2-26 エピローグ
【注意】本日2話目です!【注意】
その後、夜の下山は危険ということもあり、命子たちは桜のお社の階段下にある休憩スペースで一夜を過ごす。
登山客の中継地点的な場所なのかそこそこ広いので、仮設テントが5つ建てられている。そんな中の3つをそれぞれの家族が使わせてもらった。
演説をした命子は馬場から怒られそうになったが、地球さんTVの時間になったのですぐに離脱できた。馬場も興味があったので、全く無茶してぇ、とプンプンしながらも地球さんTVを見始める。
3つの家族が、自衛隊員たちが、報道陣が、山の中腹で驚愕に包まれた。
命子たち3人は、疲れたので途中で寝た。
いつでも見れるみたいだし。
22時を過ぎ、動画を見終えたルルのママが、端っこで寝ている我が子を憧れのヒーローに向けるような眼つきで見つめた。
ルルママは、こっそりルルの忍者刀と短刀を手にする。
鞘から出さずに、ポージング!
すかさずパパが激写し始める。
流ルネット36歳、密かにNINJAに憧れていた。パパととても仲良しだった。
同じころ、動画を見終えたささらママは、瞼を瞑り、娘の4日間の冒険に想いを馳せていた。
特に印象に残っていたのは、友の信頼に応えるために龍へと立ち向かったその強い眼差し。自分に似た勝気な瞳が、あれほどの情熱を宿して煌めいたのだ。
ささらママは、今日ほど娘を誇りに思ったことはなかった。
ささらママは、娘の剣を手に取り、少しだけ刀身を出す。刀身に映し出されたその瞳には、娘から貰った情熱の炎が燃え始めていた。
ささらパパは、娘の4日間を見て、おいおい泣いていた。
同じく羊谷家のテント。
そこでは、しゅんとする父親の姿があった。
これ完全にあらゆる面で俺より強いよね、と娘の英雄っぷりに打ちひしがれていた。
可愛い子供たちを自分が守るんだと思っていた父は、ピエロになった気分だった。
娘を危ない目になんて遭わせたくないと思う自分は、間違っているのだろうか。
「修行せい」
命子妹がそんな父に言う。
父親の前に立ち、腕を組んで見下ろす。
「誰かを守りたいなら修行せい」
「萌々子もそう言うのかい?」
「うん。だって、私もお姉ちゃんが始めた青空修行道場で修行してるもん」
「んぇええ!?」
「っていうか、学校の子もみんな何かしらトレーニングしてるよ。運動が苦手な子も、逃げる訓練や救護の訓練してるし」
「っっ!?」
驚愕の事実。
命子パパは、想像以上に子供たちの危機意識が高いことに恥ずかしくなった。
それに比べて自分はどうだろうか。
ダンジョンは危ないと、娘は自分が守ると、そう言っておきながら、仕事の疲れを言い訳にして何もしていないではないか。
繁忙期は確かにあるけれど、定時に帰れる日だって普通にあるのだ。
そんな日や休日に、自分は何をしているだろう。
さらに言えば、会社は自宅から車で20分だ。
同じ会社に勤める後輩の顔が脳裏にチラついた。
彼は、会社帰りに空手に通っているのだ。
ほとんど同じ時間に帰っている彼にできて、自分にできないはずはない。
結局のところ、やる気の問題なのだ。
「運命は動き出したんだよ。お姉ちゃんはこれからも凄いことするね。お父さん、グダグダ言ってると邪魔者扱いされちゃうんじゃない?」
「あぐぅ……っ!」
今年小学6年生になった娘に説教を喰らい、打ちのめされる男の姿がそこにあった。
そんな中、命子ママはテントの外でふんふんと反復横跳びしていた。
修行せい、修行せい、と唱えながら、決して良いとは言えないフットワークでピョンピョンしている。影響されやすいロリママだった。
うら若き少女3人による冒険の様子は、ジャングルの奥地などにでも住んでいない限り、世界中の人が見ることとなった。
先進国は当然のこと、貧困国の住人もだ。
この頃になると、困窮する人々に対して世界中から基金が集まり、今までとは比べ物にならないほどの手厚いサポートが始まっていた。
それはカルマがマイナスという非常に気味の悪い状況に、多くの人間が耐えられなかったために起こった現象だった。
いや、気味が悪いなんてふわふわしたものではなく、地獄は本当に実在する、と確信めいたものが世界に広がりつつあったのだ。
というのも、地球さんの大告知以降で、犯罪者や悪徳を積んだ者が悔い改めずにさらにカルマが著しく減じる行いをすると、目を逸らしたくなるような苦痛の表情を浮かべる炭のオブジェができるようになったからだ。
人類は選別されている、とカルマが低い者たちは恐怖せざるを得なかった。
まあ、そう思っているのは悪人だけで、普通に生きている人間にとってはいつも通りに暮らすだけだったのだが。
多くの物資が集まってサポートされ始めた国々の子供たちも、現地に訪れた人々が持ち込んだ機器によって、地球さんTVを、そして命子の大演説を見ることになる。
突如として自分たちの人生を良い方向へ変えた『地球様の大告知』のあとに、彗星の如く現れた羊谷命子という女の子。
自分たちが助かったこのタイミングで、1度ならず2度までも世界を揺るがす偉業を達成したこの女の子は、神様の使いなのではないだろうか。
「シュギョウ、セイ……」
常に人生の瀬戸際で生きてきた子供たちは、この1人の少女に強い想いを抱くようになる。
一方、他の国の人々もまた、衝撃を受けていた。
世界で初めてダンジョンを攻略したのが、銃が無くとも強い兵隊を有するシュメリカ軍でも、極寒の大地で心身を鍛え抜かれたロシエフ軍でもなく、15歳の女の子3人組だという事実は、まさにジャパニーズアニメの世界の話に思えた。
そこまで難易度は高いダンジョンではなかったのだろう。
先に挙げた2つの国の精鋭や、G級ダンジョンでガンガン強い人材を育成している日本の精鋭なら、道中で強くなれることを加味して、きっともっと簡単にクリアできたはずだ。
しかし、15歳の少女たちが、涙を拭きながら笑顔を保って魔物が蔓延る山を越え、画面越しでさえ恐怖してしまうようなボスに真っ向から立ち向かう姿は、急激な変化を余儀なくされた世界中の人々の魂を震わせた。
地球さんTVの後に見ることになった、日本のテレビ局から提供されて各国で放送された羊谷命子の大演説。
平和のために、ダンジョンの場所が分かる地球儀を世界の人々に寄贈するというその崇高なる精神。
そして、自治組織だけではなく、各々が強くなれと訴えかけるそのカリスマ性。
命子本人としては、全ては自分がダンジョンに入るために行なった酷く利己的な煽りだったのだが、そんなこととは露ほども知らない世界中の人々は、雷に打たれたような気持ちになった。
もちろん、全員が全員、修行に打ち込む時間があるわけではない。
社会を回す者が全員で修行を始めてしまったら、大国だろうと崩壊するだろう。
しかし、1日に1時間だけでも時間を作れるのではないだろうか。
そうすれば、あの素晴らしいジョブに就いたキスミアの少女のように、いつでも笑顔を絶やさずにいられるかもしれない。
あるいは、淑女とは魂の在り方だと語った少女のように、己の生き様に誇りを持てるかもしれない。
そして、2つの魔導書を携えたあの小さな英雄のように、巨獣に立ち向かえる大きな勇気を得られるかもしれない……。
SYUGYOUSEI
そのスローガンの下に、人々は立ち上がる。
日本政府のみならず、各国首脳陣も頭を抱えたくなるような熱気が世界を覆う。
SYUGYOUSEI
そのスローガンの下に、世は大冒険者時代の幕を開けようとしていた。
《第2章 完》
読んでくださりありがとうございます!
これで本章は終わりです。
本日はこの後にステータス回を投稿します。
また、まことに勝手ながら3日間のお休みをいただきます。
次回は21日の今ぐらいの時間を予定しています。
どうぞ、引き続きよろしくお願いします!




