第3話
リアナが子供たちと出会った日から数日後のこと。
イトリは所用があるということで朝早くから教会を発った。
故にイトリの代わりに教会の仕事はリアナが行った。
しばらくの間見ていたこともあり、なんとか仕事はこなすことができた。
だがリアナには気がかりが1つ。
それは今日があの3人の遊びにくる日だということである。
今日、イトリが教会を空けることは前もって聞いていた。
しかし、子供たちが遊びに来ると聞かされたのは当日である今朝。
抗議するリアナにイトリは「前に遊んであげてもいいと言ってたのでは?」とさらっと流して去っていった。
それは「気が向いたら」という話であり、完全にしてやられたと思うリアナであった。
それはさておき。
教会関連の仕事が落ち着き、束の間の一人の時間を過ごしているリアナ。
ここ数日で彼女には明確な変化が現れていた。
この町に捨てられた当初は目が死んでいた彼女であるが、今では目に光が戻りつつあった。
やはりこの環境がリアナを変えたのであろう。
リアナ個人の要素はあまり変化がないものの彼女を取り巻く環境はかなり変わった。
悪意に塗れていた状況から一転、悪意とは無縁の状況に流れついた。
リアナに向けられる純粋な善意は確実に彼女の砕け散った心を繋ぎ留め始めていた。
無意識的でとても小さい変化。
されどこれは前の彼女を知る者ならば、大きな進歩だといっても過言ではない。
程なくして子供たちはやってきた。
教会の扉が、勢いよく開いた。
「こんちは!」
「こんにちは」
「......こんにちは」
リアナは視線を向けつつ、やれやれというような顔をする。
だがそんなことはお構いなしに子供たちはリアナに駆け寄る。
「おじさんに聞いたぜ。今日はねえちゃんが遊んでくれるんだってな」
やはりイトリは子供たちにも言いふらしていたのだ。
やってくれたなと心の中で毒づくリアナ。
「そんなことは知りません。遊ぶなら自分たちでどうぞ」
何としても厄介ごとを避けたいリアナは突き放す。
「えー! 話がちがうじゃんかー」
「僕も遊んでくれるって聞いた」
「あの神父が勝手に言ったことでしょう。とにかくわたくしに構わないでください」
頑として態度を崩さないリアナ。
「どうしてもダメ?」
顔を見つめながらリアナに頼み込むのはアイリ。
どうもリアナはアイリを見ると調子を狂わされるようだった。
それもこの前、自分を重ねてしまったせい。
頭の中にそのイメージがちらつき、勝手に意識してしまっていた。
「......そ、そんな顔をしたってダメなものはダメです」
ちょっと声が震えてしまっていた。
動揺が隠しきれておらず、その分かりやすさは8歳の少年少女でも容易にくみ取れる程であった。
ちょっとはなれて子供たちは話し合う。
「おい。なんかあのねえちゃん、アイリにだけなんか当たりが弱くねえか?」
「それは思った。多分アイリなら押しきれるんじゃないかな」
「えー。でもおねえちゃん、いやだっていってるよ?」
「何も無理やりやる必要はないんだぜ」
「そうそう。あくまで向こうをうまく乗せるんだ」
「のせる?」
「ちょっと耳かせ」
「……」
「……」
こうして子供たちによるリアナ陥落作戦(仮称)が始まった。
まず最初に動いたのはヨウだった。
「おーい、ねえちゃん」
「――なんです?」
「俺たち、自分らで遊ぶからさ。遊び道具だけ持ってきてくれよ」
「......まあ、自分で遊ぶというのならいいでしょう。待っていてください」
リアナは了承し、道具を取りに行った。
道具を得た子供たちはそのままリアナには構わず遊び始めた。
これ幸いと子供たちと少し距離を取って座る。
――これでしばらく落ち着ける。
そうリアナが一息つこうとした時。
「あれ? これなんて読むんだ?」
トウヤの声が耳に入った。
「ええ? どれどれ? あーこりゃわかんねーわ。アイリ読めるか?」
「んー、わかんない」
続いて2人はリアナに聞こえるように答える。
さらにアイリはちらちらとリアナに視線を送る。
このあからさまなアプローチ。
当然、リアナが気づかぬはずがない。
そもそもこの礼拝堂は教会の一室。そこまでの広さはない。
あからさまにせずとも気づくだろう。
――見え透いた手を。
リアナは心の中で一蹴した。
そして読んでいた新聞に集中する。
所詮は子供。ここらが限界だろう。
リアナはそう読んでいた。
だがそれは甘い考えであったことを思い知る。
「お、おい、アイリ。落ち着けって」
少しうろたえが見える声色でヨウがアイリに声をかける。
また懲りずに小細工を、と視線を向けるリアナ。
そこでリアナが目にしたのは、大粒の涙をポロポロとこぼすアイリの姿だった。
さすがのリアナもこれにはたじろいだ。
仮とはいえ自分が預かっている間に泣かれたとあれば、何かしら厄介ごとになるのは目に見えている。
「ちょっと、な、泣くことはないでしょう」
リアナはとうとう見かねて声をかけた。
「だって......だって......このえほんたのしみにしてたから......」
涙に濡れた顔を向けて、アイリは「読んで」とリアナに訴えかける。
「はあ......わかりました。読みましょう。だから泣くのはおやめなさい」
リアナはとうとう折れた。
リアナも泣いている子供を突き放すことはさすがに出来なかった。
「うん! ありがと! おねえちゃん!」
途端に元気になるアイリ。
その後ろで「おっしゃ」とハイタッチするヨウとトウヤ。
してやられた感があり、ちょっと複雑ではあるものの。
その無邪気さに微笑ましさを感じるのだった。
後にこの時のアイリが演技であったとリアナが知るのはまた別の話である。
色々あったが、リアナは子供たちに絵本を読み聞かせた。
せがまれるままに2冊、3冊と次々と読んでいき、5冊目を終えたころ。
丁度、イトリが帰ってきた。
「あ、おじさんじゃん!」
「おかえりなさい」
「......おかえりなさい」
子供たちの声に手を振って返しつつ、リアナを見る。
「どうやらちゃんと相手をしてくれていたようで何よりです」
「......ただの成り行きです」
イトリはボソッと返すリアナに笑いかけながら、子供たちの隣に座った。
「みんな、うまくいったみたいですね」
「「「うん!」」」
3人の元気な声が響く。
この後、間もなくして3人の親が迎えに来た。
今回はリアナも見送りに教会の前まで出てきている。
そして帰り際、リアナは1つの提案をした。
「あなたたち3人、文字を勉強する気はないかしら?」
唐突の提案に首を傾げる子供たち。
「あなたたちの歳なら文字を勉強してもいいかもしれませんわね。絵本だって自分で読めるようになりますわ。もちろん、あなたたちにその気があればですけど」
子供たちは顔を見合わせる。
何せこれはリアナの初めての自発的な行動。
リアナが子供たちに歩み寄った証拠である。
それが子供たちには驚きだった。
「いいの?」
アイリがおずおずと聞く。
「ええ、その方が便利でしょう?」
「じゃあやる!」
アイリは元気よく答えた。
ヨウとトウヤもやることになり、次に来た時からリアナによる文字の勉強会が決定した。
リアナがここに来て早くも10日が経とうとしているが、順調にリアナはこの環境に馴染んでいくのだった。




