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最終話

「忘れ物はない?」

「うん、大丈夫。何回も確認したしね」


アイリは自信満々に答えた。


今日は16歳となったアイリの旅立ちの日。

魔法を勉強し続けてきたアイリはその実力を認められ、フォルス王国の王立学園に特待枠として招かれた。

そのため、これまで過ごした故郷を出て学園寮に入るのだ。


準備は意外にもそんなにかからなかった。

身の回りの物もそこまで量はないので、前日に荷物をまとめる程度で済んだ。


なので今日は旅立ち前のあいさつ回りである。

といっても赴くのはいつもの教会だけで事足りる。

おそらく皆がそこに集まっているから。




「こんにちはー」


アイリは教会の扉を開き、中へ入る。


静かな教会。

ここには思い出がたくさんある。

目を閉じれば、それらがすぐにでも浮かんできそうなくらいに。


――それにしても誰もいないのかな。


そう思った、その時。


パンッ!


クラッカーのけたたましい音が響いた。

振り返れば、そこにはかけがえのない友人たちがいた。


「アイリ、とうとうだな」

「......頑張ってね、アイリ」


アイリ同様に成長したヨウとトウヤ。

友の門出を祝う彼らもまた、新たな生活を始めようとしている。


ヨウは、実家が営む商店を本格的に継ぐことになった。

いずれ、自分一人で経営していけるように今は働きながら勉強中だ。


トウヤは植物学者を目指している。

といってもどこかの教育機関に通うわけではなく、独学でどこまでできるか挑戦してみるらしい。

幸い、この町の付近にある常闇の森は未開拓であるため、研究の余地は大いにあると注目されているらしく題材には事欠かない。


「2人も頑張ってね。私、応援してる」

「おう!」

「ありがとう」


挨拶を済ませ、思い出話に花が咲く。

そんな彼らの前に遅れて姿を現したのはイトリだった。


「おや、お集まりのようで。遅れてすみません」

「いやいやみんなで昔を懐かしんでいたんで大丈夫ですよ」

「そうですか。それにしてもついに旅立たれるとは......さみしくなりますな」

「そうだなー。よく遊んだ友達がいなくなるんだもんな」

「思えば、ずっと一緒にいたような気がするよ」


ここまでの時間、ここにいるメンバーは実に多くの時間を共に過ごしてきた。

この教会に集まり、いろんな話をした。いろんな遊びをした。いろんなことがあった。

それは各々にとって輝かしい思い出として残り続ける。


「でも......まだ全員じゃねえよな。俺らの仲間はさ」

「うん、そうだね」

「もちろんだよ!」

「彼女でしたらもうすぐ――」


イトリが喋っている途中で、教会のドアが開く。


「みなさん、遅れて申し訳ありませんわ」


謝罪の言葉と共に現れたその人は。

修道服に身を包んだリアナだった。


「遅いよ! おねえちゃん!」

「おい、おじさんの時は大丈夫っていってたじゃねえか」

「アイリは照れてるのさ」

「2人とも、うるさい」

「アイリの門出の日にみっともないですわよ」


言い合いになる3人をたしなめつつ、会話に加わるリアナ。

その姿はまさに健康そのものだった。


8年前。

呪いによって死ぬ寸前だったリアナ。

だが、フードで姿を隠したアグノスがイトリに握らせた謎の珠によって何とか助かった。


その謎の珠の正体は、移呪の宝珠。

文字通り対象者の呪いを移し替える宝珠である。


呪いにもランクがあり、リアナがかけられたものは最高位。

それに対処できる宝珠となれば国宝にも匹敵する。

そんなものをなぜあれほど嫌っていたリアナを救うためにアグノスが持って来たのか、そしてなぜ渡していったのか。

それは本人であるアグノスにしかわからない。


何はともあれ、リアナは呪いから解放され、九死に一生を得た。

それからは正式にシスターとしてこの教会に所属し、子供たちの成長を見守りながら新たな人生を送っていた。



リアナが合流し、少しみんなで話をしたあと。

アイリを見送って解散ということになった。

今日中に入寮しなければならないのであまり長居はできなかったのである。


「......とうとう行くのですね。アイリ」

「うん、王国は遠いから。っておねえちゃんが一番知ってるだろうけど」

「まあ、そうですけど......」


軽口を流しつつ、アイリを抱き寄せる。


「アイリ、わたくしが言うのもなんですが偉ぶってるだけの貴族になんかに負けないで。

あなたは優秀で何より優しい子。その魔法でみんなを笑顔にしてあげてくださいまし。

遠いこの地で応援していますから」

「うん、頑張るね」


お互い、涙ぐみながら身体を離す。

そして固い握手を交わした。


「ふふっ、まるで姉妹のようですね」


2人の姿を見守っていたイトリがふと口にした。


「たしかに。めちゃくちゃ仲いいよな」

「言われてみればそう見えるね」


ヨウとトウヤもイトリに同意する。


「そうだったらいいけどねー! じゃあそろそろ本当に行くね!」

「行って来い!」

「元気でね!」

「お気を付けて!」


元気よく手を振るアイリに見送る4人は手を振り返す。

それはアイリの姿が見えなくなるまで続いたのだった。





「行ってしまわれましたね」


解散になったあと、イトリとリアナは教会でただ座り、別れの余韻に浸っていた。


「ええ、時間が経つのは早いものです」

「本当に」


しばしの沈黙が流れる。

リアナはこれまでのことを振り返っていた。


リアナが流れ着いてからのこの町や教会での出来事。

それらのほとんどにはヨウ、トウヤ、アイリの3人が関わっていた。

その3人が成長し、それぞれの道を歩み出した。

それは喜ばしいこと。

しかし、寂しさを感じていることも事実で。

この複雑な感情にただ翻弄されていた。


旅立ちという節目を迎えたこの日。

リアナもまた気持ちを新たにしなければならないとは思っていた。

だが、往々にしてそう上手くはできないのが人間である。


「リアナさん」

「え、あ、何ですか?」


いきなり声をかけられ、やや戸惑ってしまうリアナ。

その姿に微笑みながらイトリは続ける。


「リアナさんがこの教会に来た日。貴女は見知らぬ人に無償で宿を提供する私のことが分からないと言った。

そして私は分からないのなら考えてみてはどうか、と提案したことを覚えていますか?」


いつになく真剣な顔のイトリにリアナも真剣に答える。


「はい、もちろんです」

「答えは出ましたか」

「そうですわね。ずっと貴方の人となりを傍で見てきましたから」

「なら、それを聞かせていただけますか」

「わかりました」


リアナはゆっくりと語り始める。

これまで見て、聞いて感じた考察を。


「貴方はただ純粋に人間そのものを愛しているのですね。そこに悪人も善人もない。

 人間を愛し、神の教えを信じるという信念を貫き続けているからこその振る舞いだった。私はそう思います」


イトリの目を見て、はっきりと言い切った。


「なるほど。では貴女はその答えをどう思いますか」


イトリは真剣な顔を崩さぬまま、リアナの目を見続けている。

リアナは目をそらさず、言葉を紡ぐ。


「......そんなものはありえない、くだらないものだ」

「以前のわたくしならばそう一蹴したでしょう」

「ですが」

「今は違います」

「わたくしはここで確かに人間の美徳を見ました」

「何にとらわれることなく、素直に人に接する者の姿を見ました」

「それらはわたくしが見てきた人間とは全く違った」

「そして自分とも違うと思った」

「醜いと常々思っていた者たちと自分が同類であったことに気づいたのです」

「醜さを晒し、それを誇りに思っていた己を恥じました」

「激しく恥じた後、それからは美しくあろうと決めた」

「その上で今のわたくしがあります」

「そんなわたくしならきっとこう答えるでしょう」

「貴方の在り方はまさしく尊いものであると」


そこでイトリは視線を切った。

そしてリアナに背を向けた。


「貴女は本当に......成長された」


そう告げ、もう一度リアナの目を見た。


「貴女が答えを得られたようで何よりです。今の貴女ならきっと良き貴族になられるはずだ」

「それはどういう――」

「貴女は戻られるべきだ。貴族として」

「話が見えないのですが......」

「私は貴女のお父様から託されたのですよ。よろしく頼むと」

「え.......?」

「詳しい話はお父様に聞かれるとよろしい。これがお父様のおられる場所です」


イトリはリアナに小さなメモを手渡した。

そこにはとある場所が書かれてある。


「ここは......お母様の故郷」

「そうです。そこで待っておられます」


未だリアナは混乱している。

でも行方が分からなくなった父親が生きている。それは素直に喜べることであった。


「......よく分かりませんが、とりあえず行ってみることにします」

「荷物はまとめてあります。すぐに向かってあげてください」

「ありがとうございます。.......お世話になりました」

「ええ、お気をつけて」


リアナは僅かばかりの荷物を持ち、教会を出る。


まさか見送るつもりが自分も見送られることになるとは。

そう思いながらも彼女は気持ちを新たにする。


これから頑張っていこう。

そしてきっといつかここに帰ってこよう。


燦燦と輝く太陽の下、心地よい風に吹かれながら、まだ見ぬ未来へと歩き出すのだった。


これで完結となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

また、評価や感想等をくださった方々につきましても重ねてお礼申し上げます。

まだまだ評価、感想を受け付けておりますのでお気軽にどうぞよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  良い結末でした。感動しました。  人はやっぱり出会いや経験によって変わっていくものなのですね~。もっとも、それを糧と出来るかは、自分次第でしょうけど。 [一言]  リアナやアイリのその後…
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