義勇の騎士団
むかしむかし、大むかし……
遙かな古代、小鬼は鬼精と呼ばれ、妖精の一種に属していた。
人と交わり、人と友誼を結び、鬼精たちは己の国さえ持っていた。
道義を尊び、仁・義・優の誇りを持ち、天地自然に敬意を払いながら彼らは生きていた。
その平穏が崩れたのは、いつのことか。
あるとき、邪心に狂う鬼精が現れた。
邪心は周囲の鬼精たちに移り広がり、瞬く間に暴虐の悪鬼へと変貌させていった。
人々を襲う悪鬼の大群に、まだ心清らかな鬼精たちは、剣を執り立ち上がった。
妖精の名において、無辜の民を弑する悪逆を赦すまじ。
人々の助けを借り、手を取り合い、鬼精たちの戦いは永く続いた。
だが、奮戦むなしく、悪心は鬼精たちに広がり、とうとう鬼精たちの王国は滅びた。
友たる種族を失った人々は悲しみの涙に暮れ、志を継いで悪鬼たちに立ち向かった。
これは今では語る者もなき、小鬼たちの祖先の昔話――
鬼精たちの魂は、友の涙を拭うべく。
かつての絆を取り戻せる日を待ち続けている。
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「者ども、無理をしてはならん! ――だが、この街に住む民は、みな誰かの子や孫じゃ! 己の子や孫を救いに行く心持ちで、安全な場所まで導くのじゃ!」
「おうともさ!」
街中を老人たちが走る。
馬に乗ったオーゼンさんが先導して進路の安全を確保しながら、老人民兵たちは街の人たちに避難を促すべく、家々を回っていた。
各家を回る内、民兵の数は増えていく。
老人たちの奮起に賛同した住民たちが、次々に参加しているからだ。
「じいさまたちばっかりに任せてられっか!」
「おうよ、動ける俺たちが腰を抜かしていてどうする!」
若人も壮年も、とにかく男手は妻子などの家族を護衛しながら貴族街区を目指す者と、老人たちよりも率先して街中を回る者に別れ、民兵団は数を増やしていく。
けれども、街の男の誰もが、ステータス5/3のアビスエイプと戦えるわけではない。
戦うのは、
『二人ともー、右から来るよー』
「ナトレイア! 先に撃つわよ!」
「わかった、アシュリー! とどめは任せろ!」
上空からのエミルの索敵を頼りにした、アシュリーとナトレイアだ。
流星弓の2点の射撃と、王剣での2点の攻撃で先制して敵を討ち取っている。
「むぅ、従士の活躍に負けるな! 騎士の意地を見せてやれ!」
「了解!」
頼もしいことに、他にも戦力がいる。
街中に散開した王国騎士団の団員たちだ。
膨れ上がった集団が街中を回れば、当然騎士たちの目にも留まる。
避難を促すという目的と、先導するオーゼンさんの姿を知って、合流して護衛してくれているのだ。
孤児院で分かれたフローラさんたちも、建物の中で倒れていた騎士二人が目を覚まし、俺の『治癒の法術』で復帰して貴族街区を目指している。
騎士たちを戦力としてアビスエイプのはびこる中を駆け抜け、民兵団は膨れ上がっていく。
その先陣を馬で駆けて引き連れるオーゼンさんは、今までとは打って変わって自身に満ちあふれた姿で馬上から剣を振るっている。
「やはり、大したものだな、あの御仁は」
「……? オーゼンさんのことか、ナトレイア?」
俺の横を走りながら、ナトレイアがうなずく。
「初めて見たときに感じたとおりだ、コタロー。オーゼン殿自身は、将軍位という過去の功績に見合わない、と自分を低く見積もっていたことから自信を持てなかったようだが、何の。その重責ある地位をまっとうできる人間が、弱者であるものか!」
そうだよな。
スキルじゃない。ステータスじゃない。
ナトレイアが、騎士たちが攻撃力以上の剣の技量を持つように。
数字じゃ表せないような強さを、この世界の人たちは持っている。
「それよりもコタロー、召喚獣を増やしてくれ! そろそろ、私たちや騎士では、手が回らない規模になるぞ!」
民兵団の数は増えているが、戦力が増えているわけではない。
鍛えられた人間が武器を持ってようやく攻撃力が2に届くのだ。
冒険者でもない街の人たちが、そんな強さを持っているはずがない。
「できる限りのペースで喚んでるさ! けど、相討ちになったりで数が増えねぇんだよ!」
護衛の数が足りない。
本来は『敏捷』を持つメガロドレイクが回避能力的に最適なのだが、手数が足りない関係から『奇襲』を持つザッパーホークに魔力を費やす場面が多い。
そうすると、いかに飛行アバターとは言え、交戦時に5点の反撃を食らって返り討ちに遭ってしまうこともあるのだ。
召喚するのと同じくらいのペースで、喚んだ他のアバターがカードに戻されてしまう。
有用なアバターはだいたいコスト3以上。
今の俺の弱点だ。中コスト以上の戦力を、一度に複数展開できない!
「くそ……ッ! もっと、一度に広い範囲をカバーできるアバターがいれば……ッ!」
『マスター! 後ろから二体、右前方から一体、来てるよ!』
ヤバい、集団が挟み撃ちに遭う!
せめて、せめて騎士や兵士の数がもっといてくれれば……!
――時は来たれり。
この、声は。
――我らが友の危難、見過ごすべからず!
魔力は足りている。
俺は喚び出そうとしていたメガロドレイクの召喚を思いとどまり、その名を呼ぶ。
この民兵団を、民衆を救える存在を。
名乗り出た『伝説』の名を。
――義勇の時、ここに来たれり!
「頼むぜ――召喚! 『ゴブリンの姫騎士、アテルカ』!!」
光が集まり、姿を形作る。
小柄な身体、一本の剣。全身に金属の甲冑を着込み、軽やかに剣を掲げる。
エルフのように尖った耳と、ドワーフのような小さな身体で、その少女は声を張り上げた。
「我ら民の盾、民の剣! ――さぁ! 誇りあるゴブリンの騎士たちよ、立ち上がる日が来たのです!」
その声に応えるように、革鎧と剣を装備したゴブリンが三体、少女の背後に現れた。
な、何だ、俺は一体しか喚んでないぞ!? この追加の三体は、どこから来た!?
俺が戸惑っていると、武装したゴブリンたちは俺を振り返り、笑ってポーズを決めた。
まるで、子どもの見る戦隊もののような、いつか見た決めポーズを。
「――ゴブリンズ! お前ら、なんで!」
カード一覧で、テキストを確認する。
『ゴブリンの姫騎士、アテルカ』
4:2/3
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『統率1』・あなたが操る他のゴブリン・アバターは+1/+1の修正を得る。
・このアバターが召喚されたとき、1/2のゴブリン・アバターを三体追加召喚する。
このアバターがカードに戻ったとき、追加召喚されたアバターをカードに戻す。
(この三体の召喚は、通常の召喚に数えられない)
追加召喚! そして、種族全体バフ――統率能力!
こいつらが装備してる剣と革鎧は、ステータス修正のせいか!
「我ら鬼精族! 友たる人々のため、悪逆を赦さず! 二度と人々に、失う涙を流させてはいけません! 騎士たちよ、わたくしに続くのです――ッ!!」
姫騎士アテルカの号令とともに、ゴブリン騎士団は後方に現れたアビスエイプ二体に突撃する。
金属甲冑を身につけているとは思えないほど、その足は速く、二手に分かれて一対二の戦況を作る。
アビスエイプがその拳を振るうが、ゴブリンたちはひらりとその攻撃をかわした。
片方は身をひるがえして避け、片方は剣で拳の軌跡をいなし、そして剣を振るう。
ゴブリンたちの四つの白刃が煌めき、二体のアビスエイプを同時に切り裂いた。
「お、お前ら……! いつの間にそんなに強く――」
ゴブリンの騎士――
そうか、このゴブリンたちは、アテルカの言うように『騎士』なんだ。
剣の技量を持ち、姫騎士に仕える忠勇の騎士。
その能力を持って、アテルカと同時に召喚されている。
この集団を護衛する騎士たちと同じく、剣を振るう戦力が、一気に四人も増えた。
後方の安全を確認した王国騎士たちが、右前方から迫っていたアビスエイプを切り裂く。
安堵する俺に、アテルカが凜とした笑顔で言った。
「ご主人様! ぼうっとしてるヒマは無いのですよ! さぁ、民を救いに参るのです! そのためならば、我らが剣を捧げましょうッ!」
小柄な人間かエルフにしか見えないけど、ゴブリン……なんだよな、一応?
アテルカ率いるゴブリンの騎士たちは、俺たちに追いつき、そして集団に先んじる。
周囲を護衛している王国騎士たちは面食らっていたが、後続の敵を倒した友軍だと認めると一緒に前を向いて走り出した。
先頭のオーゼンさんが、馬上から集団に声をかける。
「――皆の者、もう少しじゃ、気を張れ! すべての家を回るぞッ!」
「おうっ!」
騎士たちの護衛を受けた老人たちは張り切って応える。
ゴブリン騎士団を率い、アテルカが叫ぶ。
「王国の滅びに嘆く民を、これ以上作りはしないのです! 我らが王国に手を貸し、助け、そして敗北に涙した人々よ! 今度はわたくしたちが、その涙を拭うのです!」
オーゼンさんの、俺たちの、民衆の、王国騎士たちの、
アテルカたちの思いが、一つに確かに重なる。
「――――この王国を、救ってみせるッ!!」




