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反撃の時間


 膨れ上がった民兵団は準備を終えて参戦してきた冒険者たちをも巻き込み、街を回った。

 数の増えた市民たちに対し、護衛として多数の冒険者たちが参戦してくれたのは大きい。


 おかげで、手分けして街中の家々を当たった結果、避難勧告はほぼ済んだと言えた。


 オーゼンさんの乗る馬を筆頭に、各方面から合流した無数の市民たちを引き連れ、俺たちは目的地に到達した。

 街壁の中にある街壁――


 貴族たちの住む、貴族街区だ。


「道を空けよ! 我ら有志、王都の民を避難させに参った! デズモント侯爵家が先代家長オーゼン・フェン・デズモントの名において、王都の平民たちの保護を願い出る!」


 貴族街区に門は無い。

 同じ街の中であるし、貴族の送迎用馬車が頻繁に行き交うからだ。

 代わりに衛兵が配置され門番の役割を果たしているが、その入り口となる通りは、兵士の壁によって封鎖されていた。


 大貴族たちの私兵だな。

 モンスターや暴徒の侵入を防ぐためだろう。


 道を塞いでいた騎士の一人が、慌てて前に出た。


「お――お待ちを! いかに侯爵家の方と言えど、これだけの平民を受け入れることなどできません! 治安の問題もありますし、収容できる場所も、そうは……」


「――よい。者ども、下がれ」 


 兵士たちの壁の向こうから、よく通る声が響いた。

 壁を作っていた兵士たちが慌てて一斉に左右に割れ、その人物が姿を現す。


 近衛騎士団を率いて現れたその人物は、いつか対面した顔だ。

 オーゼンさんが、馬上から降りて頭を下げる。


「――これは、ハイボルト国王陛下」


「先代デズモント卿、大義であったな。引き連れた民は、余と近衛騎士団が請け負おう。余らの手が回らぬ中、我が王都の民を守り抜いてくれたことには、深く感謝する」


「いいえ、何を仰られますか。陛下が差し向けてくれた王国騎士団は今も街門を守ってくれております。それとは別行動をした騎士たちは、非力な民衆をここまで護衛してくれました。これも、陛下のご采配あってのことでございます」


 オーゼンさんがその場にかしずくと、ふっ、とハイボルト国王は表情を緩める。


「そう言ってくれると救われる。――者ども、避難民を貴族街区へ手分けして導け! 収容する場所は王宮と議事堂を開放して構わん! それでも入りきらねば、広大な各貴族の邸宅へ協力を要請せよ! 我が国の(いしずえ)を守るためだ、否とは言わさんぞ!」


 直々に出向いた王の命令により、近衛騎士団が行動を開始する。

 連絡路を封鎖していた貴族の私兵たちも、慌ててその手伝いに参加していた。


 大量の市民たちが、次々と貴族街区の入り口に飲み込まれていく。

 歩ける者は自分の足で、幼い子どもや、足腰の立たない老人たちは歩ける者に抱えられて。王都の市民は、大貴族たちの兵力に守られた貴族街区に入っていく。


 その様子に俺やアシュリーたちだけで無く、ゴブリンの姫騎士アテルカや、護衛していた冒険者たちも胸をなで下ろした。


 ところが、ホッとした俺の元へ、緊張の種がやってくる。


「協力してくれた冒険者たちもよくやってくれた。これが落ち着いたら褒美を取らそう。――そして、ご苦労だったな、コタロー・ナギハラ騎士爵」


 いかん、ハイボルト王がこっち来た。

 俺たちは慌てて片膝を突き、礼儀として直視しないよう頭を下げる。


 と気を遣った途端、当の王様自身がそれを拒否した。


「礼式はよい。ナギハラ騎士爵、そなたとは『初めて』会うが、この緊急時だ。立って余に直答することを許す。近う寄れ。――他の者は、一歩下がれ」


 許さなくて良いですよ。俺も下がりたいわ。

 そんな俺の心境にも構わず、遠巻きに引き下がるアシュリーたちや冒険者を恨みがましく思いながら、俺は王様に対面した。

 王様は他の人間に聞かれないよう声をひそめながら、俺に尋ねてくる。


「――ナギハラ騎士爵。この魔の森のモンスターは、やはり遠方に見える巨大な『アレ』が生み出しているのかい?」


「そうですね。誰が目覚めさせたかまではわかりませんが……まぁ、貴族法反対派でしょう」


「だろうね。そちらの追求は、余に任せてくれ。――こんな『ナメ』た真似をされて大人しくしていられるほど、余の心情も王の地位も軽くない。徹底的に潰すつもりだ」


 それは安心だ。

 貴族の追求は俺には荷が重いし、何より、あの森にそびえる『災厄の大樹』は召喚されたものじゃない。元からこの地にあったものだ。

 普通の召喚獣のように、蘇らせた当人を処分して消え去るとも思えない。

 犯人捜しを優先するのは効果が薄いだろう。


「そうなると、問題は大元を潰す方法になるが……騎士爵。街門近くで飛んでいる、あのドラゴンはきみが召喚したものか? あれをもっと喚べるかい?」


「違います。今の俺じゃ、あのドラゴンは喚べなくて。あれは俺の能力を使って、エルキュール所長が召喚して操っているものです」


「そうか、ロムレス伯爵が……」


 所長から、俺の能力の詳細については報告を受けていたのだろう。

 ドラゴンを操っていると言うことには若干驚いているようだが、それ以外はさして動じず、王様は少しの間戦略を考え込む。


「――騎士爵。他の者では、あのドラゴンを喚べないだろうか」


「難しいでしょうね。所長ほどの魔力があれば可能ですが、それ以前に俺の『カード』が見えなくて、使えないと思います。それを可能にできる所長が、前線に出ているので……」


 所長は、俺のカードが見える波長に魔力干渉を行うのは難しい技術だと言っていた。

 他の人間にできるとも思えないし、所長がこの場にいても、ドラゴンを喚び出して弱っている状態で同じことができるかは怪しい。


「そもそも、ロムレス伯爵ほどの魔力を持つ者もそうそういるわけではない……策は、成り立たないか……」


「――策なら、あるのですよ!」


 考え込む王様のつぶやきに、横から答える声があった。


 振り向くと、姫騎士アテルカ率いるゴブリン騎士団が、俺たちに向けて片膝を突いていた。


 頭を下げながら、アテルカは続ける。


「奏上する非礼をお許しいただきたいのです! わたくしたちのご主人様の力があれば、あの世界の外来種――『災厄の大樹』を打ち倒すことは可能なのです!」


「……そなたは、何者だ?」


 アテルカは頭を上げ、そして凜と名乗りを上げた。


「わたくしはご主人様の召喚獣にして、幾千の古代に滅びし妖精属が鬼精(ゴブリン)たちの王国、その第一王女! アテルカと申します! ――後ろに控えるは、悪鬼ならざりし我が騎士たち! ゴブリンの騎士団なのです!」


「ゴブリン……いや、妖精属の王女……? 古代の亡国の王族とは、これは……!」


「我ら鬼精族は、人々の友! ご主人様のお力添えの下、我ら妖精の誇りにかけて、この国の民を救って見せましょうッ!」


 アテルカは自信満々に請け負っているが、あの『災厄の大樹』は強敵だ。

 何しろ高いHPに、9点というデタラメな高速回復能力を持っている。


 三十秒以内に9点以上の高打点を叩き込んで、やっとダメージを与えられるのだ。

 そんな条件下で18点の高HPを削りきるのは、並大抵のことじゃない。


 だが、ハイボルト王はアテルカの意志に感じ入ったように、大きくうなずいた。


「わかった。ならば、この国の行く末をきみたちに託そう。――無論、騎士団も抗戦を続けるが、できることがあると言うならば、やってみるといい」


「ありがたき幸せ。――ご主人様、ドラゴンがいれば可能なのです。ご出陣を!」


 一つ可能性があるとしたら、回復するヒマを与えない、三十秒以内の飽和攻撃――

 準備ができるなら、可能か?


「ハイボルト王、時間をください。準備をします。――全力で攻めてやりますよ」


「頼もしいね。自由にやりなさい。――騎士爵、この剣を」


 ハイボルト王が、腰に下げた剣を鞘ごと俺に手渡してくる。

 装飾の入った、遠目にも見分けの付きそうな豪奢な剣だ。

 俺は剣を使えないけど……


「この剣と鞘には、王家の家紋が入っている。――マークフェル王国王家の名において、この戦いにおけるきみの自由を認める。騎士爵よ、これは、王命である」


 剣を差し出し、そして王は俺に微笑んだ。


「きみの思うままに動きなさい。――この国を、頼むよ」


 俺は意を決し、その剣を受け取る。

 この剣を振るうことはできないが、掲げることくらいは俺にだってできる。


「謹んで、承ります。――勝ってやりましょう」


 そうして俺は、布陣を整える。

 流星弓、創国の王剣、エミル、そしてアテルカ。

 それ以外の枠を、一枠を残しラージグリフォンに変える。


 七体のグリフォンに騎乗し、所長と合流してドラゴンと一緒に一斉攻撃を狙う。

 総力戦だ。


「グリタロー! 私はお前に乗って戦うぞ!」

「何でも射落としてあげるわよ。行くわよ、コタロー!」

『サポートは、エミルちゃんにお任せっ!』

「ご主人様! 我ら騎士団は、ご主人様とともにあるのです!」


 士気高く、仲間たちが叫ぶ。

 俺はグリフォンにまたがり、剣を抜いて掲げた。




「行くぞお前ら! ――『狩り』の時間だッ!!」










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