13-5 エメラルドピラミッド
本日もよろしくお願いします。
博物館内にある喫茶店で休憩をしながら、命子たちは自分たちに見てもらいたいという遺物のことを尋ねた。
「先ほども言ったが、それは国が保有していたものではないんだ」
そう言った教授はお茶で舌を湿らせようとしてカップに口をつけ、熱かったのかビクッと肩を揺らした。
命子が萌えている隙をつき、紫蓮が聡明っぷりを披露した。
「シスターガル?」
「紫蓮君はさすがに鋭いね」
教授は大きく頷くと、飲むのを諦めてカップを置いた。
「ということは、盗掘ってことですか?」
「うん。彼らは1500年の間に裏に表に商売をしてきたわけだが、大昔の資金源のひとつだったのが盗掘であり、このエジャトの地からも大量に遺物が持ち出された。発見の経緯を変えられて歴史の表舞台に出た遺物もあるが、そうでないものもある。これから君たちに見てもらう物は、彼らの拠点となっていた秘密の島に収蔵されていた品のひとつというわけだ」
「なんで全部売らなかったんですか? お金に困ってなかったってこと?」
「言ってしまえばそういうことだね。秘密結社にありがちなことだが、彼らもまた不老長寿や魔術、はては神を目指した。かつてはその研究のために売らなかったようだが、死と不幸を売り払う商売がうまくいったのだろうね。資金に困らなくなり、最終的にはただのコレクションとして所持していたようだよ」
休憩が終わると、命子たちは非展示品の閲覧室へと案内された。
すでに見てほしいという物は運ばれており、テーブルの上に置かれていた。
「わっ、ちっちゃいピラミッドだ!」
それは命子が両手で持てるくらいの大きさの翡翠色をしたピラミッドだった。表面には細かな彫り物がされている。
「これが君たちに見てもらいたい物らしいね」
「教授も知らなかったんですか?」
「日本を出るときに資料では見たが、実物は当然初めて見た」
「それはそっか。というか、私たちに見てほしいってことは、もしかして精霊石ですか?」
「そう、精霊石だ。古代エジャトでの名称はわかっていないが、シスターガルではエメラルドピラミッドと呼ばれていたようだ。シスターガルは早いうちにコレクションにしてしまったためにエメラルド製だと勘違いしていたようだね」
命子たちは目をキラキラさせた。凄く至宝っぽい!
「それで、どんないわくの物なんですか?」
「クフ王のミイラが棺の中で抱いていたそうだね」
「クフ王ってあのおっきなピラミッドを作った人ですよね?」
「ああ。大昔に盗掘され、今日我々がピラミッド内部の見学に入る穴は盗掘者が開けたものなんだ」
「へえ、そうなんですね。それにしても、よくそんな昔に盗掘されていた物の情報がわかりますね。凄いなぁ」
命子は考古学者ってすげぇと思いながらそう言ったのだが、大人たちは苦虫を噛み潰したような顔をした。命子は「しまった、地雷だ!」と思いながら、んっと口を噤んだ。
「悔しい話になるが、これの出自がわかったのはシスターガルの性質によるものなんだ。あの秘密結社は世界を牛耳っただけあって、物事の記録をかなり几帳面に残していたんだよ。自分たちの存在が世界から狙われるというのをよく理解していたのだろうね。要は手を出せば道連れにするという自衛に記録が使われたわけだ。盗掘品の情報もそんなものの中から発見されたんだ」
「あー、ハムポコとか大きな企業を作ったりもしてましたもんね」
「まあそういうことだね」
シスターガルは世界最大の通販サイト『ハムポコ』を作ったことでも有名だった。もちろん、そこに勤めている人たちのほぼ全てが、上層部のさらに上にいる闇の組織の存在なんか知らなかったわけだが。
命子はエメラルドピラミッドを見下ろして、腕組みした。
「ふむ、精霊石の置物か……そんなのを最近どこかで……ハッ!」
その言葉に全員がハッとした。
「命子さん、トヨ様の墓所にあったメッセージが再生される板ですわ!」
「それだよ、ささら!」
以前、命子たちはトヨの墓所となっている山の内部で精霊石の板を発見した。それは内部に精霊を宿すと、過去からのメッセージを精霊が再生してくれる貴重なアイテムだった。
形こそ違うが、エメラルドピラミッドを見た命子たちは、すぐにそれと結びつけることができた。
命子たちの推測は当たっていたようで、教授は神妙な顔で頷いた。
「エジャト政府もその可能性を考えたみたいだね」
「精霊は入れてみたんですか? あー、でもそうか……」
命子は先ほどのミイラの件などを思い出して、自己解決した。精霊がこの国に来ていたら、この場にいる考古学者たちはすでに『ミイラが精霊になりたかった人たち』という情報を手に入れていたはずなのだ。
「うん、まだだよ。というか、これが発見されたのはつい最近なんだ。シスターガルの拠点には宝物が多すぎて、目録を作るだけで数年はかかるそうだからね」
「そんななんだ」
「幻と呼ばれるような美術品や古代遺物の山だったらしい」
「へえ。それじゃあ、これに精霊を入れたらいいんですか?」
実のところ、先ほどから精霊たちがエメラルドピラミッドに興味津々な様子だった。なにか感じるものがあるのだろう。
「いや、まずは私が調べよう」
教授はそう言うと、目を光らせた。
しばらくして、頷く。
「【精霊魔法】で作られているね。魔導回路ができている。人に危害を加えるような呪いなどは特にないようだから、見てくれるかい?」
というわけで命子たちも目をペカーッとさせた。
エメラルドピラミッドを見て、命子たちは「おーっ」と歓声を上げた。
そこには複雑な魔導回路が形成されており、周辺に漂うマナに照らされてキラキラと輝いていた。
「昔の人はこんな凄い魔導回路を作れたんですね」
「まあ何千年も続いた文明だからね。とはいえ、地球さんがレベルアップした現代ですら魔眼持ちは少ないのに、昔の人が魔導回路を研究して理論的に作り出すのは難しかったはずだ。だから、魔導回路は人が作ったのではなく、自然に形成させる術があったと考える方が自然なのではないかな?」
「ふんふん。たしかに。イヨちゃんはなにかわかる?」
「いや、お主たちと同じくらいのことしかわからぬのじゃ。イザナミ、お主はどうじゃ?」
『なんー、なんなん!』
イヨが問いかけると、イザナミが鳴いた。
「入りたいと言っておるのじゃ」
「大丈夫なの?」
「まあイザナミが平気と言っているのなら平気だと思うのじゃ。こやつは割としっかりしておるからの」
イヨはそう言うと、教授や館長に視線を移した。
館長が頷いたことで、教授がGOサインを出した。
「それじゃあイザナミ、入ってよいぞ」
『なん!』
イザナミは一声鳴くと、エメラルドピラミッドの中に入っていった。
命子たちや考古学者先生たちがワクワクして待っていると、エメラルドピラミッドの中からどこかで見たことのある人面の猫が、のしっ、のしっ、と歩いて出てきた。
「あははははっ、イザナミ、お主その姿はなんじゃーっ!? あはははっ!」
エメラルドピラミッドの記録を読み込んで出てきたイザナミの姿に、イヨは大爆笑。
しかし、それ以外の全員は驚愕した。
他の精霊たちは飼い主の頭の上でキャッキャと暢気なものである。
「す、スフィンクスだ……っ!」
誰かが乾いた声で言った。
人面の猫。そう、それは命子でも知っているスフィンクスだった。ただし、実物のスフィンクスよりも幼い顔をしている。
スフィンクスとなったイザナミはテーブルの上を歩き、その縁まで来るとそのままテーブルの外を浮遊しながら歩いた。
その時、萌々子がクワッと目を見開いて叫んだ。
「巻き尺! お姉ちゃん、スフィンクスとピラミッドの距離を測って!」
「えっ、はわ! モモちゃんがモンディ・ジョーンズの顔してる! あわわ!」
あわあわした命子は巻き尺なんて持っていなかった。
なので、苦肉の策で腕を使って測量する。キュビット法である。考古学者たちは、さすが英雄だと命子の博識ぶりに感心するが、命子はそんな単位知らなかった。
命子がファインプレイをしているわけではないと知っている紫蓮は、懐からメジャーを出してササッと測った。有能である。
イザナミスフィンクスはテーブルから出てある地点まで行くと、まるで階段を降りるかのように空中で下に降りていった。
『にゃおーん!』
ある程度まで降りると猫のように鳴いた。
命子たちはバッとキスミア勢を見た。ルルやメリス、ルルママ、アリアはむむむっと猫ソムリエの顔である。
イザナミスフィンクスの記録の再生はまだ終わらない。むしろ、ここからの方が長かった。
『にゃんにゃんにゃー。にゃむにゃむにゃむにゃむ、うにゃうにゃにゃー。なーごなーごうなうななーう』
イザナミスフィンクスは歌うように鳴きながら、エメラルドピラミッドの周りを一周回り、元の位置へと戻っていく。
「ルル、通訳!」
「シッ! 静かにするデス!」
いつになく真剣なルルに怒られて、命子や笑っていたイヨは両手で口を塞いだ。が、面倒なのですぐに手をどけた。
元の場所に戻ったイザナミスフィンクスは本物のスフィンクスと同じ体勢で寝そべると、両前足で何かを叩くように振り下ろした。
『にゃおーん!』
そして、最後に一声鳴くと、やがて普段通りのイヨと同じ姿へ戻っていく。
すっかり元の姿に戻ったイザナミは、枝を持った手を天に向かって掲げて『な~んっ!』と決めポーズ。
一連の現象にそれぞれが茫然としたりワクワクしたりする中、萌々子が動く。
「紫蓮さん、距離はいくつでした?」
「ん」
尋ねられた紫蓮は計測したデータを告げる。紫蓮は有能なので、エメラルドピラミッドの大きさや水平面からどのくらいまでイザナミスフィンクスが下降したかも測って、教えてあげる。
萌々子はそれを手帳にメモし、ふむふむと頷く。その背後では考古学者の先生たちも慌ててデータをメモし、ふむふむ。
「妙だな」
「なにがですか?」
考古学者の先生の呟きに萌々子がキリリとした顔で問うた。
知らないオジサンと真っ向から話すその姿に、姉や両親は戸惑った。
「スフィンクスはクフ王ではなく隣にあるカフラー王のピラミッドの真東にあるんだ。ごらん」
考古学者の先生は壁に掛かっていた周辺地図を指さして、それぞれの位置関係を教えてくれた。
「スフィンクスはクフ王のピラミッドとはあまり関係ない位置にある。しかし、シスターガルはこのエメラルドピラミッドをクフ王のミイラから手に入れたと記述している」
「うーん、それは妙ですね。あっ、ちょっと待ってください。キスミアのみなさん、イザナミスフィンクスはなんて言っていたかわかりますか?」
「ちょっとワタシはわからないデス」
「拙者もダメでゴザルね」
「そんな。ルルさんたちでもわからないんですのね」
ささらは眉毛を八の字にして残念そうにした。
「ニャウ。キスミア猫の言葉でもニッポン猫の言葉でもないデスから」
「にゃーにゃー言ってるだけなのに、あいつら万国共通語を使っているわけじゃないんだ」
命子がそう言うと、ルルとメリスは顔を見合わせて、やれやれとした。
その小馬鹿にした態度に命子クラッシャーを発動しそうになった命子だが、場所が場所なのでグッと堪える。
そんな中、小さな声で何かを確認するようににゃーにゃーと呟くアリアの姿が。
萌々子が問う。
「アリアちゃんは何かわかる?」
「ちょっと待ってなのれす。今のは北アフリカ系の猫の古語を使ってるのれす。にゃんにゃんにゃー……にゃむニャムにゃむにゃむ……違うれすね。にゃむにゃむにゃむ……あっ、なるほど、ここは動詞になるのれすね」
猫界に動詞が存在した事実に、命子はツッコミをグッと堪えて解析を待った。
やがて、アリアは人の言葉を口にし始めた。
「猫は朝にニャーと鳴き、世界の再生を告げる。猫は昼にニャーと鳴き、始まりと終わり、そして再生の円環を巡り歩く。猫は夜にニャーと鳴き、その前足は邪悪な者から原初の水を守護し続ける。そういう歌なのれす」
「猫すげぇ! ていうかアリアちゃんすげぇ!」
命子は世界の広さを知った。角を生やしたくらいではまだまだだ。
「アリアは文系れすからね」
命子に褒められてアリアはテレテレした。
文系とかそういう問題じゃないんだよな、と命子は思った。
一方の萌々子はアリアにお礼を言うと、考古学者たちに混じって劇画調だ。
「原初の水……龍神池みたいな魂魄の泉ということでしょうか?」
「そうかもしれないが、エジャト神話にはヌンという最初の神が存在する。その神が原初の水と呼ばれているんだ」
「聞いたことがあります。ナイル川信仰で生じた神様ですよね?」
「君はよく勉強しているね。その通りだよ。だけど、もし魂魄の泉がこの付近に存在するのなら、原初の水という言葉には二重の意味があるかもしれない」
萌々子にそうやって解説している先生は日本人だが、外国人の先生たちも説明したそうにしていた。言葉の壁が煩わしい。
それから全ての精霊を順番にエメラルドピラミッドへ入れてみるが、全員がまったく同じ挙動で動いて、にゃーにゃーと歌った。
これはエメラルドピラミッドをどこに置いても同じであり、物を透過し、浮遊できる精霊ならではの結果と言えよう。
「なるほど、全て理解した。つまり、スフィンクスの足下を調べれば龍道みたいなところがあるってことだ!」
ここらで姉としての威厳を見せつけなければと、名探偵羊谷命子がでしゃばった。
「おそらくそういうことだろう。しかし、どこを調べればいいかが問題だね」
「スフィンクスの下じゃないんですか?」
命子は首を傾げる。その両手はグッパと開閉され、指遊びの準備運動が始まっていた。なぜでしゃばったのか。
「いや、それはどうだろうか」
名探偵羊谷命子は、アリバイ工作に引っかかるポンコツ探偵の役だった模様。
そんな命子の頭に光子がガシーンと乗っかった。さあここから操られ系名探偵の爆誕なるか。
しかし、残念ながら命子ターンはなく、教授は続ける。
「古代エジャトには副葬品や宝物、建築資材を他の王の墓所から拝借して再利用したという説があるんだ。だから、スフィンクスもクフ王の墓の前から移動されたのかもしれない。あるいは、イザナミスフィンクスが水平面から下の位置まで下降したことから、砂の中にもう1体のスフィンクスが眠っている可能性もある」
命子はスッと指遊びを始めた。
無茶な戦いを挑んだ報いである。
「でもそういう再利用がされたのなら、クフ王がエメラルドピラミッドをカフラー王の墓所から盗んじゃった可能性はないんですか?」
「それだと順番が逆になる。クフ王のピラミッドの方が古く、次がカフラー王のピラミッドなんだ。ちなみに、スフィンクスもカフラー王が作らせたという説が有力だ」
「ぬぅ!」
そんな命子の肩をメリスが叩いた。
「メーコはこっち側でゴザルよ」
「ぐぬぬ! でも頑張ってたの見てたでしょ?」
「ハラハラしたでゴザル」
無謀な戦いに突っ込んでいった友の姿は、メリスたちの目にはそう映っていたらしい。
それから、教授やオジサン教授たちの活躍で精霊スフィンクスがどこを示していたのか予想を立てた。その周りでは萌々子がうろちょろして、うんうんと頷く。物怖じしない系ロリである。
その予想には萌々子の閃きで採集された寸法のデータが役に立ったが、最終的に意見は複数出て結論は出なかった。考古学はデータ収集が非常に大切なので、この場で調べる場所を即決するのは現実的ではないのだ。
「教授、もしかして私たちって発見の瞬間とか見られない感じですか?」
命子は周囲の雰囲気からひしひしと感じていたことを尋ねてみた。
「うん、無理だね。発掘にはエジャト政府の許可が必要だし、スフィンクスやピラミッドが関わる調査となると許可が下りるまで数か月はかかるだろう」
「「えーっ!」」
「遺跡の発掘とはそういうものさ。根気が必要だ」
教授の答えに、命子だけでなく萌々子も吃驚仰天。
せっかくお宝を見つけられるかもしれないのに。
似た者姉妹である。
「まあこれだけでも大発見だ。エジャト考古学会は天地を揺るがす大騒ぎになるだろう」
「ぐぬぬ」
悔しそうにする命子と萌々子に、教授は苦笑いした。
「研究者をやっていると追いかけたい課題が複数見つかることがあるものさ。それはきっと冒険でも同じなのではないかな? こういった旅先で関わったものならなおさらね」
「……そうかもしれません」
命子は今まで関わった冒険の終わりを見届けないことはなかった。
だから、今回の件はとても悔しい思いだった。
そんな思いを抱えながら、命子たちは博物館を後にし、ピラミッドの観光に向かった。
バスに乗る命子と萌々子は、近づいてくるピラミッドを見つめながら、「ワンチャンないかな」と心をシンクロするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




