11-7 イヨと妖精のお宿
本日もよろしくお願いします。
樹海ダンジョンを訪れていた命子たちは、2日目の夜に10階層にある妖精の宿に到着した。
「いらっしゃいッピィ」
そこには狼の毛皮を着た雌ジカのお店妖精がカウンターに座っていた。
「う、うおおぉ……」
その姿を見たイヨは狼狽え、助けというか答えを求めるように命子を見た。
命子やルルもふぉおお……としていた。
助け? 答え? そんなものはここにない。
そんな中でルルが、ふらふらーとシカ妖精に近寄る。
「おもしろいものデスが!」
そうして、まるで名刺を差し出すサラリーマンみたいにニャムチュッチュを差し出した。
バカッ!
命子は歯噛みした。
そこはシカ煎餅だろうが、と。
あと『つまらないもの』だろうが、と。
だが、ルルにだって言い分はある。
みんな大好きニャムチュッチュは日本の偉大な発明なのだ。ぷんぷん猫もしょんぼり猫もこいつをヤれば全部忘れてハイになれる。つまらないものではないのである!
「シカに肉入り食わせるなッピィ」
が、猫に限る。
というわけで、お泊り開始。
「命子さま、シカ。シカだったのじゃ」
受付を離れるとイヨが命子の袖をクイクイと引っ張って、もう一方の手で背後を指さした。
「シカだったね。クマの毛皮を着てたし、クマ殺しだよ」
「あれは狼の毛皮なのじゃ。それよりもシカが店をやっていたのじゃ。1800年も経つとシカも喋るようになるのじゃな」
「いや、それはちょっと違うかな」
お店妖精は多くの動画やブログで紹介されている。しかし、ネット情報はある種の縁なので、今日までにそういう情報にたどり着けなかったのだろう。
なので、命子は宿を歩きながらお店妖精について説明してあげた。
「ふむふむ。つまり全部謎なのじゃな?」
「うん。しつこくすると追い出されるから、あまり研究が進んでないんだって。ああいうシカさんたちはきっと地球さんの部下みたいなものだし、この世の色々なことを知っていそうなんだけどね」
彼らがどういう存在なのかを知りたい人は多い。でも、彼らの口から森羅万象の答えを知りたいと思う人は意外にもそこまで多くなかった。命子も知りたくない1人だ。
全部教えてもらえるのなら冒険はいらないし、学者もいらないし、ワクワクもなくなってしまう。
地球さんのレベルアップをパンドラの箱に喩えた人がいる。
中から飛び出してきたのは従来の負のものではなく、幸福になれる要素がたくさん詰まっていたが、そのフタが閉まった時に、中には『謎』あるいは『未知』が残ったという。
その『謎』や『未知』が残ったからこそ、少女たちは活躍し、多くの国が寄り添うようになり、たくさんの人が強い探求心に燃え始めたのだと。
そして、『謎』や『未知』が残ったことこそが、人類にとって最大の幸福なのだとか。
そんなふうにパンドラの箱と喩えた人とは、そう、命子であった。
賢そうなことを言いたい命子がうんうん考えて、それらしい喩えを思いついたのだ。
そうして、いつか披露してやろうと虎視眈々とその機会を狙っていたのだが。
しかし、イヨはパンドラの箱を知らない。
喩えるために喩えに使うものを説明するのは大変ダサイではないか。喩えとはスマートであってこそだ。
こうなればプイッターに上げるしかないか、そんな甘い誘惑が命子を襲う。
だが、『なう』がもう自分のトレードマークになってしまっている。いまさら賢そうなことは書けない。賢そうなことはそれを求められている人が書けばいいのだ。
命子はエンターテイナーであった。
命子は誰かがこの喩えを先に使わないように祈りつつ、イヨにあれこれ教えてあげるのだった。
みんなと合流した命子は、お風呂に入った。
「思えば、教授と一緒にお風呂に入るのは初めてですね」
「ふふ、そうだね」
命子は一瞬にして服を脱ぎ、一瞬にしてバスタオルで前を隠す。
これぞ、新時代のダンジョン探索で培った秘儀である。
そうして、ニコニコしながら教授やイヨを待った。
一方、うんしょっと巫女服を脱ぐイヨは、ふと視界に映ったルルのお尻を見てギョッとした。慌ててメリスを見て、さらなる衝撃。
「ルル殿とメリス殿のそのシッポは本当に生えているのかえ?」
「ニャウ。キスミア人の多くはマナ進化すると猫の尻尾が生えるデス」
「ニャウ。あとニャムチュッチュがごちそうになるでゴザル」
この2人はいずれああなるのかぁ、とイヨはシカ妖精を思い出しながらはえーとした。本当にそうなるのかは不明。
浴室に入ると、教授が洗い場の鏡の前に座り、角をパカッと外して鏡の前に置く。
その後ろに馬場が立ち、教授の頭を洗い始めた。
教授の背中を流してあげようと思っていた命子は、その流れるような2人の行動にびっくりである。
自分たちを見ていることに気づいた馬場は、命子にニコリと微笑んだ。そうして泡に満たされながらシャカシャカと動く自分の手へ視線を戻して、ハッとした。
いつもの癖で気づけば教授の頭を洗っていたのである。
そう、あまりに教授が風呂に入らないので、定期的に馬場が駐屯地の共同浴場に引っ張っていき、洗っていたのだ。
「なんでこんな所に来てまであんたの頭を洗わなくちゃならないのよ!?」
スパーンと頭が引っ叩かれ、気持ちよさそうに細められていた教授の目が白黒した。
「べ、別にいいじゃないか」
教授はぶつくさ言いながら、シャワーをひねって頭を流そうとした。
「ちょちょーっ! 頭の天辺しか洗ってないのになんで流そうとするのよ!?」
「えー? 流れ落ちた泡で洗浄されるさ」
「んなわけないでしょ!? もーっ!」
しょうもない教授の姿に、馬場は慌てて洗髪を再開した。教授はまた目を細めてほわーっとした。
命子はその仲良しっぷりにあわあわした。
その隣では命子チームで一緒だった佐久間さんもあわあわしていた。先輩の馬場はもちろん、別の所ではささらたちも洗いっこしているではないか。しかも分身して! なんだあれ!?
「し、紫蓮ちゃん! イヨちゃんを洗うぞ!」
「ぴゃ。しょ、承知」
というわけで命子は紫蓮を誘って、イヨを洗うことにした。髪がとんでもなく長いので洗いでがある。
キャッキャキャッキャッ!
楽しそうな空間に1人残されてあわあわする佐久間さんは、猫のジューベーを発見して洗ってあげた。
「うふふ、きれいきれいでちゅねー」
「うなー」
ぬるま湯のシャワーで泡を流してあげる佐久間の背後に、人影が立つ。
「「ほう。なかなかのお点前デス」」
「「猫検定初段の手さばきでゴザルな」」
背後を取られていることに気づいた佐久間は、ハッとして振り返った。
そこには分身して4人になったルルとメリスが立っていた。
「「見ればサクーマ殿は、ジューベーのせいでまだ洗えていない様子デス」」
「え?」
「「これはお礼をしなくてはならないでゴザルな」」
「え?」
「「ニャウ。食らうがいいデス、奥義・猫天国!」」
「え?」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
佐久間の脳裏に、婚約者である男性会計士の笑顔が駆け巡った。
洗い場とは打って変わって、かぽーんなどと音がしそうな静かな入浴。
「イヨさん。ダンジョンはどうでしたか?」
湯船に浸かるとささらがイヨに問うた。
温かいお湯にほわほわしていたイヨは、ささらへ視線を向ける。
「たのし……っっっ!?」
途中まで出た言葉が驚愕によって飲み込まれた。
お湯に浮いている!
「こ、これが1800年……」
イヨは時の流れを想った。
かつては風呂でなく川で行水が多かったが、なんにせよこんなのはいなかった。
ささらは曖昧な顔をしてもじもじした。
そんなささらの魅惑のゾーンにルルが手柄杓で水を注ぐ。
「イヨ。ここでメダカが飼えるんデスよ」
「飼えませんわよ!」
んーっ! とささらがルルをポカポカする。
静かだった時間は終わった。
「それでイヨ様、楽しかったですか?」
馬場が代わりに問うた。
「うむ、楽しかったのじゃ。みんな矢のように素早くてびっくりしたのじゃ」
「イヨ様も修行すればあっという間に追いつきますよ」
「修行は得意なのじゃ」
一方、命子と紫蓮は向かい合って座り、空中に文字を書いていた。
「紫蓮ちゃん、どう?」
「うーん。『谷間メダカ』」
「正解!」
「でも凄く酔いそう」
「まだダメかー。なかなか難しいね」
命子は空中に文字を残す『オモイカネ』を練習していた。
命子が書いたのはぐにゃぐにゃした線だったが、紫蓮の目には『谷間メダカ』と映った。でも、イヨが使うものと違って不完全で、トリックアートのようにずっと見ていると気持ち悪くなりそうな気配があった。
ちなみに、このワードのチョイスは、別の所から閃きが飛んできたのだ。
この技法は、想いを込めるという点で投擲術に通ずるものがあった。
命子と紫蓮はすでに投擲術を取得しており、今度はオモイカネにチャレンジしているのだ。なお、上手く投げられるかは別問題である。
オモイカネには重要な問題があり、何かしらの魔眼が成長していなければオモイカネを見ることはできない。なので、命子の練習に紫蓮が付き合っている形である。
「やっぱり、文字や記号にするとダメなんだね」
「想いを込めるから、書くものに意識を割かれちゃダメなんだと思う」
〇という記号はそれを書くだけで「丸を書こう」という雑念が混じる。これはオモイカネを綴るうえで非常に邪魔になるのだ。
「紫蓮ちゃんもやる?」
「わ、我はまだいい」
紫蓮もこういうのに向いているのに、練習しなかった。ヒントは雑念とお風呂に隠されていそうである。
そんな2人の練習風景を見ていた教授は、湯船へ出たり入ったり忙しい。普通なら1分程度で出てしまうのだが、命子たちとお風呂に入るのが楽しくて、今日は頑張って長湯しているのだ。
湯船の縁で足を組み色っぽいお姉さんに大変身した教授が、言った。
「雑念か。案外、宗教に見られる雑念を払う修行というのは、そういうところから生まれているのかもしれないね」
「ということは、永遠の中二病の紫蓮ちゃんには向いていないかもしれないね」
「俗物筆頭の羊谷命子には厳しい」
んーっ! と命子と紫蓮はもちゃもちゃした。
これにより雑念っ子チャンピオンの座は紫蓮に傾いた。
それをにこやかに見ていた教授は、ふと湯船全体を見回してギョッとした。
「さ、佐久間君!?」
佐久間がのぼせていた。
ご飯を食べ終わった命子たちは、お部屋でイヨに妖精店についていろいろと教えてあげていた。
「おー。可愛い服がいっぱいなのじゃ」
「ここのは森の狩人をイメージしたのが多いね。ほかのダンジョンだと私たちが着ているような服も売ってるんだ」
「はえー、今の時代は狩人も着飾るのじゃな」
サブカルの美麗イラストにどっぷり浸かった命子と、リアル狩人を知っているイヨでは認識が違った。
この妖精店で扱っている服は、森のエルフやオオカミ娘みたいなコスプレ風の服なのだ。イヨが着飾っていると言うのも無理はない。
そんなふうにページをめくっていると、武器のコーナーになり、あるページでハタとする。
「ん……? ぴゃっ!」
「「ゆ、弓のページがある!」」
命子と紫蓮が声を重ねて驚いた。
ノートパソコンでお仕事をしていた教授や馬場は、その言葉に慌てて命子たちの下へ集まった。
「ホントだわね」
「なんじゃ? 弓は立派な武器ではないか。おかしいのかえ?」
「うん。今まではイヨちゃんが最初に木へ傷をつけられなかったみたいに、誰も遠くの敵に傷を与えられなかったんだよ。だから、このお店にも弓は売ってなかったんだ」
「ふんふん、なるほど」
キョトンとしていたイヨは、命子から説明されて、納得した。
「タイミング的に、イヨ君が世界のアップグレードをしたのだろうね」
教授が言う。
世界のアップグレードは、これまでに何回か起こっていた。
命子たちが関わることだと『花魔法』などがあり、世界中でアップグレードしたジョブや解放されたスキルは存在した。
「イヨちゃん用に買っていいですか?」
命子が馬場に問うた。
さすがに紫蓮がパパッと作った弓では、ダメージが低すぎるのだ。
「ええ、構わないわ。私たちもサンプルで買っていった方が良さそうね」
「ああ。とはいえ、このタイミングで出てくるということは、矢に思念を付与する技法を使わなければダメージを与えられない武器だろうね。そうでなければ、とっくに出てきてもおかしくない」
というわけで、イヨの装備が大幅に充実した。
その夜、命子は小さな物音にふと目を覚ました。
パタンと静かにドアが閉まった。
隣を見ると、イヨがいない。
今の音は、玄関の音?
どこに行ったんだろう?
イザナミを見れば、精霊石の勾玉の中で眠っている様子。
命子も布団から抜け出して、玄関を少し開けて外をのぞいた。
廊下の先で、イヨが階段を下りたのが見えた。
妖精さんがいるカウンターの方だ。
命子はシュタタッと走った。
まさかシカ妖精に喧嘩を売るとは思えないけど、この時代の常識がまだあやふやだし、なくはない。
「シカ妖精殿、夜遅くにすまぬのじゃ」
階段を途中まで降りた命子の耳に、そんな声が聞こえた。
命子は足を止めた。
「なんだッピィ?」
「妾はなぜこの世界で再び生きるのじゃろうか」
「不満があるッピィ?」
「そんなものないのじゃ。この時代のみんなは良くしてくれて凄く楽しいのじゃ。でも、妾はもう遥か昔に役目を終えた者なのじゃ。あの時代に生きたトヨもみんなもいっぱい頑張ったのに、妾だけこうして未来で生き返り、楽しんでおる。それはズルじゃなかろうか」
イヨの心情を聞いた命子は、しゅんとした。
イヨはズルと言ったけど、それはたぶん本音ではないだろう。双子の姉妹とお別れして、知っている人が誰もいなくなった世界に来て、寂しさがあるのだと命子は思った。
でも、みんながよくしてくれるから、たとえ誰も聞いていなくても『寂しい』とは口にしないのだと思う。
だって、命子自身が同じ立場なら、家族のことやささらたちのことを思い出して、とても寂しく思うだろうから。
そんなふうに命子が思っていると、シカ妖精が言った。
「ズルもなにもないッピィ。上で寝ている奴らも、外で生きている奴らも、地球さんですら、全ての者は生まれた意味を自分で探すものッピィ」
「……そうじゃったな」
それは自然信仰をするイヨだからこその納得なのだろう。
寂しさを隠しての質問では、シカ妖精からの答えはその程度だった。
時間をかけたのじゃ、とイヨは話を終えた。
命子も立ち上がり、階段をそっと上がった。
「トヨとの約束の場所に行くがいいッピィ」
「……トヨとはたくさん語らい、約束したからの。どこだろうか」
お店妖精は地上のことを語らない。
だから、シカ妖精はそれ以上語らなかった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




