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贄たちの帰還



「珍しいわね、ナトレイアがあんな風に笑うなんて」


 調査組が出立し、幾分人の減ったギルドで、ふとアシュリーがそんなことを漏らした。

 俺はデルムッドをモフる手を止め、振り返る。

 途中で撫で撫でを中断されたデルムッドは、不満そうだった。


「そうなのか? 人当たり良さそうな人だったが」

「それはコタローがここの治癒術士だからよ。彼女、この街に数少ないエルフってこともあって、同族でもない他の冒険者たちにはいつもものすごく冷淡な態度よ。かくいう私も、あんなに話すナトレイアは初めて見たわ」


 そんなもんなのか。


「気疲れしそうだなぁ、そんなに普段から肩肘張ってると」

「あんたねぇ……」


 ナトレイアさんはツンデレか?

 いや、クーデレなのかもしれん。


「そういう、あんたの呑気なところなのかもねぇ。ナトレイアの警戒を解くなんて……」


 そこがあんたの長所なのかもね、とアシュリーは不可解そうな表情でつぶやいた。

 絶対本心からそう思ってないだろ、お前。


 まぁ、何しろ、平和ボケした見かけの日本人ですからね。


「それで、アシュリー。俺たちはどうするよ? 森に行けないってんなら、他の場所にでも狩りに行くか?」


「良い機会だから休養したら? 前回の狩りである程度あたしにも蓄えはできたし。それに、しばらくは慣れない狩り場で無茶してケガする冒険者も増えるかもだから、出かけずにギルドに詰めておくってのも仕事の内かもよ」


 うーん。俺としては早くレベル上げをしたいのだが。

 焦ってもろくなことにならないし、アシュリーの判断に従っておくか。



******



「ヒマだ」


 ヒマすぎてモフモフしてしまう。

 顎の下を撫でられるデルムッドは、気持ちよさそうに目を細めている。


 森の調査が始まってから、七日が経った。

 調査は全部で六パーティに発注され、そのうち四パーティほどがローテーションで森に赴いている。

 一度の調査日数は二日から三日。生態系がバラバラに狂っているらしく、今までの出没範囲がまるで当てにならないためか、慎重に慎重を重ねて探索しているようだ。


 調査組に選ばれたのは、森を主な狩り場としていて実績のあるパーティばかり。

 ならばなぜアシュリーに声がかからなかったのかと言うと、答えは単純。

 アシュリーの森での実績はあくまで単独(ソロ)でのものだからだ。


 六組のパーティ中、単独(ソロ)でパーティ扱いされているのはただ一人。

 エルフの冒険者、『剣姫』ナトレイアだけだとか。

 やっぱ並じゃねーのな、あのエルフさん。


「平和で良いことじゃない。ケガ人も少ないし」


 ギルド広間のテーブルで弓の手入れをしながら、アシュリーもヒマそうにつぶやく。


「そうですよぉ、コタローさん。せっかく森の調査も順調に進んでるのに。この分だと、今回の調査で新しい魔物の分布図はあらかた埋まりそうだって話ですよ?」


 答えたのは、なぜか受付ではなく、アシュリーの対面に座るファリナさん。

 俺の呼び出した角ウサギ三匹に囲まれて、モフモフしくも幸せそうな様子である。


『ホーンラビット』

1:1/1


 戦力としてはゴブリン以下の小動物なんだが、俺が喚べることを知られた途端、モフモフ要員として三匹もねだられた。

 良いんだけどね。ギルドの中じゃデルムッド以外の召喚枠は必要ないし。


「それ自体はいい話なんですけど、受付で仕事してなくて良いんですか、ファリナさん?」

「ウサギ休憩中です」


 何その昼食休憩みたいなノリのサボり休憩。

 抱きしめられてるウサギたちは無邪気にきゅっきゅ鳴いてるけど、良いのか? その人、虎の獣人だぞ? 肉食動物の獣人なんだけど、捕食者に対する萎縮とかまったく無くモフられてるな、お前ら。


「はぁー……コタローさんも人が悪いです。こんなにかわいいウサちゃんたちを三匹も召喚できるなんて、最初から言ってくれたらよかったのに。治癒術士としてじゃなくても、わたし専属のモフモフ士としてすぐさま冒険者登録してあげましたよ!」


 そのモフモフ士というのは、具体的にどんな仕事をする職種なんでしょうか?

 モフモフを提供する職業ですか、なるほど。無いです、そんな職業。


「それは冗談としても、森は広いですからねぇ。その分の依頼発注や狩猟品の換金が無くなってるんで、人手は余ってるんですよ。わたしは他の新人職員の手が足りないときに応援で手伝う、まぁ、半休扱いなのです」


 そりゃそうか。

 俺がこんなにヒマなんだから、ギルドの事務員さんたちの仕事も減ってるだろう。


「もしかして、ファリナさんって受付の中でも結構偉い人なんですか?」

「ええーと。一応、十歳からここで働いてるので、受付嬢の中では長い方ですねぇ。こういうときに、新人に仕事を任せて監督に回るくらいの立場ではあります」


 おおう。意外にベテランだった。


「あのね。コタローが実技試験なしで冒険者登録できたのも、ファリナが受付したからよ? いくら治癒術士だからって、普通は実技試験なしで登録するなら、ギルドマスターとか上役の承認が必要になるんだから」


「そうだったのか。その節はありがとうございます、ファリナさん」


 アシュリーの説明を聞いて、モフモフにご満悦なファリナさんに頭を下げる。

 承認が必要って……もしかして、ファリナさんが窓口業務の上役なのか。


「あはは。あのときは、有望そうなスキルの人が現れたので、強権使っちゃいました。でも、その後のギルドでのケガ人の治療を経て、ギルマスからはよく採用してくれた、って褒められたんですよー」


 照れくさそうに笑うファリナさん。

 お役に立てたなら、何よりです。

 いつか日本に帰るから、役職に縛られるつもりは無いけど。仕事上の評判は確保しといて損は無いからな。


「今のところは、あのときみたいな大惨事も無さそうで、平和ですね」


「一応、ギルドでも信頼のおける実力のパーティばかり選んで調査に送り出してますからね。あらかじめ準備してれば、あんなことはそうそう起きないですよぉ」


 だと良いけど、この会話がフラグじゃなければ良いが。

 でも冒険者って危険と隣り合わせの職業だから、個々人の安全意識が高いからな。回復薬……いわゆるポーション類みたいな奴もこの世界にはあるし、安全マージンは取られてるか。


 ま、大丈夫だろ。




 ところが、そうはならなかった。


 昼を過ぎ、日も傾いて調査組の冒険者たちも戻るかと思われた頃、冒険者ギルドの入り口に現れた人物がいた。


 老年の、白髪交じりのおっさんだ。口の周りには白ひげを生やし、筋肉質で大柄な体格を革鎧に包んでいる。

 そのおっさんの姿に、広間の誰もが言葉も無く目を向けた。



「――治癒術士のコタローはいるか」



 剣呑な、緊迫した表情でおっさんは広間中に通る声で言った。

 俺は息を呑みながら、名乗り出る。


「あ、ああ。俺だ。何の用だ?」


 誰だろう、このおっさん。

 名乗り出ながらもそう思っていると、受付から、仕事に戻っていたファリナさんが叫んだ。


「ギルマス! どうしたんですか、領主館で打ち合わせじゃなかったんですか!?」


 ギルマス!?

 このおっさんが、冒険者ギルドのマスターか!

 ギルマスのおっさんは、広間の中を俺に向かって進みながら、受付の方を見ずに言う。


「ファリナ、治癒術士を借りるぞ。――コタロー、初対面の挨拶は後だ。お前の腕を見込んで、仕事を頼みたい」


「治療か?」

「そうだ」


 ギルマスは、厳かにうなずく。

 まさか。まさか、森に調査に行った冒険者たちに何かあったのか!?


「わかった、すぐに行く! ケガ人は!? 冒険者たちは、どこにいる!?」


「いや、冒険者たちではない――」


 おっさんは、静かに告げた。


「『ドラゴン』を討伐しに出た、領主軍だ。甚大な被害を被り、撤退してこの街の前に待機している。随伴した治癒術士たちだけでは手が足りない」


 領主軍。討伐に出る、と言っていた。

 千人の軍隊。上級騎士。治癒術士たち。

 まさか――



「――討伐は、失敗した」




 ……『喰われた』……のか?







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