夜が来る
さて、俺の命が帝国に狙われてるということが、ほぼ内定したわけだが。
……嫌すぎるな、こんな内定。
諸々考えた結果、一度待ち構えるという手段を取るべきか、という結論になった。
というのも、証人あるいは手がかりが欲しいからだ。
こちらが帝国を首謀者と決めつけているのは、現時点ではどれだけ確度が高くても『推論』にすぎないわけで。
その状態で帝国に乗り込んで暴れると、こちらがただのテロリストだ。
大義名分は無い。
なので、向こうの執りうる手段が想定できているという有利を生かして、警備を強化して待ち構えて証人を確保しよう、ということになった。
俺としては、屋内での暗殺対処は高コストアバターが使えず不利なので、他の全員の負担を考えると賛成しづらかったのだけど。
反撃に燃えるアシュリーやナトレイア、それにエルフ族の警備部隊やアテルカたちアバター組まで「目にもの見せてやりましょう!」と意気込んでいたので、押し切られる形になった。
警備部隊の男性陣だけでなく、魔力を持った女性の使用人たちにまで『カード』を配って、警備態勢を日々話し合いながら、警戒は万全にしている。
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「……とは言え、相手は本業の暗殺者だろうからなぁ。しかも国家の抱えてる。――どんな手段を使われるか、わかったもんじゃないよな」
「邸宅襲撃なのは確実だろうね。――この屋敷は、前に他の所有者がいるから間取りは入手しやすいだろうし。街中で騒ぎを起こすとも考えられないから」
「ご主人様のおそばには、何人たりとも近寄らせないのです!」
所長の推論に、アテルカも士気高く応える。
隣のデルムッドも、「おん!」と元気に吼えていた。
「――とりあえず、邸宅襲撃だとコタローの『カード』の用語で言うなら、『奇襲』のスキル持ちで固めて襲ってくると思うのよ。だから、デルムッドから離れちゃダメよ? デルムッドなら、あらかじめ吼えて知らせてくれるんでしょ?」
アシュリーがそんな感じで忠告してくれる。
スキル用語――いわゆるキーワード能力のことは、この世界の人間は知らないはずだけど。名前を知らないだけで、「そういう能力がある」というのは実体験として漠然と認識していると思われる。
なので、一番警戒すべきは、攻撃されるまでほぼ捕捉できない『奇襲』持ち。
それに対するアンチスキル『探知』を持っているのは、デルムッドの他に追加で、エルフの戦士に三人、使用人のエルフ女性に二人の五人だ。
使用人女性たちは非戦闘員なので、昼間の日常の警報役だけお願いした。
夜間の警備はエルフ戦士の『探知』持ち三人が主軸となって警戒してくれる。
しかし、何と言ってもカギになるのはデルムッドだ。
警戒態勢の強化を過剰に相手に知らせることも無く、常にそばに控えて襲撃を察知できる存在。
一番最初に出会った『名称』のカードだけど、今でも一線級でお世話になっている。
あのとき、森の中でデルムッドが『カードになる』自己選択を選んで着いてきてくれなかったら、俺は今まで生きて来れなかったんだろうな。
本当にありがとうな。
「暗殺じゃ定番の毒殺に対しては、即死毒じゃなければ『解毒』のカードで問題無い。みんなにもたくさん配ってるから、周りに毒を受けた人がいたら、迷わず使ってくれ」
なにせ『有毒』持ちの人間や武器が投入されない、とは限らないからな。
「ナトレイアにはアシュリーの分も渡しておく。『治癒の法術』も、みんなと同じく何枚か渡しておくから、『光輝の大盾』や『勇気の絆』と合わせてHP管理は慎重にしろよ?」
「そうだな。アースドラゴンのときのような火力はあまり必要ないだろうから、魔力の使い道は『精霊の一撃』より『カード』が主になるだろう。受け取っておく」
「アシュリーくんには命の心配はあまりしていないけど、拉致されないようにくれぐれも気をつけてくれ」
所長が、アシュリーの分の『解毒』を受け取るナトレイアに釘を刺す。
ナトレイアは、命の心配をあまりしていない、という言葉に首をかしげていた。
「なぜだ? アシュリーも暗殺対象に含まれるのではないか、所長?」
「俺が答えるよ、ナトレイア。――対象には含まれないんだ。罪をなすりつける相手を先に殺してしまうと、抵抗された証拠として説得力が薄れる。『行方をくらました』って方がそれらしいな。……だから、アシュリーの死体ができちゃ、帝国には都合が悪いんだ」
「生かさず殺さず罪だけを、ってことね……とことん、利用してくれるわね……」
俺の推論に、アシュリーが不機嫌そうにこぼした。
少なからず実家が絡んでるだろうからな。肉親にそんな扱いをされちゃ、そんな気持ちにもなるか。
「アシュリー、帝国側がどんな奴らをよこしてくるか、心当たりは無いか?」
「あたしが公爵家にいたのは十二のときまでで、冷遇されててしかも女子だったからね。あんまり政治的な内情は知らないけど……帝国皇室は、魔術効果のある古代遺物を、諜報や暗殺に使わせてるって噂は聞いたことはあるわ」
古代遺物……古代の魔術と聞くと、思い当たるのは空間系だけど。
「たとえば、空間転移する道具とか?」
「わからないけど、あるかもしれないわね。帝国からは距離がある、王国内で活動してるんだとしたら。あるいは、単純に見かけを変える道具で済ませてるのかも知れないけど」
そうか。
たとえ短い距離の転移しかできなくても、諜報活動にはうってつけだもんな。
国内や『魔の森』などをうろちょろするのに目立たなくて済む。貴族法反対派の中小貴族と人目につかず会うにも便利だったろう。
「何にせよ、みんなも無理はしないでくれ。――知っての通り、俺のHPは14、他人の何倍もある。急所を直撃しなけりゃ、少しは持ちこたえられるはずだから」
「いや、コタロー殿。古代遺物には、もっと厄介なものもあるよ。――たとえば『生物を石に変える邪眼』を持つモンスターも、昔は当たり前に存在したらしい。石になると、どれだけ頑強な戦士だったとしても、普通の石のように粉々に砕かれて助からないとか」
石化の邪眼か。
バジリスクやコカトリスなんかが有名だけど、こっちにもいるんだな。
いや、所長の口ぶりだと「いた」というのが正しいか。
特殊能力付与系の魔術がある以上、もしかしたら石化の魔術もあるのか?
大っぴらに伝わってない以上、魔術そのものは無くても魔道具としての遺物なんかはあってもおかしくないな。
魔術だったときのことを考えて、みんなにも『スペルキャンセル』も多めに配っておくか。
準備はどれだけしてもし足りない。
無限に使える『カード』だけど、他人が使うにはその都度オリジナルリストから『カード化』して取り出しておく必要がある。
肝心なときに弾切れで、枚数が足りなかった、なんてのはイヤだからな。
俺は屋敷の使用人のみんなを大広間に集めて、全員に告げた。
人もエルフも関係なく、全員に。
エルフのみならず、元からいた使用人にも通達は行っていたようで、みんな真剣な面持ちで居並んでいた。
けれども、不安そうに怯える者は、誰もいなかった。
「みんな、これから数日の間に、この屋敷は敵に襲われる! ――逃げたい人は逃げて良い。優先すべきは人命だ! ケガがないのが理想だけど、負傷したらすぐに遠慮無く治療してくれ。誰一人欠けることなく、無事に乗り切る! 協力してくれ!」
心は決まっている、という表情の使用人たちの中から、マクスさんが歩み出る。
マクスさんはこんなときでも、その場で優雅に一礼した。
「旦那様。恐れながら、我らを見くびってもらっては困ります。――我ら、ナギハラ伯爵閣下に仕える者たち。我ら使用人一同、襲撃の一つや二つで臆していては、貴族家など守れましょうか」
使用人の皆さんが、澄ました顔で口々に言う。
「ここまで使用人を厚遇してくれる家は、他にはありませんものね」
「いとまを出されるならともかく、危ないから出て行けと言われても居座りますな」
「まだまだ腕を上げて、もっと美味しい料理を皆さんに食べていただかなくてはね」
そしてマクスさんは顔を上げ、ニコリと不敵に笑った。
「――我らナギハラ伯爵家中、心は一つ。旦那様にお供いたします」
使用人たちもみんな、心強く笑っていた。
******
一日経ち、二日が経ち。
アシュリーが帝国を『追放』された貴族子女だという噂が出回る頃。
やがて、深夜に『それら』はやってきた。
『……ター……マスター、起きて』
静まりかえった暗闇の寝室で、喚び出していたエミルが俺を起こしてくる。
俺は目を開けて上体を起こすと、ベッド横で眠っているはずのデルムッドを見た。
デルムッドはすでに起きて、窓の外に向けて威嚇の態勢を取っていた。
エミルが小さな声でささやく。
『デルムッドが、来た、って言ってる。少し前から、この屋敷が囲まれてる』
「……そうか。今夜、か」
俺は一人ベッドから抜け出し、寝間着から、この日に備えて寝室に置いてあった平服と装備を身につける。
「エミル。ここは良いから、使用人の人たちを起こして回ってくれ。それと、夜間警備の見張り番にも伝えてくれるか」
『もう、みんな起きてるよ。明かりは点けてないけど。先に『探知』持ちの使用人のエルフさんを起こしたから。――見張りもわかってて、今、警備の戦士たちが準備してる』
そうか。もう、みんな起きてるか。
これで、気づかないうちに寝首をかかれる被害者が出ることだけは回避できた。
「ありがとう、エミル。最上だ。――戦士たちは、殲滅できそうだと判断してるか?」
『ううん。もう少し、できれば屋敷の中まで引きつけたいって。でないと、また別の日に襲われるからって、戦士たちはみんな同じ判断みたい。……ただ、最終判断はマスターに任せるって言ってた』
そうだな。
今は先手を取れている。けれど、このまま撤退されたら、また別の日に襲撃される。
なら、今夜カタをつけるべき、か。
「わかった。みんなを信じる。アシュリーやナトレイアたちは、どこに?」
『準備して、この部屋の前に立ってる。所長とエルフの里の族長もいるよ。この部屋が戦場になるかもしれないからって』
そうか。たぶん、そうなるだろうな。
連中の狙いは、俺の命だ。
ドアを開けると、みんながそこに待っていてくれた。
暗殺者たちに悟られないよう、小さく声を掛け合う。
「コタロー、準備はできてる?」
「いよいよだな、コタロー」
「準備はしてきた。後は、どれだけの結果を出せるかだよ」
「みんな、気をつけろよ。――乗り切るぞ」
エミルに耳打ちされ、アテルカを召喚し直す。
アテルカ率いるゴブリン騎士団が、寝室の前に勢揃いしていた。
アテルカは一度戻される前の、屋敷の周囲の警備状況を教えてくれる。
「ご主人様、『探知』持ちの戦士が気配を探ったところ、二十ほどの刺客が各方面に潜んでいるのです。他の戦士では気配がわからなかったことから、全員『奇襲』持ちなのです。――『探知』持ちの戦士を中心に小隊を組んで、三方面に配置しているのです」
「『カード』を使える魔力持ちは?」
「各小隊にそれぞれ配備されているのです」
わかった、とアテルカにうなずき返す。
準備は万端だ。
向こうは、この襲撃が予想されているとはまるで考えていないだろう。
だから、後は誘い込むだけ。
夜が、静かに更けていく。




