皇帝の軍師
夜にハンジロウを再召喚し、情報を共有した後、就寝する。
警戒のキツい帝城より先に、アルクラウン公爵家を中心に探ってもらうようにお願いした。
現皇帝が病床という名目で軟禁されているなら、魔術的な拘束があってもおかしくないからだ。アルクラウン公爵家の実態を調べてからでも遅くない。
そして、翌朝。
俺とアシュリーは、ゲルトール侯爵の友人である、現皇帝派の貴族に会うことになった。
他のメンバーは、侯爵邸で一時留守番だ。
セントレイル侯爵家の馬車に乗り、その貴族の屋敷に向かう。
車中で、俺は対面して座るゲルトールさんに尋ねた。
「ゲルトールさん。これから向かう家の方は、どんな貴族なんですか?」
「帝国伯爵家当主、オルグライト・ネル・ハーマン。この帝国の前宰相の息子であり、我ら同期の学友たちの中で、かつて『神童』と呼ばれた男だ。……今は、ただの紋章官の地位に甘んじて、身を潜めているがね」
ゲルトールさんの説明を頭に刻みつける。
この国の紋章官とは、貴族の家紋になる紋章を管理する役職のことだそうだ。
国内貴族の名簿や家系図を管理し、ときに照会する役割と権限を持つらしい。
貴族名簿と家系図に近しい関係上、宮廷儀式や国家儀礼を差配することもあり、直接的な政治権力には乏しいが、国家の品格を左右する重要な文官とも言える。
……それを聞いて、武力偏重のこの帝国において、品格を左右する文官の地位がどれほどのものか、という疑問は残ったけれど。
しかし、その本質は、
「貴族関係の専門家、というわけですか。侯爵」
「そうだ。……着いたよ」
着いた屋敷は、案の定というか、貴族の屋敷にしてはごく小さいものだった。
ゲルトール侯爵の屋敷はもちろんのこと、同じ伯爵である俺の屋敷と比べても、二回りかそれ以上に小さい。
馬車で乗り付け、老年の執事の案内で邸内へと入る。
そこで待っていたのは、貴族服の、冴えない印象を受ける壮年男性だった。
「やぁ、ゲルトール。いらっしゃい、待ってたよ」
「オルグライト。急にすまないな、どうしても話したいことがあってな」
にこやかに肩を叩くゲルトールさん。学友というのは本当らしい。
何はともあれ、とオルグライト伯爵は俺たちを応接室へと案内した。
……何だか、変な感じだな。
オルグライト伯爵という人物は、傍目にはいかにも冴えない。
元は上等な仕立ての貴族服は、着続けてくたびれているし、髪も整えきれておらず寝癖が見える。
屋敷も小さく、調度品も少ない上に、欠けやくすみの見える安物ばかり。年季が入っている骨董なのか、と自分の目を疑ったけれど、ほこりが溜まっていることからぞんざいな扱いをしていることがわかる。
話では、前宰相の息子のはずだけど。家は相続しなかったのか?
一見すれば、没落を疑われてもおかしくない惨憺ぶりだ。
――けれど、その印象は、すぐにひっくり返った。
応接室に入り、老執事を下がらせて他人の目がなくなるなり、オルグライト伯爵は向かいに座る俺たちを見て、笑顔で尋ねた。
「それで、ゲルトール? 話って言うのは――そこの召喚術士くんに、ドラゴンの群れを帝城にけしかけさせて、その隙に陛下をお救いしようって話かい?」
思わず、言葉を失う。
「なっ――!?」
慌てて振り返ると、ゲルトールさんも同様だった。
この驚きよう、ゲルトールさんは俺のことを話していない?
なのに、なんで俺のことを知っている!?
警戒する俺たちに、オルグライト伯爵はのんびりと冴えない笑顔で答えた。
「いや、簡単な話だよ。――お連れのきみは、歩くときに体幹が定まってない。戦う人間の歩き方じゃないよ。なのに冒険者の姿。なら、武術以外の戦闘手段を持つ魔術士か、召喚術士だ。この時期にゲルトールが急に連れてくる者だ。そこらの冒険者じゃない。……そして、現在の帝城最大の騒ぎと言えば、辺境領の『人を襲わない』ドラゴンの群れだ」
つまり、とオルグライトさんはうなずいた。
「あのドラゴンの群れは、きみに関係している――つまり、きみが、召喚獣のドラゴンたちを使役している召喚術士だ。……そういうことに、ならないかい?」
「は、はは……相変わらずだな、オルグライト」
ゲルトールさんが、若干引いた笑いをこぼす。
……バケモノか、この人は。
たった数秒一緒に歩いただけで、俺の能力を言い当てられた。
俺は緊張を押し隠すように口の端を持ち上げながら、オルグライト伯爵に向き直る。
「……じゃあ、俺の素性も、わかったりしますかね?」
「候補は一つだね。――『災厄の大樹』を討伐した召喚術士。マークフェルの『救国の英雄』コタロー・ナギハラ伯爵だろ? だって、そんな野良の召喚術士が近くに何人もいたら、この大陸は今頃もう焼け野原になってるよ」
やはり、か。
一応、念のためにゲルトールさんを振り返る。けれど、やはり首を横に振られて否定されるだけだ。
「わかるよ、コタローくん。私が教えた、と疑ってるんだろう? だが、私は『会わせたい人間がいる』としか言っていない。――オルグライトは、こういう奴なんだ」
「……見た目にだまされましたよ。とんでもない人ですね」
おののく俺をよそに、オルグライトさんは、あっはっはとのんきな笑い声を上げる。
「いやいや。そういう相手が味方になってくれるのは、心強いね。僕も、コタローくんと呼んでも? 爵位で呼ぶのも目立つだろう?」
「……どうぞ。でも聞きますけど、俺が帝国に『報復』するために潜り込んでいるとは、考えないんですか?」
オルグライトさんは、あっさりと「それは無いねぇ」と答えた。
「もし帝国に害を成す気なら、わざわざゲルトールが連れてこないよ。少なくとも僕らの利害くらいは一致してるはずだ。その上で、きみが来た理由は……オルスロート帝のことだね」
見抜かれている。
話が早い、と言うより何もかもを見透かされてて不気味だ。
どんな頭してるんだ、この人。
「――オルグライトさんは、オルスロートの存在を知ってるんですか」
「知ってるよ。陛下からも聞いたし、前の宰相である父からも聞いた。話を聞いた結論として……僕は、表舞台に出ることをやめた。目を付けられたら、きっと良いように扱われて手駒にされるだけだからね」
なるべく目立たないように、半分隠居してるんだよ。
オルグライトさんは、そう笑う。
なるほど、政治的な実権をあまり持たない紋章官なんてやってるのも、たぶんわざとだな。
政治にも軍事にも関わらない日陰の役職を選んだんだ。
冴えない見た目も、ややこぢんまりとした屋敷も、わざとか。
権勢を示したくないし、持ちたくないんだ。
この人の能力は、今見せた観察眼と考察力だけでも軍略的に利用価値が高い。うかつに頭角を示せば、侵略主義の渦中に飲み込まれちまうだろう。
その考えを肯定するように、ゲルトールさんが教えてくれる。
「察しの通り、オルグライトの理解力は並ではない。我々現皇帝派の頭脳として、立ち回り方を考えてもらっているんだ」
そうか。
だから、俺という戦力を得たことを、真っ先に相談しに来たわけか。
ゲルトールさんが知っている俺は、単純に武力を持っているということくらい。
その上で、帝城内の政治勢力を相手にどう駆け引きを行うかは、オルグライト伯爵が案を出す、と。
けれど、オルグライトさんは困ったように眉根を寄せた。
「うーん。大きな『武力』っていう手段は使い勝手が悪いんだよね。利で転ぶ相手にも脅しをかけることになるから。使うなら、現在の帝国政府とどちらが滅ぶか、って戦争になっちゃう」
それは俺も思う。
俺の能力は大規模戦闘には向いているけど、逆に政治的交渉力は無い。
核爆弾のように抑止力には使えるけど、性質が破壊的で、創造的な魅力は少ない。
見も知らぬ相手に即物的な利益を提示して、なびかせることには向いていないのだ。
カードの存在自体を交渉材料にすれば別だろうけど、侵略国家相手にそんなことするわけにもいかないしな。
「……ドラゴンで襲わせて、脅しをかけるっていうわけにはいかないの?」
一緒に来ていたアシュリーが、初めて口を開いた。
もっともな質問だけど、オルグライトさんは、残念そうに首を振る。
「貴族ってのは、脅しをかけられたから言うことを聞く、って連中じゃないんだ。貴族の威信にかけて抗戦、既得権益を守るために宣戦。そんな風に、引き下がれない連中が多いんだよ。武力が権力のこの帝国なら、なおさらだね」
そうなるよなぁ。
自分だけ引き下がった後に、いざ問題が無事に解決でもしようもんなら、その後の自分の立場が悪くなるだけだろうしな。ある意味で、本当に脳筋思考だ。
「じゃあ、取れそうな手段は一つですね」
「……できるの、コタローくん?」
挑戦的に、尋ねてくるオルグライトさん。
俺が言いたいことをわかってるみたいだな。
それを証明するように、すぐに、オルグライトさんは俺の考えている通りの手段を語った。
「――帝城への潜入、だろ? 確かに、出回っている情報だと、きみは魔術と召喚術に長けてるらしいけど。そういう魔術も持ってるのかな?」
「少ないですが、無いことはないです」
以前、王国の辺境領で俺の力を試しているときに、上級騎士のアランさんが言ったことだ。
――向いてるのは暗殺だろうな。モンスターにかく乱か先導をさせて、空手で建物に侵入して武器を召喚。あるいは攻撃魔術で対象をしとめる……
そのすぐ後に、身体能力があまりに向いてない、と付け加えられたことも思い出して、心の中で苦笑する。
「ただ、ほぼ確実に戦闘になるでしょうね。そうなると、城内に知れ渡ります。……うまくかいくぐって、現皇帝を救出するなりオルスロートを見つけ出すなりするためには、帝城内の見取り図が必要になります」
「だよね。……そして、そんなものがあるわけがない」
オルグライトさんが、冷徹に首を振る。
そりゃそうだ。
皇帝の居城なんて重要施設に、侵入して下さいと言わんばかりの見取り図なんてもんが、残されてるわけがない。あるとしても、帝城内で厳重に管理されてるはずだ。
ハンジロウに作図してもらえばある程度は何とかなるけど……
もう一つの問題点を、俺は苦い思いで口にする。
「もし、あったとしても……どの部屋に現皇帝が幽閉されているのかが、わからない」
「そう。それが一番の問題だね、コタローくん」
帝城内を戦闘しながら探し回るなんて、悠長な真似ができるはずがない。
そんなことしてたら、あっという間に近衛騎士や兵士たちに囲まれてしまう。
「オルグライトさんでも、見当は付かないんですか?」
「候補はあるよ。ただ、絞りきれない。――探し回っている間に怪しまれて、詰み、だね」
候補があるだけでもマシだけどな。
どのみち、帝城内の詳しい情報がいる。
俺が頭をひねっていると、オルグライトさんがポツリ、とつぶやいた。
「まぁまぁ。……これで、紋章官という役職も、便利なものなんだよ? 帝国内の貴族の相関図や役職を、仔細に把握できるわけだからね」
そして、神妙な表情で俺を見る。
「……アルクラウンの当主なら、城内の見取り図を頭に入れているかもしれない」
アルクラウン家は、皇帝傍流の血の流れを汲む公爵家であり、魔導機関を統べるという役職を持っている、血統的にも役職的にも帝城の重臣だ。
確かに、その当主なら、帝城に詳しくてもおかしくないか。
普通の貴族なら立ち入れない場所でも、中を把握している可能性もある。
その言葉に、俺は隣のアシュリーを見やった。
アシュリーは俺を見て、力強くうなずいた。
よし、決まりだな。
「わかりました」
微笑む俺のうなずきに、ゲルトールさんだけがわかっていないのか首をかしげている。
いや、大したことじゃないですよ。
アシュリーへの扱いのお礼もしたいしね。
「……ちょっと、アルクラウン家の当主と『お話』してきますね」




