつく。

戸惑いの声は出ず、口からは代わりにドロッとした赤黒い液体が出た。

森に響くアイリの悲鳴もリアナにはほとんど届いていない。


薄れゆく意識の中、リアナが見たのは身体から突き出る鋭い爪。

彼女は背後から生き残っていたモンスターに貫かれていた。


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