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山中の豪傑



 精霊魔導兵器――


 古代、この世界にまだ『精霊』が数多く姿を現していた頃。

 精霊は、人類に力を貸すことも多かった。


 人類以上の魔術を行使する神秘。

 だが、その存在はあまりにもか弱く、ひ弱かった。


 肉体を持たない魔術存在である精霊は、魔術を介さなければこの世に影響出来ない。

 古代、魔術を受け付けない特定の魔物たちは、精霊たちの天敵であった。


 精霊たちは、己らが安寧な暮らしを守るため、世界にはびこる魔物と対峙するにあたって、物理上の無力を嘆いていた。


 そこで手を取り合ったのが人類だ。

 精霊は、土砂の崩落や、氾濫による洪水などの天災から、魔術を持って人命を救ってくれることも多かった。

 人類は精霊を信仰し、その危険を遠ざけるべく立ち上がった。


 鍛えた腕力で精霊たちの物理の盾となるだけでなく、人類の知恵は別方向で問題を解決した。

 魔術構造を固定化し、魔力で駆動する『魔道具』の技術を使って、精霊たちのまとう鎧を作り上げた。


 精霊たちは鎧に乗り移ることで物理上の無力を克服し、敵対する魔物を駆逐した。

 それこそが精霊魔導兵器。

 精霊たちと人類の、友情から生まれた破魔の鎧。


 これは、精霊たちがまだ数多く姿を現していた、人類の忘れた遠い歴史の話である。



******



「オルスロート、なんでいじけてんだ?」


「いじけてなんてねーよ」


 俺の喚びだしたラッシングジャガーの背で、少年の姿のオルスロートはどんよりとうつむいていた。


 ここは大霊峰の中腹、『竜の谷』へと至る道中の山道である。

 せっかくの帰郷だというのに、オルスロートの顔は浮かない。

 どころか、どこか怯えているようにも見える。


「……ただ、気が進まないだけだ。どんな顔で『谷』に帰ったもんか、ってな」


「なんで?」


「言っただろ、余は幼い頃に『谷』を飛び出した身だ。――エルダードラゴンが、人の社会に関わることは掟で禁じられてる。何を言われることか……」


 何かと思えば。

 犯罪者、と言うよりは、叱られることに怯えている子どもである。

 実際に、オルスロートはまだまだ若いエルダードラゴンだってんだから、年長者たちには頭が上がらないんだろうな。


 これが巨大帝国を陰で支配していた暴君の実家での姿だと思うと、なんだか微笑ましい。


「オルスロートくん。『竜の谷』に入るのは問題無いのかい? 一度飛び出したら、二度と戻れないとか……」


 グリズリーにまたがった飯山店長が、心配そうに尋ねてくる。

 オルスロートは、それは問題無い、とかぶりを振った。


「拒まれることは無い……と、思う。余自身が帝国で経験してわかったことだけど、『竜の谷』が他の種族から距離を取ってるのは、単純に寿命が違いすぎるからだ。自分たちよりも早く、すぐ死ぬ連中なんかと交流したくないんだろうよ」


 情が移るからな、とは言葉にしなかった。

 初代オルガヌス帝や、死別した過去の帝国の人たちを思い出すからだろうな。


 エルダードラゴン側の真情の吐露に、法国代表のエスクレイルが、恐る恐ると尋ねる。


「……あの。過去に、法国が戦災や天災に襲われたときは、エルダードラゴン様方が大霊峰から降臨されて、助力いただいたとの記録もありますが……」


「そりゃ、いくら交流を絶ってても、足下で惨劇が起これば少しは手助けしてやろうって気持ちにもなるんじゃないか? 餓えた野良猫にエサをやったこととか無いのか、お前ら」


 あるけど。

 いや、オルスロートもあるの? お前が?

 あまりにも意外なたとえ話に、内心噴き出しそうになる俺をよそに、エスクレイルは強者の慈悲に心酔し、ありがたく祈りを捧げていた。


「ああ……やはり悠久の長者、エルダードラゴン様方は、我々を見守ってくださっていたのですね……!」


 あかん。なんか法国の人たちには別の方向で不安を感じてきた。

 エルダードラゴンの庇護があるからって、何となくなんだけど「助けられる」ことに慣れてないか、この人ら?


 いや、確かに俺たちも動かないことはないけど。

 他国人である俺にすぐさま助けを求めてきたのもそうだし、なんだか他力本願な主義のようにも感じてしまう。

 狡猾な弱者、というか。あんまり良い気分じゃないな。


 その内心の疑念を感じ取ったのか、エスクレイルは俺を見て頭を下げた。


「新たなる神の疑念はごもっともです。我らは弱き者。ですが、神に祈りを捧げることと神におすがりすることは、違うことだと知っております。――今、この瞬間にも法王猊下は各国へと使者を飛ばし、内在信徒の説得を介して各国に協力を呼びかけております」


 法王猊下が、各国に協力を求めている。

 それはつまり、


 俺の理解を言葉にするように、エスクレイルは説明した。


「神のお力が必要なことには代わりません。――ですが、我々人類も物言わぬ木々ではありません。神だけを戦わせて、我らは座して待つ、などとできましょうか。我ら人類も微力ながら、ともに戦う準備を進めております」


 なるほどね。

 俺たちだけに押しつける気は毛頭無い、ってことか。

 それは心強いね。最初に言っておいて欲しかったけど。


「コタロー殿。不満な気持ちはわかるけど、最初から言うのは無理だったと、わたしでも思うよ? ――相手が相手だ、強力なエルダードラゴンの支援でも確約されていなければ、国家は独力で防衛を主軸にする。一致団結して討伐に立ち上がる、なんて無理だよ」


「それは、一般的な貴族として?」


 うん、と所長はうなずいた。

 なるほど。確かに、負け戦に立ち上がって討ち死にするよりは、世界の滅ぶその日まで、防備を固めると弱気な判断をしてもおかしくないか。


 というか、国家は多数の国民の命を預かる存在だ。

 あだやおろそかに人命を消費するよりも、自国だけは長く生き延びたい、と籠城的な防備策を執る方が堅実だな。

 騎士道もあくまで自国を守るためであって、他国や世界を守る大義ってわけじゃないし。


 エルダードラゴンの助力、のような有力な希望が無ければ、積極的な賛同はできないか。


 横で話を聞いていたナトレイアが、得心したと言う風に、空に向けて拳を握る。


「……ということは、私たちの責任は重大ということだな!」


「そうだな。何としても『竜の谷』に入らないといけない。――頼むぜ、オルスロート」


「お、おう。……余に任せろ」


 請け負うオルスロートだけど、その声は小さい。

 頼んだよ、ほんとに?


「――おんっ!」


 同行しているデルムッドの吼える声が響く。

 敵襲か。


 全員戦闘態勢を取る中、離れた樹上に見える二体のバーサーカーファング。

 あれか。でもバルタザールがいるから問題無いな。


 ……と、何だ?

 哨戒中のメガロドレイクが、何だか騒いでる。

 脅威じゃないことを俺が確認してる以上、アバターが騒ぐことはないはずだけど……


「勇士よ、気をつけろ! ――まだ『何か』がいる!」


 バルタザールが叫び、警戒の構えを取る。

 樹上のバーサーカーファングは、俺たちを狙ってはいなかった。


 二体のバーサーカーファングが、曲がりくねった山道の角へと飛び込んでいく。

 太い樹木の陰に飛び込んだ二体の魔物は、しかし、一瞬で肉片へと化した。


 なんだ!?

 バーサーカーファングが、一瞬でバラバラにされたぞ!?


 リザードマン型の長い手足や頭部が、飛び散っては道ばたに落ちる。

 ヤバい……『何か』が、この道の先にいる!


「――誰だ!?」


 樹木の陰から姿を現したのは、一人の男だった。


 ナトレイアが思わず誰何(すいか)の声をかけたが、男は答えず、寡黙にこちらをにらみつけている。


 何だ、こいつ……

 ただの人間じゃない。魔物を肉片に変えたことを差し引いても、傍目にも異様だとわかる。


「エミル、撃て! ――『鑑定』だ!」


『アイアイ、マス――!?』


 エミルの表情が固まる。展開した『魔術砲身』から魔術は放てず、発動しなかった。

 エミルが慌てた声で叫ぶ。


『無理です、マスター! 対象不適正! ――魔術の対象に、取れません!』


 対象に、取れない――?


 その言葉に、そばに控えるハンジロウの姿が目に入る。

 しまった、まさか『隠密』持ちか!?



『隠密』・このアバター(モンスター)は、敵の対象にならない。



 ハンジロウと同じ能力、確かに他に持っている奴がいても不思議じゃないか!


 男がこちらに向かって走り出す。

 すると、その右腕が急激に膨れ上がり、鱗に覆われた巨大なかぎ爪へと変化した。


「させぬ! ――ぬぅ!?」


 バルタザールが俺たちとの間に割り入り、そのモンスターのものと化した腕を受け止める。

 が、ダメージ以上に、それを受け止めたバルタザールの足が一歩後ずさった。


 力負けしてる――押し込まれてるのか!? バルタザールが!?


 そんなバカな、そんなに長身でも無いのに、どんだけの腕力を持ってんだよ!?

 天を衝くような巨大さの『左腕』の攻撃も弾き返したんだぞ!?


「ひ……!」


 かすかな悲鳴に振り向くと、オルスロートが頭を抱えてガタガタと震えていた。

 オルスロートでも怯える実力!?

 あれは何だ、人間の姿をしているけど、モンスターなのか!?


 まずい、ダメージじゃ無くて、純粋な腕力でバルタザールが押し倒される!


「加勢するよ、バルタザールさん!」


 飛び出したのは、飯山店長のまたがる『ベルセルクグリズリー』だった。

 四足歩行で走り、その巨体で突撃する。


「危ない、店長ッ!」


「勇士イイヤマ、来るな!」


 俺とバルタザールの制止も聞かず、飛び込んだグリズリーが、一撃でかぎ爪に引き裂かれる。

 幸いにも飯山店長には直撃しなかったけど、店長は無防備に山道に転げ落ちた。


 泥にまみれながら、店長が前を向く。


「店長ッ、無理です! 早くこっちに下がって!」


「イヤだ!」


 店長は頑として安全圏に下がろうとしない。

 バルタザールが抑え込んではいるけど、前線にいたらいつ攻撃を受けてもおかしくない!


 飯山店長が叫ぶ。


「もうイヤなんだよ、僕だけ何も出来ないのは! コタローくんも、ナトレイアさんや所長さんたちも、みんなみんな、僕の店のお客だ! 今まで何度も同じことを思ってきた! 今まで来ていた誰かが、もう来れなくなるなんて、寂しすぎるんだよ!」


 その叫びはとても悲痛なもので。

 多くの客が訪れた。店に来続ける客もいるだろうけど、いつかは誰もが、その店に来なくなる。

 進学で。就職で。家庭の事情で。あるいは、遊ぶことを辞めた人が。


 そんな客たちに置き去りにされながらも、飯山店長は一人でずっと店を続けてきた。


 俺だってそうだ。最初は、就職で。そして、異世界に来て。

 いつかは、誰もが、いなくなる。


「もう、僕は! 置いて行かれるのはゴメンなんだ! ――店で遊ぶ客を守れもせずに、客商売なんてやってられるもんかッ!!」



 ――守るべき者に、支えられている。それを忘れてはならない。ならないのです。



 声が、聞こえた。


 飯山店長が、泥まみれで叫ぶ。

 その『伝説』の名を。


「力を借ります! ――『高機動精霊、ベアアームズ』ッ!!」


 飯山店長の呼び声に応え、光が形を作る。

 山道の木々をなぎ倒して現れたそのアバターは、無骨なフォルムをした、まるで見上げるほどに巨大なロボット――

 いや、


「きょ、巨大ゴーレム……!?」


 所長やアシュリーが、驚きの声を上げる。


 現れたゴーレムの背面が、蒸気を噴き出して開く。

 そこにはまるで、人間を収めるような空間が存在していた。

 ゴーレムが、女性の声を響かせる。


『乗りなさい、召喚者。――私は、貴方が戦うための(ヨロイ)となりましょう』


「……ありがとう!」


 飯山店長はためらわなかった。

 何が待つかもわからないその空間へと飛び込み、ゴーレムの体内へと収納される。



『高機動精霊、ベアアームズ』

5:4/4

 『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。

 『飛行』『甲殻5』

 『魔術砲身』

 『操縦5』・このアバターは操縦者が操作している限り、+5/+5の修正を受ける。



「バルタザールさん、今度こそ加勢します!」


 飯山店長の声が響き、ゴーレムが駆動する。

 その巨体を見上げ、エミルがぽつりとつぶやいた。


『精霊魔導兵器……ゴーレムではありません。あれはベアアームズという名の精霊の宿る、古代魔道具の「(ヨロイ)」です』


「そ、そんな技術、聞いたことも無いよ、エミル殿……?」


 所長がその概念を初めて知ったというように、驚きの声を上げる。

 古代兵器。歴史に消えた古代の遺物、この世界の大昔にはあんな魔道具を作る技術があったのか。


『ベアアームズの語るには、精霊がまだ人前に現れて共存していた頃の技術だそうです。やがて精霊と人との距離が離れ、あの技術は人類の歴史の中で忘れ去られた、と』


「あんな巨大な魔道具、あり得ないと思ったら……精霊が動かしてるのか。精霊の力が無きゃ、あんなものを動かすのは、現代じゃとても無理だよ……」


 精霊は今も存在するけれど、実際に現れてその力を示すことは滅多にない。

 ナトレイアのスキル『精霊の一撃』のように、ただその力の一片を貸し与えることもある気まぐれな存在なのだそうだ。


 人類と手を取り合い、いつか消え去った精霊たち。

 あるいは精霊の姿を忘れたのは人類の方だったのか。


 時の流れるうちに親しい隣人を失った精霊が、それでも一人誰かを迎え続けた飯山店長に力を貸してくれていた。


「バルタザールさん、巻き込むから離れてくださいッ!」


 魔導兵器ベアアームズが、その鋼鉄の巨腕を振り下ろす。

 振るうだけで暴風を巻き起こす威力の拳が、バルタザールに襲いかかっていた男に直撃する。


 しかし、その全力の拳は、男に受け止められた。

 どん、とまるで隕石でも落ちたように山道が陥没し、苦悶の顔で歯を食いしばってはいたが、それでも男は、兵器の拳をその腕で受け止めた。


 あれでも倒せないのか!?


 驚く俺たちをよそに、拳を受け止めた男の口が開く。


 その口から漏れたのは、決してモンスターの鳴き声ではなかった。

 人間の、俺たちが話すのと同じ言語だった。


「……ッ! このような大層なものまで持ち出しおって……!」


 あれは、人類なのか!?

 いや、あの腕はどう説明する? あんな能力を持ってる人類なんて――


 そのとき、俺の脳裏にとあるスキルの存在が浮かぶ。

 逆か? 人間がモンスターの腕を持ってるんじゃなく、モンスターが人間の姿を取っている。


 ――『人化』


 まさか?

 その考えを肯定するように、男はこちらに向かって怒鳴りつけてきた。


 正確には、俺たちと一緒に後方にいる、オルスロートに向けて。


「――どのツラ下げて戻ってきおった、オルスロート! このバカ息子がァッ!!」


「ひっ……ごめんよ! 悪かった、ごめんってば――父上ッ!」




 父上ぇ!?

 この人、エルダードラゴンなのか!?









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