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ギルドで開業



 翌日は、ギルドで開業することにした。


 前日の研修はおおむね好評、エミリアさんだけでなくスラムまとめ役のダルケスさんからも「また頼むわ! いつでも練習しに来いよ!」とタダ働きを催促されてしまった。

 いや、結果は出せたってことで冗談半分の催促なんだろうけど。


 というわけで、一晩休んで今朝からは、かねてからの約束どおり冒険者ギルドで待機中である。

 ここから俺の回復チート伝説が始ま……らない?


「暇ですねぇ、ファリナさん」

「まぁ、この時間はこんなものですよ、コタローさん」


 時刻は早朝を少し過ぎた辺り。

 ギルド内にお客さんどころか人っ子一人いないので、受付嬢の虎獣人娘、ファリナさんに話しかけて暇を潰す始末だ。

 デルムッドも護衛の出番が無いので、床でだらりと寝息を立ててる。


「ちょうど仕事を探し終わって、皆さん依頼に出かけたくらいの時間ですから。換金しに帰ってくるのも、ケガ人が出て途中で帰ってくるのも、もう少し待たなきゃいけません。いつもこの時間帯が一番暇なんですよ」


「なるほど。それで、ファリナさん以外の受付さんはみんな事務仕事しに引っ込んじゃったんですね」


 当番で窓口に座っているファリナさんは、最初に俺たちが森から帰ってきたときの獲物を換金してくれた受付嬢だ。

 頭の上には丸い虎のケモミミ、胸部装甲も大変柔らかそうな美人さんである。

 何より俺の目を引くのは、


「こ、コタローさん、そんなに私の瞳、気になります?」

「うーん。やっぱり綺麗だなぁって」


 猫科の縦長の虹彩が輝く瞳だ。ついつい見ちゃう。

 俺がそう言うと、ファリナさんは照れくさそうに頬を赤らめて視線を逸らす。

 嫌われてはいなさそうなので、ことあるごとにその綺麗な顔立ちを見つめてしまう。


「だ、ダメですよ、アシュリーに怒られちゃいますから」

「アシュリーは宿屋で絶賛惰眠中です。……でも、確かにファリナさんや他の子見てると怒るんですよね。何なんだろ、アシュリーの奴?」


 それはアシュリーがコタローさんのこと……

 と、ファリナさんが困ったようにもごもご言っている。

 まさか、出会って間もないし、そんなラブコメ展開があるとは思わないが。


「でも、すみません、ファリナさん。確かに仕事中なのに見つめてばかりで失礼ですよね。お詫びに今度食事でもご馳走しましょうか?」

「それは、アシュリーも一緒に?」

「どちらでも大丈夫ですよ。受付さんにはお世話になりますし、慰労も兼ねて日ごろのお礼がしたいなと」


 そう言うとファリナさんは、そわそわと丸いケモミミを動かした。


「こ、コタローさんは変わってるんですね。私、獣人以外の男性の方から食事のお誘い受けたの、初めてです……」


「そうなんですか?」


 意外だ。こんなに美人なのに。

 スタイルも顔立ちもいいし、誘ってくる冒険者とかいくらでもいそうだけど。


「虎の獣人って、種族的に腕力が強いんで……相対すると緊張されることが多いです」


 なるほど。まぁ、衛兵と同じ攻撃力な上に『敏捷』持ちだもんな。

 強いというのは容易にわかる。

 そういう自衛能力がある女性だから、戦闘力のある男と接触のある窓口業務を任されているのかもしれないし。


「俺には腕力無いので、荒事にはなりようがありませんしね。面倒ごと起こす気が無けりゃ緊張するも何もありませんよ。ファリナさん美人なんで、その点はちょっと気後れしますけど」


「び、美人って……そんなぁ、もう」


 イヤイヤするように嬉しそうな顔を振るファリナさん。

 午前の暇な時間帯は、そんな風にダラダラ過ぎていった。



*****



「おはよー、コタロー。……ってなんで魔物素材運んでるの?」


 午後からギルドに重役出勤してきたアシュリーが、俺を見てそんなことを言ってきた。

 もう昼過ぎだぞ。


「やることなくて暇だったから、力仕事手伝ってるんだよ。今日はまだケガ人が出てねぇ」

「ふーん。いいことじゃない」


 そうなんだけどさ。

 治療係としてはやることが無いわけです。

 だもんで、ファリナさんに頼み込んで、冒険者が持ち帰ってきた素材を奥の解体場に運んだりする雑用を手伝っている。

 治癒術士コタロー、開業初日にして廃業の危機。


「結局昨日もあれだけスペル使って階位(レベル)上がらなかったからなぁ。こりゃ、本気で狩りに出向くこと考えたほうがいいかな?」


 狩り! と聞いて足元のデルムッドがゆさゆさしっぽを振っている。

 身体を動かしたいのかもしれない。


「無理しなきゃそれもいいわね。じゃあ、後でコタローの防具でも見に行く? 冒険者用の装備売ってる店はギルドの近くに固まってるから、すぐ行けるわよ」


「そうするかなぁ。――ファリナさん、ちょっと出払っても大丈夫ですか?」


「近場でしたら大丈夫ですよ。もしものときのために、すぐに連絡できる場所にいてくれたら問題ありません」


 連絡はデルムッドに任せよう。何かあったら匂いを辿って呼びに来てくれるはず。


「じゃあ、デルムッド置いていきますね。何かあったら、呼びに来させてください。デルムッド、すまんがここで待機しててくれ」


「わぁ! よろしくお願いしますねー、デルムッドちゃん!」


 そう言うや否や、ファリナさんがデルムッドに飛びつき白い毛皮をモフりはじめた。

 猫科の獣人のはずなんだけど、犬と相性は悪くないんだろーか?


 気持ちよさそうに撫でられるがままのデルムッド。

 やはり異世界でも女性にモテるのはモフモフでした。知ってた。









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