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勇気の絆



 アシュリーのことが、王国貴族たちの話題に上っている。

 これは偶然なのか、意図されてのことなのか。


 ハイボルト国王陛下が、王都襲撃の手段の由来として、帝国に問い合わせている。

 帝国からの回答はまだ無いらしいが、おそらく調査中という返答になるだろう。


 それまでに帝国としては、アシュリーが『帝国出身』ではあるが『現在は帝国とは関連していない』という関係を王国内に流布してくるはずだ。


 でなければ、以前に陛下にも話したとおりに、順序が狂って、

「帝国が関係者を王国転覆に差し向け、失敗後は関係ないと尻尾切りをしている」

 という印象を作ってしまうからだ。


 帝国から技術は盗み出せるが、帝国に帰属していない人間。

 なんなら、追放されたということで帝国に恨みを持って、罪を着せようとしていると被害者ぶっても良い。


 そんな印象を作り出すために、おそらく噂は王国貴族内に急速に広まっていくはず。


 その噂の広まり方を直接確かめたかったが、俺自身は国王陛下の意向で、他の貴族と迂闊に接することができない。


 結局は、ドライクルさんとエルキュール所長を頼りに状況を聞かせてもらうしかない、というのが俺の現状だった。


 そして、初めて噂の存在を聞かされてから二日目。

 俺たちにとって、決して良いと言えない話を聞いた。



******



「――アシュリーくんが、国外の人間だと言う話が出回った」


 エルキュール所長が、真剣な面持ちで報告してくれた。


 俺を始め、エルキュール所長とドライクルさん、そしてアシュリーと助言役にナトレイア、グリザリアさんが同じ卓に付き、俺の屋敷で今後のことを話し合う。


「やっぱりですか」


「うむ。明日にはおそらく、帝国の出身じゃないか、と出回るんだろうね」


 噂の進行が早い。

 本題を率直に言わず段階を踏んでいるのは、噂の信憑性を高めると同時に、情報の確度を上げすぎてどこが由来の情報なのか、を隠すためなんだろうが。


 もはや決まった路線をたどると言わんばかりのドライクルさんたちに、一応確認してみる。


「二人とも。出身に関する噂の根拠とかは、何か聞いていますか?」


「わたしが聞いているよ、コタロー殿。――いわく、彼女はマジックバッグ持ちだけど、家祖伝来と話しているのに、辺境近辺で該当する登録者の家系が今まで無かった。そのマジックバッグはどこの家に伝わっていたのか? というところから、国外の線が出てね」


 辺境に面する、帝国出身じゃ無いか、という話になったわけか。


「マジックバッグの登録は、過去の履歴をたどれるものなんですか、所長?」


「たどれない。所持している事実を報告するだけで、個別に識別できない。――だから、おかしいんだ。家に伝わっていても、死蔵していた可能性もある。アシュリーくんは辺境出身じゃないから、他の地方の冒険者に伝わっていた可能性もある。なのに……」


 それらの可能性が考慮されていない。

 噂が、情報が指向性を持たされてるな。操作されてる。


「……普通は、国内の他の地方の出身だと噂されるでしょう。何と言っても、救国の英雄です。その力量をもてはやすなら、なおさら自国民である方が誇れるはずだ。現にアシュリーは、この国の辺境に住んでたんだから」


「そうだ。ナギハラ伯爵の言うとおり、自国の英雄が国外の出身者である、という可能性が先に流れるのは、どう考えてもおかしい」


 ドライクルさんも同じ考えか。


「つまり、意図的に流された噂ですね。ほぼ、アシュリーが目を付けられている」


「陛下も同じ考えだよ。今は他の貴族の目の手前、この屋敷には来れないけどね。帝国を追求する態勢を指示し終わったら、もうすぐ会いに来られるんじゃないかな」


 陛下は国難に対処する政治指揮で手一杯だろうに。

 それでもやっぱり、俺たちのことは気に懸けてくれてるんだな。


「――なら、疑問は一つですね。『どうやって、アシュリーに目を付けた?』これに尽きる」


 俺の確認に、所長とドライクルさんが無言でうなずく。


 あり得る可能性を考えるなら――

 アシュリーの存在と、その正体はすでに噂の大元に捕捉されてたことになる。


 バレないと思っていた企みを追求されたので、回答を保留している間に、王国内にいる、罪を押しつける身代わりを立てる。


 その下準備が終わったなら、自分たちは技術を盗まれた被害者だと弁解する。


 ……タイミング的に、つじつまは全部合う。

 合ってしまう。もう、憶測だと他の可能性を考慮しなくても良いだろう。


「――首謀者は、帝国ですね」

「そうだね」

「そして、王国内の動向は、ある程度帝国に情報が伝わっている、と考えた方が良いな」


 アシュリーの存在に気づくくらいだ。

 俺の情報も、どこまでかはわからないけどバレてるな。ある程度は。


 つまり、


「……来ますね。間違いなく」


 近く、俺は襲撃されるだろう。

 反論を封じるには主人で功績持ちの俺が邪魔だ、必ず口封じに来る。



 俺を、国が、殺しに来る。



「……大丈夫よ、コタロー」


 俺の緊張を見透かしたように、アシュリーが声をかけてくれる。


「あんたには、生きる目標があるんでしょう? ――あたしたちだって、訓練して腕を上げてる。こんな死線は何回もくぐり抜けてきた。誰もが死を覚悟するドラゴンだって倒してきた。安心してなさい」


 彼女は、にこりと笑って、そしてきっぱりと言った。

 俺の不安を振り払うように。



「――あんたは、何があってもあたしたちが守るわ」



 それに続くように、ナトレイアが咳払いをする。


「アシュリーに全部言われてしまったな。コタロー、私の実力は、お前の能力には及ばないかも知れない。けれど、私がいて、お前がいる。皆もいる。――何を不安に思うことがある? できないことは何も無い! そう言えるだけのことはしてきたではないか!」


 ナトレイア……


「魔力が高くてカードを使い慣れた術者は、多い方が良いだろ? ――わたしも、しばらくはこの屋敷から研究所に通うよ。信仰する神が殺されるなんて、信徒としては許せないことだからね」


 所長まで……


 俺は、弱気を振り払って顔を上げた。


「そうだな、俺は死ぬわけにゃいかない。元の世界に、帰るまではな」


 怖いよ。逃げ出したい気持ちだってある。

 俺が逃げ出せば、命は助かるだろう。

 どうにかひっそりと息をひそめていれば、平穏に暮らせはするのかもしれない。


 でも、狙われてるのは、アシュリーだって、この王国だって同じだ。

 俺が逃げ出して、みんなに何かあったら? 誰かを失ったら?


 俺は、きっと後悔する。

 その後悔を抱え続けることになる。

 後悔に押しつぶされて、仲間たちに会う、その目標も、生き抜く気力もない、呼吸するだけの死人になる。


「笑って帰るよ。俺は生きて、笑ってもう一度、昔の仲間たちに会うんだ」


 こんな冒険をしてきたんだぜ、って。

 こんな仲間たちと会えたんだぜ、って。

 誰にも信じられないだろうけど、笑ってみんなに話すんだ。


 じゃないと――

 誰にも会えなくなった異世界にいることを、辛いことだとは思いたくないんだ。

 みんなは生きていて、この世界の仲間たちもここにいる。


 会おうとがんばれば、きっと会える。

 失われない、その存在を信じられることが、どれだけ俺に生きる勇気をくれることか!


「そうよ、伯爵」


 口を開いたのは、グリザリアさんだった。


「――わたしたちエルフ族だって、伯爵を全力で守るわ。それに、屋敷を警備している、あの……アテルカ? ちゃんだって、グラナダイン殿だって、デルムッドちゃんも、みんなみんな、伯爵のことを守るわ」


 にっこりと、場の全員を見渡しながら、グリザリアさんは優しく言った。


「伯爵がみんなを守りたいように、みんなも伯爵を守りたいのよ。ううん、少し違うわね――伯爵がみんなを好きなように、みんなも伯爵のことが好きなのよー」


 そうだ。

 この世界に一人生まれ落ちて。

 辛くなかったのは、みんながいてくれたからだ。


「コタロー」

「コタローよ」

「コタロー殿」

「――ナギハラ伯爵」

「ね、……伯爵」


 みんなが口々に、俺を呼んでくれる。


 俺はみんなを見渡して、卓に手をついて椅子から立ち上がった。

 その勢いのまま、卓にぶつけんばかりの勢いで頭を下げる。


「――すんません! みんなのお世話になりますッ! 頼らせてくださいッ!」


 その叫びに、みんなは笑ってくれた。

 異口同音に、


 ――もちろんだ!


 そう、応えてくれた。

 それが、俺には何より心強く、そして純粋に、嬉しかった。


 暗殺者は、いつやってくる?

 怖くないと言えば、ウソになるだろう。でも、俺の覚悟は決まった。


 生き抜いて、首謀者の帝国に王国転覆の罪を認めさせてやる!




 来るなら来やがれ、暗殺者!

 意地でも死んでやらねぇぞ、コンチクショウ!









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