崩壊する帝城
翌日になって、帝城からゲルトールさんたちに召喚命令の令状が届いた。
体面上は召喚ということなんだけど、こりゃ露骨に出頭命令だな。
オルグライトさんの予想したとおりだ。
命令で指定された日の朝に、ゲルトールさんに連れられて馬車に乗る。
出頭ではなく召喚なので、従者を連れて行くことも可能だ。
ゲルトールさんが逃亡しないように監視に来ていた貴族が、俺の姿を見て驚愕した後、ややおいて平伏する。
ゲルトールさんはそれを気にせず、悠然と馬車に乗り込む。
従者は俺と、姿を変えたアシュリーにナトレイア、それにノアレックさんだ。
屋敷に残る皇帝とクリシュナにも、カード使いの護衛がいた方が良いだろう、ということで所長に残ってもらった。
馬車が帝城へと向かう。
到着したとき、機を同じくして他の貴族の馬車が帝城正門の内側、玄関ホール前へと乗り付けていた。
オルグライトさんだ。
彼も俺たちと同じく召喚命令を受けている。他にも数名、現皇帝派の貴族が呼び出されていた。
全員ではないけれど、この派閥のことは相手も承知していたらしい。
オルグライトさんや他の皇帝派貴族が、俺を見て一礼を向けてくる。
俺は片手を上げるだけで、何も答えない。
答えたら、何もかもが台無しになるからだ。
このことは、オルグライトさんたちもすでに承知している。
出迎えに来た高位貴族が一行の中に俺の姿を見て驚くが、動揺を隠して中へ案内しようとする。
「セントレイル侯爵。ハーマン伯爵。並びに他の方々、城内の議事堂にて皇太子殿下、宰相閣下、並びに貴族議員の皆様がお待ちです。そのまま入城を」
「わかった。共の者も連れて入城するが、構わないね? ……ごく少数だ。護衛とでも思ってくれれば良い」
「それは……」
一瞬、判断に困った案内人が口ごもるが、俺を一目見て、やむなくうなずいた。
「……かしこまりました。では、皆様、こちらへ」
案内人の後に続き、城内を進む。
居住区に侵入したときにも思ったが、装飾品が少ない。
質実剛健と言うよりは、装飾に予算をかけていないように思える。
こういうときは金ぴかの悪趣味な内装で、貴族が庶民から搾り取ってぜいたくをしている、というのが定番なのだけど。
軍事費が国家予算を圧迫してそうだし、現皇帝はそんな現状で浪費する性格じゃなさそうだし、もしかするとオルスロートも飾りには興味が薄いのかも知れない。
建材とかは高級そうな石材を丁寧に研磨して整えてあるから、最低限の見栄えは整ってるけどね。
栄耀栄華より侵略、か。
戦闘狂っぽくて、ちょっと面倒だな。
やがて大きな扉にたどり着き、その奥の大広間――議事堂へとたどり着く。
すでに開かれている扉をくぐると、周囲を取り囲むように階段状に設置された議事席に、無数の貴族たちがひしめいていた。
この国は皇帝の専制政治だけど、重要な政策なんかはここで議論する形式になってるんだろうな。
……あくまで、形式に過ぎない可能性も高いわけだけど。
「よく参られた、セントレイル侯爵、ハーマン伯しゃ……」
壇上で待っていた宰相らしき人物が、鷹揚にこちらを振り返りながら、途中で絶句する。
周囲の貴族からも、動揺のざわめきが上がっていた。
「へ、陛下……!?」
「ば、バカな、陛下がセントレイル侯爵たちに拉致されたという話だったのでは……!?」
「皇帝陛下が、なぜご一緒に……!?」
そう、『モルフスキン』でクロムウェル皇帝に姿を変えた、俺を見たからだ。
背格好までは変えられないが、俺と皇帝の体格が似ていたことが幸いした。
鍛えてないのか体質なのか、そんなに大柄じゃなかったからな。
屋敷では案の定、迎えの貴族が魔術を使おうとした素振りがあったからな。
出会い頭に『鑑定』して『スペルキャンセル』をかけておいた。
紛らわしかったが、あのとき平伏されたのは陛下の姿に驚いたからじゃない。魔術を阻害されたと気づいたからだろう。
まぁ、それはどうでも良いとして。
壇上に立つ宰相が、殺気を込めた視線で俺たちをにらみつけてくる。
長年オルスロートの支配下にいた皇帝が、反逆の場に立つとは思わなかったんだろうな。
「は――ははは! 観念したか、セントレイル侯爵! 貴君らには、皇帝陛下の拉致誘拐の容疑がかけられておった! 逃げられぬと諦めて、陛下の身柄を返すつもりか!」
「違いますよ、グスコー宰相」
「陛下は、すべてを明らかにされる覚悟をお持ちになられたのです」
ゲルトールさんと、オルグライトさんが前に歩み出て、グスコーとかいう宰相に反論する。
おっと、こうしてる場合じゃないな。怪しそうな奴に『鑑定』をかけないと。
この場にオルスロートがいなければ無駄になる作業だけど、いる可能性は高い。
というか、ほぼ「いる」と確信している。
皇帝専制政治ということは、貴族たちに個別の政治的判断能力が育まれていない。いわば烏合の衆に近い政府の構成員を、自分の考える方向に誘導するには『扇動者』が必要だ。
皇帝が姿を消してから間もなく、裏で派閥外に根回しをしている時間も無かっただろう。
この貴族たちの中に紛れ込んで、意見を誘導しようとしている奴が絶対にいる。
一番怪しいのは、目の前のグスコー宰相だが……
結果はハズレ。名前もグスコーと出た。ステータスは常人並みで、特にスキルも無い。
「――聞け、栄えある帝国の貴族たちよ! このマナティアラ帝国を裏で支配し、他国へと侵略する無謀な政策を執らせている者がいる! 民や我々貴族を戦場に追いやる、軍事国家へ仕向けている者がいるのです!」
「――ハーマン伯爵の言うとおりである! そして、その首謀者はクロムウェル皇帝陛下ではない! むしろ、その治政に反対して侵略を推し進めるべく、皇帝陛下はその者に幽閉されていた! 我々が、陛下の身を、悪逆の侵略主義者からお救いしたのだ!」
オルグライトさんとゲルトールさんが、議事堂中に通る声で演説する。
その抗弁に、反論する人物がいた。
宰相の横に立つ、老年の貴族だ。席順からして、高位貴族の筆頭。
長い白ひげの、妖怪じみた雰囲気のあるじいさんだ。
「ふはははっ! 何をたわごとを! 同行させていると見せかけて陛下を拘束し、賛同するように脅迫しているのは、貴様らではないのか!? 我らが掲げる皇帝陛下が、帝国の方針に背くなどあり得ぬ! ――何より、その方針は陛下ご自身が決められたことだ!」
「それは違うぞ、アルクラウン公爵! すべては陛下ご本人のご意志では無かった! 陛下を病床といつわり、表舞台から遠ざけたのは、侵略者に追従する貴殿らだろう! ――帝国臣民たちの平和な未来こそが、陛下の望まれるご意志だ!」
アルクラウン公爵! こいつが、公爵家の当主か!
こいつに化けているのか? 『鑑定』を撃つ。
……違う。名前はコーネリアス。魔力が高く、いくつかの魔術を持っている。
「……コーネリアス父上……」
俺の後ろに従う、変装したアシュリーがぼそりと、憎々しげな声を漏らす。
名前からして、このじいさんは本人か。でも、オルスロートの手先には違いないからな。
他に、場の議論の決定権を持ってそうな奴……
と考えたところで、ゲルトールさんに聞いたオルスロートの特徴を思い出す。
――あるときは少年、あるときは老人の姿……
『モルフスキン』では体格までは変えられない。
ということは、姿を変える前の体格もそう大きくない。
大柄ではない、重要人物……
まさか!
壇上の、宰相の後ろにいる人物に『鑑定』を撃つ。
血筋なのか、その人物は成人していると聞いてるにも関わらず、前に立つ宰相や公爵より頭一つ低い小柄さだ。
距離があるが、エミル抜きでも何とか呪文が届いた。
名前:オルスロート
種族:エルダードラゴン
12/12
魔力:8/8
『甲殻4』『肉壁4』
『飛行』
『人化』
2:『モルフスキン』
4:『覇者の威圧』・三分間、広範囲の敵対する対象すべてに-2/-2の修正を与える。(この効果は重複しない)
――当たりだ!
宰相の後ろに控える『皇太子』、こいつは本人じゃない!
アルクラウン公爵の追求が場内に響く。
「――陛下ご自身が、肯定のお言葉を口にされぬのがその証拠だ! 答えよ、セントレイル侯爵! 陛下が貴様らに脅されていないと言うのなら、陛下はなぜ黙したままなのだ!?」
「そ、そ、そうだ! 陛下! この者らの言うことは間違いだと――あなた様の、ご意志をお聞かせ下さいませ!」
グスコー宰相もが、公爵の指摘に同調する。
俺がなんでしゃべらないか?
そりゃ、脅されてるからでも、ましてや反逆をためらってるからでもねぇよ。
望み通りに聞かせてやるよ、俺の言葉を。
それはな――
「――『モルフスキン』じゃ、声までは変えられねぇからだよ! なぁ、てめぇもそうだから、さっきから黙ってるんだろう!? ……侵略の首謀者、オルスロートさんよォ!」
俺の姿を変えている『モルフスキン』を解除し、別のカードを起動する。
突然、皇帝の姿が別人に変わったことに場内の貴族から叫び声が上がるが、無視だ。
間を置いての『鑑定』だったから、魔力は足りている!
「本当の姿を見せやがれ、オルスロート! 『パイロニックスピア』!」
『パイロニックスピア』
5:対象一つに4点の炎の射撃を行う。この呪文は『貫通』を持つ。
(防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する)
炎の巨槍が、壇上の奥にいる皇太子の姿をした人物に直撃する。
途端に巻き起こった貴族たちの絶叫が、場内を満たした。
壇上にいた宰相も公爵も、かばうことができたろうに動かなかったのは、我が身かわいさかな。
爆炎と煙が壇上に巻き起こる。
が、その中から煙を押しのけて姿を現したのは、まだ年端もいかないような少年だった。
煙が晴れた後には、あったはずの皇太子の姿が無く、見たことの無い少年が立っている。
そんな異常事態に、絶叫していたはずの貴族たちは、次第に戸惑いのざわめきへと声を変えていった。
壇上に立つ少年が、ふふ、と口の端を持ち上げる。
「……やってくれたな。古く、懐かしい術だ。人化しているとは言え、余の竜鱗を突き抜けて我が身を焼くなどとは、な」
地の底から響くような、禍々しい声。
愛らしい少年の見た目とはまるで違い、その声には威厳と剣呑さが含まれていた。
「ゲルトールさん、オルグライトさん! 他の人たちも! 急いでここを離れて下さい! ……今すぐにッ!」
「えっ? あ……ああ! わかった!」
「ちょっと危なそうだね、戦闘は任せるよ、コタローくん!」
ゲルトールさんたちが走り出すのより少し遅れて、オルスロートが軽く手を挙げる。
「逃がさぬとも。支配者に逆らったことを、悔いるがいい」
「――ぐっ!?」
逃げだそうとしてるゲルトールさんの身体が、がくんと大きく揺れた。
走る速度が落ちている。周りの現皇帝派の貴族も数人巻き込まれていた。
くそ、さっそく使われたか!
4:『覇者の威圧』・三分間、広範囲の敵対する対象すべてに-2/-2の修正を与える。(この効果は重複しない)
敵対者すべてにマイナス修正を与えるスキル――鑑定で見た、『覇者の威圧』!
クロムウェル皇帝が感じていたっていう、「あふれ出すほどの魔力」の正体がこれだろう。
オルスロートの低い声が、空気を震わせるように響き渡る。
「せっかく隠れ潜んで人の国を操っていたものを。興が冷めたわ……余を衆目の前に引きずり出した罪は、大きいぞ?」
オルスロートが、少年の姿の顔を片手で覆うと、その身体が光に包まれる。
まさか、正気かよ!?
けれども、奴は、冷酷に言い放った。
「本当の姿を見せろ、と言ったな? ……ならば、見せてやろうとも。余の存在が知られたのならば、余がふたたびこの帝国に君臨するとき!」
ヤバい!
くそ、魔力が足りてない!
「ノアレックさん、アースドラゴンを喚んでくれ! 早く!」
「ええの、城が壊れるで!?」
「いいから、早くッ!!」
急かされたノアレックさんがカードを取り出す。
同時に、帝城の崩壊する音が響き渡った。
それは、召喚されたアバターによるものでは、決してない。
「……間に合った、か……!」
「コタロー、あれは――」
喚び出された、巨大なアースドラゴンの腹の下で、降り注ぐ瓦礫から身を守る。
議事堂にいた貴族は半数くらいが崩落に巻き込まれたようだ。
付近にいた現皇帝派の貴族たちは、ゲルトールさんやオルグライトさんも含めて、どうにか全員がアースドラゴンの陰にカバーできている。
味方を巻き込むのに、まるでためらいが無かった。
俺たちはアースドラゴンの腹の下から這い出し、半壊して瓦礫の山と化した帝城の議事堂跡から、空を見上げる。
「なるほど、長命種やんね……」
「そうか。所長の話では、知性を持つと言っていたな……」
ノアレックさんと、ナトレイアが、大空を見上げながら戦慄する。
大空を覆う、その巨大な影に。
かつて所長が少しだけ語っていた、西の大霊峰にしかいないはずの種族。
天空を舞う、知性を持つ竜の上位種。
――エルダードラゴン。
大空の暴君は、空を震わせ、無慈悲に俺たちに告げた。
『余が命ずる。――ヒトよ、絶望せよ』




