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法衣貴族、ナギハラ伯爵



 上空から街中のアビスエイプを倒して王都に帰還すると、ものすごい声援が俺を囲んだ。

 ドラゴンを喚び出したのは伯爵だから、普通は勲功は伯爵に行きそうなものだけど。


 俺が王家の紋章入りの剣を提げていること、王様がかしずく伯爵を置いて俺に一番に近寄ってきたことが理由だ。

 俺たちパーティもまた、片膝を突いて頭を垂れる。


「ナギハラ騎士爵、面を上げよ。――大義であった!」


「王命、確かに果たしました。この剣はお返しいたします」


 王様の声に頭を上げ、腰に下げていた剣を礼儀上、恭しく差し出す。

 ところが、王様は受け取ろうとせず言葉を重ねた。


「良い。こたびの褒美の一つとして、その剣はそなたに下賜する。受け取るが良い」


 いらんよ。返すよ。

 ……とも言えんか。言ったら打ち首だし、王様の面目丸つぶれだ。

 無駄に波風を立てる気も起こらず、両手で剣をいただいたまま再度頭を垂れる。


「ありがたき幸せ。慎んで拝領いたします」


 一介の騎士爵が王家の紋章入りの剣を受け取るという異例にどよめく周囲をよそに、儀礼的な返礼を返す。


「ナギハラ騎士爵とその従者たち、そしてロムレス伯爵。そなたらの献身によってこの国を襲う脅威は払われた! 疲れがあろう、今日(こんにち)はゆっくり休むが良い。この勲功は、追って賞する!」


 俺と所長はかしずいたまま、「はっ!」と応答の声を重ねる。

 休んで良い、と言われたのはありがたい。

 宿に帰って、泥のように眠りたい気分だよ。


 ハイボルト王が声をかけ終え引き下がると、ようやく俺たちも立ち上がれる。

 王様は穴の開いた街壁の守備や、『魔の森』の確認探索などの指示を出すために騎士団の方へと向かっている。


 王国騎士団は、あの激戦の後でもお仕事だ。

 俺たちに聞きたいことはたくさんあるだろうけど、任務でそれどころではない。

 宮仕えは辛いね。


 そういうわけで騎士団にも絡まれず、俺たちはようやく解放された。


「ご苦労だったの、騎士爵。今日はこれから休息か?」


「ああ、オーゼンさん。住民の避難、ありがとうございました。……強敵を倒したご褒美ってとこですね、今日のところは、誰が何と言おうと明日まで寝てますよ」


「うむ、そうするが良い。……じゃが、宿には泊まらぬ方が良いぞ?」


 オーゼンさんの忠告に、はて、と首をかしげる。

 そして、任務の合間にこちらをチラチラと見やる周囲の視線に気づいた。


「あっちゃ、しまった。宿の方に押しかけられるか……」


「そうじゃの。突然どこからか現れた救国の英雄じゃ、お主のことを知りたい奴など、この場の全員じゃ。宿をしらみつぶしに当たってでも、探されて質問に押しかけられるぞ」


 何てこった。ゆっくり寝ることも許されないんかい。

 アシュリーたちと困り果てて顔を見合わせていると、オーゼンさんが提案してくる。


「わしの屋敷に泊まるか? 息子の住む侯爵邸とは別の屋敷に住んでおるから、気兼ねはいらんぞ。お主らが泊まれる数の部屋はあるでの」


「言ってくれるのは、ありがたいですけど……オーゼンさんの屋敷も貴族街区ですよね? 貴族が押しかけてくることには変わりないような……」


「じゃあ、魔導研究所に泊まるかい?」


 所長の提案に、思わず振り返る。


「――寝泊まりできる部屋は数があるよ? 研究中は、泊まりも徹夜も珍しくないからね。使用人はいないけど……屋敷じゃなくて宿に泊まってるんだったら同じだろう? 研究施設だから、職員以外は通さない権限もあるよ。隠れ家にはちょうど良いと思うよ」


 職員以外は通さないって、国家機密とかある場所なんじゃ。

 あー、でも、疲れで頭が回らない。


 ゆっくり眠れるんなら、どこでもいいや。


「それじゃ、所長のお言葉に甘えます。――二人とも、宿に荷物取りに行こう」


「うん、じゃあわたしは先に職員に言って部屋を空けさせておくよ。……わたしも、早いとこベッドに倒れ込みたい」


 そんなこんなで、荷物を持って魔導研究所に転がり込むことになった。


 ……結論から言うと、研究所ではその日、職員を含めた誰の訪問も無く、快適に眠れた。

 普段から寝泊まりすることが多いだけあって、宿屋と大差ないしっかりした設備だった。


 やれやれ、やっとゆっくりできる。



*******



「……だまされた」


 翌朝、日も高い頃に起き出すと、研究所に来客が来ていた。

 国王様である。


「やぁ、ナギハラ騎士爵。昨日はご苦労様、よく眠れたかい?」


「国王様。なんでいらっしゃるんです。戦後処理、どうなさったんですか?」


 応接室で優雅にお茶を口にする、笑顔のハイボルト国王に俺は思わずげんなりした。

 所長もすでに身支度を調えて、横に座ってくつろいでいる。


 ハイボルト王は、あははとのんびり笑って手を振った。


「イヤだな、堅苦しい口調は良いよ。『神様』に敬語を使われるなんて、恐れ多い」


「ならお言葉に甘えますけどね。……所長。最初から、このつもりで俺たちを研究所に泊まらせましたね?」


「うん。まぁ、報告は必要だからね。この研究所の応接室なら、国王陛下も来やすいし重要な話もしやすい。……先代の屋敷でも、同じことだったけどね」


 オーゼンさん、あんたもグルかッ!

 って、そりゃそうだよなぁ。二人とも王国の重鎮で忠臣だもんなぁ。


「――ともあれ、ロムレス伯爵から先に大まかな内容は聞いた。後は、今後の対応の話をしたくてね。……ええと、とりあえず座りなよ。従者の二人も」


 王様に促されては、へい、と三人とも言いなりに座るしかない。

 いや、相手が俺のこと『神様』とか言ってるんだから、逃げ出しても良いかもだけど。

 人としての敬意までは忘れまい。


「それで、ナギハラ騎士爵。率直に聞くけど、報奨に関して、何か欲しいものはある?」


「今まで通りの生活」


「無理でしょ」


 一瞬で却下された。いや、そうですよね。わかります。

 いくら王様でも、できることと無理なことがあるもんな。


 落ち込む俺に、王様は苦笑しながら声をかける。


「まぁ、今までと同じくらいの人々の無関心っていうのは無理だよ。でも、そこで提案なんだけど……ナギハラ騎士爵、陞爵(しょうしゃく)というか、上の階級に叙爵される気、無い?」


「……俺は。故郷に。帰りたい。のですが」


 頭を抱えながら、地位は要らないと伝えてみる。

 ところが、そこで困った顔をしたのは国王様の方だった。


「うーん。そうも言ってられないと思うんだよね。地位を与えないと国の面子が保てないってのもあるけどさ。きみ自身、権力や地位を持ってないと、上の権力に良いように利用されちゃうでしょう。それはきみも、ぼくも、お互いに困ると思うんだよね」


 その言葉は耳に痛い。

 権力に武力で抗してたら、行き着く先は戦争だ。

 大量虐殺か、暗殺対象になるか、どちらにしろ安らかに眠れる日は来ない。


「自由でいたければ、権力嫌い(パワーフォビア)ではいられない。縛られることで得られる自由もあれば、強さに付いてくる不自由もある。だから、勲功者は爵位という権力を得るんだ」


「権力の頂点が言うと、説得力がありますね」


「そうだね。けれど、ぼくは『強さに付いてくる不自由』に囚われている。ぼくは他者を庇護『する』側の頂点だからね。その責任は、不自由を生む。……だけど」


 王様は言葉を切り、そして俺の目をまっすぐに見つめながら言った。


「ぼくの『不自由』ならば、きみの『自由』を守れる。……きみに臣従しろとは言わないし、ぼくは言えない。けれども、これはお互いにとって得になる取引だと思うよ?」


 取引、と来たか。

 形だけの忠誠を誓って、故郷に帰る手段を探せば良い。

 そう言われている。


 言い換えれば、

 ――この国に敵対しないことを確約する代わりに、俺の自由を支える。


 これは、そういう取引だ。


「……年貢の納め時、かなぁ……」

「なんだ、それは、コタロー?」

「態度を見ると、観念したみたいだけど」


 あ、この言い回し通じないのね。

 アシュリーとナトレイアが首をかしげているが、俺は構わず頭を抱えたままだ。


「……わかりました。お受けしますよ、国王陛下。この国は、今のところ嫌いじゃないし」


「ありがとう。きみからそういう評価が得られているのは、我が国民が誇らしくなるね。おかげでぼくも一安心だ。この国の終焉は回避された」


「でも、故郷に帰れるようになったら、遠慮無く帰らせてもらいますよ?」


「良いよ。帰る前に、一報くらいは欲しいけど。――あ、領地は要らないよね? 相応の年金は払うつもりだけど」


 貴族と言えば、領地が付きものだけどな。

 帰れるようになったら、必然的に放り出す羽目になるので、無いなら無い方が良い。


「無くても良いんですか?」


「大丈夫だよ。領地なしで年金だけを支払われる貴族は、法衣貴族、あるいは法服貴族とも言って、よくあることだから。常に王宮に勤めている、文官なんかに多いね」


 ああ、そっか。年中王宮勤めだと、領地を管理する暇が無い貴族もいるのか。

 そういう貴族は、年金――給与だけもらってる、と。

 領地にする国土も有限だし、お互いちょうど良いんだろう。


「じゃあ、それでお願いします」


「わかった。じゃあナギハラ騎士爵、きみ、次の叙勲式で『ナギハラ伯爵』ね」


 ぶっ!

 思わず噴き出してしまった。


「ちょ、陛下!? 俺、一番下っ端の騎士爵ですよ!? なんで、男爵子爵をすっ飛ばして、いきなり『伯爵』なんです!? 上位貴族じゃないですか!」


「そりゃ、そこら辺の下位爵位だと、伯爵とかに狙われて囲われかねないからだよ。最低でもそのくらいの爵位は持ってもらわないと。――それに、ロムレス伯爵がきみにひざまずくところを、たくさんの騎士が見ちゃってるしね」


 今さらながら、所長に恨みがましい視線を向ける。

 所長は真顔のまま、ぐっ! と親指をこちらに向けて立てていた。

 ちょ。何してくれてんだよ女伯爵。


「周囲の貴族が納得しないと思うから、子に継がせられない一代限りの『名誉伯爵』位だけど。別にいいだろ? もし、きみが帰れないってことがわかったときには、改めて陞爵(しょうしゃく)すれば良いんだし」


「いや、そりゃ構わないですけど……」


 アシュリーとナトレイアを振り返る。

 ナトレイアはさすがに目を丸めて驚いていたが、アシュリーは冷静だった。

 平然と、


「良いじゃない、もらっときなさいよ。伯爵位くらい。それだけのことはしてんだから」


「軽く言ってくれるなよ。騎士ならともかく、身一つの伯爵とか、どこにいんだよ」


「あ、報奨金の他に邸宅も下賜するよ。必要なものは、ロムレス伯爵か先代デズモント卿でも通して用意するから、体裁の心配はしなくて良いよ」


 あっさり言ってくれる国王陛下。

 太っ腹にも、ほどがあんぞ。


「わたしも伯爵だからね。当面の使用人なんかは融通できるよ。――いやぁ、わたしが信仰する存在と同じ爵位になれるとは、嬉しいやら恐れ多いやら」


 のんきにはしゃぐエルキュール所長。

 退路は無し。


「はぁ……わかった、わかりました。ありがたくお受けします。――でも、あくまで俺は自分の目的のために動かさせてもらいますからね!?」


「うん、それでいいよ。……滞在中は、ちょこっとこの国に協力してくれたら嬉しいな」


 ああああああ。囲い込まれた……

 国のトップに自由が保証されてるから良いのか?

 元は一般市民の俺が、伯爵? もはや、何が良くて何がダメなのかよくわからん。


「……協力するつもりはあるんですけどね。結局、今回の事件の黒幕は片付いたんですか? 王都は救われても、貴族法反対派の火種は残ったままでしょう」


 俺がそう言うと、ハイボルト国王は少し表情を引き締める。


「うーん。そちらは調査中……というか、候補者の裏取り中だね。もうすぐ全員出そろうと思う。――ただ、犯人は政治的に挙げられてもね? どうやって『災厄の大樹』を復活させたのか? 操ったのか? その手段がまったくわからないんだ」


 ああ、その問題が残ってたか。

 タイミング的に、王国に叛意を持つ存在が封印を解いたのは間違いない。

 自供もされてるしな。


 ただ、その手段はどこから知った? 手に入れた?


「――心当たりは、あるわね」


 そんなことを言い出したのは、意外な人物だった。

 俺の隣に座るアシュリーは、澄ました顔でぽつりとつぶやく。


「封印した本人なら、封印を解く方法も知ってるはず。……もしかしたら、操る方法も」


「えっと、誰だっけ?」


「エミル殿の話によると……魔弾の賢者ゼファーを始めとする、三英雄の一人だったね。確か、『緑の聖女』アスラーニティ」


 所長が記憶を掘り起こし、口にする。

 まさか、と国王陛下から堅い声音のつぶやきが漏れた。


 アシュリーはうなずき、その答えを口にする。


「――『緑の聖女』アスラーニティは、その生涯で一人の男子を産んだ。その男はやがて国の主となり、周囲の国のいくつかを飲み込み、帝国を作った。これが、帝国建国史よ。聖女とは言われてないけど、国母アスラーニティの名は帝国貴族なら誰でも知ってるわ」


「この国の隣国……『マナティアラ帝国』か!」


 帝国……そう言えば、辺境領でクリシュナが言っていたな。

 隣の『帝国』に嫁ぐことになるかもしれない、と。

 その国か?


「その帝国が、この国の中小貴族をそそのかして、封印を解く手引きをしたってのか?」


「まぁ、憶測だけどね。裏ではやりかねないな、と思っただけよ」


 面白く無さそうに続けるアシュリー。

 でも、何だってアシュリーがそんなことを知ってるんだ?


「……気になってたんだけど」


 ハイボルト国王陛下が、アシュリーを見る。

 警戒するような意志を含めて。


「――まさか、一介の騎士爵の従者だから、身分が低すぎて人違いだと思ったけれど……従者の弓士くん。もしや、きみの家名は『アルクラウン』じゃないかい?」


 問いかける国王。


 家名の表示されない『鑑定』の結果。

 高位冒険者か貴族でないと持っていないマジックバッグ。

 この国の辺境、トリクスではない生まれ。


 国母の名は、帝国貴族なら誰でも知っている――


 アシュリーは、ため息をついて、その事実を告げた。




「そうよ。あたしの元の名前はアシュリー・ネル・アルクラウン。――マナティアラ帝国、アルクラウン公爵家から追放された、『元』末娘よ」








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