謀略の密談
アシュリーのとんでもない告白に、場は一瞬静まりかえった。
公爵家の元、末娘――公爵令嬢。
そんな身分の人間が、なぜ辺境に?
そんな疑問を読み取ったのか、アシュリーは不愉快そうに付け足した。
「元、よ。とっくに縁は切れてるわ。今は家を追い出されて、一介の冒険者……いや、コタローの従者、かしらね」
「家を追い出されたって、何したんだよ、アシュリー?」
横で、そうか……と、つぶやいたのはハイボルト国王だった。
「アルクラウン公爵家は、魔術の名門だ。だのに、アシュリー嬢。きみは、魔術ではなく弓を使い、ナギハラ騎士爵の『カード』を使う素振りもない。――そういうことかい?」
「そうよ。アルクラウン公爵家は、帝国の魔術士や魔術機関を牛耳ってるからね。まったく魔力の伸びなかったあたしは、役職に就けず手駒にならない、用無しの穀潰しってわけ」
あ――
俺は『鑑定』したアシュリーのステータスを思い出した。
アシュリーには、魔力が無い。
常人並みに魔道具は使えるだろうけど、魔術スキルも無ければ俺の『カード』を自分で使える魔力も無いのだ。
「だが、アシュリーよ――」
「言いたいことはわかるわよ、ナトレイア。あたしも女だからね。政略結婚の手駒にはなるのよ」
でも、とアシュリーは語る。
「――それで十二のときに、四十も歳上の侯爵の後妻にされそうになったからね。鍛えてた腕力で相手のエロジジイをボコボコにぶん殴ったら、さすがに家から縁を切られたわ」
「すごく納得した」
俺とナトレイアの反応が重なった。
爺さん侯爵の後妻がイヤだからって、腕力で拒否する辺りが何というか。
アシュリーだなぁ、と思う。
そして、そんだけやれば、そりゃ家長も激怒して家から追い出すだろう、とも。
「は、はは。何というか……武勇伝、だね」
ハイボルト国王が、反応に困ったような苦笑でこぼした。
元とは言え、公爵令嬢の過去に対して、あるまじき表現である。
令嬢とはなんぞや。
「病死扱いで処分されそうになったから、そのままマジックバッグをかっぱらって帝国を逃げ出して、隣のこの国の辺境に住んでたってわけよ。……魔力が伸びなかった分、武術は必死に学んだからね。得意の弓で、冒険者としてやっていくことができたわ」
その表情には、小さな落胆が混ざっている。
もしかしたら。
魔術で評価されなくても、武術で家族が評価してはくれないだろうか。
幼少期のアシュリーは、そんな淡い期待にすがって、必死に武術を学んだのかも知れない。
その努力は、残念ながら実らなかった、ということなのだろうけど。
「処分って……実の娘だろ? 手にかけるつもりだった、ってことか?」
「いや、貴族ならたまに聞く話だよ、騎士爵。家族の情より家の名誉を取る場面は多いし、奇行をはたらく子女は家長に始末されることも珍しくは無い。その場合、大抵は表向きには『病死』として扱われる」
うへぇ。
殺伐としてんな、貴族の世界。
所長の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。
でもそうか、子女の蛮行で取り潰されたブーライク子爵家みたいに、家族全員が路頭に迷ったり、下手すると全員死罪……なんて目にも遭いかねないのか。
「というわけで、あたしはもう実家とは完全に縁が切れてるわ。――間諜と疑ってもいいけど。もしあたしが帝国の間諜だったら、帝国を疑わせるような助言はわざわざしてないわよ?」
「いや、それは疑っていないよ。もしきみが王国に害を成すつもりならば、ナギハラ騎士爵と『大樹』討伐に向かってないし、平民街区での市民の護衛に力を貸してくれもしなかったろう。だから、それは考えてない。……だけど」
ハイボルト国王は、厄介ごとを飲み込む心づもりを定めたいのか、天を仰ぐ。
「……以前から、マナティアラ帝国とは良好な関係を築いている。きみの懸念が正しければ、表向きは、ということになるけど。ぼくがアシュリー嬢を知ってるのも、十年ほど前の王太子時代に帝国に訪問したとき、アルクラウン公爵と会ったからだ。でも……」
「そうですね、陛下。――そこの大貴族家から追放された令嬢が、この国で表舞台に立つとなると、その関係が崩れる可能性はあります」
考え込む国王に、所長が追従する。
まぁ、帝国……というより、公爵家は面白くないだろうな。
案外、関わりなしとして見て見ぬフリする可能性もあるが。
普通に考えれば、国を通して批判を送りつけてくるんじゃなかろうか。
しかし、この世界の過去のしがらみが無い俺としては、提案できることもある。
「じゃあ、確かめましょう」
「……と言うと?」
所長が尋ねてくる。
「叙勲式にアシュリーを従者として連れて行きます。もし帝国が無関係なら、それを知ったら文句を言ってくるだろうから、そのときはたまたま関係者の俺が勲功を立てただけってことで、知らぬ存ぜぬで通してください。でも……」
俺としては、こっちの方があり得ると思うね。
「もしアシュリーの話が正しければ、帝国は警戒して逆に何も言ってこないはずだ。……いや、言えないでしょう。仕掛けたのが自分たちだってことが、バレてるかもしれないんだから。疑いを自分に向けられるようなちょっかいは、出さないはずだ」
「その場合も、指摘した方がこの国を追求できて良いんじゃない?」
「いや、無い。その場合は敵対してるからな。――むしろ、王国貴族内に不和の種を蒔くため、アシュリーの正体が静かに噂になることはあり得る。戦功者の俺を孤立させて、この国から手放させるためには、アシュリーを犯人に仕立て上げた方が良い」
「ああ、そうか。そのためには、表立って追求するのは悪手なのか」
所長の確認に、うなずく俺。
話についていけないナトレイアが、眉根を寄せて尋ねた。
「なぜだ? 表立って追求するのも噂を流すのも、同じことだと思うが」
「違うよ、ナトレイア。順番の問題でな。――帝国側がアシュリーの正体をわざわざ指摘すると、間接的に、封印を解く手段を帝国……『国家が知ってる』ことも自白することになるんだ。ところが、噂を流してアシュリーを疑わせると、弁明しても、周囲の信用が無いから『帝国に伝わる方法でアシュリーが封印を解いた』と余計にアシュリーが犯人候補になる」
「貴族法反対派から、封印を解く手段を知ったルートは辿れるだろうからね。――その手段を自覚的に管理しているのか、秘匿されてすっかり忘れられていたものを出奔者が個人で利用したか、そういう差になるんだよ。その違いは大きい」
ハイボルト王だったら、そのくらいの情報は引き出せると帝国も知ってるだろう。
本来なら、王都は壊滅して、情報にたどり着けるハイボルト王も重鎮の貴族もいなくなって貴族法反対派の新興国家が樹立――
してるはず、だったんだろう。死人に口なしで帝国は万々歳、と。
ところが、俺が『災厄の大樹』を倒してしまった。
千年前の大軍を率いた三英雄でも封印までしかできなかった存在を、討伐して王国を救ったのだ。
どう考えても、これは相手の計算外のはず。
「問題は、本当に帝国が犯人で、かつ帝国がアシュリーの存在を指摘してきた場合ですけどね……」
「その場合は、アシュリー嬢が帝国に差し向けられた『実行犯』という図式ができあがってしまうから、その順番は無いだろう」
「向こうもバカじゃない、存在を指摘された場合は、本当に無関係だったときだけだ。そのときは騎士爵の言うように、人違いだと言うなり、偶然居合わせたと強調するなり、なんとかごまかすさ。もし無関係なら、公爵家も本音は縁を切りたがってるはずだしね」
話がまとまったところで、アシュリーががっくりと肩を落とした。
「つまりは、十中八九、あたしが首謀者に祭り上げられるってことね……」
まぁ、簡単に言うとそうなんだけど。
「安心できる部分はあるぜ、アシュリー。――国王陛下は、この場の全員が『犯人では無いと知っている』。疑われるだけ疑わせて、ちょっかい出してきた奴を調べりゃ良い。その点じゃ、俺たちが有利だ」
「ま、そうだね。帝国側の人間だったら、この国を命がけで救う理由が無いからね。この場の全員は信用してるよ。……というか、『災厄の大樹』抜きで、自前でこの国を滅ぼせちゃうからね……わざわざそんなことする理由、無いよね……」
国王陛下が、あさっての方を向いて遠い目をしていらっしゃる。
うん。所長に『エクスプロージョン』のカードを渡してもこの国の軍隊滅ぶからね。
武力により信用を勝ち取りました。
やはり武力。武力はすべてを解決する。
冗談だけど。
そんなろくでもない冗談を考えていると、アシュリーが大きく息を吸った。
「いいわよ。おとりになって、首謀者をあぶり出してやろうじゃないの! ――で、あたしが噂で疑われた後はどうすんの、コタロー?」
「そのときはこの国を出て、『帝国旅行』かな。お前ら、来てくれる?」
「いいぞ。帝国料理が楽しみだな」
男前に請け負うアシュリーに、俺の提案に即答してくれるナトレイア。
「表立っては命じないけど、もしもの場合はぼくも止めないよ。とりあえず伯爵になってから行ってよ、ナギハラ騎士爵。後始末や準備はぼくの方が得意だからね。――いやぁ、さすがにこれだけ派手にやられちゃ、ねぇ?」
ニコニコと、鬼のような笑顔で微笑むハイボルト陛下。
「わたしはどうするかな。研究出張と周りに説明して、こっそりついていくかな」
エルキュール所長も乗り気だ。
みんな、心は一つだ。
いや、俺は平和主義者だけどね?
平和ボケした日本人だけどね?
見知った人たちを虐殺されそうになって、大事な仲間まで罠にかけられる可能性があるとか考えたら、ね?
怒るよ。さすがに。
ことと次第によっちゃ、帝国を引っかき回すことになるかもしれないな。




