神と人の力
それは、神話より少し時を経た時代の話。
神は人類を生み出し、人類は神々を信仰していた。
あるいは人類を寵愛し、子を成す神もいた。
襲い来る異界の脅威に対し、神々は人々と世界を守らんと立ち上がり、人々はともに戦場に立って神々を支えた。
その男は、神であり、人であった。
天空を割いて押し寄せた異界の魔物の群れに対し、彼は一人で立ちはだかった。
戦える神々の駆けつけるまで、戦えぬ人々や神々を守るために、彼はその身を賭した。
己の背後に控える、人々の住まう故郷へは、決して何者も通しはせぬ、と。
人より優れ、神に劣る。
人でも神でもないその男は、人でも神でもあるその命を、己を生んだ者たちのため費やした。
純粋な人ではなく、完全な神でもない。
人ではあるが、神でもある。
人と神をつなぐ者。人と神を守護する者。人と神、すべてを守る者。
これはかつて、この世界で初めて『英雄』と称された――
忘れられし、神話の落とし子の話だ。
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時田の召喚した『伝説』、ラビラダ・ハディーの一撃で、向けられていた『左腕』の一撃は弾き飛ばせた。
けれど、ハディーの能力の有効時間は三十秒。このまま追撃するのは、HPを1まで減らした時田が危険すぎる。
「待避! 時田もだ、みんな一度距離を取るぞ!」
倉科さんたちも同感だったのか、すぐさまワイバーンを後退させていく。
自分たちがそうしないと、頭に血の上った時田が引き下がらないと思ったからだ。
ここは窮地を切り抜けただけで御の字だ。間違っても、誰かのHPをゼロにするわけにはいかない。
時田の喚び出したハディーのことも計算に入れて、体勢を整えるのが先だ。
「大丈夫か、時田!」
ワイバーンを近づけて、時田に声をかける。
けれども、返答は肉声ではなく、繋がったままの『微風のささやき』で入ってきた。
「悪い、コタロー……身体に力が入んねぇ……死にはしねぇが、結構ツレぇ……」
HPが1まで低下しているせいだ。
初めてHPを限界まで減らし、慣れていない時田は息も絶え絶えに答える。
そうこうしていると、時田のワイバーンから女性の大きな声が響いてきた。
同乗しているラビラダ・ハディーの声だ。
「うちのスキルは命を削るんや! うちが出とる間は、回復もできん! いったんカードに戻ったるさかい、その間に介抱したりぃや!」
ハディーは一度姿を消し、シノさんのワイバーンから飛び移ったラトヴィニアスが時田の身体を支える。
「魔術士コタロー。ここはこの大魔術士の魔力を使うよ。アバターが喚べないからね。きみ以外も『伝説』を喚べる可能性があるのなら、他のみんなは魔力を温存するべきだ」
「わかった。頼んだ、ラトヴィニアス」
繋がった通信に返答する。
ラトヴィニアスは『スペル使用』で俺の呪文カードをすべて使えるけど、『アバター召喚』と『装備品召喚』を持ってない。
ここは素直に任せる場面だな。
ノアレックさんは『トルネードウォール』で使用した魔力がまだ回復していないけど、ラトヴィニアスには、その召喚時効果でコストを5に下げた『神秘の復帰』を渡してある。
ステータス全回復のスペルを受け、時田の体調は無事に戻ったようだった。
「どうする、コタロー。もう一度突撃するか?」
シノさんから通信が届くが、俺は首を振った。
まだだ。今じゃない。
「いや。時田が喚んだ、ハディーの能力で勝機が見えた。まずは、もう一度喚べるように時田の魔力の回復を待つ。……いけるか、時田?」
「問題ねぇ! ――そうだな、数字的には足りてるな!」
意気猛る時田の返事が聞こえる。
死にかけるほどキツい思いをしてなお、もう一度請け負ってくれるのは本当にありがたい。
『おい、召喚術士! 余のスキルは無限に続くわけじゃないぞ! 今の効果が切れたら、使えるようになるまでには時間がかかる! あの雑兵どもをどう始末するつもりだ!?』
オルスロートが、宙を舞うアビスナイトたちをにらみながら、俺に危惧を伝えてくる。
時間は、ユニット無限生成能力と『高速再生9』を持つ『左腕』の味方だ。
時間が経てば経つほど、俺たちの危険は増える。
「『覇者の威圧』が効いている間は、フレアドラゴンたちで攻撃を防ぐ! 効果が切れる頃には時田の魔力が回復する! そうしたら突撃だ!」
「だ、だけど、コタロー殿。あの『左腕』の攻撃は、フレアドラゴンでは防げないよ? オルスロート殿でも大きなダメージを受ける。あの攻撃を、どうするつもりなんだい……?」
所長が、そびえる『左腕』の威容に、声を震わせた。
あの『左腕』本体には、本能以上の知性があるのだろうか。それはわからないが、俺たちを悪意を持って握りつぶそうと、少しずつ動き出している。
一見、巨大すぎるために動きが鈍重なようにも見える。
が、地球で、大空を飛ぶ飛行機の動きがゆっくりと見えていたことを思い出せば、実際の動きはとんでもなく速いはずだ。
サイズにだまされて油断すると、大面積の攻撃をまともに受けかねない。
そして、攻撃力9は『甲殻』では防げない。
あの一撃を食らえば、誰かが死ぬ。
そう考えれば、攻撃を構えるあの存在は脅威以外の何物でもないだろう。
けれど、
「……大丈夫だ」
俺は、通信と、肉声と、両方に対してその答えを口にした。
――踏み荒らさせはせぬ。
「……みんなは――俺が守る。絶対に」
なぜならば。
――己を支えてきた者、ともに生きてきた者。守りたいものがあるならば。
時田だけじゃない。俺にも、聞こえているからだ。
俺を形作る、内なる『伝説』の声。
――守ろうとも、この身を懸けて!
「召喚!! ――『半神たる守護英雄、バルタザール』!!」
俺の呼び声に応え、回復した俺の魔力すべてが吸い取られる。
立てた大剣に杖のように両手をかけ、その『英雄』は顕現した。
「――我が魂、蹂躙せんとするならば! 我の屍を超えてみよ!」
『半神たる守護英雄、バルタザール』
7:3/8
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『誘導』・敵の攻撃を、このアバターに誘導する。
『高速再生1』・このアバターは、時間経過とともにHPが1ずつ回復する。(三十秒にX)
・このアバターに与えられる1点以上のダメージは、
その値はすべて1点になる。(『貫通』を無効化する)
バルタザールは喚び出されるやいなや、剣を持ってワイバーンの背中から飛び降りた。
その金属甲冑に包まれた守護英雄の身体を、フレアドラゴンが拾って背に立たせる。
「来い! 神の身ならず人の身ならず、半神バルタザール、ここに在り!!」
バルタザールの騎乗するドラゴンに向けて、『誘導』の効果でアビスナイトたちが殺到していく。けれども騎乗するフレアドラゴンの『甲殻3』が、攻撃力の下がったその群れの攻撃を受け付けない。
そして動き出す本体の『左腕』。
本来ならば『スタンランペイジ』で攻撃をキャンセルするのが最適にも思えるのだけど、こういった大質量系の敵の突撃攻撃は、「移動」までは妨げられない。
攻撃を防いでも、巨体に掠りでもすれば押し潰されてしまう。
だが、フレアドラゴンの背で剣を掲げるバルタザールは、迫り来る巨大質量の前に臆することもなく、なんと普通人種と同じサイズの身体で、その巨体を跳ね返した。
バルタザール自身は、ろくにダメージを受けたように見えない。
「いかな強大な敵であろうと、退く道など無い。我の背には、守らねばならぬ者がいる。心してかかってこい!」
盾とも見間違う両手持ちの大剣を掲げ、バルタザールが吼えた。
エルダードラゴン級の召喚コストを誇る、防御特化の『伝説』!
どんな攻撃でも1点しかダメージを受けず、そして高速再生で自己回復すら行う。
そんな鉄壁の能力を持っている上に、「8」あるHPですべての攻撃を『誘導』する。
この守護英雄を地に伏せさせる相手はそうはいない。
バルタザールとフレアドラゴンが敵の攻撃をすべて防いでくれている間に、俺たちは通信で連絡を取り合い、時田の魔力の回復を待った。
「みんな! 敵の攻撃は、バルタザールがシャットアウトしてくれる! スペルやスキルを使う必要がある――固まって、『左腕』の懐に飛び込む。ついてきてくれるか!?」
「おう!」
「今さらだ、置いてかれてもついてくぜ!」
「先走るなよ、コタロー!」
「バケモン退治っすよ! 行ったろうやないッスか!!」
そして、通信に割り込む声が増える。
「――攻め手は私だな。創国の王剣よ、久方ぶりの出番だぞ!」
気心知れた仲間たちの、全員の意思は一つだ。
作戦はみんなが把握している。
後は、最速飛行アバター、『グリードワイバーン』のフルスピードで突撃するのみ!
ステータス
名前:ギンヌンガガァプの左腕
階位:9
HP:22/22
魔力:0
攻撃:9
スキル
『混沌の裂け目』・混沌を生産する。
『陣地作成』・混沌を生産する場を作成・拡張する。
『融合』・生産した混沌を捕食する。
『復活2』・HPがゼロになったとき、代わりに復活Xの値を1減らし、HPを全快する。
『高速再生9』・時間経過とともにHPが9ずつ回復する。(三十秒にX)
オルスロートが、時間制限の訪れを告げる。
『召喚術士! 間もなく、スキル効果が切れるぞ!』
「わかった、行くぞォ――――ッ!!」
五体のワイバーンが、全速力で空を駆ける。
行く手を阻むアビスナイトたちの姿は無い。すべての敵を、バルタザールとフレアドラゴンが引き受けてくれている。
それでも俺たちに気づく敵は、オルスロートがその巨体で弾き飛ばしてくれる。
アビスナイトたちの群れに取り囲まれながら、バルタザールが俺たちに手向けの言葉を投げた。
「征け、勇士よ! ――これは、世界の滅びを食い止めるいくさであるッ!!」
飛べ。
ひび割れた世界の裂け目へと向けて、ワイバーンが空を疾駆する。
俺たちの乗るワイバーンはひとかたまりになって、裂け目から蘇った災厄の欠片、ギンヌンガガァプの『左腕』目がけて一直線に突撃する!
その先頭に立って愛用の創国の王剣を構えるのは、
「さぁ! ここは一つ――我らの世界でも救ってみせようではないかッ!!」
エルフの剣姫が吼える。
ナトレイアに向けて、時田が強化をかけるべく、回復した魔力でラビラダ・ハディーを召喚した。
「出番だぞ、『冥府の商人女王、ラビラダ・ハディー』ッ!」
「まかしときやァッ!!」
接近すれば、『左腕』自身も気がつくだろう。
けれども、ナトレイアに同乗するシノさんが、接近する『左腕』に向けてスペルを放つ。
「おっとォ、びっくりどっきりはごめんだぜ? じっとしてろや――『スタンランペイジ』!」
『スタンランペイジ』
3:対象一つの、攻撃を一つ打ち消す。
攻撃は行われず、対象は三十秒間攻撃できない。
攻撃無効――ではない、狙いは「三十秒間の攻撃不能」効果!
拳こそ防げないが、これで『左腕』が他に攻撃手段を持っていても発動できない!
安全を確保し、時田とハディーが、ナトレイアに向けてそのスキルを使用する。
「ハディー! もっぺんだ、一点残して、全部持ってけッ!!」
「あいさぁッ、気前の良いオトコはうちの好みやでッ!!」
時田がうずくまり、ハディーの両手から黒い光がナトレイアに放たれる。
『冥府の商人女王、ラビラダ・ハディー』
5:3/5
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
・あなたのHPを1点支払う:三十秒間、対象は+1/+0の修正を受ける。
・このアバターを召喚している間、あなたはHPを回復できない。
ハディーの能力に9点のHPを支払い、ナトレイアの攻撃力が三十秒間、9点上昇する。
そして、ナトレイアの持つ、倍加スキル――
「行くぞ、『精霊の一撃』!」
ナトレイアの身体が魔術の光に包まれ、振りかぶったその剣を『左腕』に放つ。
9点上昇したナトレイアの攻撃力は11。『精霊の一撃』で倍加すれば攻撃力は22。
『左腕』のHPは22だ。一撃でゼロにできる!
ナトレイアの攻撃が直撃した瞬間、『左腕』が大きく震え、大気を鳴動させた。
悲鳴のようにも聞こえるが、違うんだろうな。
雄叫びだろう。
知ってるよ。それじゃ、『左腕』は死なないんだよな。
――『復活2』・HPがゼロになったとき、代わりに復活Xの値を1減らし、HPを全快する。
通信に乗って、仲間たちの声が聞こえる。
「そう。だから俺たちがいるのさ。――『トリックショット』」
「ナトレイアさん、頼んます! 『トリックショット』ッス!」
『トリックショット』
4:一分間、対象は『高速連撃2』を得る。
対象がすでに『高速連撃X』を持つ場合、Xに1が加算される。
一撃でダメなら、三回攻撃するだけだ。
二発の『トリックショット』で、強化されたナトレイアの攻撃回数が二回増える。
『復活』の数値は2。初撃で1消費して、残りは1。
そして、ナトレイアの追撃が二回。
そう――
「――異界の脅威よ! 滅ぶが良いッ!!」
ナトレイアの繰り出した連撃に、『左腕』は耐えきれない。
三度目の22点攻撃を受け、その巨体が大きく震えた。
――――ァ――――ッ!!
爆風のような大気の振動が広がる。
ワイバーンの背中で、それぞれが振り落とされないように必死に耐える。
それは、間違いなく、この地に封印された巨大な『災厄の欠片』の、断末魔だった。




