コンゲーム
帝城に忍び込んだ、翌日の夜明け。
セントレイル侯爵邸にて、皇帝クロムウェルとゲルトールさんは、半年ぶりの再会を果たした。
会うやいなや、俺たちの目もはばからずにお互いに抱きしめ合い、涙を流す。
「苦労をかけたの、ゲルトール……」
「何を言われますか、陛下。陛下こそ、このようにおやつれになって……まるで、幾年もお歳を召したようではあられませんか」
老境にさしかかって見えたクロムウェル皇帝だが、壮年のゲルトールさんと実は同い年らしい。
皇帝の方が十以上は上の歳に見えたんだけど、それだけ苦労してきたってことか。
長い幽閉生活は、少なからず皇帝の心身を削っていたらしい。
その皇帝を「じいさま」呼ばわりしたクリシュナは、バツの悪そうに皇帝に頭を下げた。
「その……すまぬの、『じいさま』などと呼んだりして。わらわの父上と、そう変わらぬ歳じゃったんじゃの」
うなだれるクリシュナに、皇帝は愉快そうに笑いながら、その頭を撫でた。
「何の何の。成すべきことも成さず、部屋にただ一人隠居同然の身とあっては、老人と呼ばれても何も言えなかろう。現に、子の皇太子もとうに成人じゃ。余に孫がおってもおかしくはない。……余はの、民やそなた、すべての子らの『じいさま』じゃよ」
あふれ出す包容力。その懐の広さに、クリシュナは今は遠く離れている父親の辺境伯を思い出したのか、顔をくしゃりと歪ませて、皇帝へと抱きついた。
民想いの、子ども想いのいい人じゃないか。
オルスロートの侵略主義をかわし続けて、治政に力を入れようとしていた、というのもうなずける。
「さて、ゲルトール。早速だが、この半年の経緯を聞きたい。なぜに王国の貴族が帝国と相対するのか、そこなコタロー・ナギハラなる伯爵も聞かぬ名だ。――この国と隣の王国に、何があった?」
「端的に申しますと、オルスロートが侵略を再開しました。その対象となったのが隣の王国で、コタローくんは、その報復に首謀者を罰しようとこの国に来たのです」
ゲルトールさんの簡易な説明に、皇帝は「やはりか……」と気難しげにうなった。
やっぱり、皇帝は何も知らされてなかったみたいだな。
じゃなきゃ、マークフェル王国は俺が来るよりもっと早く、『大樹』の封印を解かれて転覆していただろう。
そう考えると、今までオルスロートを抑えてくれていた、この皇帝にも感謝すべきだな。
「詳しくは、座れる場所でゆっくりとご説明しましょう、陛下。――コタローくんたちも、本当にありがとう。この恩は忘れない。今日のところはゆっくりと休んでくれ」
皇帝はゲルトールさんに案内され、奥の部屋へと連れられていく。
たぶん、あとでオルグライトさんや他の人たちも集まるんだろうな。
俺たちだけで行動したこともあって、まだ帝城にはゲルトールさんが協力者だとバレてはいないから、皇帝がこの屋敷に身を隠す猶予も少しはある。
とは言っても、相手は正体不明の長命種、オルスロートだ。
帝城潜入のときにはたまたま出くわさなかったが、会話を聞かれていて、すでにこの潜伏場所もバレている可能性はある。
いや、姿を変えられる相手のことだ。
本当に出くわさなかったとも限らない。もし、途中で遭遇した侍女や使用人に化けていて、様子を見られていただけだったとしたら、俺たちが泳がされている危険もある。
「……まぁ、そうなったら、そうなったときのことか」
ドラゴン十体が実体化して帝都に迫っている以上、相手も迂闊に俺たちを刺激することは難しいだろう。
俺の暗殺は一度失敗している。なのに下手に奇襲でもしたら、今度こそ帝都の外のドラゴンたちが一斉に襲いかかってくるかも知れないわけだから。
一応、デルムッドを召喚して、俺たちも部屋に戻るか。
ゲルトールさんが皇帝に事情を説明して、現皇帝派の人たちが集まるまでは、休んでいてもいいだろう。
そう思い、みんなに声をかける。
お互いに持っている『カード』を見せ合って、互いの本人確認を取る。
問題なし。
それからは、みんな徹夜の突入作戦で疲れていたらしく、とりあえず仮眠を取ることになった。
******
目を覚ましたのは、日が傾いた夕方だった。
俺たちが起きたことを知ると、食事の手配とともに使用人がゲルトールさんに知らせに行った。
朝食となる夕食を摂った後、別の部屋でゲルトールさんたちと集まる。
戦力である俺たち王国組は当然として、ゲルトールさんや皇帝の他に、オルグライトさんも一緒に座っていた。
どうやら、皇帝と再会を祝った後、派閥を代表してゲルトールさんとオルグライトさんが、屋敷に逗留している俺たちと方針を練ることにしたようだ。
もちろん、その方針は目の前のクロムウェル皇帝の存在を前提として、のものだが。
「コタローくん、まずはご苦労だった。――それで、これからの方針なんだが」
ゲルトールさんが口を開く。
俺たちのねぎらいを口にしてくれるのは嬉しいが、たぶん、これからの展開はそれどころではないはずだ。
その予想を後押しするように、中央の席に座る皇帝が口を開いた。
「ゲルトールたちは、これから国外の人間を引き入れ皇帝を拉致した、反逆者として扱われるだろう。無論、そうなれば余が表に出て取りなすつもりではあるが、帝国政府が敵に回ることは間違いない」
「皇帝陛下でも、止められるとは限りませんか」
「止められないだろうね。良くて陛下の乱心か、悪ければ陛下を魔術で洗脳したとして疑いをかけられるだろう。……洗脳なんてできる魔術がこの世にあれば、陛下は幽閉されなかったってのにね」
俺の疑問に、オルグライトさんが答える。
皮肉交じりだけど、この人が言うなら、そうなるんだろうな。
一つだけ疑問があったので、それも尋ねてみる。
「あの。陛下を救出した際には、オルスロートは現れなかったんですけどね。向こうに、俺はともかく、ゲルトールさんたちのことはバレてないって可能性は無いですか?」
「それは先ほど、隣の二人と話し合ったな。――オルグライトの予想によれば、余がいなくなれば、まず旧交のある貴族が疑われるだろう、ということだ。コタロー伯爵より先に、ゲルトールたちが疑われるのは避けられない」
なるほど。
まぁ、やったことが皇帝の暗殺じゃなくて奪還だからな。
しかも、皇帝自身が「追うな」と近衛騎士に命令してもいる。こうなると、協力者が帝国内部にいないと滞在先の宛てが無くて、筋が通らないからな。
当然っちゃ当然か。
その点に関して、ゲルトールさんは臆することなく、決然と答えた。
「私はすでに覚悟しているよ。たとえ家が取り潰されようと、反逆者の国賊と言われようと、帝国を支配する暴君オルスロートに反逆する。我が命は、今代の陛下と、帝国民の未来に捧げる。……これは、カラフィナも了承してくれたことだ」
この場にはいないけど、カラフィナさんもか。
アルクラウン公爵家のみならず、もう帝国に対して我慢の限界、ってことなんだろうな。
「……で、僕らのことはオルスロートに気づかれてる。それでも兵士がこの屋敷に押し寄せてこないのは、ひとえにコタローくんのドラゴン軍団のせいだと思うね。武力を使えば、帝都の外にいる巨大な武力が押し寄せてくるわけだからね。わかりやすいよね」
ゲルトールさんの推測にうなずく。
敵が騎士団を動員して攻めてくるには、帝都の外のドラゴン軍団をまず倒さなければいけない。
俺たちに人員を割いた瞬間に帝都に攻められたら、防衛もままならないからだ。
向こうとしては、それをやられるのが一番嫌だ、と警戒してるんじゃないかな?
俺は無理にドラゴンを動かす気はないけど、相手が深読みして縛られてくれるんなら好都合だ。
「……そうなると、相手が次に打ってくる手は、何ですかね?」
「ゲルトールと僕の、帝城への召喚だろうね。僕らを罪人として告発するだろう」
武力が使えないなら、権力で攻めてくるか。
たぶん、貴族の集まる帝城に呼び出して、国賊として糾弾するつもりなんだろうな。
そうして、手を貸した俺を『帝国の敵』として認定して、国を挙げて戦うつもりだ、と。
……俺が、ドラゴンに人を襲わせてないことは、向こうも理解してるだろうからな。
帝国の敵としておおやけに認定されれば、俺たちが直接戦う相手は、徴兵された帝国の『国民』たちになる。倒すことはできるだろうが、犠牲者は多く、最初から戦争を選んだ状態と何も変わらない。
言わば、帝国の国民たちを生きた壁にされて、人質に取られる形になるな。
そうなると、元も子もない。
「……嫌なやり方ですね。こっちの弱みを、確実に突いてきてる」
「余としても、帝国民をそなたと戦わせる気は無い。余もそなたも、双方が望まぬいくさとなる。無為なしかばねの山が積み上がる、それだけは回避したい」
幸いなのは、皇帝と俺の意志が一致してることか。
戦うべきは、王国や俺に危害を成した帝国の庶民ではなく、それを指示したオルスロートとその取り巻きたちだ。
そのために、皇帝は解決策を打ち出した。
「ゲルトールとオルグライトが召喚命令を受けたのならば、余もともに帝城へとおもむく。――そこで、オルスロートの存在と、その方針による困難を、集まった貴族たちに説くつもりだ」
「……危険ですね」
それこそ、道中で魔術なりを使われて、暗殺でもされようものなら……
皇帝暗殺の罪まで、ゲルトールさんたちが負わされることになる。俺たちは旗印を失い、皇太子が俺たちを断罪しながら次の皇帝に即位し、帝国は何も変わらず。
すべてはオルスロートの思うままになってしまう。
「ねっ? コタローくんも、絶対に陛下が殺されて終わりだ、って思うだろ? 僕もそうなる未来しか考えつかないから、必死にお止めしてるんだけどねぇ……」
聞いてくれなくてね、とオルグライトさんが肩を落とす。
対照的に、ふん、と鼻を鳴らすクロムウェル皇帝。
止めるオルグライトさんの予想は一番もっともなんだけど、皇帝の気持ちもわかる。
皇帝が動かなければ大部分の貴族は言うことを聞かないだろうし、何より自分がオルスロートに立ち向かうと決めたんだから、前に出たがるのは当たり前だろう。
……でも、それだとオルスロートに都合の良い結果にしか、ならないんだよな。
「そもそも、オルスロートが表舞台に出てきてないのが、一番の問題ですよね」
「そうだね。だからこそ、陛下がその存在を明るみにされて、表に引きずり出そうとされてるわけだけど」
隠れ潜んだままだから、直接捕縛するのが極めて難しい。
そもそもどこにいるかもわからない、わかっても誰かに化けられているかもしれない、じゃ相手に王手をかけにいく手段が無い。
そういう意味では、この国を支配する巨悪の存在を、大多数に認識してもらう、ってのは良いやり方だとは思うんだけどな。とにもかくにも、まずは帝国の無理な侵略主義自体に、広く疑問を持ってもらわないといけないわけだし……
ただ、その方法が、リスクが高すぎる。
しかも、いざとなれば帝国貴族や国民を多少切り捨てても何とも思わないだろう、オルスロートの方がとても有利だ。
「なぁに、暗殺の手が伸びても、わらわが皇帝を守って見せよう!」
そう言って意気込むのはクリシュナ。
うん、気持ちは嬉しいんだけどね。
「お前は留守番だ、クリシュナ」
「なんでじゃ!?」
憤慨するお嬢様。仕方ないだろ。
「戦わせられないよ。お前は、まだ子どもだ。皇帝陛下を説得してくれただけでも、もう充分に働いてくれてる。戦うのは俺たちの役割だし、それに……皇帝陛下の手前、お前に剣を持たせようもんなら、俺の信用は地の底だ」
戦わせられないよ。だって、それを望まない人がいるもの。
その俺の言葉にうなずくように、皇帝が声をかけた。
「貴族の娘よ。戦うのは、立ち上がった大人の役目じゃ。そなたはまだ、戦うときではない。……焦らずとも、そなたもいずれ大人になるのじゃ。そなたの剣は、そうせねばならぬ未来のために取っておいておくれ。『じいさま』からの、頼みじゃよ」
子どもらが笑って暮らせる未来のために。
そう願いながら、子どものクリシュナに剣を持たせるのは、言ってることとやってることがバラバラになっちまう。
子どもだから、と拒否されたクリシュナは、悲しそうにうなだれる。
「わらわが、子どもじゃから……わらわは、相手にされぬのかの?」
「相手にされないんじゃない。大事にされてると思ってくれよ。……お前の誇り高さは知ってる。でもな、大事にしたいもんのために、守られてくれないか、クリシュナ。お前を守る――俺や皇帝陛下の『心』を守ってくれ」
クリシュナの頬に、小さな涙が伝う。
自分でもバカなことを言っていると思う。こんな言い方で納得する奴なんていない。
「そんなの……勝手じゃ。大人とやらの、勝手な『意地』ではないか……」
「そうだな。ただの意地だ」
かつて、子どもだから故郷のために何もできないと、泣いたクリシュナ。
そのことを思い出したのだろう。
でもな、俺たちにも、大人にだって言い分があるんだよ。
「意地さ。『大事なもんを守りたい』っていう――ただの、意地なんだよ」
クリシュナの頭に手を置き、目線を合わせて頼み込む。
ぐしっ、と涙を拭い、クリシュナは濡れた瞳で俺を見た。
そんなことは知っている、と彼女は言う。
民を、王国を、辺境領を愛した彼女は知っている。
だから、わざと拗ねたような調子を作って、そっぽを向いた。
「ふん! ならば、言うことを聞いてやるわ! ――戦いにおもむく戦士を見送って待つのも、姫君の務めじゃからの!」
貴族の姫君は、怒りながらも不承不承と受け入れてくれた。
その様子に、見守っていた皇帝も柔らかく相好を崩す。
「それに、クリシュナにも仕事があるぞ? ……一緒に留守番する、皇帝陛下の護衛だ」
「なんだと!?」
続けた俺の言葉に、クリシュナのみならず、微笑んでいた皇帝までが驚きに目を剥く。
いや、死なれたら俺たちが不利になるんだから、やっぱ皇帝は行かせられないよ。
この屋敷で、クリシュナと待ってて下さい。
「オルスロートの告発と貴族たちの説得は、ゲルトールさんにやってもらいます。皇帝陛下はここで、クリシュナと一緒に潜んでてください。……良いですよね、ゲルトールさん?」
「え? あ、ああ。それは、願いたいくらいだが……」
「ゲルトールじゃと、貴族たちが話を信じるとは限らぬぞ? やはり、余が自ら説き伏せるしかあるまいに――」
まぁ、皇帝がいるといないとじゃ、説得力が違うよね。
断罪されてる本人がそんなこと言っても、ただの言い訳か、下手すりゃ妄想扱いだし。
「貴族が信用する代理人は用意します。……その上で、俺は魔術で相手の本名がわかりますので。貴族の集まる帝城で、怪しい奴の本名を見て、オルスロートを探します」
魔力の関係上、あまり多い連続使用は無理だけど。
ゲルトールさんに演説してもらってる間に『鑑定』を撃ちまくれば、オルスロートが潜んでいればわかるだろう。
「じゃ、じゃが、信用できる代理人など、どこにおる!? ゲルトールたちが疑われ、外部の主立った貴族はオルスロートの支配下じゃ! 余以外に、告発できる者など――」
「ええ。ですからね?」
幸いにも、俺と皇帝陛下の背丈や体格はそう変わらない。
なので、
「――代理人は、『皇帝陛下』です」




