第36話:不気味な声
頭の中で警鐘が鳴り響く。
あれは駄目だ。
体が拒否反応を起こし、本能が嫌悪する。
気付けば一歩後ずさっていた。
目の前に浮かぶ日暮さんの小さな人型の紙からは、困惑する百花の声が聞こえてきた。
あれだけ冷静で自信に溢れていた声が揺らいでいるように感じる。
「(異邦人っていったいなんなの……? な、なんか気持ち悪いの纏ってるんだけど!?)」
「(どう見てもヤバそうだわ! 作戦通りそいつは牽制だけに留めて!)」
「(三上さん、混沌石の方は頼むね! そっちも注意するのよ!)」
「(わ、わかったよ! みんなも気を付けて!)」
作戦では穂上さんが最初に陣地を作って注意を引き、すぐに襲ってこないようなら出来るだけ戦闘を避けて時間を稼ぎ、その間に三上さんが気配を消してまずは混沌石の破壊を試みることになっていた。
だから今のところ作戦通りにいっているとも言えるのだが、虚ろな瞳で百花をただじっと見ている異邦人が不気味で仕方ない。
正直言って、百花にあんな得体の知れないものと戦ってほしくはない。
彼女たちが心配だ。
それでも……大丈夫だと自分に言い聞かせて彼女たちを信じるしかなかった。
今のオレは無力だ。
でも、何も出来ない訳では無い。
出来ることをしなければ……。
「森羅さん、ゴブリンの集団が近づいてきている。せめて百花の邪魔をさせないよう倒しにいこう」
「は、はい! 霧島さんにMP回復ポーションを頂きましたし、最初から全力でいきます!」
MPはある程度ポーションで賄えるからいいのだが、森羅さんの切り札である前鬼と後鬼は精神的な負担も大きそうなのだが……大丈夫なのだろうか?
いや、今はみんなが出来ることを全力で臨むべきだ。
本人が使うと判断したのなら、オレが口を出すのはやめておこう。
簡易マップとミニレーダーで正確な場所を確認すると急いで向かう。
「数は五匹! もうそこの角の先だ!」
オレの言葉に森羅さんは頷きを返すと、二枚の人型の紙を取り出して宙に浮かべた。
「急々如律令! 異界の門より至りて我に仇なす敵を討て! 式神召喚『前鬼』『後鬼』!」
人型が光に包まれ、すぐさま着物を着た男と女の二体の鬼が現れる。
近くで見ると本当にすごい迫力だ。
「来る! 先に前に出るよ!」
百花たちが気になるが、今は目の前のことに集中しなければ!
「前鬼、後鬼、霧島さんの後に続いて! そして……ゴブリンを蹴散らせ!!」
通路は三人が戦うのでギリギリの幅しかない。
前に出るのはオレと森羅さんの式神二体。
森羅さんは精神的な消耗を考慮して後方で控えて貰うことにした。
「ギャギャッ!!」
ゴブリンもこちらに気付いたようだ。
普段なら焦らずゆっくり近づいて崩していく戦い方をするのだが、今は時間が惜しい。
オレは角から現れたゴブリンの群れへと勢いそのままに踏み込んでいった。
「はぁっ!!」
レベルが19になったステータス任せの一振り。
先頭のゴブリンも負けじと力任せに棍棒を振りかぶるが……。
棍棒を盾で受け止め、メイスを袈裟に振り抜いた。
「ギャァァァァ!?」
断末魔を残して一撃で靄へと変わるゴブリン。
最深部近くのゴブリンはレベルが高めだが、それでももうオレの方が膂力は上だ。
まずは一匹!
オレはすぐに次のターゲットへと意識を移す。
そいつは、オレの腹目掛けてボロい短剣を突き出してきた。
だが……。
「残念。オレには効かないんだ!」
オレは攻撃を無視して管理者ローブで無造作に受けると、そのまま横にメイスを振り抜いた。
もちろん、管理者ローブの高い防御力をボロい短剣ごときで突破できるわけもなく無傷だ。
これで二匹!
「次!」
集中を切らさず三匹目と対峙する。
しかしその時……二体の鬼がオレを追い抜いていき、棍を一閃した。
え? は、速い!?
その一振りでゴブリンを薙ぎ払った。後続の三匹を纏めて。
えぇぇ……この二体、めちゃくちゃ強くない!?
下手すると本庄さんといい勝負しそうな感じなんだが?
あ……ちょっと調子に乗って「次!」とか言っていたのは忘れてくれ……。
でも、これで終わりではない。
今の戦闘音に反応した別のゴブリンの群れが、こちらに向かってきているのがミニレーダーに映っていた。
ただ、オレたちの敵ではなかった。
同じくあっという間に戦闘を終わらせる。
それからさらにもう一つの群れを素早く倒したことで、近くにゴブリンはいなくなった。
これで暫くは大丈夫だろう……と安心した時だった。
「あれ? 日暮さんの式神が……」
オレたちの後をついてきていた通話のための式神が、急に力を失って落下してしまった。
「こ、これは、日暮さんとの繋がりが切れています!?」
「なにかあったのかも知れない! 広場に戻ろう!」
心配になったオレたちは、すぐに踵を返し、百花の元へと急いだのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
広場の入口に着くと中から不気味な声が聞こえてきた。
「キサまラ……そのテいドの、力で俺のジャマ、ヲしたノカ?」
え……この声ってもしかして異邦人? 言葉を話せるのか?
しかし次の瞬間、そんな疑問は吹き飛んだ。
目に飛び込んできた光景に言葉を失う。
あれほど圧倒的な強さを誇った百花が、このほんの僅かな時間で窮地に追い込まれていたのだ。
穂上さんの陣地は完全に破壊され、本庄さんの槍は折れ、二人は苦しそうに膝をついている。
明らかにHP全損状態だ。
「くっ……私がなんとかこいつを押さえ込む!」
今は椿さんがひたすら矢の雨を降らせて、なんとか異邦人を近づけまいと孤軍奮闘しているが、奴はまるで意に介さず平然としていた。
よく見ると、異邦人の周りにはドーム状のシールドのようなものが張られており、降り注ぐ矢は全て阻まれていた。
その椿さんの後ろに視線を向けると、日暮さんが誰かにポーションをふりかけているのが見えた。
回復系のスキルも併用しているようだ。
傍らに倒れている一人の女性に対して……。
「だめよ! だめ! そんな……どうして、どうして血が止まらないの!?」
そこには……血に塗れた三上さんが横たわっていた。




