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第2話

リアナの本格的な教会生活が始まってから3日が経った。


リアナがしていることといえば、ただイトリの仕事を見ているだけだった。


教会の清掃。

来客の対応。

食料や備品の買い出し。


それらをイトリは淡々とこなしていく。

リアナはただただ傍で見続けた。


そして今日の仕事がいち段落し、昼が過ぎた。

リアナは礼拝堂で椅子に座って、ただボーっとしている。

このまま1日が終わりに向かっていくのかと思われたその時。


教会のドアが開いた。

どうせいつもの来客だろうとリアナは目も向けない。


「おじさーーーん! こんにちは!」


その刹那。

教会に響いたのは、はつらつとした子供の声だった。


「おお、ヨウじゃないか。ということは......」


奥から顔を見せたイトリがヨウの後ろに目を向ける。


「うん。トウヤとアイリも一緒だよ」


ヨウの言葉に反応するように後ろから子供が2人、顔をのぞかせた。


「こんにちは」

「......こんにちは」


前者がアイリ、後者の少しおずおずとしたような挨拶の子がトウヤである。


3人は教会に入ってくるやいなや、すぐにイトリの下に駆け寄った。


「今日は何するのー?」


ヨウはイトリにキラキラとした目を向けている。


「そうだな。何がいいかな?」


イトリは顎に手を当て考えている。

そんな中、アイリは椅子に座っているリアナに気が付いた。


「ねぇ、しんぷさま。あのおねえちゃんはだれ?」


「そういえば紹介してなかったね。

すみません、ちょっとこっちに来ていただけますか?」


イトリはリアナに呼びかける。

リアナは無言のまま立ち上がり、イトリの横に並んだ。


「この方はつい先日からこの教会にしばらく住むことになりました。えー名前は......そういえば聞いていませんでしたね」


ついうっかりとばかりに微笑むイトリに子供たちも「変なのー」とつられて笑いが漏れる。


「――リアナ」


そう告げて、リアナはまたさっきまで座っていた椅子に戻る。


「リアナさんですか。いい名前ですね」


すぐに背を向けたリアナにイトリは声をかけた。


「なんだ? あのねえちゃん?」

「......さあ?」


リアナの不愛想な態度にお互いに顔を見合わせるヨウとトウヤ。

その2人をよそにアイリはリアナに近寄っていく。

そしてアイリはリアナの前で止まった。


「わたし、アイリ。よろしくね、リアナおねえちゃん」


アイリの挨拶にリアナは一瞥で返す。

それでもアイリはにっこりと笑って、イトリのところに戻っていった。




子供たちとイトリは話し合った末、かくれんぼをすることになった。


イトリが鬼で、子供たちは隠れるために方々に散っていった。


イトリは教会の壁際に向かって目を伏せ、数を数えている。


「――はーち、――きゅーう、――じゅう!」

「もういいかい?」


イトリが大声で尋ねる。

すると、かすかに「もういいよ」という声が返ってきた。

それを聞いて、イトリは子供たちを探しにかかる。


「ちょっと」


突然声を発したのはリアナだった。

リアナの声にイトリが反応する。


「どうしました?」

「あの子供たちは何?」

「ああ、あの3人は度々この教会に遊びにくるんです。彼らの両親は多忙でして、夜まで預かっているという訳です。

子供、お好きですか?」

「――子供は嫌いよ」


リアナは吐き捨てるように言う。

イトリはちょっとだけ苦笑交じりでただ「そうですか」と返した。

そしてそのまま、教会の奥へ行こうとした時。


「あなたのお人好しも大概ね。子供たちに混ざってお遊戯なんて」


イトリの背に向かって、リアナが皮肉を投げかけた。


「案外、楽しいですよ。少なくとも私はこの時間を楽しんでいます。リアナさんも気が向いたらどうぞ。きっと子供たちは喜びますので」


リアナにやんわりと言葉を返した後、イトリは教会の奥へと消えていった。



そしてリアナは誰もいなくなった礼拝堂でぽつりと零す。


「一体、何なのよ......」




15分ほどたった頃。

子供たちの笑い声とともに4人が礼拝堂に戻ってきた。


「全然だめだったなー!」

「ヨウが僕の隠れ場所に押しかけてくるからだろ......」

「わりーわりー!2人くらいならいけると思ったんだよ」

「全く......。でもアイリは今回結構頑張ったよな」

「そうかな?」

「そうだぜ!俺らなんかすぐだったもんな!」

「お前が言うなよ......」


かくれんぼの結果にあれこれ言い合う子供たち。

その後ろでイトリは微笑みながら見守っている。


「さあ、次は何をしますか?意外に早く終わりましたからね。まだまだ時間はありますよ」


子供たちの話がいち段落ついたタイミングでイトリが切り出した。


子供たちは口々にイトリにしたいことを挙げていく。

それをうなずきながら、聞いているイトリ。


その様子をリアナは横目で見ていた。

彼女にとって子供たちに群がられるイトリはまるで先生、あるいは親のように見えていた。


――思えば自分も母親にこんな風にせがんでいた時期があった。

そんなことがふとよぎり、

一瞬、アイリに幼い自分の姿が重なった。



一方で子供たちは、イトリが奥の部屋から持って来た折り紙や絵本で思い思いに楽しんで遊んでいた。

イトリはというと、折り紙の折り方を教えたり、絵本を読み聞かせたりと終始引っ張りだこであった。



やがて、日は暮れ、子供たちの迎えがやってきた。

次々と子供たちの両親のどちらかが教会を訪れ、イトリと何かを話してから子供を連れて帰っていく。

リアナはその時も変わらず、ボーっと座ったまま。

だが、俯いていた彼女の視界に何かが入ってきた。


顔を上げると、そこには手を差し出すアイリの姿。

手には今日、折ったのであろう折り鶴があった。


「おねえちゃん、これあげる。一番きれいに折れたやつだから」


何も言わないリアナにアイリは折り鶴を手に持たせる。


「今度は一緒に遊ぼうね」


それだけ伝えて、アイリは自分を待つ母親の下に駆けていく。

リアナが彼女を目で追って振り向くと、その母親と目が合う。

母親はリアナに向けて軽く会釈して娘と一緒に教会を後にした。


「よかったですね」


折り鶴を持ったまま茫然としているリアナにイトリが声をかけた。

突然の声に驚きながらも、リアナの視線は手の中の折り鶴に移る。


「それはアイリがリアナさんのために折ったんですよ。元気がない事をすごく心配していました」


「――そう」


手の中にある折り鶴は少しクシャっとしていて何度も折り直したことが分かる。

それも会ったばかりで不愛想な自分のためにわざわざ折ったという。


リアナにはやはりその気持ちが分からない。

それでもこの折り鶴から感じられる一所懸命さはどこか心地よいものに思えた。


「次は是非一緒に遊んであげてください」

「なんでわたくしが子供なんかと――」


そう言って立ち上がり、客間へと戻ろうとする。

その時、脳裏に先ほどのアイリの顔が浮かび上がった。

その顔が、一人で寂しくしていた幼き日の自分と重なる。


ふと客間のドアノブに手をかけたリアナの手が止まる。

そして、イトリに背を向けたまま彼女は言った。


「ですが――気が向いたら、付き合って差し上げていいかもしれませんわ」


イトリは彼女の言葉を聞いて穏やかに「それは是非に」と返した。


この瞬間のリアナの顔はすこし柔らかい表情をしていたように見えた。


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