お客様ご案内
祭りの喧噪賑わう街の中で、クリシュナが俺を見上げて立っていた。
「な……なんでこんなところに!? まさか、一人で!?」
「そんなわけはなかろう。人混みに紛れて、警護の共がおる。美味そうな串焼きじゃな。わらわにも買ってたも」
呆気にとられた俺は、思わず言うとおりに屋台で串焼きを買い、彼女に渡す。
串焼きを買うのは良いけど、何、お祭り見物?
そう頭を悩ませていると、クリシュナが事もなげに答えた。
「お主を探しておったのじゃよ。逗留期間が明日までなのじゃと? その後は街に宿を取ると聞いたからの。宿を探せば、お主に会えるじゃろうと思うて式典を途中で抜け出してきた」
「良いんですか、領主御令嬢」
「良いよ。挨拶をするのは父上で、勲章を手渡すのは次期領主の兄上じゃ。いかな令嬢とて、十歳の身では会場の飾り花にもならんよ。――む、これ美味いな。もう一本!」
よく食べるご令嬢だこと。
剣術を使うからか知らないけど、動きやすく男装姿になってるし。
串焼きを食べて満足したのか、お礼を言って移動を始めるクリシュナに、促されて慌ててアシュリーとついて行く。デルムッドが後方を警戒していたのは、たぶん護衛の従士の気配だろう。
人混みに紛れながら話し始めるクリシュナに、雑踏の喧噪で声を消して密談したいのだと気づいた。
「こたびのドラゴン討伐、不思議な話を聞いた。民衆を守るため、我が領軍におとぎ話に語られた存在たちが蘇って力を貸した、とな」
「らしいですね」
「兵士たちにも聞いてみたが、どうやら真の話らしい。――それと同時に、我が家に逗留した召喚術士。この召喚術士はドラゴン討伐に貢献したのにも関わらず、はて、式典には出席せぬと言う。では、具体的に何をして報奨されたのであろうのう?」
「お父上から、何か聞いたんですか?」
クリシュナは意味ありげな笑みを浮かべて、頭を振った。
「父上に聞いてみたところ、その召喚術士のことは『聞いてはならぬ』と答えられた。わらわは、直感したよ。その、おとぎ話の存在たちとやらは、『誰かに召喚された存在』ではないか、とな? そんな大層なものを召喚できる術士が実在すると広まれば、ドラゴン討伐どころではない大事じゃからのう」
そこまで言ったところで、それまで前を歩いていたクリシュナが足を止め、俺を振り返った。不敵な笑みを浮かべて。
「……お主、なのじゃろ?」
ここで軽々にうなずくと、辺境伯やギルマスの思惑に差し障りかねないな。
何より、自分から言いふらすことでも無い。
そう思って黙っていると、クリシュナに察せられたのか、彼女はにぃっと楽しそうな笑顔になる。
「良い良い。言葉にせずとも、伝わったわ。むしろ、父上から『聞いてはならぬ』と言われておることじゃ。言葉にされた方が何かと後に響く。お主は、興味が尽きんのぅ」
ったく、本当に十歳かよ。頭回りすぎだろ。
これが貴族の駆け引きって奴か。
「それにしても、お主も怖いもの知らずじゃな。式典で名を売らぬなど、父上がお主を危険視して、秘密裏に消してしまうつもりだったらどうしたのじゃ? 無名の輩など、いなかったことにした方が楽じゃと、父上たちが考えぬとでも信用しておったのかえ?」
「いいえ? そのために、アランさんの監視を断らなかったり、手の内を並べたり、疑われるような真似は極力避けてましたよ。今こうしてるのは、俺に消す価値も無い、と向こうが判断したからだと安心してるからですね」
「捨て身で信を勝ち取るかぇ。大人しそうに見えて、なかなか豪胆なことよのぅ。いっそ、わらわが育つまで待たんかぇ?」
そりゃ無理だ。だって、
「無理ですよ。俺は辺境伯領に長く留まっているとも限りませんし。辺境伯も、いずれこの土地を出て行って消える人間だから、必要以上に気にかけてない面もあると思います」
「なるほどの、旅人ということか。残念よのぅ」
つまらなそうにクリシュナがむくれる。
後ろ手を組み、俺を覗き込んで彼女は言った。
「では、串焼きの礼に街を案内してやろう。いずこかの店に行くのじゃろう?」
まぁ……この街のことは、まだよく知らないしな。
事態を見守っていたアシュリーに尋ねてみると、受けるかという話になった。
せっかくだから、お願いすっか。
にしても、領主の娘とは言え、貴族の子どもが街に詳しいってどうなの?
日頃の護衛、大丈夫?
******
お嬢様の案内で、領都の魔道具店へ。
商会の経営する総合店ではなく、工房の併設された専門店へと案内された。
総合店では生活に密着した安価なものが中心で、魔道具自体が高価なだけあって点数が少ないらしい。一般市民に売れづらいからだな。
「この辺りは工房通りでな。雑貨を始め、武器や防具、薬品など大抵の専門店が軒を連ねておる」
「なるほどね。んじゃ入ってみるか」
店内は意外と広かった。
小さな個人商店をイメージしていたが、地球の大型コンビニくらいの広さがあり、様々な道具が展示されていた。
売値が書かれているものもあるが、中には売値が表示されていないものもある。
時価か、応相談ってとこか?
「いらっしゃいませ、ウォルケス魔道具工房へようこそ。どのような道具をお求めですか?」
カウンターらしき仕切りから、店員が近寄って声をかけてくる。
作業服なのは、ここの工房の徒弟さんだから、とかかな?
他に客らしき姿はない。
流行ってない……ってわけじゃないな。商品にホコリがかぶってない。
高単価商品だから、来客自体が少ないし、一つ売れればやってけるってことか。
店員さんに商品の説明をしてもらいながら、めぼしいものを探していく。
魔石で動く魔道具は、思ったより色々なものがあった。
お定まりのコンロや給水・給湯器、ここら辺は魔力を火や水に変えてるんだな。
魔力を風に変える扇風機から、室内用の空調まで。
土魔術を使った、台車くらいの大きさの手持ち耕運機とかもあった。
面白いな、魔道具。しかも燃料はモンスターから採れる魔石。
肉の確保と燃料の確保が、この世界では同時に行えるらしい。画期的だな。
「しかし、こうなると目新しい道具のアイディアなんてのは思いつかないなぁ」
「そんなこと考えてたの、コタロー?」
「ほぅ、何か当てでもあったのかえ?」
アシュリーとクリシュナに笑われる。
現代文化を模した知識チートは、どうやら通用しないようだ。
俺の知識が乏しいせいもあるが。
「はは、面白いアイディアがあれば親方が買い取らせてもらいますよ。もしくは、こんな魔道具が欲しい、なんて開発の相談も受け付けてます。……費用はかかりますけど」
なるほどね。
よくある頑固一徹の職人気質、って訳でもないのか。
「そうだなぁ。あったら便利なのは、やっぱり通信系か? 魔力が風――動力に変わるなら、振動化して遠くとやり取りとかできたら便利だよな。あと、別方面だと、風の魔道具で作った風を受けて自由に空を飛べるハンググライダー、なんてのも夢があるよな」
ふと、思いつきでそんなことを言ったらば。
周囲の目が、一様に、まん丸に見開かれていた。
店員さんは、顎が外れそうなほどあんぐりと口を開き、目を白黒させている。
やがて、正気に戻った店員さんが俺の腕を掴んだ。
「――そ、その話、詳しく!」




