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聖女の宣告



 封印された災厄の欠片、『左腕』を倒した俺たちは、法国の首都を目指してワイバーンを飛ばした。


 俺が『伝説』たちに教えられた『世界』の終わり。

 それは災厄の欠片という『魔法(エクストラルール)』の存在に根ざすものだ。

 それを解決するために、同じ『魔法(エクストラルール)』である俺が頼られるというのは不思議な気がするが、詳しくはバルタザールたちも語らなかった。


 おそらくは『根源』という存在もまた、言葉を持って『伝説』たちに説いたわけではなく、『伝説』たちも現状を推察するしか無かったためだとは思うが。


 その原因は、『封印』を敷いた法国に行けば何かがわかるのだろうか。


 いや、何かがわからなかったとしても、『伝説』たちの話を俺一人で留めるわけには行かない。

 ハイボルト国王陛下やクロムウェル皇帝陛下にも相談すべきだとは思うが、まずは法国の首都に赴いてからの話だな。

 解決策も詳細もわからないのに、不安だけを急いで伝えるのは下策だ。


『あ、マスター。この辺の地形、見覚えがある。もうすぐだと思うよー?』


「そうか。助かるよ、エミル」


 エミルが、ワイバーンの背で景色を見ながら、そう教えてくれた。


 懸念していた法国の首都の詳細な位置だけど、なんとエミルが知っていた。

 魔弾の大賢者ゼファーとともに、千年前に訪れたことがあるらしい。


 首都の位置……というより、法国はその頃から存在してたんだな。

 緑の聖女アスラーニティが所属してた母国だって話だから、確かに当然か。


「まぁ……確かに、近いってのは、あたしたちにもわかるわよね」


「確か、ふもとにあるんだよね? なら、確かにわかりやすそうだ」


 アシュリーと所長も、そんなことをつぶやく。

 飛行移動する俺たちにもわかりやすい、確かな目印が俺にも見えているからな。


 悠久の風格を漂わせる、巨大なる山脈。

 かなり前から見えていたが、空を進むたびに目に見えて巨大になっていく自然物。

 天を衝くかと思うような、地球の富士山を越えるその光景に、俺たちは息を呑んだ。


 法国の聖域、世界の中心。知性ある竜、エルダードラゴンの棲まう土地。


「すげぇな。あれが――『大霊峰』か」


 通信で、他のワイバーンの背に乗るみんなに連絡を取る。

 あの巨大な山のふもとに、目指す法国の首都がある。



******



 ほどなくして、山脈の麓に大規模な巨壁囲いの街並みが見えた。

 あれだな。


 法国クルヴァリスタの首都、アプレシーダ。


 俺たちは連絡を取り合い、エミルの指示に従って街門の近くにワイバーンを着陸させた。

 街壁の上に監視の人員が増えて騒がせたような気もするけど、ワイバーンで訪れるというのは周知済みなわけだし、こちらとしては構わず街門に行くだけだな。


 全員揃っているかを確認して、徒歩で街門へ向かう。

 衛兵らしきひとたちが大挙して待ち構えており、行列の入市者たちを差し置いて、隊長らしき壮年の人物が俺たちへと向けて歩み出てきた。


 貴族の礼法では格が下の人間が先に名乗る。

 けれど、ここは訪問先で俺は来訪者だ。歩み出てくる衛兵隊長より先に名乗りを上げた。


「マークフェル王国の名誉伯爵、コタロー・ナギハラです。ここは法国の首都アプレシーダで間違いありませんか? ――王国より、ワイバーンでの表敬訪問の先触れは、すでに届いていると思いますが」


「お待ちしておりました、コタロー・ナギハラ伯爵。クルヴァリスタ法国へようこそ。そして――宮廷神殿にて、我が国の法王猊下と『聖女』様がお待ちです。神域の使徒様方」


 神域の使徒――


 その一言に、俺たちは警戒に顔を見合わせた。


 王国からの書状では、俺の身分は何も書かず、ただ一介の貴族と記されていたはずだ。

 であるはずのなのに、そんな持って回った呼び方をする理由は、一つしかない。


 俺の本当の正体――異世界の『魔法(エクストラルール)』であることを、知っている。


 それは諜報網から回った情報なのか、はたまた『聖女』や誰かのスキルなのか。

 ともあれ、知られているなら、腹をくくれば悪いことではない。


 俺の知りたい『封印』の情報を聞くには、法国の上層部に接触しないといけないからだ。

 法国側から招いてくれるなら、断る理由はない。


「歓迎ありがとう。すぐに宮廷神殿? に向かった方が良いか? 俺たちは旅装なんだが」


「構いません。要件は火急とのことですので、ぜひとも懇談の場を持たせてもらいたい、とのお達しです。……大湿地帯の方角に現れた、『封印の災厄』についてのお話でしょう」


 封印の災厄。俺たちが倒した『左腕』だな。

 首都からも見えてたのか。


 いや、大空に亀裂が刻まれたんだ。遠方からも大霊峰が見えるように、あの高度と規模の異常な現象なら、法国や隣の王国のほとんどで確認できててもおかしくないな。

 報告などの連絡手段は届いていなくても、直接見えたのなら仕方ないか。


 仲間たちを振り返り、視線だけで確認を取る。

 全員が俺を見てうなずいた。


 衛兵隊長に向き直り、お招きを受けることにする。

 ……時田やシノさんが楽しみにしてた、仕入れや観光は後回しになりそうだなぁ。


「わかった。案内を頼むよ」




 迎えに来た馬車で街並みを通り抜け、たどり着いた先は、白亜の神殿だった。


 市街区の奥に位置する巨大建造物。

 すべてが大理石のような純白の建材で作られ、魔術で加工でもしたのか、継ぎ目などどこにも見えないなめらかさだ。


 古代のパルテノン神殿のような無数の柱を建てる建築様式だけれども、箱型ではなく城塞型になっている。

 天守閣の役割を果たす高層建築部分には、石材の間にわずかだけど金属的な輝きが見えた。


 石材だから鉄筋じゃないだろうけど、金属部品で補強して、石造高層建築でも自重に耐えられるようにしてあるんだな。


 そして、貴重なはずの鉱物資源を、建材として大規模に使用して、維持していると言うことで、ここがこの国にとってどれほど重要な施設なのかがよくわかる。


 この宮廷神殿とやらが、この法国クルヴァリスタの中枢にして行政機関か。


 案内人は貴族と言うより、高位の神官らしい。

 この国では宗教上の役職が、他の国で言う貴族位の代わりとして権威を持ち、国を動かしているらしい。


 その「役職」の通称が、階級などではなく『階位』と呼ばれていた。


 ……まさか。

 この国の宗教は、社会的に成立した人類由来のものではなく、俺をこの異世界に呼び込んだ存在と何か繋がりがある、ということか?


 広い聖堂の中心に敷かれた紅い絨毯の上を歩き、竜のレリーフの彫られた巨大な祭壇の、手前に設えてある三つの玉座の目前へと進む。


 居並ぶ神官たちは俺たちに視線を向けることもなく、祈るように瞑目していた。


 三つある玉座の内、二つにはすでに座っている人物がいた。


 一人は細かい刺繍が無数に入った、法衣姿の老人。

 中央に座っていることから、おそらくはこの国の頂点、法王猊下だろう。


 もう一人は、長髪のうら若い女性だった。

 シンプルなワンピースに透き通った素材のケープを、肩にかけている。

 ……王妃には見えないな。王女様とかかな?


 俺たちが玉座の前へと進み、かしづいて訪越の礼を取ると、法衣姿の老人がしわがれた、けれども優しい声で声を投げかけた。


「よくぞ来られた。あなた方が来られるのを、待ちわびましたよ。――この世界に降り立った、救世の『新たなる神』と、その使徒よ」


 ――ッ!?


 俺は思わず、驚きに顔を上げて、法王猊下を直視してしまう。


 公式の場では、国家元首たる王族に対する行動としては大変な無礼に当たる反応をしてしまったが、法王猊下は不快に思うこともなく、にこりと俺に笑顔を向けた。


「新たなる神よ、お立ちください。私は老齢ゆえひざが悪く、座して相対する非礼を先にお詫びいたします。――私はこのクルヴァリスタ法国の今代の法王を務めます、モードレッドと申します。どうか、直答による対話を望みます」


 直接話せ、ってことか。

 俺たちは立ち上がり、そして視線で確認し合う。


 みんなの視線は、「俺に任せた」と言っていた。

 ……うう、やっぱ俺かよ。こんな大人数に注目されて対話って、演説と変わらんぞ。


「それでは、お言葉に甘えて発言させていただきます。――猊下にお尋ねしたい。私は身分上、マークフェル王国の伯爵位としか連絡しておりません。猊下やこの国の方々は、私のことを以前からご存じだったのですか?」


 すると、モードレット猊下は笑顔のまま、ゆっくりとうなずいた。


「はい、その通りです。少なくとも……あなたがこの大地に降り立ったときより、存在は存じておりました。――あなた様がマークフェル王国やマナティアラ帝国で成したことに関しては、法国の諜報員による報告を受けてはいましたが……」


 他国にも諜報の手を伸ばしてるのか。

 だろうな。宗教国家なんて、下手したら他の各国内の信者全員が諜報員になる。

 幸いにも俺は王国でも帝国でも宗教には近寄らずに過ごせたけど、王国辺境のトリクスの街にいた頃も「教会はある」って聞いてたもんな。


 それで他国の政治に影響を及ぼしてないってことは、俗物的な権力支配志向は持ってない宗教なんだろうと考えたい、けど……


 その懸念には触れず、法王猊下は言葉を継いだ。


「あなた様が降臨されたことは、『彼女』が教えてくれました。――我が国の今代の聖女、エスクレイルと申します」


 そう言って、猊下はもう一つの玉座に座る女性を手で示す。

 王女じゃない――『聖女』!


 紹介された聖女は立ち上がり、俺たちに頭を下げる。


「今代の『聖女』の地位に就いております。エスクレイルと申します。――神域の使徒様方におかれましては、お目にかかれて光栄です」


 封印スキルを持っていた、千年前のアスラーニティと同じ存在か!

 なら、まさか……


「エスクレイルさ……様? 千年前に存在した『緑の聖女』アスラーニティは、災厄を封印するスキルを持っていたとお聞きしています。……お尋ねしますが、貴女ももしや?」


「様付けなど不要です、お好きにお呼びください。――お答えしますと、その通りです。新たなる神のご推察の通り、地位や血統ではなく、特殊なスキルを持って役割を全うする者が『聖女』の役目を担うのです」


 なるほど。

 預言者や聖人――つまり、「奇跡」を起こす者に与えられる称号ってことか。


 そうなると、今の世の中にも『封印』スキルを持ってる人間がいるってことか。

 それは心強いな。……というか、問題は解決してるんじゃね?


 ところが、


「じゃあ、聖女の貴女も『封印』系統のスキルが使えるってことですか。それは頼もしい」


「いいえ。正確には違います、神よ。――我ら『聖女』が持つスキルは封印とは限りません。聖女とは、『世界』と繋がる者。『世界』の声を聞く者。『世界』の力のひとしずくを借りることができる者なのです」


 そして彼女は、顔を上げ、確固とした瞳で真実を告げる。


「そうです。緑の聖女アスラーニティのスキルは、個人の力ではなく――我らのいる、この『世界』の力を借りて行使しているもの。聖女個人の力が『災厄』を封じているのではなく、この『世界』そのものが災厄を封じているのです」


 おい、ちょっと待て。

 この世界が、異世界から来た『災厄の欠片』の抑えになってるってことか?

 なら、まさか――


 ハンジロウたちの言ってた、『根源』がもう持たないってのは。


「異世界の『災厄』を抑えていた『封印』は解けかけています。それは、その力の根源たる『世界』が異世界の災厄を抑えきれず、負荷に耐えきれなくなっていることに由来します。そうです、『新たなる神』よ――」


 周囲の神官たちが、一斉に俺たちにかしづく。

 気づけば法王猊下までが、玉座から降り俺にひざをついていた。


 この『世界』の代弁者たる聖女は、その事実を、俺たちに告げた。




「あなた方は――いえ、神よ。あなたは、この世界を救うために、この世界に呼ばれたのです」











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