11-6 物の意思
本日もよろしくお願いします。
新世界において、空中に射出された物体は、距離に比例して他の物体に与える破壊力を大幅に減衰させる。
人の手を含む全ての射出装置から8m地点で、破壊力の減衰率は93%~99.8%にまで及ぶ。結果に揺らぎがあるのは、同じ条件での試行でも結果がなぜか揺らぐためだ。
このため、あまりに速度が出ていると空気の壁を貫くことも難しくなり、不自然な落下の仕方になる。
ちなみに投擲物の攻撃は8m以内なら多少はダメージを与えられるが、ほぼ至近距離でなければ以前のような結果にはならない。
これはなぜか生物には適用されない。
新時代だと8mの空中移動を可能にする人間が結構いるが、そういう人の使う、例えば刺突技はとんでもない威力を発揮する。当然、鳥類も同じだ。
また彼らが着る衣服も影響を受けない。
例外は他にもあり、例えば地面に接地した無人のニトロ内蔵のスポーツカーや、人が乗った航空機も影響力の減衰はない。
前者は地上に接地しているからだと考えられており、後者は人が力を与えているからだと考えられている。
この結果から、『内部に生き物がいる物体は破壊力を維持するのではないか』という考えに至り、研究所のネズミたちが震撼することになった。
ネズミ内蔵砲弾の誕生である。
が、結果だけ言えば、ネズミを入れた砲弾もまた威力を維持することはできなかった。
とまあこういう実験が多く行われていたが、その間に命子たち女子高生は魔法をぶっ放してキャッキャしていた。
そんなふうに女子高生レベルでこの問題は、『部活ができなくなった』『野球がもう見れなくなっちゃった』程度の認識でしかなかった。
そんな中で、ついに影響力を維持する投擲術を使える存在が現れた。
「い、イヨ君、それはどうやるんだい!?」
初めて魔物を倒した喜びも束の間、イヨは教授に詰め寄られた。
「なんじゃー! ちょ、近いのじゃ」
その勢いに後ずさりしただけ教授が詰め寄ってくるので、イヨは恐怖した。
「ちょっと落ち着きなさい」
教授を馬場が羽交い絞めにして止め、そんな教授のはしゃぎっぷりをアイがミニメモ帳にメモメモ。
恐怖したイヨはじりじりと動き、隙をついて命子の背後に隠れた。
「ここにはなにもいないよ!」
命子はダンゴムシを隠す少女のように後ろ手になり、その隣でルルがランランと歌い始める。さらに、命子の足元からイザナミがこんにちは。
その連携に馬場と佐久間さんが「ぐふすぅ」と噴き出したので、命子とルルはハイタッチした。
そんな命子だが、イヨに尋ねた。
「やり方を説明できそう?」
「うむ、できそうなのじゃ」
「じゃあ、教授。できれば他の子にも聞かせてあげたいですし、ゲート付近で説明会をしませんか?」
「ほぁ!? ……くっ、それは確かにそうだね。わかった、そうしよう」
「すみません、ありがとうございます」
命子の言うことはもっともなので、教授は好奇心を抑えて頷いた。
「どっちが大人だかわからないわね」
馬場が教授へ白い眼を向けるのだった。
それからイヨに戦わせつつ、3時間ほどで1階層目のゲートにたどり着いた。
そこにはすでに他のチームが到着しており、命子たちは最後だった。
やってきた命子たちを見て、ルルの飼い猫のジューベーが走ってくる。
「ジューベー。問題はなかったデス?」
「にゃむにゃにゃ。あーおー、うな」
「にゃんと。ちゃんとお礼は言ったデス?」
「にゃ!」
「翻訳求む」
「シレンにニャムチュッチュ・魔物プレミアムをもらったそうデス。凄く美味しかったって言ってるデス」
「ダンジョンの報告じゃない件」
というわけで、他のチームと合流した。
「紫蓮ちゃん、凄い情報があるからしっかり聞くんだぞ」
「なに?」
「投擲術が発見されたんだ」
「ぴゃわっ! 本当!?」
命子は生産職でもある紫蓮にこそこの説明を聞いてほしかったので、合流してからの説明にしてもらったのだ。
というわけで、ゲート前でイヨによる説明会が始まった。
命子たちだけでなく、周りには4チーム分の自衛官もいる。
まずは実演として、イヨは先ほどと同じように石を投げて上級木人を倒してみせた。
「「「おーっ!」」」
ざわつく自衛官を上官が落ち着かせ、一同はイヨに注目する。
イヨは手の中で石をコロコロとさせながら、説明を始めた。
「今の人は、こやつらにも意思があるのは知っておるかの?」
「ううん。知らないよ」
命子が代表して答える。
石を持ちながらそんなことを言いだしたので、メリスはネコ目を真ん丸に、ネコミミをピンとさせた。だが、みんな真面目な顔で聞いているので、ツッコミをゴックンしてキリリとする。
「石にも意思があるというのは昔からそうだったのかい? それとも今のこの時代からのことかい?」
教授が直接的にそのワードを連続したので、メリスが期待した目でささらを覗き込んだ。ささらはペシンとメリスのお尻を引っぱたいた。キスミア人には大発見だが、日本人にはこの程度のダジャレは効かないのだ。
「昔も今もそうじゃ。ただ、今の世のほうが意志力は高いようじゃの。ちなみに、石に限らず、もの言わぬ全ての物が同じじゃ」
「なるほど、ありがとう。続けて」
教授は、顎に手を置き、考える。
龍神信仰は自然信仰に極めて近いため、その概念を話しているのかもしれない。
「こやつらは人や獣ほど物事を考えられぬ。何を考えているかは妾もよくわからんが、空に散っていく煙のような、形も濃さも定まらぬふわふわした思考を持っておる。妾がこうして持つとそれはたちどころに混乱に変わり、しかしすぐにまたふわふわし始める」
イヨはそう言うと、シュッと投擲した。
それは20mほど離れた木の幹に当たるが、幹を傷つけずにただ落ちるのみ。
イヨはそこら辺の石を再び手に移動させて、コロコロし始める。
「今、妾は石を投げたが、その瞬間、石は大きな混乱状態になっておった。妾も離れた所の石の意思を読み取ることはできんが、おそらく飛んでいる石はずっと混乱し続けているはずじゃ。昔ならそれでも問題なかったが、今の世ではこの混乱状態を正すことが重要となるようじゃ」
イヨはまた石を投げると、今度は木の幹を削ってみせた。
説明を聞く一行の中には命子たちを筆頭にマナ進化している人が多く、魔眼持ちは全員が目をキュピンと光らせて、今の現象を観察した。
それによれば、どうやらイヨは石に軽く魔力を流しているようだった。
一方、多くの人の目が光っているので、イヨは軽く恐怖した。
「魔力を込めているけど、それだけじゃダメってこと?」
命子が質問すると、イヨは頷いた。
「うむ。何度か試したが、それでは全然ダメなのじゃ」
命子は最初の頃に、イヨが何度か石を投げて実験していたことを思い出した。
「魔力を与えながら、石に対してこれから起こることを説明してやる必要があるのじゃ。漠然と投げてはならん。妾が説明したのは『魔力を纏う』『これから飛ぶ』『敵を穿て』この3つなのじゃ」
イヨは再び石を投げた。内側から外へ腕が振られる手裏剣投げスタイルだ。
そんな投げ方なのに、寸分違わず木の幹へヒットした。
「魔力を投擲物へ宿す実験はされていたが、そこに石への事前説明が必要ということか」
教授はそう言いながら、近くの石を拾って手の中で遊んだ。
「イヨ君は特に言葉を発していないが、どのように意思を伝えるんだい?」
「想いを込めながら魔力を与えるのじゃ。物に想いを伝えるときは、必ず魔力が必要なのじゃ。あと、投げた後も意思を込め続けた方が良い結果になったのじゃ」
それを聞いた一行は、武器に対して熱く語りかけた経験を思い出した。中二的と言うなかれ、ボスと死に物狂いで戦うと武器はまさに相棒になるのだ。
そうやって語り掛ける時、不思議と武器は応えてくれるような気がするのだ。
「そうか。そういうことか……」
教授は色々なことがすとんと腑に落ちて呟くと、【神秘眼】と【龍角】を光らせる。
ダウナー系白衣お姉さんの本気である。
教授は手の中で石に魔力を込めると、ぎゅっと握った。
アイが教授の活躍の予感をメモメモ!
そうして、前足を踏み出し、腕を振るった。
カチコンッ!
足元1m先に石が叩きつけられた。
いきなりの凶行に全員が目を真ん丸にする中、教授は顔を真っ赤にして戻ってきた。
命子はあわあわしながら、教授に問うた。
「教授、えっと、今のはなんの実験でしょうか?」
教授は片手で赤くなった顔を隠して、言った。
「わ、私の運動神経の成長具合を確かめる実験だ」
「このタイミングで!?」
命子や一部自衛官は萌えた。
しかし、命子も人のことは言えない。
運動神経が良くなったとはいえ、昔の自分もドッヂボールを地面に叩きつけていた幼女だった。果たして今でもビュンッと投げられるかはわからない。なにせ、投擲が意味をなさない時代に入っていたため、投げる練習は全くしていないのだから。
『むー』
アイが投げられた石ころを持ってきて、教授に渡した。
「い、いや、もう私は試さない」
辱めである。
「我がやる」
と、そこで紫蓮が名乗りを上げた。
生産職もやるので、物に意思を込めるのは得意と考えたのだろう。
紫蓮は石を拾い、眠たげな眼で見つめながら強く意思を込めていく。
魔力を操作したことでキラキラと黒髪の先端が煌めき、その姿は他者に期待感を抱かせる。
そうして振りかぶると、ビュンッと腕をしならせて投擲した。
パンッ!
紫蓮の投げた石ころはとんでもないスピードで飛び、通路の左前方の壁にぶち当たって木っ端みじんになった。
命子はキョトンとした顔で、すかさず紫蓮の顔を覗き込んだ。
「なんで出しゃばったの?」
「やめ、やめて……!」
紫蓮もノーコンだった。
そう、超ハイスペックな命子たちだが、基本的に練習していないことはあまりできないのだ。特に投擲など一回も練習していないので、全然できないと言って過言ではない。
もちろん、練習すればあっという間に上達するのだろうが。
その後、投擲が上手い自衛官が何人かで試したが、できる人とできない人で分かれた。
「なんとなく理解してきたぞ」
「はい」
教授と命子がその結果を見て、いくつかのことを解明した。
前提条件はマナ進化をしていること。
これは魔力を直接操れるようになるためだ。イヨはマナ進化していないのでほかに方法があるかもしれないが、ひとまずこれは暫定的に前提条件とした。
さらに、魔導書の熟練度が高いこと。
この技術は、魔導書で使われる魔力パスが重要だとわかったのだ。
補助として生産系の能力を持つ者は、威力が高まることもわかった。
これは意思の込め方が上手いからだろう。
「マナ因子の中に、おそらく魔導書を飛ばすためのものがあるのだろう。念動だとか、遠隔操作だとかね。これが溜まっているかが、投擲術のカギだと思う」
「『人形使い』も怪しいです。あれにも魔力パスがあるって聞きます」
「うん、そうだね。それに人形使いは職人気質が多いからね。物へ想いを込める能力は高いかもしれない」
投擲が成功する場合、投擲物と投擲者の間に細い魔力パスが繋がるのだ。
魔力パスは途中で切れてしまうのだが、その瞬間まで投擲物に込められた意思は明瞭に繋がり続け、威力の減衰率が抑え込まれる。
魔導書と生産の二つを満たしている自衛官の投擲術は、30mまで威力を維持するのが確認できた。
長い通路が付近になかったため、これ以上の検証は地上に戻ってからになる。
「できた」
そんな中で、紫蓮が言った。
その手には弓矢が掲げられていた。短弓である。
上級木人の木を削り、わずか1時間程度で作り上げてしまったのだ。しかも、矢にはしっかり羽根までついている。紫蓮のお道具箱にはいろいろ入っているのだ。
「し、紫蓮ちゃんすげぇーっ!」
「紫蓮さんすごいですわ!」
命子とささらに褒められて、紫蓮はむふぅとした。
「イヨちゃん、これ使える?」
命子がイヨに問うた。
ジューベーにイザナミを乗せて遊んでいたイヨは、弓を受け取った。
そうして、みょんみょんと弦を引き、頷いた。
「たぶん使えるのじゃ。ちょっとやってみようかの」
というわけで、上級木人で試してみることに。
紫の巫女装束を着たイヨが矢をつがえた短弓を構える姿は、非常に絵になっていた。
命子たちは魔眼を光らせて、そんなイヨを見つめた。
上級木人が20mほどまで近づくと、イヨが矢を放った。
矢はまっすぐに飛び、上級木人の眉間に突き刺さった。
「「「おーっ!」」」
命子たちはパチパチと手を叩いた。
ただ、倒すには至っていない。
イヨは矢の攻撃力を上げるジョブについていないため、補正がほとんどかかっていないからだ。
それに、今の命子たちには矢のスピードがむしろ遅いとすら感じた。近距離と遠距離なので比べるべきではないが、この中の誰もが矢よりも速い刺突を放てた。
「メリスにゃん、ゴー」
「発進でゴザル! シュバッ!」
矢は一本しかないので、命子に言われてメリスがトドメに走った。
得意の二刀小太刀で一瞬にして討伐して、矢とドロップの木材を持って戻ってくる。
「うーむ、魔物は強いのじゃな。矢を頭に受けても死なぬ」
「まあ上級木人は木だからね。ああいう敵は頭が半分吹っ飛んでも生きてるんだ」
「なるほどの。まあ木じゃしのう」
「イヨちゃん、しばらく弓を使っていると、弓を扱うジョブが出てくるんだ。それに就けば、弓が強くなるよ」
「じょぶ」
イヨはどうやらジョブシステムがちょっと苦手なようだった。
慣れれば難しいことでもないのだが、古代人には概念が新しすぎるのだろう。
「でも、イヨさんは『見習い精霊使い』をやっているし、しばらくは無理かも?」
「あー、確かに精霊が優先か」
紫蓮と命子が言う。
「まあ、ぼちぼちやるのじゃ」
それでも新しい世界を楽しんでいるようで、イヨはニコパと笑うのだった。
読んでくださりありがとうございます。




